勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

文字の大きさ
上 下
78 / 105
第一部 四章【新たなる物語の幕開け】

新たなる物語の幕開け

しおりを挟む

(ノルン様、どうかご無事で……ノルン様っ……!)

 リゼルは一人、炎で赤く彩られた山を見て祈りを捧げていた。
 いつも以上に不安が押し寄せ、胸が押し潰されるように痛む。

 きっとそれは、リゼルの中に存在するもう一つの命が、彼女と共に不安を覚えているからだった。

(もう止めて……こんなことはもう……! ファメタス教えて、私はどうしたら……)

「あ、あれはなんだ!?」

 村人の一人が声をあげ、空を指し示す。
 リゼルが空を見上げると、金色の輝きが流星のように夜を切り裂いていたのだった。


⚫️⚫️⚫️


「ZETAAAAA!!」
「ぐわぁ! ああ――!!」

 炎のゼタの火炎流が、漆黒の鎧姿のノルンを飲み込む。
 直撃ならば、身体が一瞬で消し炭になるところだった。
鎧のおかげで、辛くもその状態は避けらているものの、強い熱が彼を蒸し焼きにしている。

「弱い……弱すぎる! 貴様、この10年、一体何をしていたのだ!!」

 地面へ突っ伏したノルンへ、ゼタは不満げに声を荒げた。

「わ、悪いな……これが今の俺の……全力だぁぁぁ!」

 ノルンは竜牙剣を思い切り薙ぐ。
しかしそれさえも、ゼタは指一本で、あっさりと受け止めてみせた。

「残念だ! 残念でならない……しかし、私は貴様を愛している。貴様の内に宿る戦士としての誇りに強い好意を抱いている。その想いは今も変わらない……!」

「ぐっ……!」

「未だ私は貴様ならば、私を楽しませてくれると信じている! 故に今回も大目に見よう。未来へ希望を託すとしよう!」


 ノルンはゼタの覇気に吹き飛ばされた。
 そして炎の魔人はノルンを無視して、歩き出す。

「き、貴様、何を……?」
「弱者は強者によって何もかも奪われる。そしてまた失わぬよう、己を磨き強くなる……故に10年前と同じことをするまでだ」
「ま、待て! 待ってくれ……ぐぐぐっ!!」

 ノルンは去りゆくゼタへ必死に手を伸ばす。しかし、身体は動かず、ゼタを止めることができない。

(また失うのか……俺は……!)

 ノルンは悔しさのあまり、焼け焦げた芝生を握りしめる。
芝生は彼の手の中で灰となって、消えた。

「ぬっ!?」

 突然、唸りが上げたゼタが飛び上がった。
 そんな赤き魔人を追って、翡翠色に輝く無数の剣が飛翔する。

「ええい! 小癪な! ZETAAAAA!!」

 ゼタは外套を翻し、飛翔する翡翠の剣へ熱風を吹き付ける。
 強い熱風を受けた剣が揺らぎだす。

「タイムシフト!」

 凛とした言葉が響き渡った。
 滞空するゼタの時間だけが逆行し、放った熱風が真っ赤な外套へ戻ってゆく。
 勢いを取り戻した翡翠の剣が再びゼタを狙いだす。

「ふんっ!」

 しかし時間を戻されても、ゼタは気合とともに熱気を放ち、翡翠の剣を吹き飛ばした。

「時間操作か。なかなか面白い真似――ッ!?」

 ゼタは外套を翻し、高速で移動をした。
それまでゼタがいたところへ、今度は鋼のカブトムシが過ってゆく。

「そっち行ったぞ、デルタ!」
「ンガァァァ!!」

 黒雲を割り、巨大な竜牙剣を上段へ構えた竜人の姫:闘士デルタが急降下攻撃を仕掛ける。
だがそれさえもゼタはひらりと避けてみせた。

「はぁぁぁぁーっ!」

 そんなゼタを狙って、木々の間から矢のような速度でジェスタが滑空してきた。
するとゼタは先読みをしてたかのように、手を翳し、ジェスタの突き出したレイピアの鋒を受け止めてみせる。

「この程度のフェイントで私を捉えられると思うなっ!」

 ゼタの強い熱気が、ジェスタを木の葉のように吹き飛ばす。

「無事か、ジェスタ?」
「あ、ああ……助かった」

 デルタに受け止めて貰ったジェスタは地上へ舞い戻る。

「なんだよなんだよ、せっかくお膳だでしてやったっていうのに、だっせーなぁ!」
「う、うるさい! 仕方ないじゃないか! だいたいアンクシャもだな……」
「今はやめましょう、お二人とも」

 ジェスタとアンクシャの間へ入ったのは、荘厳な剣と、禍々しい大楯を持った、黄金の輝きを放つ少女だった。

「君は……ロトなのか?」

 ノルンは思わず、黄金の輝きを放つ少女へ問いかける。

「お待たせ、兄さん。もう今の私はロト、じゃないんだよ……」
「まさか、お前……」
「今の私は黄金の勇者フェニクス。ようやくリディ様から頂いた名前を使う決心がついたんだ……」
「……そうか、今度はお前が……」

