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第一部 二章【旅立ちのとき。さらばユニコン!】
妖精と闇妖精の融和の証――剣士ジェスタ(*ジェスタ視点)
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「私のことは放っておいてくれ! お前に……お前なんかにわかってたまるか! ずっとこんなところに閉じ込められている私の気持ちを、お前なんかに!!」
世間知らずの姫君は、いきなり踏み込んできて、「共に戦え」と要求をしてきた黒の勇者へ怒りをぶつける。
彼女の名は【ジェスタ・バルカ・トライスター】――妖精(エルフ)の国バルカの王族の一人。
そして父であるネイモ・バルカ・トライスター王が若かりし頃、闇妖精(ダークエルフ)の女と密かに設けた隠し子である。
対立を続けている妖精と闇妖精。その混血児の存在は、無用な混乱を招くだけ。
そのためジェスタは生まれてからずっと、バルカ王国の辺境の地ジャハナム保養地に幽閉され続けている。
「兄さん、諦めましょう。やはりジェスタ様は……」
盾の戦士ロトは半ば諦めたようにそう言う。
すると、黒の勇者バンシィは顔を覆っていた兜を脱ぎ素顔を晒す。
そして鋭い眼差しをジェスタへ向けた。
これまで感じたことのない、冷たく、圧倒的な気配にジェスタは息を呑む。自然と体が恐怖を感じ、後ろへ下がって行く。
「く、来るな! こっちへ来るなぁ!!」
ジェスタは近くにあったものを手あたり次第、バンシィへ投げつけた。
しかしバンシィは何をぶつけられようとも一切動じず、歩を進め続けている。
恐怖と怒りがない混ぜとなったジェスタは壁に立て掛けてあったレイピアを抜き、鋭い切っ先を彼へ突きつけた。
「刺すぞ! 本気だぞ! だからこれ以上近づくな!」
「……」
「わぁぁぁ!!」
ジェスタは爆発した感情のまま、レイピアを突き出した。
すると幾ばくも無く、嫌な感触が柄を通して伝わってくる。
ジェスタの突き出したレイピアが、バンシィの脇腹へ突き刺さっていた。
「に、兄さん!!」
レイピアで腹を貫かれたバンシィは、近づくなといった具合に手で合図をして見せる。
「これが、武器で相手を傷つけるという行為だ……。嫌な感覚だと思う。だが、それでも俺は、ジェスタ、君へこうすることも厭わない決断をお願いしたい……」
「……」
「知っての通り、今バルカとポッドは衝突寸前だ。そして魔貴族ビュルネイの魔の手も迫っている。この事態を解決できるのは、妖精と闇妖精の混血で、王族である君にしかできないことなんだ」
「私にしか……?」
「そうだ。君にしかできない。この状況を救えるのは君だけなんだ!」
ずっと幽閉され、蔑まれ、無用扱いをされて……正直、ジェスタは父や、国を恨んでいた。
生きているにも関わらず、まるで死んでいるかのように存在を否定されていた。
ジェスタは生まれてから今日まで、大事に育てている農園の葡萄以外からは、必要とされていなかった。
(だけど、この男は……バンシィは私を必要としてくれた……)
存在が認められた。初めて、誰かに必要とされた。
その喜びが胸に満ち溢れた。
「民や国のために戦ってほしいとはいわん。しかし平和でなければ、君が大事にしている葡萄も滅んでしまう。美味いワインなどは醸せなくなってしまう」
「……」
「ならば、せめて、そのためにだけでも一緒に戦ってはくれないか? 君の大事なものを守るということだけでも構わない」
「私の大事なものを……」
生まれて初めて、葡萄栽培以外で心に火がついたジェスタはバンシィを見上げた。
「本当に私なんかで良いのか? 私の力を必要としてくれるのか……?」
「勿論だ。お前の力が必要なんだ! ジェスタ・バルカ・トライスター!」
もはやジェスタにためらいは無かった。ただ今は戦いたい。自分の存在を初めて認めてくれた彼と、愛する農園のために……。
