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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)
鉱人術士、発つ!(*前半アンクシャ視点)
しおりを挟む「これで終わりですーー! 運命断絶剣! タイムセイバー!」
「DIAASS!!」
時間や空間さえも断絶させる聖剣が、肉塊と化した四天王の1人を消滅させた。
聖剣タイムセイバーを水のリーディアスへ振り落としたのは、剣聖リディのもう1人の弟子でノルンの妹弟子ーー盾の戦士ロト。
「ははっ……マジかよ、ロトちゃんが今度は勇者ってか……?」
リーディアスとの激闘の果てに、満身創痍となったアンクシャは霞む視界へ、金色の輝きを放つロトを収める。
もはや目の前にいるのは盾の戦士ロトにはあらず。
白を超え、黒さえも超越した、真の勇者ーー【黄金の勇者フェニクス】
激闘の最中、ロトとユニコンの間になにがあったかはアンクシャ自身よくわかってはいなかった。
しかしユニコンが勇者を辞して、ロトへタイムセイバーを譲渡したのは紛れもない事実らしい。
「まぁでも、これで僕らも少しは落ち着けるかな……ロトちゃんが勇者なら……あとはジェスタが戻ってくれば……」
不意に、不思議な感覚がアンクシャの脳裏を掠めた。
そして浮かんできた雄大な山の数々。
時折彼女へ唐突に訪れる予知能力が、強制的に像を結んでくる。
「なんだこりゃ……? って……!」
アンクシャは浮かんだ像へ意識を集中させてゆく。
雄大な山の麓にある広大な葡萄園。すっかり葉が落ちているので収穫は終わっているらしい。
その中に佇む見覚えのある男女。
「こいつらって、まさか……ジェスタとバンシィ……?」
像の中の2人は仲睦まじい様子で腕を組み、葡萄園の中を巡っている。
ジェスタが元気を取り戻しているのは嬉しかった。
ずっと探していた黒の勇者バンシィの所在もわかった。
本来なら手放しで喜ぶべき予知だった。
しかしアンクシャの胸中には仲間を想う気持ちとは別の複雑な感情が沸き起こる。
「なにやってんだよ、ジェスタのやつ……しかもバンシィと……僕らには何も伝えず……!」
アンクシャは道具袋からなけなしのエクスポーションを取り出した。
「よくわかんねぇけど確かめなきゃ……アイツらがなにやってんのか……どうしてこんなことになっているのか……!」
エクスポーションを一気に煽り、無理やり傷を回復させて、立ち上がる。
「力乃扉開(フォースゲートオープン)け! 出てこい、アークガッツ!」
アンクシャの鍵たる言葉を受け、放った鉱石が変化を始めた。
鉱石は瞬時に空飛ぶ舩を形作る。彼女はその上へ飛び乗った。
「アンクシャ、どこへ行く!?」
側にいたデルタは驚きの声をあげている。
「わりぃ、ちょっと野暮用だ! ロトちゃん……フェニクスちゃんにも暫く旅に出るって伝えてくれ!」
「訳がわからない! アンクシャ、待つ!」
アンクシャはデルタの声を振り切って、鉱石の舩と共に空の向こうへと飛びだってゆく。
すっかり消耗し切っているデルタは満足に飛ぶことができず、ただ去りゆくアンクシャの背中を見つめ続けているだけ。
「これも可能性の一つ……これはどんな時の流れを生み出すのか……」
黄金の勇者フェネクスもまた、アンクシャを追わず、ただ空を見上げているだけだった。
⚫️⚫️⚫️
「起きろジェスタ。朝だぞ?」
「ううん……あと、5分……」
「今日はヌーボーの出荷日なんだろ? お前が寝坊をしてどうする?」
「ぐぅー……」
ジェスタはシーツを引き寄せ、更に丸まった。
シーツへくっきり彼女の綺麗な体のラインが浮かび上がる。
昨晩遅くまで、散々楽しんだ筈。
しかし辛抱たまらず、ノルンはベッドへ手をついた。
「……ひゃん!」
「いつまでも寝ているお前が悪い。覚悟してもらうぞ!」
朝っぱらからそういう展開になってしまったのは、言うまでもない。
……
……
……
「ま、全く! ノルンは野獣だ! 野獣すぎるぞ! 昨晩あんなにしたのに、どうして今日も朝っぱらから……」
ジェスタはバタバタを身支度をしながら文句を言ってきた。
「最初は普通に起こそうとした。しかしお前がなかなか起きなかったから、やむ終えずああした。それだけだ」
すでに出かける準備を終え、更に朝からすっきりできたノルンは優雅にコーヒーを啜っている。
「おかげでちゃんと時間通りに起きたのに、時間がなくなったじゃないか! どうしてくれるんだ!」
「それはお前にも責任があるぞ。俺は一回で終わるつもりだった。しかし最終的にはお前が主導権を握ったんだぞ?」
「なっ……そ、それはその……だって……、私ばっかじゃ悪いし、ノルンにも気持ちよくなって……」
「ん? 何か言ったか?」
「聞き流せバカ! ほら支度できたから行くぞ!」
身支度を終えたジェスタは顔を真っ赤に染めつつ、ぶつぶつ文句を言いながら山小屋を出てゆく。
