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第一部 三章【かつての仲間達がヨーツンヘイムへやってきた!】

かつての仲間達がヨーツンヘイムにやってきた!

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「ノルン様ぁ……んー……」

 リゼルはノルンの隣で幸せそうな寝言を上げていた。
そんな彼女をノルンは愛らしく感じ、髪をそっと撫でる。
 
(今朝はリゼルが朝食の当番だが、このままにしておこう。気持ちよさそうだしな……)

 リゼルの肩にまで布団をかけて、彼自身はベッドから起き抜ける。
 ガウンを羽織って、そっと部屋を出ていった。

 しんと静まり返ったリビング。
 窓からはうっすらと日が差し込んでいるだけで、どこか寒々しい。
いや、むしろ、めっちゃ寒い。

 現にソファーの上で寝ていたゴッ君も、首を上げるだけで、身動き一つしない。

「グゥ……」
「おはようゴッ君。すまないな。今、暖かくするからな」

 ノルンは先日、整備したばかりのストーブへ、火をつけたフェザースティックを入れる。
勢いよく燃えるフェザースティックを火種に、細い薪を焼べ、火勢を強めて行く。
薪はパチパチと心地よい音を響かさせながら燃え、ストーブが緩やかな熱を発し始めた。
最後にストーブの上へ、加湿対策兼コーヒーを入れるための、水の入ったやかんを乗せれば準備は完了。

あとは部屋が暖まるのを待つばかりである。

(想像以上の寒さだな。これはもっと対策を講じた方が良さそうだ)

 ノルンは穏やかに燃える炎を眺めつつ、そんなことを考えていた。

「グッ……?」

 突然、ゴッ君が首を上げた。
 同時にノルンもまた立ち上がり、耳をそば立てる。

「この音は……?」

 何が空を切る音。加えて、肌の上を滑る異様な空気。
 魔物や、それ以上の、強大な何かが迫っている気配。

 ノルンはガウンの帯をしっかりと締めた。
 机の上から薪割短刀(バトニングナイフ)を掴み取る。
そして遮二無二、小屋の外へ飛び出した。

 ガウン一枚羽織っただけのノルンへ、山の冷たい空気が容赦なく襲いかかる。
 だが、それ以上の緊張感があった。
 
 遥か東の方角。
 登り始めた朝日を背に、黒く巨大な何かが、翼で空を打ち、山小屋を目指せて迫ってきている。

 飛龍なのは明らかだった。
オッゴやボルのものでは無い、圧倒的な魔力の気配がひしひしと伝わってくる。


(まさか闇飛龍(ダークワイバーン)!?)

 闇飛龍(ダークワイバーン)――魔大陸より齎された、凶竜燐に感染し、凶悪な魔物化した飛龍の総称である。

 先日、ヨーツンヘイムの山の中にも、上位種の魔物が姿を見せた。
ならば闇飛龍が現れてもおかしくはない。

 今のノルンに対処ができるかどうかは正直なところわからない。
だが、対処できるのはこのヨーツンヘイムに彼しかいない。

(こうしてはおれん! 戦闘準備を整えねば!)

 ノルンは一旦山小屋へ引き返そうとする。

「ンガアァァァァ!!」

 その時、遥か向こうから激しい咆哮が、ノルンへ目掛けて降り注ぐ。
 かなり距離は離れている。それでも体が縛り付けられたように動かない。
どうやらかなりの威力を誇る、バインドボイスのようだった。

 羽音が迫り、圧倒的な気配が容赦なくノルンへ迫る。

「ぐわぁーっ!!」

 ドスン! と音が響き、風圧がノルンを吹き飛ばした。
 巻き起こった砂塵は細く若い木々を薙ぎ倒す。
地鳴りは地面を激しく揺り動かし、山小屋の窓ガラスに皹を浮かび上がらせる。

(くそっ! なんとかしなければ……! このままではヨーツンヘイムが!)