「……わがままを言ってすまなかった。貴方の要請を受けいれる! バルカとポッドの衝突を防ぎ、ビュルネイを倒すために共に戦おう!」
「ああ! 期待しているぞジェスタ!」
「と、ところでその……腹は大丈夫なのか?」
「ああ、これか。自動回復(オートヒール)がかかっているので問題はないのだが……そろそろ抜いてもらえるとありがたい」
「あ、うん、ごめん……」
よくよく考えれば剣で刺して、ごめんで終わらせたのはどうかと思ったジェスタだった。もちろん、この後、責任を持って彼の治療をしたのは言うまでもない。
後に黒の勇者一行のサブリーダーであり、最初の三姫士である【妖精剣士ジェスタ】の誕生の瞬間だった。
そしてこれがジェスタの想いの始まりであった。
立ち上がったジェスタは妖精の国バルカと闇妖精の国ポッドの衝突を身を呈して回避した。
更に暗躍していた魔貴族ビュルネイを倒し、バルカポッド妖精共和国の樹立に貢献する。
戦いの後、誰もがジェスタを英雄として称えた。
しかし彼女はどんな賞賛よりも、黒の勇者バンシィからの「よく頑張った」という言葉にのみ喜びを感じていたのだった。
⚫️⚫️⚫️
「急げ! 我らの出陣は近い! 速やかに準備を進めるんだ!!」
ジェスタの勇ましい指示に、対魔連合兵たちは機敏に動く。
ずっと必要とされていなかった彼女は過去の話。
むしろ今の彼女は、大陸にとって、そこに暮らす全ての人々にとって必要不可欠な人物である。
そうなれたのも、あの時、傷を負ってでも説得してくれたバンシィのおかげだった。
彼との出会いがあったからこそ、今のジェスタがあった。
(バンシィ……貴方は今、どこにいるんだ……)
不意に空を見上げてそう思った。
ジェスタがここまでの人物になれたのも、ずっとバンシィがそばにいてくれたから。
彼がことあるごとに、ジェスタのことを褒め、そして支えてくれたからだった。
彼女の女の部分が、彼を求めているのは自覚している。
しかしバンシィは聖剣の祝福を受けた勇者。ジェスタの想いが届くことはない。
更にロトのこともある。だから側に居られるだけで良いと思っていた。
勇者としての彼の支えになれれば十分だと思っていた。
しかし、ジェスタの側にバンシィはいない。
ジェスタはここ最近、寂しさと使命感の間で葛藤してばかりだった。
「姫様!」
突然、密偵が背後に舞い降りて来た。
幽閉時代から何かと身の回りの世話をしてくれ、信頼している従者の一人だった。
「どうしたシェザール? お前が慌てるなど珍しいが?」
「このような状況下で大変申し訳ございません! しかしぜひ、姫様のお耳に入れておきたい情報がありまして!!」
「ん?」
ジェスタは密偵の報告に長耳を傾ける。
そして、胸に昂りを覚えた。
「そ、それは本当か!?」
「はっ! 私もこの目で確かに確認し、言葉も交わしました! 間違いありません! かのお方と思しき人物は、大陸の辺境、かつて姫さまがお住まいだったジャハナム保養地と隣接するヨーツンヘイムにてご健在です!」
「そうか……そうなんだ、あいつは、バンシィは生きて……! しかもそんな近くに……!」
体の震えが止まらなかった。
喜びのあまり、今にでも泣き出しそうだった。
「良かったですね、姫様!」
密偵:シェザールの優しい言葉に、涙が溢れようとしてくる。
しかし、傍から兵の切迫した声が聞こえてくる。
ジェスタはひっそり涙を拭うと、気持ちを戦うもののソレに変え、踵を返した。
「どうした? 何があった?」
「レーウルラ海岸上空に、邪飛龍(ダークワイバーン)を中心とする、敵航空部隊が出現いたしました!」
「そうか。デルタとアンクシャはどうしている?」
「敵の出現を予見されていらっしゃったのか、すでに暴れ出しておりまして……」
「……」
きっと予見していたなんて、たいそうなものではないのだろう。
(暴れたくて動き出した言うのが本音だろう。しかし、これは僥倖だ!)
