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第一部 二章【旅立ちのとき。さらばユニコン!】

平和な晩秋のヨーツンヘイム

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「へぇー! わざわざバルカポッドからいらしてくださったんですか! ありがとうござます!」

 ノルンの前を行くリゼルは気持ちのいい礼を口にしている。
 やはりこういう対外的なことは、人相の悪いノルンよりもリゼルが適任なのだと思い知る。
現に、リゼルに礼を言われた妖精(エルフ)の女性は朗らかな笑みを浮かべている。
 
 それにしても、この妖精女司祭をどこかで見たことがあるような気がするのは、気のせいか?

「バルカポッドからと言いましても、隣のジャハナムからですけどね」
「でもここに来るまでたくさんの山を越えなきゃいけませんよね。本当に遠路はるばるお疲れ様です!」
「妖精にとって山歩きは得意分野ですから」
「逞しいんですねぇ。ところでお祭りの司祭って何をなさるんですか?」
「山神様への奉納の舞を献上したり、祭壇を準備したりです。ここ200年ほどは私がヨーツンヘイムの収穫祭を担当させてもらっているんですよ」

 きっと今目の前にいる妖精は、人間換算すれば相当な年齢なのだろう。
確かに、あのジェスタでさえ、221歳だったと思い出す。

(ジェスタか……彼女は今ごろ元気でやっているだろうか?)

 魔貴族ビュルネイの討伐とバルカポッド妖精共和国樹立を祝った祭典で、ジェスタは華麗な舞を披露していた。
 聖剣の影響で性的な魅力は感じなかったものの、それでもあの時の舞を披露しているジェスタを思い出すと、胸が僅かに高鳴る。

(世の中が平和になり、ジェスタに余裕ができたら、一度ヨーツンヘイムで舞を披露してもらいたいものだな)

 そんなことを考えていると、妖精の女司祭が、ノルンをみていたことに気がつく。

「あの、何か?」
「不躾で申し訳ありませんが、管理人さんは、以前何のお仕事をしていらっしゃいましたか?」
「? 冒険者をしてたのだが、それが何か?」
「なるほど……ではバルカポッドへも?」
「何度かは。あなたの故郷のジャハナムにも、少しの間滞在したことがある」

 聞かれても居ないのに、口が勝手に喋り出す。
 もしかすると、術の類をかけられているのかもしれないと思い、気を引き締める。

「警戒させたようで申し訳ありません。随分と精悍なお顔立ちのお役人様だと思い、興味が湧きまして……お許しくださいね、ふふ……」

 司祭は淑やかに笑うと、歩き出す。
 背中を向けているにも関わらず、一切の隙がない。この司祭は只者ではないらしい。

 とりあえず警戒をしておこうと思うノルンだった。

 ノルン達は山を降りて、村の集会場へたどり着く。
そこにはゲマルク村長をはじめ、顔見知りの面々が一堂に会していた。

「おお! ようこそおいでくださいました【シェザール司祭】! それに管理人さんとリゼルさんも! ささ、どうぞどうぞ!」

 ゲマルク村長に促されるまま、ノルン達は座り込む。

 今日は年に一度、晩秋に催されるヨーツンヘイムの収穫祭の打ち合わせである。
更に今年は開村200周年という記念の年ということもあり、派手に祭を開くらしい。

 こうして穏やかに、祭の話し合いができているのも、ジェスタをはじめ、三姫士やロトが必死に戦ってくれているおかげだと思った。ノルンは感謝の念を感じつつ、会合に加わっている。

「あちゃー……やっちまった……」

 話も一区切りし、昼時になった頃、突然ガルスが声を上げた。

「どうかしたか?」
「いや、弁当を家に忘れちまったみてぇで……ああ、くそっ! こんなんじゃ腹が減って、午後の話に集中できやしねぇ!」
「何言ってるんですか。ガルスはさっきから寝てばかりじゃないですか」

 ハンマ先生のツッコミに、ガルスは苦笑いを浮かべる。
 そんな中、突然、集会場の扉が開かれた。

「おい、親父! 弁当忘れてるぞ!」

 集会場へやってきたのは、ガルスの息子のジェイだった。
 ガルスの弁当を届けに来たらしい。

「おお、わりい! わりい!」
「んったく……俺だって暇じゃないんだからな!」

 と、大仰に言い放つジェイの背中を愛らしい指がツンツン突く。

「ジェイ君もお弁当忘れてるよ?」
「あーっ!!」

 ジェイの背後から現れたのはギラ工場長の娘のトーカ。
彼女は笑顔を浮かべながら、ジェイへ可愛らしい弁当の包みを差し出す。

「わ、忘れてたんじゃねぇよ! 色々忙しくて、後で受け取りに行こかって……」
「お昼ご飯どきに、お昼ご飯を? それって忘れてたってことだよね?」
「ああ、もう! うっせー!」
「ご、ごめーん! 待ってよ、ジェイくーん!! 意地悪言ってごめーん!」