 ノルンは地面を這いつくばり、山小屋の扉へ手をかける。

「おいこらデルタ! 興奮してんじゃねぇーよ!!」

 突然、聞き覚えのある声が降ってきた。

「ンガウゥ……ンガァー……」

 見覚えのある白く、巨大な飛龍は情けない声をあげていた。
 真っ白な闇飛龍などみたことも聞いたこともない。

「感じるぞシェザールの魔力を……そうか、痕跡を残してくれていたんだ……皆、聞いてくれ! ここで間違いない! ここがヨーツンヘイムだ! あいつのいる山なんだ!!」

 飛龍の手綱を持っていた誰かが嬉しそうな声をあげている。

(この声……もしや!?)

「にいぃーさぁぁぁーん!!」 

 忘れるはずのない声と共に、飛龍の上から人が降ってきた。

「おわっ――!?」

 しかし不意打ちで、抱き止めることなどできるはずもなく、そのまま地面へ押し倒された。
 正直、背中がむちゃくちゃ痛い。
だけどそれ以上に、身近に感じる懐かしい匂いが、胸を高鳴らせる。

「ロ、ロトか……? ロトなんだよな……?」
「うん! あなたの妹のロトだよ! ずっと、ずっと逢いたかったよ! バン兄さん!!」

 ロトは子供の頃のようにワンワン泣きじゃくりながら、ノルンへ縋り付く。
 ノルンもまた、ロトを抱きしめ返す。
 そして、目の前にいた他の三人へ視線を寄せた。

「いやぁ……うんうん、感動の対面だぁ。こういうの良いよ! マジ良い!! ぐすん……」

 三姫士の一人――鉱人術士アンクシャは感動の涙を漏らしている。

「次は我……アンクシャにも、ジェスタにも譲らん……グルル……!」

 同じく三姫士の一員――竜人闘士デルタは、唸りながら、何故か目を狩人のそれに変えている。

「久しぶりだな、バンシィ。また逢えて嬉しく思っているぞ! ああ、本当に……本当にまた逢えたんだ……バンシィに……」

 三姫士の筆頭で、サブリーダーだった、妖精剣士ジェスタは涙ぐみながら、笑顔を浮かべている。

「ジェスタ、デルタ、アンクシャ……どうしてお前達がここに……?」
「ノルン様! 一体なにが……ってぇ!?」

 慌てた様子で飛び出してきたリゼルは息を呑む。
 瞬間、全ての視線がリゼルへ集まるのだった。


⚫️⚫️⚫️


「狭いところですまないな。こんなところだが好きに寛いでくれ」

 普段はノルンとリゼルだけなので広く感じるリビングも、客人を四人も招き入れれば手狭に感じてしまう。
 椅子だって満足な数はない。

「おい、引きこもり! もっと寄れよ! 狭めぇんだよ!」
「仕方ないじゃないか! デルタの尻尾のぶんもあるのだから!」
「ガウ……ごめん……」

 三姫士達は小さなソファーへ窮屈そうに、三人並んで座り込んでいる。

「どうぞ私の席をお使いくださいロト様」
「ありがとうございます、リゼルさん」
「いえ……お茶を淹れてきます……」

 リゼルはロトや三姫士たちへ深く頭を下げると、足早にキッチンへ消えてゆく。
 そんなリゼルの背中を見て、ノルンの胸がざわついた。

「兄さんはずっとここに?」

 しかしロトの声に、意識を引き戻された。

「あ、ああ。まぁな。お前達と別れてからはここで暮らしている」
「仕事はしてるんだよね?」
「ここの……ヨーツンヘイムの山林管理人をしている」
「そっか。ちゃんと仕事できてるなら良かったよ……」