もはやこの戦況で、ユニコンの作戦を遵守し、作戦通りに動くなど愚の骨頂。
なにより、作戦云々よりも――ジェスタはこの状況を早く終わらせたかった。
戦いを早期に終結させ、今すぐにでも、バンシィの下へ飛び立ちたかったのだ。
「全軍へ通達! 我らはこれよりレーウルラ海岸へ打って出る! 総力戦だ!」
「よ、よろしいので? 白の勇者様のご指示は……」
「私は愚か者のくだらない計略よりも、アンクシャ、デルタ……仲間の力を信じる! 責任は全て私が取る! 準備が整った隊より順次出撃!」
「は、ははっ!」
「済まないが、私は先に行かせてもらうぞ!!」
兵は突然のジェスタの行動に驚く。
対する密偵のシェザールは微笑ましげな視線と共に、ジェスタの背中へ手を振っていた。
「輝きよ! わが翼となれ!」
ジェスタの叫びに呼応し、彼女の背中から鳥のような、蝶のような4枚の光の翼が生えた。
光の翼はたった一回空を打っただけで、ジェスタを大空へ舞い上がらせる。
【光の翼】――魔貴族ビュルネイを倒しそして手に入れた彼女の自由の証。
そしてジェスタとバンシィとの絆の証である。
ジェスタは翼を羽ばたかせ、真っ直ぐとレーウルラ海岸へ飛んでゆく。
その中で、通話用魔石が明滅していることに気が付く。
「こちらジェスタ」
『ジェスタよ! お前もか!?』
「勝手に動いたことは詫びる。申し訳ない。しかし、もはやこれまで! これより私は殿下の指揮下から離脱させてもらう!」
『ちょ、待て! 冷静なお前まで……!!』
ジェスタは手甲を外し、空から地面へ投げ捨てるのだった。
「この私が冷静だと? ふっ……見込み違いも甚だしい。私は元々熱くなりやすい性格だ!」
やがて、飛来する敵の航空部隊を捕捉したジェスタは腰の鞘からレイピアを抜く。
すると瞬時に細く、美しい刀身へ風が集まった。
「アサルトハリケーン!!」
薙いだレイピアが激しい竜巻を巻き起こし突き進む。
風は敵を飲み込んだばかりか、風の持つ“斬"の力で、切り刻む。
敵はジェスタの奇襲に隊列を乱し、明らかな混乱を見せる。
それに乗じてジェスタは迷うことなく敵中へ突っ込んだ。
「ビムサーベル! はぁっ!!」
「グギャッ!!」
ジェスタに由来する緑の魔力を帯びたレイピアがアークデーモンを槍ごと真っ二つに切り裂く。
空を自在に舞う妖精の姫は、風の力を纏ったレイピアで次々と魔物を打ち倒してゆく。
するとそんなジェスタへ向けて、闇飛龍が一斉に火炎弾を放ち始めた。
さすがのジェスタも距離を空けられてしまえば、対処が難しい。
「ならば、久々にあれで一網打尽にさせてもらおうか!」
ジェスタは翼を打ち、急上昇する。そして眼下に全ての魔物を収めると、翼へ力を集めた。
翼が輝きを帯び、黄金の燐粉が曇天を僅かに照らし出す。
「邪悪なるものどもよ! 黒き歴史の闇へ沈め! ムーンライトバタフライっ!!」
ジェスタは黄金の翼を羽ばたかせ、魔物たちの上を飛ぶ。
雪のように黄金の燐粉が魔物へ降り注ぐ。
すると魔物は、まるで砂を飛ばすように、細かい粒子となって消えてゆく。
邪悪なる存在を輝きの力で消し去るジェスタの究極魔法――その名も【ムーンライトバタフライ】
(バンシィ! 待っていてくれ! この戦いを切り抜け、必ず貴方と再会してみせる! 必ずな!!)
