上 下
81 / 105
第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

酔っ払いのジェスタ

しおりを挟む

「ワイン飲みたかったなぁ……今日は暑いから、キンキンに冷やしたスパークリングか、白ワインが飲みたかったなぁ……」
「贅沢を言うな。無かったものは仕方ないじゃないか」

 ノルンがピシャリとそう言って退けると、ジェスタは仕方ないと言った様子で温めのエールに口をつけた。

「うー……でもやっぱりワインが飲みたい! やはりシェザールに街まで行って買ってきて貰うとしよう!」
「よさないか! シェザール殿は君の護衛で、使いっ走りではない! それに街へは馬竜でも片道半日はかかるんだぞ?」
「たしか貴方の言う通りだ! ならば光の翼を使って私自ら!」
「そんなことのために一緒にビュルネイを倒したわけじゃないんだぞ!」

 魔貴族ビュルネイとは、黒の勇者時代にジェスタと共に倒した魔王軍の幹部である。
その戦いのおかげでジェスタは三姫士の1人となって、伝説の力“光の翼"を手に入れていた。

「あはは! あのいつも冷静な貴方が私へツッコミを入れるなど新鮮だなぁ!」
「もしや君は……?」
「まぁ、温いエールだけど……ひっく!……昼酒ってこんなに良いものなんだなぁ! アンクシャの気持ちがよくわかるぞ! あはは!」

 どうやらたった数口エールを飲んだだけで酔っぱらっているらしい。
そういえば、ジェスタは酒好きだか、仲間の中では弱い方だったと思い出す。
だがそれにしても酔いすぎだとは思う。

「目の前にバンシィが……ふふ……ああ、もう本当に、休みを選択して正解だったぞ……うふふ……ありがとうみんな……」

(相当ストレスが溜まっていたようだな……)

 黒の勇者バンシィの消失は、彼女たちへ想像以上の負担をかけていたらしい。
実際、勇者を無理やり引退させられたため、ノルン自身がどうにかできたことではない。
しかし少なくとも当事者の1人であるので、申し訳なさを抱かずにはいられなかった。

 本音を言えばジェスタには聞きたいことがたくさんあるのだが……今はそっとしておいてやったほうが良いのかもしれない。

「リゼルさんのご飯……ふふ、楽しみだなぁ……!」
「彼女がせっかくもてなしてくれるんだ。あまり飲みすぎて料理を台無しにするなよ?」
「むぅ! 私は人からの恩や食べ物を粗末になんかしないんだぞ!」
「お待たせしましたぁー!」

 タイミング良く、向こうから料理を持ったリゼルさんが現れる。
 供出されたのは、濃厚なミルクの香りを漂わせつつも、ひんやりと良く冷えた冷製パスタ。

「お芋で作ったソースをパスタに絡めてみました。冷たいですから、意外とするりと食べられますよ!」
「なんと! これは……んん! 美味いぞ! これは美味いぞぉ!」
「お、おい、ジェスタ……」
「しかしこれだったらワインだ! やはりワインがのーみーた……ひぃっ!!」

 突然、ジェスタは悲鳴をあげ、顔を真っ青に染め上げる。
 誰だっていきなり、たとえバターナイフであろうとも、目の前に突きつけられれば驚くと言うもの。

「姫……じゃなかった……コホン! ジェスタ様、楽しいのは理解できます。心が軽やかなのも良いことです。しかし! 少々度がすぎておいでです」

 いつの間にかジェスタの隣に現れていたのは凛とした妖精の女性――ジェスタの侍女で護衛隊の隊長【シェザール】である。

「ご、ごめん、シェザール……」

 ジェスタはまるで子供のように謝罪を述べる。
 シェザールは侍女といっても、小さい頃から面倒をみているためか、母親や姉のような接し方をしていることが多い。
そんなシェザールを、ジェスタ自身も好いているの、見ていればよくわかる。