 ジェイは恥ずかしそうに走り出し、トーカは一生懸命追いかけ始める。
 集会場の大人達にはニヤニヤ顔が止まらない――たった一人、トーカの父親ギラ工場長を除いては。

「なんかトーカちゃん、うちのドラ息子に毎日お弁当作ってるみたいだぜ?」
「最近、食材の減りが早いと思っていたが、そういうことだったのか……」
「まっ、食材のことは心配しなさんな! 近いうちにうちの母ちゃんが、野菜をたーんと持ってくからよ! 親戚なんだから遠慮すんな!」
「し、親戚って!! まだこちらはトーカを嫁に出すなんて考えてないぞ! だいたいまだ子供じゃないか!!」

 ここ最近、よく目にするようになったガルスとギラ工場長のいつものやりとりが始まった。

「ほっほっほ! この村の未来も安泰ですな!」

 今日もヨーツンヘイムは穏やかで平穏。
 ノルンは改めて、いまある幸せを噛み締める。

「カァー! カカァー!(上手だよ! もっと翼で空を打ってごらん?)
「くかぁー! かぁー! (うん! ママ!)」

 会合を終えて空を見上げてみると、母親となった飛龍のボルが、子供のガザへ飛び方を教えていた。

「ギャギャーー!!(せんぱーい!! 子作りー!!)」
「ガガガガガッ!!(だから寄って来るなぁー!!)」
「キャー……! キャァー……!(待ってー……! ふざけちゃ危ないよー……!)」

追うラングと、追われるオッゴ、更にそんな2匹を息も絶え絶え追跡するビグ。
これもまた最近見慣れた光景である。

「オッゴ君たいへんそうですね……」

 リゼルは空を見上げて、心底気の毒そうにそういう。
 オッゴは奥さんのボルと、執拗に迫るラングの間に挟まれて困った様子をみせていた。

(頑張れオッゴ! お前なら2匹とも幸せにできる!)

 ノルンは気の毒なオッゴへエールを送る。
 これもヨーツンヘイムが平和だという証拠であった。

「よぉ!」

 今度は脇を馬車で通りかかったグスタフが声をかけてきた。

「どうだ黒ダイヤタケの売れ行きは?」
「おかげさまでガッポガッポさ! 抱き合わせで売ってる乾燥イシイタケも結構評判いいぜ?」
「そうか。来年の秋から、本格出荷を始めたいと考えている。これからも頼むぞ、グスタフ」
「おうよ! 任せな! じゃあな! リゼちゃんもー!」

 グスタフがヨーツンヘイムでの山林管理人の仕事を紹介してくれたからこそ、今のノルンがあるのだという自覚がある。
普段は気恥ずかしさで、少々ぞんざいな扱いをしているが、心の底では深くグスタフに感謝しているノルンだった。

「ノルン様! この間とっても良いところ見つけたんです! これから一緒にいってみません?」

 そして何よりも幸福なのが、こうして愛する女性がいつも笑顔で側にいてくれること。

「おお、これは……!」

 思わず感嘆してしまうほど、リゼルに案内された丘の上からの光景は素晴らしかった。
 目下に広がる、閑静な佇まいの村。その背後にはところどころ赤く色づき始めた雄大なヨーツンヘイムの山々が広がっている。

「綺麗ですよね……」

 リゼルは手を伸ばし、ノルンはそれを取る。
次第に二人の距離が縮まってゆき、どちらともなく口付けを交わす。
 リゼルとこういった関係になって、もうだいぶ時が流れている。
それでもこうして口付けを交わせば、気持ちが昂り、胸が熱くなる。

「これからは寒い冬になっちゃいますけど……でもノルン様が一緒ならあったかいですよね?」

 抱きついてきたリゼルは、ノルンの胸の上で甘えるようにそう言った。

「ああ。君に寒い思いはさせない。約束する……」

 ノルンもまたリゼルを抱きしめ返し、穏やかな彼女の熱を感じ始める。

 もはやノルンが勇者として世界を救うことはできない。
だけども、ヨーツンヘイムと、リゼルくらいは守れる自信がある。

 これからも、この穏やかで、楽しい日々がずっと続いてほしい。
そう願ってならないノルンなのだった。
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