世間知らずの姫君は、いきなり踏み込んできて、「共に戦え」と要求をしてきた黒の勇者へ怒りをぶつける。
彼女の名は【ジェスタ・バルカ・トライスター】――妖精(エルフ)の国バルカの王族の一人。
そして父であるネイモ・バルカ・トライスター王が若かりし頃、闇妖精(ダークエルフ)の女と密かに設けた隠し子である。
対立を続けている妖精と闇妖精。その混血児の存在は、無用な混乱を招くだけ。
そのためジェスタは生まれてからずっと、バルカ王国の辺境の地ジャハナム保養地に幽閉され続けている。
「兄さん、諦めましょう。やはりジェスタ様は……」
盾の戦士ロトは半ば諦めたようにそう言う。
すると、黒の勇者バンシィは顔を覆っていた兜を脱ぎ素顔を晒す。
そして鋭い眼差しをジェスタへ向けた。
これまで感じたことのない、冷たく、圧倒的な気配にジェスタは息を呑む。自然と体が恐怖を感じ、後ろへ下がって行く。
「く、来るな! こっちへ来るなぁ!!」
ジェスタは近くにあったものを手あたり次第、バンシィへ投げつけた。
しかしバンシィは何をぶつけられようとも一切動じず、歩を進め続けている。
恐怖と怒りがない混ぜとなったジェスタは壁に立て掛けてあったレイピアを抜き、鋭い切っ先を彼へ突きつけた。
「刺すぞ! 本気だぞ! だからこれ以上近づくな!」
「……」
「わぁぁぁ!!」
ジェスタは爆発した感情のまま、レイピアを突き出した。
すると幾ばくも無く、嫌な感触が柄を通して伝わってくる。
ジェスタの突き出したレイピアが、バンシィの脇腹へ突き刺さっていた。
「に、兄さん!!」
レイピアで腹を貫かれたバンシィは、近づくなといった具合に手で合図をして見せる。
「これが、武器で相手を傷つけるという行為だ……。嫌な感覚だと思う。だが、それでも俺は、ジェスタ、君へこうすることも厭わない決断をお願いしたい……」
「……」
「知っての通り、今バルカとポッドは衝突寸前だ。そして魔貴族ビュルネイの魔の手も迫っている。この事態を解決できるのは、妖精と闇妖精の混血で、王族である君にしかできないことなんだ」
「私にしか……?」
「そうだ。君にしかできない。この状況を救えるのは君だけなんだ!」
ずっと幽閉され、蔑まれ、無用扱いをされて……正直、ジェスタは父や、国を恨んでいた。
生きているにも関わらず、まるで死んでいるかのように存在を否定されていた。
ジェスタは生まれてから今日まで、大事に育てている農園の葡萄以外からは、必要とされていなかった。
(だけど、この男は……バンシィは私を必要としてくれた……)
存在が認められた。初めて、誰かに必要とされた。
その喜びが胸に満ち溢れた。
「民や国のために戦ってほしいとはいわん。しかし平和でなければ、君が大事にしている葡萄も滅んでしまう。美味いワインなどは醸せなくなってしまう」
「……」
「ならば、せめて、そのためにだけでも一緒に戦ってはくれないか? 君の大事なものを守るということだけでも構わない」
「私の大事なものを……」
生まれて初めて、葡萄栽培以外で心に火がついたジェスタはバンシィを見上げた。
「本当に私なんかで良いのか? 私の力を必要としてくれるのか……?」
「勿論だ。お前の力が必要なんだ! ジェスタ・バルカ・トライスター!」
もはやジェスタにためらいは無かった。ただ今は戦いたい。自分の存在を初めて認めてくれた彼と、愛する農園のために……。
「……わがままを言ってすまなかった。貴方の要請を受けいれる! バルカとポッドの衝突を防ぎ、ビュルネイを倒すために共に戦おう!」
「ああ! 期待しているぞジェスタ!」
「と、ところでその……腹は大丈夫なのか?」
