102 / 105
第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)
アンクシャの気持ち
しおりを挟む「へぇ、今バンシィはこんなとこ住んでんだ? 落ち着きがあって良いじゃん」
「ありがとう。時にアンクシャ、今の俺は……」
「おおっと、これは失敬! ノルンだったっけ? バンシィもいいけど、ノルンって名前も君によく似合っていると思うよ。そいじゃお邪魔しまーす!」
アンクシャは進めていないにもかかわらず、ずかずかと山小屋へと入ってゆく。
そしてすぐさま、眉間に皺を寄せる。
「うわっ……くさっ! 妖精の匂いすんじゃん! って、相変わらずパンツは部屋干しかよ!」
アンクシャは窓辺に干されたジェスタの下着を杖で小突いている。
「じゃあ、そろそろ白状してもらおうか? ここでノルンとそこの引きこもり姫が何をしてんのかをよぉ!」
「……」
ジェスタは不安げな様子で、ノルンの服の裾を摘んでくる。
(しっかりと俺がジェスタを守ってやらねば……)
ノルンはそう決意し、アンクシャへ向き合ってゆく。
……
……
……
「そっかぁ、そんなことが……でもノルンが元気だから僕は嬉しいよ!」
アンクシャからの叱責を覚悟してが、意外な反応にノルンは戸惑いを隠しきれなかった。
「しかし、俺は……」
「良いって、良いって! 悪いのは全部、あの唐変木皇子と連合だからってわかってるから!」
「アンクシャ……」
「ノルンのことは全然良いんだよ! だけど……おい、引きこもり! てめぇは大問題だ!」
突然、アンクシャの語気が強まった。
いつもは凛然としているジェスタが、肩を震わせている。
「お、おい、アンクシャ!」
「ごめん、ちょっとノルンは黙ってて。僕、このチキン娘とじっくり話がしたいから。もしも口挟むようだったら、沈黙魔法(サイレンス)かけちゃうからね?」
アンクシャの口調は軽いが、目は本気そのものだった。
「もう一回、てめぇの口から聞かせろジェスタ! お前は今、ここで、何をしている!」
「ワインを造っている……」
「ふーん、ワインねぇ……僕らが必死に戦っているってのに呑気なもんだ」
「アンクシャ聞いてくれ! ノルンも話してくれたと思うが、私にはもう戦うための魔力が……」
「それはわかった。治そうって努力はしたのかよ?」
妙に冷めたアンクシャの声に、ジェスタは背筋を伸ばした。
「なんとか戦線に復帰しようとなにかしたかよ? どうやったら魔力が元に戻るか調べたり、行動を起こしたりしたかよ?」
「それは……」
「やったか、やってないかしか聞いてねぇ! どっちなんだ!」
「……やってはいない……申し訳ない……」
ジェスタは深々と頭を下げた。
しかしアンクシャはジェスタへ未だに鋭い視線を送っている。
「僕はワインを造らせるためなんかにてめぇを送り出したわけじゃねぇんだよ!」
「すまない……」
アンクシャは椅子から飛び降り、玄関へ向かってゆく。
「表でろ、ジェスタ。てめぇの腑抜けた根性を叩き直してやる」
「……」
「さっさとしろ、このクソバカたれ!」
ジェスタは椅子からゆらりと立ち上がった。
「行く必要はない」
ノルンはジェスタの手を握りそう言った。
「しかし……」
「今のアンクシャは感情のままに行動しているだけだ。素直に聞く必要などーーぐおっ!?」
「ノルン!?」
突然、光弾がノルンの腹を穿った。体に痺れを感じるあたり、今の光弾には麻痺系の魔法が含まれているようだった。
「ごめんね、ノルン……おら、ジェスタはこっちだ!」
「……行ってくる。心配しないでくれ」
ジェスタは足早にアンクシャに続いて山小屋を出てゆく。
「だめだ……こんなことは……!」
ノルンは芋虫のように這いつくばりながら、辛うじて山小屋を出てゆく。
「これ以上は見過ごせません。姫さまへ危害を加えるおつもりでしたら、まずは我らを退けいただきたい
ジェスタの前には、彼女を守るかのようにシェザールを始め、護衛隊が顔を揃えていた。
「はっ! 出たよ、出たよ! 妖精らしい生ぬるさ! そんなんだからそこの引きこもりはどうしようもねぇ、奴に育っちまうんだよぉ!!」
「結界陣!」
シェザールの指示をが飛び、護衛隊は障壁を展開した。
障壁はアンクシャの放った光弾を、一瞬だけ受け止める。
しかしすぐさまガラスが割れるように崩壊し、シェザール達は盛大に吹き飛ばされる。
「舐めんじゃねぇよ、妖精風情が。僕を誰だと思ってる……僕は三姫士の1人で、鉱人史上最強の、いや、大陸最強の魔法使いアンクシャ・アッシマ・ブランなんだよぉ!!」
アンクシャは杖をジェスタへ向け、無数の光弾を放った。
「うわっ!?」
光弾をまともに食らったジェスタは、嗚咽を吐きながらその場へ膝をつく。
「安心しな、殺しゃしねぇよ。だけどかーなーり、痛いめにはあってもらうけどな!」
アンクシャは繰り返し光弾を放って、ジェスタを激しく打ち据える。
ジェスタはアンクシャの魔法に成すがままなされるがままだった。
「お、お辞めくださいアンクシャ殿! お怒りをお沈めください! 本件は私からも姫さまへキツく言って聞かせます! ですのでどうか、どうか!!」
