33 / 105
第一部 二章【旅立ちのとき。さらばユニコン!】
トーカの危機
しおりを挟む「今日はノルンさんとジェイ君が頑張ってくれたから、お水も飲めたし、暖かい火も囲めたし、荷物も持ってくれたし……だけど、私、なんにもできなかったし、だから……」
「そ、そんな気にすんなよ。トーカだって、その……夕飯の支度ちゃんとしてたじゃん。なんにもできなかったなんて言うなよ」
ジェイはそっぽ向きつつ、そう言った。
耳が赤いのは焚き火に当たっているのためか、別の理由か。
「ありがと! ジェイ君って優しいんだね」
「別に優しくなんか……ふ、普通だっつぅーの!」
「隣、良い?」
「どうぞお好きに!」
トーカはにっこり微笑んで、ジェイの隣に座り込む。
ジェイは相変わらずそっぽを向き続けているものの、満更でもない様子だった。
「実はね……その……ずっとジェイ君とはお話ししてみたかったの」
「はぁ!? な、なんで、俺と!?」
「ほら、うちの村って子供少ないじゃん? 仲良かった子、去年村を出て行っちゃったし、同い年くらいの子ってジェイ君くらいしかいないから……」
「あ、ああ、そういうことね……」
「ねぇ、なんでジェイ君は冒険者になりたいの?」
幼い2人が火を前にして、肩を並べて語らっている。
きっとリディも自分とロトの背中をこうして眺めていたのだろうと、ノルンは感慨にふけている。
「あの2人、とっても良い雰囲気ですね」
同じくタープの下で、ジェイとトーカを眺めていたリゼルもを頬を緩めている。
「そうだな。まるで兄妹みたいに仲が良さそうだ」
「え? そっちですか?」
「そっちとはなんだ?」
「ノルン様って、意外と鈍いんですね」
「?」
「まぁ、良いですよ。そんなところも可愛いですし……ふふ」
リゼルはくすくす笑いながら、お茶を差し出してくる。
意図せず"可愛い"と言われてしまい、なんとも気恥ずかしく、何も言い返すことができない。
「この調子じゃ、俺とギラはいずれ親戚ってか! こりゃいい!」
「いやいや、そう簡単にうちの娘はやりませんよ!」
「トーカちゃんが嫁に来てくれりゃ、ありがたいねぇ。あんな別嬪さんで、気立てのいい子なんて滅多にいやしないっての……あたしみたいに?」
すっかり酔っ払っている保護者三人は、ワイワイガヤガヤと盛り上がっている。
こうして穏やかな夜を迎えられているのも、かつての仲間たちが必死で戦ってくれているおかげ。
ノルンは遥遠くの地で、今の戦い続けている仲間たちの無事を祈るのだった。
⚫️⚫️⚫️
「なぁ、ノルン! 起きてくれよ、なぁ!」
ジェイの切迫した声が聞こえ、体が揺さぶられる。
「どうした? 何かあったのか!?」
「トーカが! トーカがっ!!」
ノルンはジェイに引っ張られるがまま、女性用のテントへ駆け寄ってゆく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
テントの中ではトーカが呼吸を荒げ、冷や汗を浮かべながら、顔を真っ青に染めていた。
リゼルは真剣な様子で脈を図り、父親のギラは祈るようにトーカの手を強く握りしめている。
「リゼル、これはどういうことだ?」
「おはようございます、ノルン様。トーカちゃん、毒に犯されているのかもしれません」
「毒?」
テントの傍にはたくさんの野草が置かれていた。
「たぶん、そこの野草を採っているときに、ミカヅキあたりの毒草に触れてしまったのかもしれません。ルプス症候群を発症しているようです」
ミカヅキとはその名の通り、三日月に似た葉の形をしたものである。
葉に棘が生えていて、触れてしまうと神経毒が注入され、緩やかに呼吸困難などを引き起こし、最悪の場合は死に至るルプス症候群を引き起こす。
トーカの指先には僅かに切り傷があって、血が乾いている。
おそらくリゼルの検診は正しい。
「トーカ、なんでお前は朝早くからそんなことを……」
ギラは悔しそうに涙を流し続けている。
すると、傍でジェイが拳を握りしめていることに気がついた。
「ごめん、おじさん。俺がちゃんと朝早く起きてれば……」
「どういうことだ?」
「昨日、トーカと話して、2人でハンマ先生のお土産を探そうって約束してたんだ。昼間は俺、ノルンと一緒だし、朝ぐらいしか時間がないし、トーカ、毒草のこととかなんも知らなさそうだったから、一緒にって……だけど、寝坊しちゃったからトーカは1人で……」
ジェイは自分の責任だと悔やんでいるが、ギラはきちんとわかっているらしく、非難の声をあげたりしなかった。
実際はトーカのことが心配ならず、そんな余裕がないだけなのかもしれない。
「実際のところ、トーカの病状はどうなんだ?」
ノルンはリゼルへ屈み込み、ジェイやギラへわからないように問いかける。
「今すぐにどうなるということは無いのですけど、このままでは危険です。でもなんとか、ハンマ先生がいらっしゃるまで頑張ってみます」
