上 下
100 / 105
第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

お互いの戦いの果てに……

しおりを挟む

「「メイガーマグナム!」」

 ノルンとグスタフはゆっくりと流れているファメタスの残滓へ光弾を放った。
 もはや相当弱っているのか、ファメタスの残滓はあっさりと光に焼かれて、存在をかき消してゆく。

 しかし全てを討伐できたわけではなかった。現に、残滓はゆっくりとだが、確実に農園の方向へ流れこもうとしている。

「んったく、なんでこんなところにまで!」
「グスタフ、ここは良い! お前は火口への流入作業を継続してくれ!」
「お前はどうすんだよ!?」
「俺はここでファメタスを食い止める! この程度ならば俺1人で十分だ!」
「で、でもよぉ!」
「元を絶たねば意味がない! 頼む!」

 ここが正念場だとノルンは判断した。
 ジェスタのワイン造りも残り一本。
最後の最後で転けさせるわけには行かない。

「さぁ、行ってくれ!」
「わかった! 終わったらすぐに戻ってくる! お前も無理すんじゃねぇぞ!」

 グスタフはラングに飛び乗り、元の場所へと戻って行く。
 ノルンは雑嚢から青く輝き鉱石を取り出す。

エリクシルーー勇者を解任になった際、ユニコンから渡された手切金代わりだった。

(まさかこれに頼る日がまた来るとはな……)

 そう心の中で嘲るも、これがあって良かったとも思った。
 
 ノルンは青白い輝きを放つエリクシルを砕く。
刹那、荘厳な青い輝きが彼を包み込んだ。

「聖鎧装着(キャスト・オン)!」

 鍵たる言葉が響き、異空間から漆黒の鎧が顕現する。
それはノルンの身体へ瞬時に吸い付き、彼を鋼鉄の戦士へと変貌させる。

 見た目は黒の勇者バンシィそのもの。
しかし中身は、その力に到底及ばない人間のノルン。
それでも何も装備しないよりは遥にマシである。

「ファメタス、これでお前との因縁を決着させるぞ!」

 漆黒の戦士となったノルンは迫り来る黄金の粘液へ立ち向かっていった。


⚫️⚫️⚫️


「あれ? そういえばノルンは?」

 最後の収穫の朝、ジェスタは辺りを見渡すが、ノルンの姿を見つけられずにいた。

「ノルン殿は本日も管理人としてのお仕事があるそうです。申し訳ないとお嬢様へ仰っておいででした。しかしお仕事が終わり次第、駆けつけてくださるそうです」
「そっか、それじゃ仕方ないね。じゃあ、シェザールみなさんへ号令を!」
「はっ! それではみなさん、今年最後の収穫となります! どうぞよろしくお願いいたします!」

 シェザールが号令を発し、葡萄の収穫作業が始まる。
 ジェスタは葡萄園の向こうにある林へ一瞬視線を送っていたのだった。

⚫️⚫️⚫️


「EDF(アースディフェンスフォース)! ファメタスを蹂躙しろぉー!」

ノルンのばら撒いた鉱石が、鋼のカブトムシや鳥に変化して、ファメタスの粘液へ襲いかかった。
粘液は爆破魔法に焼かれ、消滅してゆく。
勢いは弱まっている。確実にファメタスを殲滅することができている。

「いける、いけるぞ、これならば……ふははは!! あははは!!」

 ノルンは自分を鼓舞するように笑い声を上げた。
 鎧を装着したことで魔力や身体能力は向上していた。
しかし今のノルンはただの人。聖鎧の長時間の着用は体に多大な負荷がかかっていたのだった。
それでも尚、ノルンは戦い続ける。

 第二の人生を与えてくれたヨーツンヘイムを、そして愛するジェスタと彼女の夢を守るために。
 もう二度と大事なものや人を失わないために……。

「FA……FAME……!」
「なんだと……?」

 ノルンの傍で、残ったファメタスの残滓が集合を始めていた。
 黄金の粘液は寄り集まり、次第に形を成して行く。
そしてノルンの目の前に、女人を象った不気味なスライムが姿を表す。

