66 / 105
第一部 三章【かつての仲間達がヨーツンヘイムへやってきた!】
この世でたった二人きりの兄妹
しおりを挟む「すっごい行列ですねぇ……」
買い物途中にリゼルは、酒場の前の長蛇の列を見て、そう呟いた。
相変わらずの盛況ぶりである。
「おや……? ノルン! リゼルさん、こんにちは!」
振り返ると盆にグラスを乗せたジェスタが駆け寄ってくる。
「ジェスタか。そんな格好をしてどうした?」
珍しいエプロン姿のジェスタは、少し恥ずかしそうに頬を掻く仕草をする。
「ワインの試飲提供をしているんだ。ロトに誘われてな。せっかくの機会だし、ジャハナムのワインを皆に知ってもらおうと思って……アンクシャとデルタも居るんだぞ」
「ふぃー……疲れたぁー……飯、飯っと……あむ! んー!! やっぱロトちゃんのジャムサンドは最高だなぁ!」
酒場の傍にある扉から、アンクシャがサンドイッチを齧りながら現れる。
彼女もまたエプロン姿だった。
「お前は料理か、アンクシャ?」
「おっ! ノルンじゃん! そうさ! ロトちゃんに天麩羅の調理頼まれてねー。今日のロトちゃん弁当は、このアンクシャ様とのコラボ! 特製イシイタケ天麩羅弁当なんだぜ!」
「アンクシャ、邪魔!」
声と共に、複数の竜人の影が落ちてくる。
大きくて重そうな木箱を軽々と持って飛ぶ、デルタとオッゴだった。
今日のオッゴは非番なのだが、またデルタに引っ張り回されているらしい。
「ノルン! ノルン! ガァァァ!!」
「お、お前達も何か手伝っているのか?」
「デルタ様、ロト様に食材の輸送を頼まれてましてね。なんか、俺も一緒に、やれ! ということでして……」
相変わらずオッゴは色々と大変そうだった。
近いうちに必ず飲みに誘ってやろうと、ノルンは硬く決意する。
「煮物一気に行きまーす!! 女将さん! ライスの追加を! あっ、マスター! お釣りのストックは、後ろにありますよ!!」
厨房を預かるロトは、かなり忙しそうな様子だった。
更に、マスターと女将さんのフォローもしている。
どこからどうみても修羅場らしい。
「さぁて! んじゃま、戦場に戻りますかねぇ! ノルン、リゼルさんまったねー!」
いつの間にサンドイッチを食べて終えていたアンクシャは厨房へ戻ってゆく。
「では私もこれで。よかったらあとでワインの試飲もしてくれ!」
ジェスタは足早に表通りへ戻ってゆき、
「また! オッゴ、行く!」
「ま、まだあるんですかぁ!?」
「竜人はこの程度でへこたれてはダメ!」
「わぁーん!」
デルタはオッゴを引き連れて、空へと戻ってゆく。
ふと、再び視線が、厨房で忙しくしているロトへ向かう。
大変そうだが、生き生きとした表情をしていて楽しそうだった。
「一気に仕上げちゃいますよ、アンクシャさん!」
「おう! やったるぜぇー!」
やはりロトには戦いよりも、こうして普通に働くのが、とても似合っていると思う。
「あっち行きたいですか?」
「ん?」
リゼルがそう声をかけてきた。
「良いですよ?」
「しかし……」
「これでも割と長くノルン様のお側にいるんですからわかります。手伝いたいんですよね?」
「……だが……」
「もう! ほぅら!」
リゼルはポンとノルンの背中を押した。
「いってらっしゃい。頑張ってくださいね」
「リゼル……すまん! ありがとう!」
ノルンは笑顔のリゼルに見送られて、進んでいった。
雑嚢からエプロンを取り出し、装備して、準備完了!
「ロト! 救援に来たぞ!」
「はぇ!? に、兄さん!? なんで!?」
ロトは驚きつつも、嬉しそうに顔を綻ばせている。
「早く指示を! 今はお前がリーダーだ、ロト!」
「分かった! じゃあ兄さんは岩塩を砕いて!」
「承知した!!」
……
……
……
「ぐがー……すぴぃ……イ、イシイタケが……イシイタケが、僕を……うわぁぁー! すぅー……」
すっかり客足の引いた酒場にアンクシャの寝言が響き渡る。
疲れ切った上に、火酒を煽ったのだから、眠ってしまうのは仕方がない。
「お疲れ様だ、アンクシャ」
ノルンはそっとブランケットをかけてやると、コーヒーを片手に厨房の裏口へ向かってゆく。
「今日はよく頑張ったな、ロト」
「あっ、兄さん! 兄さんこそ!」
ロトへコーヒーを渡し、二人並んで座り込んだ。
「今日は本当にありがとね。凄く助かったよ」
「妹が必死で頑張っていたんだ。黙って見過ごす兄などを居ないだろう」
「そう? 旅の中で結構いろんな兄妹に出会ったけど、兄さん結構甘々な方だと思うよ?」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか……」
「あっ! でも、控えて欲しいとかそういうのじゃないから! むしろすっごく嬉しいから!!」
ロトは本当に嬉しそうな顔をして、そう言う。
ロト達がヨーツンヘイムへやって来て、ノルンは自分がどれだけ仲間達に必要とされ、愛されていたと思い知った。
とても辛い思いをさせてしまっていたのだと痛切に感じた。
(やはり、俺はあの時、どうしてもっと……)
「兄さん?」
「ロト……本当に済まなかった。何も言わず姿を消してしまって……今更、お前達がどれだけ、俺のことを必要としてくれていたかわかった……なのに俺は……」
ふと、暖かを身近に感じる。
気がつくと、ロトが身を寄せていた。
「仕方ないよ……幾ら兄さんが頑張ったって、きっと真実は伝わらなかったと思うもん。だから兄さんが悔やむ必要はないんだよ?」
「……」
「それにまたこうして会えたんだから、良いって。今があればそれで……」
「ロト……ありがとう」
二人は揃ってコーヒーを口へ運び、空を見上げる。
穏やかな夜空が到来しつつある。
ノルンもまた、このような穏やかな時間が、続いて欲しいと願う。
しかし同時に、この優しい時間にいつまでも甘えていてはいけないのとも思うのだった。
0
お気に入りに追加
1,063
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
すみません! 人違いでした!
緑谷めい
恋愛
俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳だ。
とある夜会でベルモン伯爵家のオリーヴという令嬢に一目惚れした俺は、自分の父親に頼み込んで我が公爵家からあちらの伯爵家に縁談を申し入れてもらい、無事に婚約が成立した。その後、俺は自分の言葉でオリーヴ嬢に愛を伝えようと、意気込んでベルモン伯爵家を訪れたのだが――
これは「すみません! 人違いでした!」と、言い出せなかった俺の恋愛話である。
※ 俺にとってはハッピーエンド! オリーヴにとってもハッピーエンドだと信じたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる