上 下
91 / 105
第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

生きることは選択の連続

しおりを挟む


「ありがとうございます勇者様……貴方ならばはっきりとそう仰ってくださると信じていました……」

 厳しい言葉掛けたはずなのに、シェザールは心底ホッとしたような顔をしていた。

「頭では母親として最低な、自分の都合ばかりで選択をし続けてきたと思っております。ですが、心のどこかでは"仕方がなかった" "私は私なりに行動をし、選択をした" "私は頑張った" って思っているんです」
「貴方自身はそう考えているかもしれない。しかし君に捨てられたトーカは、貴方のことをどう思うのだろうな」
「……実は先ほど、ギラから"トーカへ母親だと名乗って欲しい"と頼まれました」
「……」
「トーカも今日のことは気にしているようで、私の行動が理解できないそうなのですだから……」
「母親だと名乗りたいのか?」

 ノルンの言葉に、シェザールは一瞬躊躇いつつ、首を横に振った。

「そんなことできません……」
「そうだな。その選択は正しい。仮にトーカの母親と名乗ったとして、きっと貴方の気持ちはジェスタへの後ろめたさにつながるはずだ」
「はい……きっとジェスタは困惑してしまうでしょう。第一、今更母親だといって、そのことをずっと黙っていた私をどう思うか……」
「それだけではない。ジェスタとの母子の関係はバルカポッド共和国を揺るがしかねん。統一を果たしたといえど、あの国の政情はまだ不安定だ。それに今は、仮にも戦時中だ。余計な混乱は避けねばならん」
「まったく全て勇者様のおっしゃる通りでございます……」
「貴方は俺からはっきりと、こうしたことを言ってもらいたかったのだな?」

 ノルンがそういうと、シェザールは涙を零しながら頷いた。

「はい……今までの行いをなんとか正当化しようとしている愚かな私を叱っていただきたかったのです……。そしてこの吐き出したい思いを、どなたかに聞いていただきたかったのです……!」

 これまでのこと全てがシェザール自身に責任があるわけではない。
色々な事情があった。その中で彼女は常に辛い選択を迫られていた。
きっと苦しかっただろう。常に自分との戦いだっただろう。

「シェザール殿……貴方はベストは選択をし続けてきたと俺は思う」
「ーー!?」
「トーカには大変申し訳ない。しかし貴方がそばにいてくれたからこそ、ジェスタはあの幽閉生活に耐えられたのだと思う。貴方の支えがあったからこそ、今のジェスタがあるのだと俺は思う」
「勇者様……」
「だから貴方はこれまでと変わらずジェスタの侍女で、護衛隊の隊長シェザールだ。決してジェスタの母親でも、トーカの母親でもない。それを死ぬまで貫き通せ!」

 シェザールは背筋を伸ばす。
 そしてノルンヘ向けて深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。ご命令かしこまりました、偉大なる黒の勇者バンシィ様……」
「ついでに言っておくが、俺はすでに黒の勇者でも、バンシィでもない。俺はヨーツンヘイムの山林管理人ノルンだ」

 ノルンはそう言い置いて、シェザールの元から去ってゆく。

(まさか突然こんな話をされるとは予想外だったな……)

 しかしこれで自分のモヤモヤも、シェザール自身のモヤモヤも晴れたことだろう。

「わ! ちょー!?」
「ん? ぐふっ!」

 突然、ノルンはドンと何かにぶつかって尻餅をつく。
すると目の前で、明るい服装の女性が同時に尻餅をつく。

「す、すまん! リゼルさん!」

 ノルンは慌てて飛び起き、リゼルさんへ手を差し伸べる。

「だ、大丈夫です! 1人で立てますっ!」

 リゼルさんは何故か顔を真っ赤に染めながら、1人で立ち上がった。

「夜勤か?」
「え、ええ、まぁ……」
「まさか、君は?」
「えっと、そのぉ……ちらっと。だってこれだけ静かなんで……」
「どのあたりまでだ!?」
「そ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ! その……ジェスタさんとトーカちゃんのお母さんだって……」
「ちらっとではないぞ?」
「ごめんなさい……でも大丈夫です! 私、口堅いんで! なんなら誓約書でも書きましょうか!?」

 さすがにそれはやり過ぎだと思ったノルンはため息を吐いた。

「仕方あるまい。リゼルさんを信じよう。ついでにシェザール殿にも君には聞かれてしまったが、口封じはきちんとしたと伝える」
「わ、わかりました!」
「知ってしまったならば、お願いがある。ほんの少しで構わないので、シェザール殿を気遣ってほしい。どうかよろしく頼む」

 ノルンは深々と頭を下げる。

「こちらも色々知っちゃった手前、このまま放っておくなんてできません。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 リゼルさんも同じく頭を下げた。
 やがて、2人同時に頭をあげて、何故か笑みが溢れ出た。
 やはりリゼルさんとは、浅からぬ縁があるのだとノルンは思う。

「さ、さぁて! ノルンさん、用事が終わったらさっさと帰ってください!」
「あ、ああ!」
「ジェスタさんが待っていますよ! ほらほら!」

 リゼルさんに背中を押されて、半ば突き飛ばされる形で診療所から出される。

「それじゃあおやすみなさーい!」
「あ、ああ。おやすみ……」

リゼルさんはバタンと扉を閉めた。
足音がどんどん遠ざかってゆく。

(いつもなんなんだリゼルさんは……もしや俺が一方的に仲が良いと思っているだけで、実はすごく嫌われているのか? むぅ……)

 そんなことを考えつつ、ノルンは家路に着くのだった。


⚫️⚫️⚫️


「ほらトーカちゃん! 練習した通りに!」
「えっと……シェザールさん! この間は危ないところを助けていただき本当にありがとうございました!」

 あくる日、診療所へ向かうと、シェザールの部屋にはジェスタとトーカの姿があった。

「おやまぁ、こんなに結構は花束を私に?」
「は、はい! だってシェザールさん、私を守るためにこんな怪我を……」
「守るのは当然です。なんてったって私はお嬢様お守り隊の隊長ですから!」
「だ、だけど! そんな怪我をしてまで私は守られるような……」

 不安げにそう語るトーカの頭をシェザールはそっと撫でる。

「だってトーカ様はお嬢様の一番のお友達なのでしょう? だったらお守り隊の隊長として、同じく一生懸命守るのは当然です」
「ほら、私の言った通りでしょ? シェザールはこういう人なんだって。ねっ?」
「お嬢様のおっしゃる通りです。だからこれ以上、あまり気にしないでくださいね?」

 シェザールの言葉に、ようやく納得した様子のトーカだった。

(こういう親子の形もありかもしれないな……)

 これから先、おそらく一生シェザールがジェスタとトーカの母親だと名乗ることはないだろう。
しかしそうした関係を示す言葉がなくとも、三人の間には確かな愛情があると分かった。
 ならばそれはそれで良いのかもしれない。

 この数奇な運命に翻弄された三人に幸多からんことを祈るノルンであった。

「で、さっきからそこで覗き見しているのはノルンだな? 遠慮しないでこっちへ来なよ!」
「あ、ああ……」

 実際は、どこかでボロが出ないか不安で仕方なく、わざと距離を置いているだけなのだった。

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...