立ち上がることすら叶わないシェザールは必死ば声を上げた。
護衛隊の面々も、次々と地面へ平伏し、懇願の声を上げ続ける。
アンクシャは一瞬冷たい視線を向けた。
しかしすぐさま視線をジェスタへ戻し、激しく奥歯を噛み締める。
「ああ、ムカくつ……すっげぇ、ムカつく……これじゃまるで僕が悪者みたいじゃん……!」
「よせ、みんな! これで良いんだ……!」
ジェスタの声にシェザール達はぴたりと叫ぶのを止める。
そしてよろよろと立ち上がった。
「惚けていてすまなかったアンクシャ……お前達が懸命に戦っている時に、私は腑抜けていた……大変申し訳なく思っている……」
「ちっ、今更かよ。今更てめぇはそんなことを言い出すのかよ!」
「ああ、そうだ、今更だ。だから……やれ! それでお前の気が済むのなら、存分に!」
「なら望み通りやってやんよぉ!!」
アンクシャの杖が強い輝きを放つ。
冷たい空気が、真夏のように暖まる。
「安心しな、後できっちり傷跡も残らねぇ位に治療魔法はかけてやる!」
「さぁ、来い!」
「ーーッ! メイガぁーマグナぁーム!!」
アンクシャの怒りの叫びと共に、一際壮絶な光弾が放たれた。
光弾は空気を焼き、周囲を熱しながらジェスタへ突き進む。
破滅の輝きがジェスタを包み込んだ。
そして光が掃けた先で、ジェスタとアンクシャは揃って悲痛な叫びを上げた。
「「ノルンッ!!」」
ノルンはジェスタを強く抱きすくめていた。
胴のみ装着した鎧の背中は粉々に砕け散り、彼の背中は激しい火傷に覆われている。
「お、おい、ノルン、どうして……?」
「支える……守る……」
「えっ……?」
「俺が、ジェスタを支え……守ると約束した……さぁ、アンクシャ! やるなら俺ごとやれっ!!」
「なっ……で、できるわけねぇだろが! ノルンのことはわかってるから! 君は責めてないから!!」
アンクシャの悲痛な叫びが、火傷に響く。
ノルンはジェスタを抱きしめたまま、首を横へ振った。
「俺とジェスタはもはや一心同体だ! 彼女が罰せられるなら、俺も謹んで罰を受ける! だからやれ! アンクシャ!!」
「……うぇぇぇーーん!!」
突然、アンクシャが奇声を上げた。
驚いて振り返ってみると、彼女は地面へペタリと座り込み、こぼした涙で地面を濡らしている。
「なんだんだよ! これなんなんだよ!! なんで頑張ってた僕じゃなくて……! どうして逃げ出したジェスタとなんかと……ひっく……!」
アンクシャは何度も、何度も地面を叩き出す。
「僕だって疲れてさ! だけどジェスタ、本当に辛そうだったから……! このままだと大好きな友(だち)の心が壊れちゃうって思ったから……!」
「アンクシャ……」
嘘偽りのアンクシャの言葉を受け、ジェスタの瞳に涙が浮かぶ。
「だけどこんなことになるなら行かせなきゃ良かった! 僕がお休みをもらって、バンシィのところへ行けば良かった! そしたら僕は……僕はきっとバンシィと……僕はぁーー!!」
アンクシャの悲痛な叫びがこだまする。
ノルンを始め、誰もがかける言葉を持たず、ただ立ち尽くすのみだった。
「うっ……うっ…ひっくっ……空間転移(テレポート)……!」
アンクシャは嗚咽まじりに鍵たる言葉を放った。
魔法によって彼女は忽然と姿を消す。
静寂が訪れ、周囲へは気まずい空気が垂れ込める。
「治療をしても良いか?」
ジェスタがそう耳元で囁いてきた。
ノルンが首肯を返すと、背中に回ったジェスタの手から暖かい輝きが溢れ出る。
「ジェスタ、お前まさか……?」
「これが限界だ。色々と試してはみたが、今の私では貴方の痛みを和らげることぐらいしかできないんだ……」
「どうしてアンクシャのそのことを?」
「……もっと真剣にやっていれば、もっと魔力は戻っていたかもしれない。だけど、私はノルンとのワイン造りが楽しくて、それで……」
ノルンはジェスタを抱きすくめ、彼女も応じてくれる。
(申し訳ない、アンクシャ……)
ただただ謝罪することしかできない、ノルンなのだった。
0
お気に入りに追加
1,062
あなたにおすすめの小説
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
「小説家になろう」様にも掲載しています。
宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜
森樹
ファンタジー
宰相夫人とその息子がファンタジーな世界からファンタジーな世界へ異世界転移。
元の世界に帰るまで愛しの息子とゆったりと冒険でもしましょう。
優秀な獣人の使用人も仲間にし、いざ冒険へ!
…宰相夫人とその息子、最強にて冒険ではなくお散歩気分です。
どこに行っても高貴オーラで周りを圧倒。
お貴族様冒険者に振り回される人々のお話しでもあります。
小説投稿は初めてですが、感想頂けると、嬉しいです。
ご都合主義、私TUEEE、俺TUEEE!
作中、BLっぽい表現と感じられる箇所がたまに出てきますが、少年同士のじゃれ合い的なものなので、BLが苦手な人も安心して下さい。
なお、不定期更新です。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる