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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

雨・病害・害虫などなど問題山積

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 あっという間に新梢は成長していた。
 小さな房が生まれ、開花し、農園には甘い匂いが立ち込めている。

「まずいなこれは……」
「一応、防除は施しましたが、すみません……」

 そんな春と夏の端境期の日。
 ジェスタとギラ農場長は葡萄の樹を前にして悩ましげに会話を交えていたのだった。

「やはりこれが原因か?」

 ノルンは葡萄の葉に浮かんだ黄色の斑点をみやる。

「ああ。どうやらベト病が発生し出しているらしい」

 ベト病とは果樹などに発生するカビが原因の病気を指す。
もしも感染が拡大してしまえば、葡萄の収穫量に多大な悪影響を及ぼしてしまう。

「元々、この農園はずっと放置されていたんだ。ギラだけの責任じゃない」
「ありがとうございますジェスタさん……」
「感染部位を除去し、園外へ持ち出そう」
「あと、房への傘かけを検討したほうが良さそうです。ここ数年、ヨーツンヘイムの山間にはこの時期雨が多く降ります」
「わかった、その件は君に任せる。さぁて! では早速作業を……」

 気合十分で農園へ繰り出そうとしたジェスタの背後へ、護衛隊の1人マッギネスが音もなく現れる。

「お嬢様、ガルス様とグスタフ様よりご伝言を。醸造タンクの納入が予定より早まったので、早急に醸造場建設予定地に来て欲しいとのことです」
「そ、そうか……このタイミングで……参ったな……」

さすがのジェスタも複数の問題が同時にやってきて困惑している様子だった。
更に支えだったシェザールは未だに病床に伏している。

「ここは俺たちの任せて行ってこい」

 シェザールの代わりになるとは到底思えない。
しかし少しでもジェスタの気持ちが和らげばと、ノルンは敢えて自信がある風を装って声をかける。

「しかし……」
「大丈夫だ。俺だってただお前を手伝ってただけではない。自分なりに勉強をしている」
「ノルン……」
「さぁ、いけ!」
「わかった! それじゃあみなさん、少し失礼する! 終わったら必ず合流するので!」

 ジェスタはマッギネスに先導され、醸造場建設予定地へ向かってゆく。

 本日の作業人員は護衛隊の三名、ギラ、ノルンのみ。
 トーカは教会の日で、リゼルさんもここ数日は診療所が忙しいらしく顔を見ていない。

 やはり先週のメガフィロキセラの襲来が原因らしい。
確かにシェザールの大怪我を目の前で見せられれば、農園から足が遠退くは理解できる。

(しかしこのままでは以前に逆戻り……いや、もっとひどい状況だ。しかし諦めるわけにはいかん!)

 ジェスタは人一倍頑張って、栽培家として醸造家として寝る間も惜しんで奔走している。
実際、彼女は剪定を始めてから今日まで、1日もまともな休みを取っていない。
それだけ彼女が強い想いの下行動をしているのなら……全力で支えたい、とノルンは強く思う。

「さぁ、作業を始めよう! ギラ、悪いが指導を頼む!」
「わかりました!」

 こうして本日の作業が開始された。
 
 病気を患った葉を取り、枝同士が重なり合って風通しが悪くならないよう調整しーー結局5人では農場の半分も回りきりれず作業を終えたのだった。


⚫️⚫️⚫️

「灼熱! フレイムフィンガー!!」

 夜の森の中へ、ノルンの放った赤い炎が輝きを放った。
 巨大な炎の手に包まれた大型の虫の魔物メガフィロキセラは一瞬で灰へ変わる。

(これでこの辺りはあらかた掃除をしたか)

 周囲から魔物の気配がしないことを確認し、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。

 いくら葡萄栽培の勉強をしているいっても所詮は付け焼き刃だった。
経験者であるジェスタやギラ、シェザールの代わりになることなどできやしない。
だがノルンにはこうして、夜な夜な魔物を借り、少しでも皆の安全を守ることができる。
ジェスタも頑張っているのだから、自分も頑張らなければならない。

(そろそろジェスタが帰ってくる時間か。夕飯の支度をしてやらねば!)