「ああ、これか。自動回復(オートヒール)がかかっているので問題はないのだが……そろそろ抜いてもらえるとありがたい」
「あ、うん、ごめん……」
よくよく考えれば剣で刺して、ごめんで終わらせたのはどうかと思ったジェスタだった。もちろん、この後、責任を持って彼の治療をしたのは言うまでもない。
後に黒の勇者一行のサブリーダーであり、最初の三姫士である【妖精剣士ジェスタ】の誕生の瞬間だった。
そしてこれがジェスタの想いの始まりであった。
立ち上がったジェスタは妖精の国バルカと闇妖精の国ポッドの衝突を身を呈して回避した。
更に暗躍していた魔貴族ビュルネイを倒し、バルカポッド妖精共和国の樹立に貢献する。
戦いの後、誰もがジェスタを英雄として称えた。
しかし彼女はどんな賞賛よりも、黒の勇者バンシィからの「よく頑張った」という言葉にのみ喜びを感じていたのだった。
⚫️⚫️⚫️
「急げ! 我らの出陣は近い! 速やかに準備を進めるんだ!!」
ジェスタの勇ましい指示に、対魔連合兵たちは機敏に動く。
ずっと必要とされていなかった彼女は過去の話。
むしろ今の彼女は、大陸にとって、そこに暮らす全ての人々にとって必要不可欠な人物である。
そうなれたのも、あの時、傷を負ってでも説得してくれたバンシィのおかげだった。
彼との出会いがあったからこそ、今のジェスタがあった。
(バンシィ……貴方は今、どこにいるんだ……)
不意に空を見上げてそう思った。
ジェスタがここまでの人物になれたのも、ずっとバンシィがそばにいてくれたから。
彼がことあるごとに、ジェスタのことを褒め、そして支えてくれたからだった。
彼女の女の部分が、彼を求めているのは自覚している。
しかしバンシィは聖剣の祝福を受けた勇者。ジェスタの想いが届くことはない。
更にロトのこともある。だから側に居られるだけで良いと思っていた。
勇者としての彼の支えになれれば十分だと思っていた。
しかし、ジェスタの側にバンシィはいない。
ジェスタはここ最近、寂しさと使命感の間で葛藤してばかりだった。
「姫様!」
突然、密偵が背後に舞い降りて来た。
幽閉時代から何かと身の回りの世話をしてくれ、信頼している従者の一人だった。
「どうしたシェザール? お前が慌てるなど珍しいが?」
「このような状況下で大変申し訳ございません! しかしぜひ、姫様のお耳に入れておきたい情報がありまして!!」
「ん?」
ジェスタは密偵の報告に長耳を傾ける。
そして、胸に昂りを覚えた。
「そ、それは本当か!?」
「はっ! 私もこの目で確かに確認し、言葉も交わしました! 間違いありません! かのお方と思しき人物は、大陸の辺境、かつて姫さまがお住まいだったジャハナム保養地と隣接するヨーツンヘイムにてご健在です!」
「そうか……そうなんだ、あいつは、バンシィは生きて……! しかもそんな近くに……!」
体の震えが止まらなかった。
喜びのあまり、今にでも泣き出しそうだった。
「良かったですね、姫様!」
密偵:シェザールの優しい言葉に、涙が溢れようとしてくる。
しかし、傍から兵の切迫した声が聞こえてくる。
ジェスタはひっそり涙を拭うと、気持ちを戦うもののソレに変え、踵を返した。
「どうした? 何があった?」
「レーウルラ海岸上空に、邪飛龍(ダークワイバーン)を中心とする、敵航空部隊が出現いたしました!」
「そうか。デルタとアンクシャはどうしている?」
「敵の出現を予見されていらっしゃったのか、すでに暴れ出しておりまして……」
「……」
きっと予見していたなんて、たいそうなものではないのだろう。
(暴れたくて動き出した言うのが本音だろう。しかし、これは僥倖だ!)