そんな彼女が可愛くて仕方がないノルンだった。
季節は冬。
植物も春を待って眠りにつき、仕込んだワインもゆっくりと熟成するための時期になっていた。
日常を取り戻したノルンとジェスタは、心も体も深く繋がって、恋人らしい日々を送っている。
……
……
……
「そいじゃ確かに大事なワインはお預かりしましたっと! 全部売り捌いてやるから期待しててくれよな!」
グスタフは堂々とそう宣言し、拍車をかけた。
ワインの新酒を積んだオッゴが大空へ舞い上がってゆく。
「皆さんが美味しく飲んでくれますように……」
ジェスタは飛びゆくオッゴへ向けて、祈りを捧げている。
しかしジェスタのワイン造りはまだ終わっていない。
ワインは仕込んでから最低でも一年以上は樽やタンクの中で、寝かせなければならない。
しかしその間も季節は巡り、春の訪れと共に葡萄の樹は再び目覚め、実をつけて……だから実際に落ち着いた日々を過ごせるのは一年の中でほんの僅かである。
「なぁ、ノルン。少し畑を歩かないか?」
「ああ」
ノルンはジェスタの手を取った。
彼女は彼の手を強く握り返してくる。
2人は身を寄せあって、色々な思い出が詰まった葡萄園を歩き始める。
「今だから言えるけどさ……実はここでワインが造れるのか、正直自信がなかったんだ……」
「そうか、奇遇だな。実は俺も同じ考えだった」
「畑は荒れ放題。醸造場もない、人員だって揃っていない……そんな状態からなんとか葡萄を育てて、ワインにして……協力してくれたヨーツンヘイムのみんなには本当に感謝しかないよ。特に私をヨーツンヘイムにまで導いてくれたリゼルさんには……」
「そうだな。今日の出荷は是非リゼルさんにも同席してもらいたかったな」
「うん……元気でやってるかな、彼女」
ジェスタは空を見上げながらそう呟いた。
ハンマ先生から聞いた話によると、リゼルさんは置き手紙だけで、ヨーツンヘイムを出て行ってしまったらしい。
どうも実家のあるゾゴック村へ急いで帰らねばならなかったらしい。
(不思議な人だったな……)
ここで初めて出会った人なのに、どこか知っているような。
ノルンはリゼルさんと話しているとき、まるで昔から知っている人のような感覚を覚えていた。
だからなのか、彼女が突然、ヨーツンヘイムを離れてしまったと聞き、妙な寂しさを覚えてしまう。
「寂しいのか?」
気づくと、ジェスタがやや不安げな表情で見上げている。
どうやら要らぬ不安を抱かせてしまったらしい。
「寂しさはあるが問題ない」
「なんだその答えは?」
「ジェスタが側にいてくれるからな」
「なっーー!」
ジェスタは顔を真っ赤に染めて、ポカポカとノルンの肩を殴り始める。
「やめてくれ。少し痛い」
「うるさい! 大人しく殴られてろ! 今朝といい、今といい……どうして貴方はそんなに嬉しいことばかり言ったり、してくれたりするんだ!」
「なら尚のこと殴られる筋合いはないと思うが?」
「バカバカ! ノルンのバカ……そんな貴方が大好きだっ!」
ジェスタはノルンの腕へ思い切り抱きついてきた。
ノルンはそんなジェスタを愛おしく感じた。
絶対に手放したくはないと思った。
だからこそ、一つだけ確認したいことがあった。
「時にジェスタ、魔力の方はどうなんだ?」
ノルンの問いに、ジェスタは苦笑いを浮かべた。
彼女はノルンの腕から離れ、
「参れ! ナイジェル・ギャレット!」
ジェスタの鍵たる言葉は、閑散とした農園へ溶けて消えてゆく。
「相変わらずこの調子さ」
「そうか」
ジェスタには相変わらず魔力が戻ってはいない。
これは大陸にとっては由々しきこと……と、頭ではわかっている。
しかしノルンは実のところ、深く安堵をしていた。
魔力が無ければジェスタは戦えない。
戦えないならば、ずっとヨーツンヘイムにいてくれる。
側に居てくれるはず。
「魔力を失ったときは、本気で死のうと考えた。だけど今は、逆にこうなって良かったと思う」
「……」
「だってこうなったおかげで私はノルンと恋人同士になれたんだから! そして大好きなワイン造りに没頭できるようになったのだから!」
ノルンは愛らしい笑みを振りまくジェスタを抱きしめた。
ジェスタも彼へ深く身を寄せてくる。
もしも願いが叶うならば、ずっとこのままでいたい。
「なぁ、ノルン……ここでしてみないか?」
「ここでか?」
「うん」
「また随分と大胆な……」
「妖精は元々森の中で生活していたんだ。だから外ですることなんて全然へっちゃらなんだぞ?」
「そうか。なら遠慮はしないぞ」
「ああ……」
2人は互いに唇を近づけ合う。
「よぉ、引きこもり姫に、バンシィ。久しぶりじゃん」
突然、傍から声が響き、2人は揃ってそちらの方を向く。
「ア、アンクシャ!? どうしてここに!?」
ジェスタの声に、突然現れた三姫士の1人、鉱人術士アンクシャは盛大な笑みを返す。
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