 ノルンはロトを改め、フェニクスが持つタイムセイバーを見て、全てを察する。
 ロトが何を手に入れ、何を失ったかを。その決断をした彼女の意思を……。

「おお……おおお! この甘美なる力! 感じる、感じるぞ……まさか、あの時の少年ではなく、少女の方がこうも成長しようとは! ふはははは!! あははは!!」

 ゼタはフェニクスへ興奮した様子をみせる。
 フェニクスは眉間へ僅かに皺を寄せ不快感を露わにした。

「兄さん、これを」

 フェニクスは周囲に滞空して翡翠色の剣をノルンへ差し出す。

「この剣はリディ様の……?」
「うん。この間ようやく回収することができたの。これを兄さんへ……」
「しかし、今の俺は……」

 かつて剣聖リディはロトのことを密かに高く評価していた。
しかしロトには精神的な脆さがあるため、彼女が成長するまでの期間ノルンが勇者を引き受けることにしていた。

 その甲斐あってか、ロトは心を成長させることができたらしい。
 なによりも、リディの見立ては正しく、タイムセイバーを手にしたロトは、ユニコンは愚か、ノルンさえも超える強大な力を持つ勇者となっていた。

 もはや、ロトは天上の存在となった。
 ノルンがロトへ与えられることは何もなかった。
 ノルンの存在など必要とはしていない。
 ノルンはロトにとって邪魔になる存在でしかなかった。
 もはや――共に戦うことなど、畏れ多いことだった。

 そう思うノルンへ、フェニクスはふるふると首を横へ振ってみせた。

「一緒に戦って欲しいの」

「……」

「お願い……兄さん! 私はまだこの力をうまく使えない。この山のどこで戦っていいのか。どこを壊しちゃダメで、どこを守らなきゃいけないかよくわからないの」

「ロ……ではなく、勇者フェニクスの言う通りだ。敵が強大な以上、我らは地の利を生かさねばならん。頼む、力を貸してくれ! ノルン山林管理人殿!」

 ジェスタが声を上げた。

「そそ! よろしく頼むよ、ノルン! じゃないと、僕とジェスタ喧嘩始めちゃうもんねー」

 アンクシャははにかみながら、頼んでくる。

「我、ノルンの命令が欲しい! お前と共に戦いたい!」

 デルタも期待の視線を寄せてくる。

 8つの瞳がノルンを映し出す。
 ノルンの中で今も生き続けている、剣聖リディが背中を押してくれたような気がした。

"頑張るんだ、ノルン! 今のお前でもできる! お前ならできる!"

(ありがとうございます、リディ様……!)

ノルンはロトから翡翠の剣を受け取った。

「目覚めよ――翡輝剣クシャトリヤ!」

 鞘から解放した剣は、ノルンの漆黒の鎧を、眩い緑の輝きで照らし出す。
彼は、恩師の形見を炎の魔人へ突きつけた。

「さぁ、第二ラウンドの開始だ! 次は負けんぞ、、炎のゼタ!」

「ふふ……ふははは!! 良い! 良いぞ! これぞ、私が長年に渡って求めた闘争……さぁ! 今一度、回復してやろう! 貴様らの全力を持って、この私を止めてみるがいい!!」

「兄さん! 間もなくユニコン殿下が軍勢を連れてヨーツンヘイムへ来てくれるよ! だから私たちは炎のゼタを!」

 後顧の憂いは無くなった。もはや負ける気など毛頭ない!

「いくぞ、運命の三姫士! そして勇者フェネクスよ! ここで炎のゼタを倒し、戦争終結への足掛かりとする!」

「「「「イエス マイ ブレイブッ!」」」」


――これが、後の世に語り継がれることとなる【ヨーツンヘイムの戦い】である。

 対魔連合が全ての四天王を倒した歴史的瞬間だった。
 しかし、この戦いは終わりの始まりでしかなかった。

「ビムサーベルっ! はぁぁっ!!」

 妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター。

EDFアースディフェンスフォース全力発進! 雑魚を殲滅しろォォォ!!」

 鉱人術士アンクシャ・アッシマ・ブラン。

「愛の力を源に……邪悪な空間を断ち斬る! らいッ! 斬空龍牙剣! ンガァァァ!!」

 龍人闘士デルタ・ウェイブライダ・ドダイ。

「相手は炎……フレイムフィンガーは使えない……なら! 行って! 飛翔竜牙ドラグーンファング!!」

 盾の戦士ロトを改め、黄金の勇者フェニクス。
 そんな英雄豪傑を従えるは、この中で唯一の一般人――

「おおおっ!!」
「ぐぬぅ!?」

 元黒の勇者、そして今はヨーツンヘイム山林管理人のノルン。

 ノルンとヨーツンヘイム。
 新たに誕生した黄金勇者一行。

命を守る戦士たちと邪悪な魔王ガダム軍との最終決戦の火蓋が切って落とされたのである。

「俺は守ってみせる! リゼルを、ヨーツンヘイムを、皆の未来をぉー!!」


 第一部 おわり
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ハズレ召喚として追放されたボクは、拡大縮小カメラアプリで異世界無双

さこゼロ
ファンタジー
突然、異世界に転生召喚された4人の少年少女たち。儀式を行った者たちに言われるがまま、手に持っていたスマホのアプリを起動させる。 ある者は聖騎士の剣と盾、 ある者は聖女のローブ、 それぞれのスマホからアイテムが出現する。 そんな中、ひとりの少年のスマホには、画面にカメラアプリが起動しただけ。 ハズレ者として追放されたこの少年は、これからどうなるのでしょうか… if分岐の続編として、 「帰還した勇者を護るため、今度は私が転移します!」を公開しています(^^)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...