 会話がそこで途切れてしまった。
 三姫士達も無言だが、少し落ち着かない様子を見せている。
 再会できて嬉しいはずなのに、どこか息苦しさを覚える。

「そのなんだ……戦いはどうなっているんだ?」

 気になったのが半分、残りは話題探しのためだった。

「先日、水のリーディアスを倒したよ。障壁も再生させたし、敵の侵攻は暫くないと思う」
「リーディアスを……そうか、良くやったな。三姫士の皆も、ご苦労だった。皆の平和を守ってくれて、心から礼を言う……ありがとう。そして途中で居なくなったばかりか、全てをお前達に押し付けてしまって申し訳なく思っている」

 ノルンがその場で頭を下げると、ロトを始め三姫士たちが響めき出す。

「に、兄さん!?」
「事情は知っている! 貴方が謝罪することでは……!」

 突然ジェスタの声へ、“ガシャン!”何かが激しく破れる音が重なってきた。

「どうかしたか、リゼル!?」

 ノルンは慌てて立ち上がり、台所へ駈け込んで行く。

「す、すみません、ノルン様。すぐに片付けますので……」

 リゼルは顔を真っ青にしながら謝罪し、屈み込む。
 どうやらティーカップを落として割ってしまったらしい。
 ノルンもまた無言で屈み、破片を拾い始める。

「一人で大丈夫です。ノルン様はロト様たちと……」
「構わん。それにリゼルは俺の召使いではない」
「ノルン様……ありがとうございます」
「兄さん……?」

 振り返ると、ロトが佇んでいた。
 まるで出会ったばかりの、深い心の傷を負っていた時の彼女を見ているようだった。

「ど、どうしたロト?」
「あの……どうしてリゼルさんは、兄さんのことを“ノルン”と呼んでいるの? なんで“バンシィ”ではないの? なんで? どうして?」
「黒の勇者バンシィは死んだ。だから今はノルンと名乗っている。それに、これは俺の本当の名だ」
「えっ……? 本当の名前って…………ふわぁ……」

 突然、ロトの膝から力が抜けて崩れだす。
しかし寸前のところでジェスタが抱き留めた。

「だ、大丈夫かロト!? しっかりしろ!」
「ううっ……兄さんはバンシィじゃなくて、ノルンが本当の……ううん……」

 ジェスタは近づこうとするノルンを手で制した。

「申し訳ないバンシィ……いや、今はノルンだったか? どうやらロトの消耗は彼女の想定以上だったらしい。なにせリーディアス戦から間髪入れず旅立ったのだからな」
「そ、そうか……」
「我らも少し気が焦っていたようだ。出直させてくれ。朝早くに押しかけて、大変申し訳なかった」

 ジェスタはロトの肩を抱いたまま、礼儀正しく頭を下げる。
 そしてどこか重く感じられる足取りで、山小屋を出てゆく。

「バンシ……じゃなかった、ノルンだっけ? またね! 今度、僕ともゆっくりお話ししてくれよ!」
「ガウ……ノルン、また……」

 アンクシャとデルタも、そう挨拶をして山小屋から去ってゆく。
 やはりどこか足取りが重いように感じられた。

 嵐のような再会が終わり、山小屋へノルンとリゼルだけの静かな空気が舞い戻る。

「とりあえず朝食にしよう。今日は俺が支度する」
「すみません、ノルン様……ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい……」

 口ではそう答えるも、リゼルはノルンの服の袖を強く握りしめてくる。
ノルンは、そっとリゼルの背中を抱きしめた。

「大丈夫だ、俺はずっと君の傍にいる」

「……」

「それにあいつらは、俺が心の底から信頼していた仲間だ。悪い連中ではない。ただ遊びに来ただけだと思うから……」

「……ありがとうございます、ノルン様……」

「さぁ、食事にしよう」

「そうですね……」

 やはり元気が無いと思ったノルンは、リゼルへキスをする。
すると彼女はようやく笑顔を見せてくれるのだった。

 
……片や、万応じしてヨーツンヘイムへやってきた四人は少々複雑な様子で、山の中をさ迷い歩いていた。
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