「わかれば宜しいのです。ノルン様、リゼル様。楽しい会食に水を差してしまい大変申し訳ございませんでした。私はこれにて下がらせていたきます……が!」

 シェザールは再度、ジェスタへ鋭い視線を送った。

「ジェスタ様は、くれぐれも上品に。品位を忘れずに。良いですね?」
「う、うん……わかった……」

 今度こそシェザールは典雅な動作で一礼すると、音もなくその場から去っていった。

「とりあえず、なんだ……もう少し飲むか?」
「あ、ああ……ありがとう」
「それだけジェスタさんはノルンさんに会えたことが嬉しかったんですよね?」

 ジェスタに気を遣ってか、リゼルさんは優しくそう言った。

「それだけジェスタさんは……その……」
「?」
「ノルンさんのことが……す、好きってことですよね?」
「リ、リゼルさん!?」

 ジェスタは素っ頓狂な声を上げると、長い耳の先まで真っ赤に染めてゆく。

「好きは好きだが、その好きではなく! 私は、あくまで戦士として、1人の人間として彼を……!」
「あっ、デザートでレアチーズケーキ仕込んでたんだ! お二人もごゆっくりー」
「リゼルさんっ!!」

 リゼルはそういって、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。
なんとも言えない恥ずかしい空気がノルンとジェスタを包み込んでいる。

「と、ところでジェスタ。休暇とはいったいなんなんだ?」

 どうにかしてこの空気感を打破したかったノルンはそう口走る。
そうして口に出してようやく、今聞くべきことではないことだとも思った。
現にさきほどまで元気一杯だったジェスタが暗い顔をしている。

「すまないジェスタ……デリカシーが無かったな」
「いえ……はぁー……分かった。素直に話す。しかし一つ先に言っておく。私は決して貴方を責める気はないからな……」

 ジェスタはここまでの経緯を細かく語ってくれた。
改めて彼女たちがどれほど辛い気持ちと状況になったか思い知らされるノルンだった。

「本当に苦労をかけた。すまん!」
「だ、だから! 貴方のせいじゃないって分かっているから!」
「しかし!」
「いや、良いんだよ、本当に。みんなには申し訳ないのは分かっているけど……貴方が今でもこうして元気でいるのが分かったから……私はそれで……」
「ジェスタ……お前……」
「と・に・か・く! 今の私は休暇の身! そしてこうしてまた貴方に、ノルンに出会えたんだ! きちんと穴埋めはしてもらうからな?」

 ジェスタは頬を上気させながら、少し妖艶に微笑んでみせる。
 いつもとは違う天真爛漫なジェスタの様子に、ノルンの胸が僅かに震える。

 しかしそんな暖かい空気の中へ、嫌な気配が割り込んできた。

「これは――!?」

 つい先程まで、笑顔を振りまいていたジェスタも、表情が妖精騎士のソレに代わっている。

「まさか、こんな辺境にまで?」
「すまないジェスタ! 力を貸してくれ!」
「勿論だとも!」

 ノルンとジェスタは遮二無二、ハンマ先生の診療所を飛び出してゆく。

 そんな2人の背中を見つめる影が一つ。

「……御免なさい、ジェスタさん……ノルン様……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

魔王を討伐したので年上メイドと辺境でスローライフします!

ファンタジー
「はい、僕は本当はのんびり生きたいだけなんです」  圧倒的な強さを誇った魔王を打ち倒した、無敵の聖剣ブレイブを使う勇者ユウキは、世界を救った報酬に辺境ではあるが風光明媚と名高いフロア村のお屋敷を貰った。  お屋敷には勇者の護衛兼メイドとして絶世の美女であるアイリーン・ド・ブラック、通称アイリさんという妙齢の女性が付いてきた。母性があって料理が上手で床上手で(処女だが)  彼女は男の憧れがぎゅっと詰まったスーパー可愛いメイドさん。  アイリさんが用意してくれる地元食材を使った絶品料理に舌鼓を打ち、釣りをしたり家庭菜園をしたりとスローライフを満喫するユウキ。  二人は急速に接近してラブラブに……わたくしはただのメイドですからと澄ましてみるも、女の子の色んな部分が反応しちゃう。  そこへユウキのかつての恋人大聖女ルシアがやってきて、なにやら事件を持ち込んできたのだが……。  しっかりメイドさんにお世話されながらのスローライフな日常、たま~に冒険があったり。  小説家になろう及びアルファポリスで掲載です。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

処理中です...