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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

シェザールの正体

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「命に別状はない。しかし一週間絶対安静だそうだ」
「そうですか……よかった、本当に……」

 ギラは心底安心した様子を見せている。
 旧知の仲らしいが、その中でも相当な仲なのはみるも明らかだった。

「少し話せます。どうしますか?」

 ハンマ先生の提案に、ギラは二つ返事で乗る。

「だったら私もーー!」
「いや、大勢で押しかけてはシェザール殿の体に響く。俺たちはまた日を改めよう」

 ノルンがそう提案すると、ジェスタは渋々取った具合に押し黙る。
 そうして山小屋へ帰り、その日は早めに床へ着くことにした。

(メガフィロキセラがあんなにも……更にシェザール殿もしばし不在……まずい状況だな……)

 ノルンはベッドに身を投げながら、そう思った。
 ただでさえ、今は人手が足りず、有志の村人たちの支援を受けてよやくまともに作業ができている現状だった。
これから夏に向けて、畑仕事は益々忙しくなってゆく。
 しかしジェスタは醸造場の建設や、仕込みの準備でてんやわんやである。

(もう少し俺も気合を入れねばな……)

 ヨーツンヘイムで葡萄を育て上げ、それをワインとするのが今のジェスタの夢である。
 ノルンも同じ気持ちを抱いている以上、この困難へ果敢に立ち向かうべき時である。

 今夜は遅いので休んでしまおう。
 そう思った矢先、扉の向こうから気配がする。

「誰だ?」
「夜分遅くに大変失礼いたします。護衛隊のダリルです」
「どうかしたか?」
「実は、折り入ってシェザール隊長よりノルン殿へお話したいことがあるそうです。申し訳ございませんが、御同行願えませんか?」

 こんな夜更けに呼び出すということなのだから、よほどの要件なのだろう。
 ノルンは二つ返事で了承し、身じたくを済ませてハンマ診療所へ向かってゆく。

⚫️⚫️⚫️

「こんばんは、ノルン殿。夜分遅くに大変申し訳ございません。また本日は大変ご迷惑をおかえいたしました……」

 ベッドから身を起こすシェザールはやや顔色は悪いものの元気そうな様子だった。

「いや構わん。それで俺に話というのはなんなんだ?」
「これからお話することは私の身の上話になります」
「話が見えん。どうして俺が、貴方の身の上話を聞く必要がある?」
「お恥ずかしながら、現状は私の心を激しく揺さぶる状況にあります。ですので今日のような失態を犯しました……」

 普段のシェザールから想像も出来なほど、疲れ切った様子が伺えた。

「すまん。意地悪をしてしまったようだ。どうして貴方が俺を頼ってくれたのかが気になって……」
「ノルン殿でしたら、きっと受け止めてくださり、いざというときは和宅を止めてくださると思いまして」
「買い被るな。俺はそこまでできた人間ではない」
「それこそご謙遜です。どうかこの愚かな女にお力添えください、勇者様……」

 突然、シェザールの体から輝きが沸き起こる。
 途端、シェザールの肌の色が、浅黒く変化する。
 髪も紫に染まり始める。

「貴方はもしや?」
「はい。私の本当の出身地は妖精の国バルカではなく、闇妖精のポッドになります。そして私が……ジェスタとトーカの母親です」

⚫️⚫️⚫️


 闇妖精のシェザールが生まれたのは、今家から400年前のこと。
 若き日の彼女は闇妖精の国ポッドの色街で、踊り子として高い人気を誇っていた。

 そんな彼女へ、お忍びでポッドへやってきていた妖精の国バルカの皇子ーーネモ・バルカは一目惚れをしてしまう。

 シェザールは当初、熱烈な彼のアプローチに困惑していた。

 妖精と闇妖精は2000年に渡り領土をとうざいで二分し、睨み合いを続けていた。
もはや何が原因で睨み合いを始めたのか、誰にも説明できなくなっていた。
誰もが長いこう着状態が続いたために、憎しみ合うのが当たり前だと思い込んでいた。
それはシェザールも同様だった。

(だけどこの王子様は違うのかもしれない……)

 ついにネモに折れたシェザールは彼を受け入れた。
 彼は囁いた言葉通りに優しくししてくれた。
 踊り子をしているよりも遥に楽で、楽しい生活を提供してくれた。

「俺は必ず東西統一を成し遂げてみせる。俺と君のお腹の中にいる子供に誓って!」
「信じているわね、ネモ……」

 そうしてバルカの王子ネモとポッドの女シェザールの間に1人の女児が生まれる。
 黄金の髪へ僅かに紫が混じった妖精と闇妖精の愛の子……後の妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスターが。