 できること全力で……それがモットーのノルンは足早に、山小屋へと帰ってゆく。

「遅くなってすまん! 今すぐ……ジェスタ!?」

 小屋へ帰ると、床にジェスタが倒れれていた。
 ノルンは急いで彼女を抱き上げる。

「大丈夫か!? しっかりしろ! おい!」
「ん……ああ、ノルンか。急に眠くなってね……あはは……」
「笑い事いじゃない! まともに休まないからこういうことになるんだ!」
「だって休む暇なんて……」
「1日ぐらい休んだって良いはずだ! 自己管理ができないお前のようなやつをバカというんだ!」
「ごめん……なさい……」

 ジェスタはか細い声で謝罪を口にした。
そうして初めて、自分が言いすぎたのだと思い直した。

「す、すまなかった、急に怒鳴ったりして……このまま部屋まで運ぶぞ? いいな?」
「ありがとう……すまないな、迷惑ばかりかけて……」

 ジェスタは安心したのか、ノルンの腕の中で安らかな寝息をあげ始める。

「迷惑だなんて言うな。俺がお前たちにかけた迷惑に比べれば、こんなもの……」

 ノルンはそのままジェスタを寝かしつけ、自らの泥のような疲れに身を委ねてゆく。


……
……
……

「……はっ! くっ……!」

 自室のベッドの上で目覚めると、窓の外では太陽が登り切っていた。
 どうやら寝過ごしてしまったらしい。
 聖剣所持者の頃であれば不眠不休で戦うことができた……こういうとき、あの力は呪いではなく、本当に加護だったのだと思うことができる。

(そんなくだらないことを考えている場合じゃない! すぐに農園へ向かわなければ!)

 ノルンは手早く身支度をすませ、自室を飛び出す。

「やっ! おはよう! よく寝ていたようだね?」

 リビングへ飛び出した途端、ジェスタと出会した。
昨晩に比べて随分と顔色が良さそうに見える。

「ジェスタ? 今日の作業は……」
「今日は休みにしたよ」
「休み?」
「だって昨日、貴方は私のことを叱ってくれたじゃないか。その通りにしただけなのだけれど……」
「あれは、その……」
「それにノルンも相当お疲れな様子だよね? 人へは怒鳴ったんだから、貴方はちゃんと自己管理できる人なんだよな?」

 ノルンが何も言い返せずにいると、ジェスタはクスクスと笑い出す。
どうやら元気を取り戻したらしい。

「まずはコーヒーでも飲もうか?」
「淹れられるのか?」
「バ、バカにするんじゃない! それぐらいできる! あ、朝ごはんだってちゃんと1人で準備したんだぞ!」

 確かに食卓にた食べ物ようなものが並んでいた。
 おそらく手でちぎっただけの葉物野菜の盛り合わせ、ややこげ気味のベーコンソテーに、焼き過ぎてしまっただろうスクランブルエッグ……しかし以前のジェスタの料理に比べれば格段にマシで、まともに食べられそうだった。

「相変わらずこんなのばかりですまない……やはり私は戦うこととワイン造り以外はポンコツだな……」
「いや、よく頑張った。ありがとう」

 言葉だけはきっと想いは伝わらない。
 ノルンは不安がるジェスタの頭をそっと撫でた。

「本当に頑張ったと思っているか?」
「ああ」
「本当に、本当か?」
「ああ、勿論だ。君は確かに成長している。俺はそれが嬉しい」
「そっか……ふふ……貴方に褒められて、とっても嬉しいぞ」

 こうして時折見せるジェスタの素直な表情。
きっとこれが本来の彼女の顔なのだろう。
ならばこそ、この笑顔を、素直な気持ちのジェスタをこれからも支えてゆきたい。
 ここ最近、ノルンの胸へ暖かい高鳴りをくれるように彼女ジェスタのためならば……。
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