「最後の悪あがきといったところか……ファメタス!」
「FAME……FA、F A……」
「広がっているよりも都合が良い。一気にやらせてもらうぞ!」

 ノルンは炎を封じた赤い魔石を取り出し、そして砕いた。
紅蓮の炎が巻き起こり、鎧姿のノルンを包み込む。

「これが俺の愛と怒りと、そして未来への希望の!」

 炎が両腕に収束し、真っ赤で鮮やかな剣を形作る。
そして今は亡き、師の姿を思い浮かべる。

 かつて守ることのできなかった大切な人。
彼女の死は、ノルンの心へ強烈に焼き付いていて、戦う力を呼び起こす。

「フレイムフィンガーソード!」
「FAME EEEE!!」

 ノルンの振り落とした炎の剣と、ファメタスが伸ばした腕が夕暮れの森で激しくぶつかり合った。


⚫️⚫️⚫️


「全く、邪魔しやがって。だけどこれで……あばよ、ファメタス……」

 グスタフはオッゴの上から、最後のファメタスの残滓が火口へ流れ込むのを確認する。
彼は手綱を引き、夜の闇の中へ消えてゆく。

 そしてもう1人、激しい戦いを制した男が、愛する女のところへ向かっていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……ジェスタ……ジェスタぁ……!」

 ノルンを覆っていた漆黒の鎧の大半は失われていた。
 体も限界を迎え、辛うじて意識を保てる状態にあった。
それでも彼はファメタスから守り切った葡萄園を歩き続ける。
深夜になっても尚、煌々と灯りが灯っている醸造場を目指して歩き続ける。

ーーきっと彼女も、ジェスタも、あそこで最後の戦いを繰り広げている。

 応援すると約束した。支えると約束した。だからこそ、ノルンはその約束を果たすべく、意識をギリギリ保ち、彼女の元へと急ぐ。

「よしこれで……みんなこれまでご苦労! 今年の仕込みはこれで終了だ! 本当にありがとう!!」

 醸造場へたどり着くと、そうジェスタが叫んでいた。
 シェザールや護衛隊、ギラに、トーカ、多くの醸造に携わった人達は安堵の息を漏らして、その場に座り込む。

「お、おい、あれって……ノルンじゃねぇか!?」

 ノルンの存在にガルスが気付き、切迫した声をあげる。
 それまで安堵の笑みを浮かべていたジェスタが、顔を真っ青に染めて、一目散に駆け寄ってくる。

「ど、どうしたんだノルン!? こんなにボロボロで、しかも鎧なんて装着して!?」
「……す、少し野暮用があってな」

 ジェスタに抱かれ、ようやく安心できたノルンの口から軽い口が溢れでた。

「もしや魔物か?」
「ああ。しかしもう大丈夫だ。グスタフと俺が、ファメタスを倒した。問題ない……」
「やはり、そうだったのか……」
「知っていたのか?」
「何かがあるとは感じ取っていたし、貴方が必死に戦っていたのは知っていた。だけどファメタスだったとは……ごめん、私が完全に消し去らなかったばかりに、貴方にこんな負担を……」

 ジェスタの瞳から涙がこぼれ出る。
 ノルンは辛うじて動く指先で、涙を拭ってやった。

「お前を支えると約束した。それを実行しただけだ。気にするな」
「全く、貴方という人は……そういうところが、私の心を掴んで離さないんだな……」

 ジェスタは唇を添えてきた。
 冷え切った唇が、ジェスタの熱によって暖かさを取り戻してゆくのがわかた。

「こちらもさきほど全てが終わった。こうして作業に集中できたのもノルンのおかげだ。本当にどうもありがとう」
「そうか。ならば良かった……」
「まずはお互いゆっくり休もう。そうしたら私は貴方とようやく……」
「ようやくだな。楽しみにしているぞ……」

 2人は互いを抱きしめあった。
 お互いの頑張りを称え合った。

 こうしてノルンとジェスタは互いの戦いを終え、そして日常へ戻ってゆくのだった。
 
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生 上杉謙信の弟 兄に殺されたくないので全力を尽くします!

克全
ファンタジー
上杉謙信の弟に転生したウェブ仮想戦記作家は、四兄の上杉謙信や長兄の長尾晴景に殺されないように動く。特に黒滝城主の黒田秀忠の叛乱によって次兄や三兄と一緒に殺されないように知恵を絞る。一切の自重をせすに前世の知識を使って農業改革に産業改革、軍事改革を行って日本を統一にまい進する。

処理中です...