勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

一緒に暮らさないか。

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「気分はどうだ?」
「んっ……ふぁわぁぁぁー……バンシィ……?」

 ようやく目覚めたジェスタは視線だけで辺りを探っている。

「ここは俺が今住まいとしている山林管理人用の山小屋だ」
「そうか……どうりで……ふふ、貴方の匂いが濃いと思った……」

 ジェスタは嬉しそうに頬を緩ませている。
どうやら笑えるほどの元気はあるらしい。

(ひとまずは安心といったところか……)

「なぁ、ノルン。こうして君が穏やかな顔をしているということはうまくいったんだよな?」
「ああ。君のおかげでファメタスの残滓はすっかり消えてなくなった。ヨーツンヘイムは守られた。全て君のおかげだ」
「そうか」
「ヨーツンヘイムの山林管理人として深く礼をいう。本当にありがとう」
「それは寂しい」
「さ、寂しい? なんだ、それは……」
「わからんならいい」

 ジェスタはまるで子供のようにそういうと、布団を頭からかぶってしまう。
 なんとなく"バカ“と言われたような、言われなかったような。
 ともあれ元気そうで、さらに命に別状がないのは十分に分かったノルンなのだった。
そうして聞こえた腹の虫の叫び声。

「お腹すいた」
「分かった。支度をしてくる」

 ノルンは立ち上がり、部屋を出てゆく。
そして扉の前でずっとジェスタの容体を気にかけていたシェザールや護衛隊の面々と出くわす。

「姫様のご様子は?」
「腹が減ったと要求するぐらい元気な様子だ」

 そう報告するとシェザール達は一斉に安堵のため息を漏らす。

「しかしここに来てからジェスタは随分子供っぽい態度を取っているような気がする。もしやあれが彼女の本質か?」
「ご明察です、ノルン殿。外では毅然と振る舞っていらっしゃいますが、姫様の本質は我儘で、世間知らずなお子様です。たしか、姫様を三姫士に誘われた時もご苦労なさいましたよね?」

 そういえばものを投げつけられた挙句、腹をレイピアで刺されたことがあるような気がした。
もっともその当時のノルンは聖剣の加護によって、刺し傷くらいはなんてことはなかったので記憶に残らなかったのかもしれない。

「リラックスしている証拠ですが、不快ならば諌めます」
「いや、大丈夫だ。気遣いありがとう。ところで君の見立てでは、ジェスタはどうなんだ?」

 シェザールはジェスタの侍女で、護衛隊の隊長で、更に魔法の指導者だったらしい。

「実際に状況に目にするまでは確定ではありません。しかしあれだけの長時間、更に広範囲でムーンライトバタフライお使いになられたのですから……」
「今後の見込みはあるのか?」
「更にゆっくりとされれば、あるいは……しかしずっとこのままの可能性も……」

 シェザールの不安げな様子から、状況は芳しくないのだと感じる。

「参ったな。何か手立てはあるのか?」
「魔力は精神的な要因も存在します。姫様は、その……とてもノルン殿ことを信頼しておいでです」
「それは分かっている。しかしそれと、今のジェスタの状態とどんな関係があるんだ?」
「もしかすると……ノルン殿と長い時を過ごすことによって回復される見込みが……」
「何を私に隠れて話をしてるんだい? しかもよりにもよってノルンと!」

 気づけば後ろにはジェスタがいて、不満そうに頬を膨らませていた。

「これは大変失礼致しました。ご無礼をお許しください。ノルン殿とは、少し大人のお話をしておりまして」
「お、大人ぁ!? あ、あ、そ、それって……!」
「ふふ……ではノルン殿、一度ご検討願いますね?」
「あ、ああ」

 シェザールは何故か妖艶にそう言い置いて、護衛隊と共に山小屋を出て行く。
 そして更なる悲鳴を上げたジェスタの腹の虫。

「お腹が空きすぎて、昇天しそうだ……」
「もう少し待ってくれ。すぐに用意する」
「それにしても……」
「ん?」
「貴方は聖剣なしでは誰彼構わず手を出すような、ユニコン以上の色欲魔なのか?」
「ち、違う! 誤解するな! あれはシェザール殿の言い方の問題で……!」

 やはりジェスタは元気そうで、更に物凄くリラックスしているらしい。


⚫️⚫️⚫️

「いやぁ! アヒージョだったか? すっごく美味しかったぞ!」

 ノルンの容易した夕食を平らげ、ジェスタはすごく満足そうだった。

「しかし、不思議だ。貴方は聖剣のおかげでずっと食事が不要だったのだろ? どうしてこんなにも美味い料理が作れるんだ?」
「修行時代は普通に食べられたし、師やロトの食事は俺が準備していた。付け加えると、俺がロトの料理の師匠でもある」
「なんと! あのお料理上手なロトの師匠!? これは意外な真実だ! ふふ……さぁて!」

 突然ジェスタは立ち上がった。

「どうしたそんなに気合を入れて?」
「なにって腹下しの運動に出るのさ! 一緒に旅をしていた頃も同じようにしていただだろう?」
「そういえば、そうだったな。しかし大丈夫か?」
「ありがとう。ご覧の通り私は元気さ!」
「そうか……しかし夜の森は意外と危険だ。すぐに戻ってこい」
「分かっている。それじゃ行ってきます!」

 ジェスタはそう言い置いて、山小屋を出て行った。
 突然、山小屋がシンと静まり返り、寂しさが湧き起こってくる。

 昨日まではずっと1人で山小屋暮らしをしていたので、実際は元に戻ったというのが正しい。
それでも静寂を寂しさと捉えるのは、単にジェスタの存在の有無が関わっているのだろう。

