勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

突然の再会

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「も、もしかして君は……!」
「もしや貴方は……!」

 妖精は目にじんわり涙を浮かべながらゆっくりとノルンヘ歩み寄ってくる。

「バンシィ――ッ!!」

 妖精はいきなり抱きついてきた。
 控えめな胸がグリグリと押し当てられている。

「ジェ、ジェスタか!? ジェスタなのか!?」

「そうだ! ジェスタだ! 貴方が任命してくれたサブリーダーで、妖精剣士のジェスタ・バルカ・トライスターだ!」

「どうしてここに君が……?

「ああ、バンシィだ! バンシィ! まさか、こんなところでまた逢えるだなんて……うう! ひくっ! お休みを取って本当に良かったぁ!!」

 しかしジェスタはノルンの言葉などなんのその。
ワンワン喚きながら、ギュウギュウ抱き着いてきて、更にムニムニと胸を押し当ててきている。

「と、とりあえず離れろ! こんな公衆の面前!!」

 周囲の村人は何事かとノルンとジェスタへ視線を注いでいた。
 中にはここ最近で親しくなった材木業者のガルスがいて、ニヤニヤとした視線を送っている。

「はぁ……もう離さない! 絶対に離れない! 私は貴方が……貴方のことが好きなんだ!」

「――っ!!」

「大好きなんだぁぁぁ! もう二度と離れ離れになるもんかぁぁぁ!!」

 もはや公開処刑である。


⚫️⚫️⚫️


「い、いきなり済まなかったな……あの好きは、えっと……戦士としての貴方への尊敬の意味であって……」
「そ、そうか……」

 言い訳なのは、本当にそうなのか。
ちょっぴり残念に思うノルンだった。

 2人は今、村の中心にある噴水に並んで腰を下ろしている。
そしてちょうど、これまでの経緯を説明し得たばかりだった。

「山林管理人のノルン……それが今の貴方なのだな?」
「ああ」
「しかしやはり連合とユニコンの言ったことは全て嘘だったということか……おのれ……」
「聖剣がユニコンを勇者に選んだのは紛れもない事実だ。あながち嘘とは言い切れん」
「それはそうだが! しかし私たちは……いや、私は……!」

 ジェスタは涙を溜めた。
普段は冷静で、毅然としている彼女がここまで取り乱すなど珍しいことだった。
やはりメッセージを含ませた弱小精霊は、彼女達のところへ届いていなかったらしい。

「今度はこちらから質問をさせてもらう。ジェスタ、お前はどうしてこんなところにいるんだ? 戦いはどうしたんだ?」
「それは、その……」
「あ、あの! お話し中のところすみません!」

 言い淀むジェスタの声を別の声が打ち消してくる。
声の方へ視線を向けると、そこには明るい服装の少女がいた。
やや緊張しているようにみえるのは、やはりノルンの顔つきが怖いからか否か。

「やぁ、リゼルさん! お加減はどうだい?」
「ありがとうございました。ジェスタ様のおかげですっかりと」
「そうか! ならば良かった! しかし"様“は少し大袈裟じゃないか?」
「いえ、その……あの……貴方様は三姫士の妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター様ですよね……?」
「ど、どうしてその名を!?」
「覚えていらっしゃいませんか? ゾゴック村の……」
「ん……? ああ、そうか!」

 ジェスタよりも先に、ノルンが声を上げる。

「覚えていないか? ゾゴック村の邪教と邪竜の件!」
「んー……ああ! 思い出したぞ! 確か君は、生贄にされそうになっていたゾゴック村のリゼルさん!!」
「はい! 思い出していただけて光栄です! 一度ならず二度までもお助けいただきありがとうございました!」

 ゾゴック村からの旅人のリゼルさんは人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
 するとノルンは鋭い視線をリゼルさんへ向ける。

「念のために確認する。君は俺が誰だかわかるか?」
「あ、えっと……」
「はっきりと答えろ」
「そ、そのぉ……」
「ダメじゃないかバン……じゃなかったな……ノ、ノルン! 貴方の目つきは鋭いんだ。そんな目で睨まれたら誰でも怯えてしまうだろうが」

 ジェスタはリゼルさんへ綺麗な微笑みを送る。

「彼はノルンといって新任のヨーツンヘイムの山林管理人で、私の古い友人なんだ」
「そ、そうでしたか! あはは! ごめんなさい! 少し以前お世話になった方にそっくりな気がして」
「さっき貴方が声をあげたのも、私が聞かせた邪教と邪竜討伐の話を思い出してのことなんだよな? 貴方はあの冒険の話を絵で表現してしまうくらい、とても気に入っていたからな」
「あ、ああ、そうだ! そうなんだ……」

 やはりジェスタは頭の回転が早く頼りになると感じるノルンなのだった。
 絵心なんてノルンにはないのだが、とりあえず合わせておくことにした。

「ところでリゼルさん、なにか私に用があるのだろ?」
「は、はい! 助けて頂いたいのでせめてお礼をと思いまして。小額で申し訳ないのですけれども……」

 おそらく泣けなしなのだろう、リゼルは金の入った小袋を両手で差し出してきた。

「そんな気を使わなくなっていいさ。好きでやったことだからね」
「で、でも!」
「良いからそんなものをしまって……」

 と、その時盛大に誰かの腹の虫が悲鳴を上げた。

 ノルンでもない。リゼルさんでも無さそうである。

「あはは……これはお恥ずかしいところを……そういえば昨晩から何も食べていなかったな」
「そうでしたか! だったらせめてお昼ご飯くらいはご馳走させてください! これでもお料理には自信があります!」
「いや、だから、そこまで気を使わなくても……」
「1時間で支度します! 時間になりましたらハンマ先生の診療所にいらしてください! ノルンさ……ん、も是非ご一緒にどうぞっ!」

 リゼルさんはそう一方的に捲し立てると、道の向こうへ走り去ってゆく。

「あれだけ元気があればもう心配はなさそうだな! さぁて、では我々も準備をしようじゃないか!」
「準備? 何か必要なのか?」
「せっかく招待されたんだ。こちらも相応の手土産を用意しないと」
「なるほど。確かに」
「この村に酒を扱っている店はあるかい?」
「まさか、お前、昼から……?」

 ノルンがそういうと、ジェスタはまるで少女のように破顔する。

「休暇なんだ! 別に良いじゃないか! さぁ、案内してくれ!」
「あ、ああ…」
「ここにはどんなワインが売っているのかなぁ! 楽しみだなぁ!」

 ジェスタは意気揚々と歩き出す。

(ここには彼女が好みそうなワインなど無いのだが……)

 しかしジェスタが楽しそうにしているので、とりあえず店に行くまで黙っておくことにしたノルンなのだった。

「なぁ、ノルン」
「?」
「いいや、なんでもない。ふふ……やはり貴方が傍にいると嬉しいなぁ……」
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