 その頃のシェザールは幸せの絶頂にあった。
しかしその幸せは長くは続かなかった。

「お願い、その子を返して!」
「下がれ! 薄汚い闇妖精の女め!」

 ネモの父で、バルカの先王ドムゥ・バルカは、事態を知るや否や、2人の屋敷に乗り込んできた。

「なんと妖精と闇妖精の子とは悍ましい……!」
「やめて! その子は! ジェスタは!!」
「ええい! この者を摘み出せ! そして二度と神聖なるバルカの血を踏ませるな!」

 こうしてシェザールは娘のジェスタを取り上げられ、バルカを追放された。
 愛を囁き、守ると約束してくれた夫のネモは最後までその場に姿を表さなかったのだった。

 そうしてシェザールは当てのない旅に出た。
 そしておよそ190年を過ぎた頃だった。

 その当時のシェザールは心身ともにボロボロであった。
 もはやこのまま野垂れ死、獣の餌になるのも悪くはないと思っていた。

「大丈夫ですか? お嬢さん……?」

 そんな彼女へ声をかけてきた若い人間の男ーー若き日のギラである。

 ギラは国ネルアガマとバルカの国境にあるジンという小さいな村に住みながら、バルカの保養地ジャハナムへ通い、葡萄栽培を学んでいた。

「ギラさん、どうして私なんかを助けたのですか?」
「……貴方がお綺麗だったからです」
「私はこれでも400歳を超えているのですよ? しかも私は妖精からも、人間からも忌み嫌われる闇妖精……」
「そんなの関係ありません! 俺は一眼見た時から貴方のことが好きになりました! 貴方さえ、シェザールさんさえ良ければ、ずっと俺のそばにいてください! お願いします!」

 190年ぶりに胸が熱くなったシェザールだった。
 人間の命は、自分たちと比べて、儚く短い。
 だったら再びいっときの幸せて得ても良いのではないか。
シェザールはギラのことを受け入れた。そうして2人の間には肌の色と耳の特徴以外はほとんど人間と変わらない娘【トーカ】が生まれた。

 ギラとの生活は充実したものだった。
 厚着をして闇妖精だということを隠し、2人でジャハナムで葡萄栽培をすることが、なによりも幸福だった。
 優しい夫と、まだ目が離せない幼い娘との何もないが、穏やかで幸せな日々。
シェザールが190年間求め続けていた生活だった。

 だがそんなある日のこと……

「み、皆、日々作業をご苦労! ようやく農業大学校を卒業できたのでここへ参った! 私はジェスタ・バルカ・トライスター! ここの葡萄を使って、ぜひ大陸一のワインを醸したいと考えているものだ! どうか私と夢を分かち合い、共に歩んでいってほしい!!」

 シェザールが我が目を疑った。
 とっくに殺されたかと思っていた、娘のジェスタが目の前に現れたのだ。
 シェザールは迷った。

 ギラは先日、ジャハナムでの農業研修を終え、次はここから遠く離れたイグル州へ引っ越すことになっていた。
シェザールもついて行く気で準備を進めていた。

 今の娘か、過去の男の娘の間でシェザールは思い悩む。

 そして彼女が選んだのは……ジェスタの方だった。
 トーカを愛していなかった分けてではない。ギラを愛さなくなったわけでもない。

 きっとジェスタは妖精と闇妖精の子として不憫な思いをしているに違いない。
 自分を見捨てた父親から、まともな愛など受け取っているはずがない。

 トーカには優しいギラがいる。

心も、身体も1つきり。王でも、貴族でも、与えられている時間は同じ。
器用を装って立ち回っても、結局物理的な時間はその分割れてしまう。
 割った1つは決して分身をした二つではない。本来あったはずの1を半分にしただけでの見せかけである。

(ごめんなさい……そしてありがとう、ギラ、トーカ……さようなら!)

 かくしてシェザールはジェスタが幽閉されて続けているジャハナムへ向かっていった。

 肌の色を魔法で誤魔化し、武功をあげ、ジェスタの護衛隊の隊長にまで上り詰める。
 今更母親面をすることはできない。
 しかしせめて、侍女として娘の力になれれば。そう願って……。


⚫️⚫️⚫️


「私は身勝手で、どうしようもない……母親なんて名乗る資格なんてありません……」

 全てを話おえたシェザールは、自嘲気味にそういった。

「事情は分かった。俺も貴方にはその資格はないと思う」

 ノルンはピシャリと言ってのける。
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