(子供っぽくて、よく笑うジェスタか……冷静な立ち振る舞いよりも、よっぽど彼女らしい……)

 ノルンはそんなことを考えつつ、ジェスタの帰りを待つ。
しかし待てど暮らせどジェスタは戻ってはこない。
不安は募りに募って……やがてノルンは腰へ薪割短刀を指すと、無我夢中で山小屋を飛び出してゆく。

「ジェスター! どこにいる! 返事をしろぉー!!」

 ノルンの叫びは暗い森に飲み込まれ消えてゆく。
 彼の胸が激しくざわついた。どうしてここまで自分が動揺しているのかはわからない。

「ジェスタ! ジェスタァー!!」

 ノルンは激しい恐れに苛まれながら、暗い森の中を必死にジェスタの姿を求めて駆け回る。

「はぁ……」

 耳が僅かに息づかいを感じた。
 踵で急制動をかけ、そのままため息の聞こえた茂みへ身体を飛び込ませる。

「わわっ!!」

 そして木に背中を預けながら素っ頓狂な声をあげるジェスタの前に出るのだった。

「無事か!? 何もなかったか!? どうなんだ!?」
「あ、あ、えっ? べ、別になにも……?」
「そうか……良かった……」
「もしかして、私のことを?」
「当たり前だ! すぐに戻ると言って、なかなか戻らなければ心配するではないか!!」

 ノルンは無我夢中でジェスタを怒鳴りつけた。
 そしてすぐさま、怒鳴るほどのことではないと思い返す。
しかしノルンの怒声を浴びたジェスタは、少し申し訳なさそうに、それでも笑っていた。

「ごめんなさい、心配をかけてしまって。でも、貴方が心配してくれたの、とっても嬉しかったぞ……」
「だが、すまん。どうやら聖剣のない俺は随分と感情的な人間のようだ」
「いいさ、それがノルンの本質なら、それで……」
「ところでこんなところで何を?」

 ジェスタは言葉の代わりに苦笑いを浮かべる。
そして少しノルンから離れると、腕を開いた。

「参れ! “ナイジェル・ギャレット”!」

 いつもは風が吹きすさび、どこからともなく現れたレイピアが、彼女の手に握られていた。
だが、ジェスタの叫びは森の中へ溶けて消えてゆくだけ。

「ビムサーベルっ!」

 鋭く手刀を繰り出すが、手首がヒュンと空を切るのみ。

「ダメか……ノルン、どうやら私は三姫士の1人であるにも関わらず、戦う力のみを失ってしまったらしい……」
「そうか……やはり……」
「知ってたのか?」
「シェザール殿から、その可能性があるということは聞いていた」
「そっか……やっぱシェザールは凄いや。なんでもお見通しだ……」

 ジェスタの瞳から涙がボロボロと溢れ始める。
彼女はまるで、子供のようにワンワンと泣き出す。

「お、おい、ジェスタ!」
「ごめんね、バンシィ……本当にごめん。もう私、貴方と一緒に……貴方の代わりに戦えなくなっちゃったよ。しかもなんでこんな中途半端な……」
「……」
「あーあ! 私、死んじゃえば良かったのになぁ!」
「ジェスタ」
「こんなんじゃカッコ悪いよ! 最悪だよ! 魔法の使えない妖精なんて、ただの羽虫だよ! ははは!」
「いい加減にしろ!」

 ノルンは激しくそう叫びながら、彼女を肩をつかんで、無理やり自分の方を向かせる。

「死ねば良かったとかそういうことを軽々しく口にするな!」
「あ、あの、えっと……」
「確かに俺も、お前の死を覚悟した。だけど、お前はどんな形であれ生き残った。それが嬉しいんだ! だから、死ねば良かったとか、そういうことは言わないでくれ!!」
「す、すまなかった……迂闊だったよ……」

 ジェスタはバツが悪そうにノルンから視線を外す。

「こちらこそいきなり怒鳴って悪かった。そしてその……俺からの提案がある」
「提案?」
「一緒に暮らさないか?」
「はぇっ!?」

 ジェスタは素っ頓狂な声をあげると、顔が耳の先まで真っ赤に染める。

「い、いきなりどうしたんだい!?」
「君の魔力が、俺と一緒に暮らすことで戻るかもしれないんだ」

 ノルンは先程、シェザールから聞いたことと、かつて学んだ魔力に基礎に従って、説明を開始する。

 魔力とは精神の影響を受けやすい。
 もしかするとジェスタの魔力は失われたのではなく、身体や精神を守るための休眠期間に入っているのではないか。

「シェザール殿話では、君は俺といることでストレスを感じにくくなっているらしい」
「ま、まぁ、そうだが……」
「ならば俺と一緒に暮らし、ストレスを少なくすればあるいは!」
「……良いのか? 本当に?」

 ジェスタは上目遣いで不安げに聞いてくる。
その様が妙に扇情的で、ノルンの胸が大きく高鳴ったのは言うまでもない。

「構わん! それがエウゴ大陸の……ジェスタのためならば! だからジェスタ、俺と一緒に暫く暮らさないか!?」
「……分かったよ。喜んで」

 ジェスタは微笑むと、ノルンの手に、自分の手を重ねてくる。

 こうして勇者崩れのノルンと、すっかり魔力を失ったジェスタとの共同生活が始まったのである。

(必ずジェスタの魔力を戻して見せる!)


⚫️⚫️⚫️


ドンガラガッシャン! バリバリ! ガガガっ!

「な、なんだ!?」

 激しい破砕音が扉の向こうから聞こえた。
 ノルンは布団を払い除け、ベッドから飛び降り、扉を蹴破る。

「ジェスタ! なにかあったのか!?」
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