「ハンマ先生が来てくれるんだな?」
「はい。今、ガルスさんとケイさんが近くの村まで走って伝信鳥を借りに行っています」
「なるほど、状況は把握した」
「あ、あの、ノルン様、どちらへ……?」
ノルンの背中へ、リゼルの声が響き渡る。
「できることしたい。オルガオルガを探してくる」
オルガオルガ――万能薬として知られる薬草の一種で、特にミカヅキの毒によって生じるルプス症候群への特効薬として有名だった。
しかし生える条件が厳しく、探すのは容易ではない。ただしこれは、ノルンが1人で探した場合の話だった。
「ジェイ、緊急事態だ。お前の力を貸してほしい」
ノルンは悔やみ続けているジェイの肩を叩いた。
「俺の力……?」
「そうだ。今、トーカを救うためにはオルガオルガという薬草が必要となる。しかしこれは見つけるのが困難だ」
「オルガオルガ……」
「あいにく俺はジェイほど優秀な探知スキルを持ち合わせていない。だから、お前に協力を要請する。お前のスキルがあればあるいは。どうだ?」
「わかった! 俺ができることだったら!」
ジェイからの頼もしい返事だった。
さきほどまでメソメソとした顔が、戦う男のソレに変わっている。
ノルンは早速、雑嚢から植物図鑑を取り出した。
オルガオルガの葉は剣のように灰色がかっていて、直立しており、岩場などの不毛なところに生えやすい。
別名鉄華草とも言われる由縁である。
そうした情報を覚えさせる。
こうすることで、探知スキルは特定のものの探知に関して、精度を上げることができる。
「もう大丈夫! 行こう、ノルン!」
「了解した。では行ってくる。トーカを頼む」
「わかりました。お気をつけて! ジェイ君もね!」
リゼルの見送りを受け、ノルンとジェイは森の中へ飛び込んでゆく。
そして、オルガオルガの生えていそうな、遥遠くの岩場目掛けて走り出す。
しかしノルンとジェイとでは脚力も、体力も差がありすぎて、おいそれといつもの速度を出すわけには行かなかった。
そうではあっても時間は一分一秒でも惜しい。
「失礼するぞ」
「わわ!」
ノルンはジェイをひょいと小脇に抱えた。
膝へ魔力を集中させてゆく。膝がまるで雷魔法を受けたかのように紫電を纏い始める。
「行くぞ、しっかりと掴まってろ!」
そう言いつけて、ノルンは思い切り飛んだ。
矢のように飛び上がったノルンは、すぐさま目下に森林を収められるほどの高度に達する。
「す、すげぇ! なんだよこれぇー!!」
小脇に抱えたジェイは恐怖と興奮が入り混じったような声をあげていた。
ノルンはジェイを抱えたまま何度も、何度も高く飛び、目的地の岩場を目指してゆく。
「ジェイ、そろそろ頼む!」
「おうっ!」
ジェイは空中で目を固くとざし、体を硬らせる。
ジェイの体が、彼に由来する緑の輝きを帯び始めた。
「だ、ダメだよ、ノルン! わかんねぇよ……!」
ジェイは目を開けて、情けない声を上げた。
彼の探知能力は、昨日感じた通り、目を見張るものがある。
おそらく今のノルンよりも、この能力に関しては遥に秀でているはず。
「落ち着けジェイ。お前ならできる」
ノルンは着地し、ジェイを地面の上へ下ろすと、そう声をかけた。
「だけど……」
「お前の探知スキルは俺のよりも遥に優れている。そう確信している」
「ノルンよりも?」
「ああ。だから頼む。お前が頼りなんだ!」
ノルンの言葉にジェイの表情が明るんだ。
挫けて歪んでいた顔が、再び男のソレへと戻る。
「分かった! やってみる!」
「そうだ、その意気だ! もっと集中するんだ。探そうとするのではない。オルガオルガの存在を感じ取るんだ」
「感じ取る……」
「きっとオルガオルガはお前の求めに答えてくれるはずだ。そして願え、トーカを救いたいと!」
「トーカを救う……俺が……」
ジェイは深呼吸をし、目を閉じた。
途端、辺りがシンと静まり返り、風が森を吹き抜ける。
ジェイの感覚が力となって広がってゆくのか感じられた。
それは森を乱暴に掻き回すものではなく、穏やかに、優しく語りかけるような。
「ッ! 見つけた! ノルン、あの断崖の真ん中ぐらいにあるっぽい!」
「心得た!」
ジェイが先の断崖を強く指差し、そんな彼を抱えてノルンは飛んだ。
もう一回跳躍をすれば、オルガオルガに手が届く。
しかし、地面へ降り立ったノルンは、断崖の前でジェイを降ろす。
そして薪割り短刀を抜き、踵を返して臨戦体制を取った。
理由はジェイもわかっているらしく、身構えている。
目前の木々がざわめき、重々しい足音が聞こえているからだった。
「OHoooo!」
「クソっ、こんな時に!」
0
お気に入りに追加
1,062
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる