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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)
栽培醸造家ジェスタ
しおりを挟む「もう一歩何か欲しいところなのだが、何かアイディアはないか?」
ある晴れた日の午後。
ノルンは村で唯一のカフェで、友人のグスタフへ問いかける。
「うーん……なかなか無いんだよなぁ。ここでできそうな産業って……」
グスタフは困ったような返事を返してきた。
薪と枝の空輸によってヨーツンヘイムの経済は前よりは多少マシにはなった。
しかし今一歩、何かが足りず、苦しい状況が続いている。
そんな状況でもノルンは山林管理人として、村人から税を徴収しなければならない。
(どうしたらもった皆が苦しまずに納税できるようになるだろうか……)
一番の問題がノルンの頭を悩ませ続けている。
とりあえず今日はここでグスタフとの会談はお開きとなるのだった。
そして村の経済状況と同時にノルンの頭を悩ませることがもう一つ。
(早くあの大量なカボチャをなんとかせねば……またリゼルさんの力を借りるとしよう)
そう考えたノルンはハンマ診療所へ向かった。
そして窓の外から中をのぞいでみる。
大丈夫。今日は平和なのか、患者さんは1人もいない。
リゼルさんからカボチャレシピを教わるには絶好の機会!
「失礼する」
扉を開くと、カラコロとカウベルが音を放った。
「グゥー!」
「おお! ゴッ君!」
そうして待合用のソファーの上から飛び出してきた子熊を抱きしめるノルンなのだった。
「相変わらずもふもふだ。可愛いぞ!」
「グゥー!」
「こんちにはノルンさん。珍しいですね、ここにいらっしゃるだなんて」
気づくとここの主のハンマ先生が奥から出てきていた。
「リゼルさんに聞きたいことがあってな」
「そうでしたか。彼女のなら奥で調合をしているのでどうぞ」
ハンマ先生はにこやかに奥を指し示す。
そうして奥の調合室へ向かってゆくと、リゼルさんはノルンがやってきたことにも気づかないほど集中した様子で薬の調合をしている。
「忙しいところすまん」
「ひゃぁ!」
リゼルさんは素っ頓狂な声をあげて振り返った。
「ノ、ノルンさん? あー、もうびっくりしたぁ……」
「突然申し訳ない。実は折り入って相談が……」
「な、なんですか?」
「またカボチャのレシピを何か教えて欲しいんだ!」
……
……
……
「ふむ、なるほど……天麩羅か……」
「ヨーツンヘイムはごま油も生産してますので、それで揚げるとすっごく美味しいですよ」
「とても勉強になった。どうもありがとう。しかしまだ不安が残る。こうしてたびたび聞きにきても良いか?」
「え? あ、まぁ……それは……」
リゼルさんは困ったように言い淀んでしまった。
「なるべく迷惑をかけないようにするので!」
「まぁ、たまにでしたら……でも、そうホイホイここへそういう意味で来るのはダメですよ?」
「そうか?」
「そうですよ! ジェスタさんはここでの知り合いほとんどいないんですから。きっと今も寂しくノルンさんのお帰りを待っていると思いますよ?」
「いや、最近、彼女は外していることが多いんだ。今朝も早くが元気よくどこかへ出掛けていった」
そして帰ってくれば泥塗れの草まみれ。
しかしノルンが何をしているのかと聞いてもジェスタは「時がくればいずれ!」とばかり言う始末。
「それでもできるだけジェスタさんの側にいてあげてください! じゃないとレシピはもう教えません! ゴッ君との接触も禁止します!」
「そ、それは困る! 分かった……」
出会って間もないリゼルさんだが、親しみやすい性格のためか、まるで昔から知っているように感じてしまう。
そして同時に、何故か逆らえないと思うノルンなのだった。
「はい! 用事が済んだらすぐに帰る!」
「わ、わかった! 邪魔をしたな!」
リゼルさんに半ば追い出される形で、ノルンは家路を急ぐ。
すると山小屋の前で相変わらず、泥だらけの草まみれだったジェスタに出くわす。
「やぁ、お帰りノルン!」
「ただいま。そんなところに立ってどうした?」
「いよいよその時が来たんだ! 悪いがついてきてくれ!
「お、おい!」
ジェスタは軽やかな足取りで茂みへ飛び込んでゆく。
何が何だかさっぱりわからないノルンだったが、とりあえずジェスタを追ってゆく。
「どこまで行く?
「あと少しだ! もう少しだ!」
もうジェスタに続いて歩き、どれぐらいの時間が経っただろうか。
体力的には問題はないが、それでも不安を覚えるのは、きちんと暗くなるまでに山小屋へ帰れるかどうか。
「さぁ、着いたぞ! 見てくれ!」
と、目の前で立ち止まったジェスタが、自慢げに声を張っている。
「おお! ここは……!」
木々の間から見えたのは、山間にあった広大な丘陵地だった。
雑草に覆われてはいるものの、丘の一つ一つが区画に区切られているように見える。
整然と並んだ木々の間ではシェザールをはじめとした、護衛隊の面々が、道具を片手に枯れた雑草の除去を行っている。
「葡萄園か、ここは?」
「ああ! そうさ!」
ジェスタは足取り軽く、丘を下ってゆく。
ノルンも続いて、木のそばへ駆け寄った
何本もの鈍色をしたワイヤーと、上までまっすぐと伸びた枝がみえる。
「垣根仕立てだったか? この仕立て方は?」
「そう! 覚えていてくれて、嬉しく思うぞ!」
垣根仕立てとは、まず畑へ直線的に支柱を立てる。
その間にワイヤーを地面と平行になるように張って垣根を作り、その垣根に沿って葡萄の樹を植える栽培方法である。
どうやらワイン用葡萄栽培では標準的な仕立て方らしく、ジェスタもジャハナムではこの方法で葡萄を栽培していた。
「どうやらここは、前の山林管理人が所有していた葡萄園らしい。現在、私たちで剪定までできるよう整備中だ!」
ジェスタは青空へ向かって、大きく胸を開いて見せる。
燦々と降り注ぐ太陽の光が、ジェスタの白磁の肌を煌めかせる。
「暖かいな。冬だというのにここは」
ノルンもまたジェスタと同じく、太陽の恵を肌で受ける。
すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ここの日照時間はヨーツンヘイムのどこよりも長い。それに標高も高いから暖かい。そして何よりも、夜はあの山から冷たい風が吹き付けてきて、気温がグッと下がる。葡萄にとって最高の寒暖差だ! 最高のテロワールなんだよ! ここは!!」
「テロワール……たしか、葡萄栽培に関する気候条件を総称した言葉だったか?」
「ああ、そうさ! ホント、色々と覚えていてくれて嬉しいよ」
戦う時はいつも凛然としているジェスタ。
しかし、今目の前にいるのは、初めて出会った時のような、葡萄とワインを愛する美しい妖精の女性だった。
「こんな素晴らしい土地をこのままにしておくなど勿体無い! ここで真剣に栽培をすれば、きっとネルアガマ一……いや、ジャハナムを凌ぐ、大陸一の傑出したワインを醸せると思う! そこで私は、いずれここで本格的な葡萄栽培ができればと思っている!」
「なるほど……!」
ノルンにとってもジェスタにとっても僥倖だった
確かにワインは貴族を中心として、人気がある。
これをヨーツンヘイムの新たな産業にできれば、税収は安定するはず。
それに栽培と醸造に詳しく、更に腕の良いジェスタが、総指揮を取ってくれるのならば鬼に金棒である。
「事前申請なくここを勝手に弄ったことは謝る。でも、貴方を驚かせたくて、それで……事後申請になってしまうが、ここでの葡萄栽培とワイン醸造の許可をいただけないだろうか? ノルン山林管理人殿?」
「良いだろう。許可をする。微力かもしれないが俺も協力させてくれないか?
「もちろんだとも! 貴方が一緒ならこころ強いぞ!」
太陽の元でみる晴れやかなジェスタの笑顔。
顔は泥塗れではあるが、それがまたジェスタによく似合っている。
やはり彼女が立つのは過酷な戦場ではなく、こうした大自然の中なのかもしれない。
「さぁ、ここで大陸一のワインを作るぞぉ!!」
少女ように元気な声を放つジェスタをみて、ノルンは大きく胸を高鳴らせる。
勢いは良し。
しかし、実際初めてみると、大きな問題があった。
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