もはやこの戦況で、ユニコンの作戦を遵守し、作戦通りに動くなど愚の骨頂。
なにより、作戦云々よりも――ジェスタはこの状況を早く終わらせたかった。
戦いを早期に終結させ、今すぐにでも、バンシィの下へ飛び立ちたかったのだ。
「全軍へ通達! 我らはこれよりレーウルラ海岸へ打って出る! 総力戦だ!」
「よ、よろしいので? 白の勇者様のご指示は……」
「私は愚か者のくだらない計略よりも、アンクシャ、デルタ……仲間の力を信じる! 責任は全て私が取る! 準備が整った隊より順次出撃!」
「は、ははっ!」
「済まないが、私は先に行かせてもらうぞ!!」
兵は突然のジェスタの行動に驚く。
対する密偵のシェザールは微笑ましげな視線と共に、ジェスタの背中へ手を振っていた。
「輝きよ! わが翼となれ!」
ジェスタの叫びに呼応し、彼女の背中から鳥のような、蝶のような4枚の光の翼が生えた。
光の翼はたった一回空を打っただけで、ジェスタを大空へ舞い上がらせる。
【光の翼】――魔貴族ビュルネイを倒しそして手に入れた彼女の自由の証。
そしてジェスタとバンシィとの絆の証である。
ジェスタは翼を羽ばたかせ、真っ直ぐとレーウルラ海岸へ飛んでゆく。
その中で、通話用魔石が明滅していることに気が付く。
「こちらジェスタ」
『ジェスタよ! お前もか!?』
「勝手に動いたことは詫びる。申し訳ない。しかし、もはやこれまで! これより私は殿下の指揮下から離脱させてもらう!」
『ちょ、待て! 冷静なお前まで……!!』
ジェスタは手甲を外し、空から地面へ投げ捨てるのだった。
「この私が冷静だと? ふっ……見込み違いも甚だしい。私は元々熱くなりやすい性格だ!」
やがて、飛来する敵の航空部隊を捕捉したジェスタは腰の鞘からレイピアを抜く。
すると瞬時に細く、美しい刀身へ風が集まった。
「アサルトハリケーン!!」
薙いだレイピアが激しい竜巻を巻き起こし突き進む。
風は敵を飲み込んだばかりか、風の持つ“斬"の力で、切り刻む。
敵はジェスタの奇襲に隊列を乱し、明らかな混乱を見せる。
それに乗じてジェスタは迷うことなく敵中へ突っ込んだ。
「ビムサーベル! はぁっ!!」
「グギャッ!!」
ジェスタに由来する緑の魔力を帯びたレイピアがアークデーモンを槍ごと真っ二つに切り裂く。
空を自在に舞う妖精の姫は、風の力を纏ったレイピアで次々と魔物を打ち倒してゆく。
するとそんなジェスタへ向けて、闇飛龍が一斉に火炎弾を放ち始めた。
さすがのジェスタも距離を空けられてしまえば、対処が難しい。
「ならば、久々にあれで一網打尽にさせてもらおうか!」
ジェスタは翼を打ち、急上昇する。そして眼下に全ての魔物を収めると、翼へ力を集めた。
翼が輝きを帯び、黄金の燐粉が曇天を僅かに照らし出す。
「邪悪なるものどもよ! 黒き歴史の闇へ沈め! ムーンライトバタフライっ!!」
ジェスタは黄金の翼を羽ばたかせ、魔物たちの上を飛ぶ。
雪のように黄金の燐粉が魔物へ降り注ぐ。
すると魔物は、まるで砂を飛ばすように、細かい粒子となって消えてゆく。
邪悪なる存在を輝きの力で消し去るジェスタの究極魔法――その名も【ムーンライトバタフライ】
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