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第一部 二章【旅立ちのとき。さらばユニコン!】
もう1人の剣聖の弟子――盾の戦士ロト(*ロト視点)
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「あっ、あっ、うあっ……お、お父さん……? お母さん……?」
目の前に転がる首へ、幼いその少女は声をかけた。
首と胴がしっかり離れているので、答えるはずもない。
窓の外では真っ赤な炎が揺めいていた。
少女の友人の家も、母とよく買い物へ行った商店も、父との大事な思い出のある武具店も、激しい炎に包まれている。
「GEGE! GEGEG!!」
おぞましい化け物たちは、楽しそうに奇声を上げながら、顔見知りの村人を追いかけ回している。
どうやら村を焼いただけでは飽き足らず、村人全てを根絶やしにするつもりらしい。
昨日まで確かに存在していた穏やかな日常は無くなっていた。
おぞましい化け物。
暗黒大陸からの破滅の使者……魔物によってすべてが失われようとしている。
そして魔物たちは、今まさに少女へ襲い掛かろうとしていた。
「あ……ああぁ……あぁぁぁぁ!!!」
少女の心が壊れ、獣のような咆哮があがった。
どうしてこんなことになったのか、何が起こっているのか、全くわからない。
ただただ空気が澱んでいて、臭いが気持ち悪くて、目の前に化け物がいて。
そこから少女の記憶は曖昧となる。
しかしそんな中でもはっきりと目にした、銀の色。
不快な世界へ僅かに香ってきた水のような清らかな匂い。
「目覚めよ、翡輝剣(すいきけん)クシャトリヤ! 邪悪を滅せよ! はぁぁぁっ!!」
青みを帯びた銀の何かは、翡翠に輝く剣を振り、化け物を蹴散らす。
残酷な世界ではっきりと確認できた、唯一の希望。
少女は安堵に包まれ、膝から力を抜き、そして闇の中へと沈んで行く。そして闇の中、美しく舞っていた戦士の名を聞く。
「私はリディ。王国からの使者だ。私が来たからにはもう安心だ。君は助ける! 必ず! 私の名と命に誓って!」
……
……
……
「あっ、ああ……うわっ……!」
「起きた! リディ様、目を覚ましました! ……って、どこ行ってんだよ、あの人はこんな時に……」
目を開けるとぼやけた視界の中に、黒髪が見えた。
少女を覗き込んでいる少し年上だろう少年は、不満げにぶつくさと何かを言っている。
少年は再び、少女を覗き込んできた。
「安心してくれ、ここはリディ様と俺が住んでいる家だ。もう怖いことはない」
「おうち……?」
「そうだ、もう大丈夫だ。君は生きている。もう何も怖いことなんてない」
「……」
少年は笑顔をしてみせた。
なんだか顔の形が酷く変だった。
どうやら無理やり笑みを見せているらしい。
そんな少年の様子がおかしくて、少女は僅かに頬を緩めた。
「笑う元気はあるか。なら良かった。俺はノル……じゃなかったな、今は……こほん! 俺の名前はバンシィ! 剣聖リディ様の弟子だ。君の名前を知りたのだけど、話せるか?」
「あ……ん……」
「無理か?」
「……ト」
「?」
「ロ、ト……」
少女は声を絞り出してそう答える。
すると少年――バンシィは、本当の笑顔をしてみせた。
これがロトとバンシィの出会いであり、最も古い彼との記憶。
ずっと大事にしておきたい、彼女にとっての大切な思い出。
剣聖リディの二番弟子で、黒の勇者バンシィの妹分――【盾の戦士ロト】が誕生した瞬間だった。
しかしロトが戦士として目覚めるのは今少し先のこと。
魔物の襲撃によって何もかもを失い、心に深い傷を負っていた彼女は暫くの間塞ぎ込み、恩人のリディやバンシィに多大な迷惑をかけていた。
(あの時はごめんね、兄さん……リディ様……だけど、あなた達の支えがあって、今の私は……!)
⚫️⚫️⚫️
「相変わらず酷い……」
断崖に立つ盾の戦士ロトは、足元の真っ赤な炎を見て心を痛めていた。
きっと目下の街を包み込む炎の中では、相変わらず邪悪な魔物達が殺戮の限りを尽くしているのだろう。
記憶に残る阿鼻叫喚。そして肉の焼ける不快な臭い。
今でも、幼い頃に見た地獄絵を思い出すだけで、足が震え、心臓が握り潰されたかのように痛む。
そして兄とともに見てしまった、命の恩人であり、師であり、姉であり、第二の母となってくれた剣聖リディの凄惨な最期。
ロトは魔物によって二度も大切な場所や人を奪われていた。
だからこそ兄のバンシィと共にリディの亡骸へ誓った――こんなことはもう二度と繰り返させないと。
悲しみを断ち切って見せると。
そのために自分たちは強くなると。
大事な人を、世界を守れるだけの強い力をつけて見せると!
その強い想いは、泣き虫で、臆病だった彼女を立派な戦士へと変えた。彼女を勇者と大陸の防壁【盾の戦士ロト】と崇められるまでに成長させた。
しかしそこまで上り詰めたロトであっても……時折過去のトラウマが蘇り、戦うことへ恐れを抱かせていた。
弱気が、気持ちを容赦なく握りつぶしてに来ていた。
そんな時は決まって、ずっと首からぶら下げ続けている木の実のペンダントを握りしめることにしていた。
「兄さん……バン兄さん……私に力を。勇気を……! 兄さん……!」
幼い頃、ロトへ兄弟子のバンシィから貰った最初の贈り物だった。
下手くそで、不恰好で……しかし愛情がたくさん込められた、このペンダント。
ロトにとってはどんな金銀財宝よりも価値があり、勇気をくれる大切なもの。
「よしっ! もう大丈夫!――盾の戦士ロト! 行きますっ!」
ロトは自分へ発破をかけるようにそう叫んだ。
巨大な黒い盾<シフトシールド>を手に、断崖を滑り降りて、地獄の炎の中へ勇敢に飛び込んでゆく。
そしてすぐさま、必死に逃げ惑う親子の姿をみつけだすことができた。
親子を襲おうとしている魔物は<シャドウサーバント>
影のような魔物は手の鋭い爪を振り上げて、親子を引き裂こうと跳躍をする。
「タイムシフトっ!」
ロトは迷わず鍵たる言葉を叫び、盾へ魔力を注ぎ込んだ。
盾のスリットが開き、神々の一柱、ステイ・ヴィクトリア神の巨大な魔眼が開眼する。
魔眼の発する力は空間と時間へ干渉を開始した。
シフトシールドで増幅された魔力は、あらゆる生き物へ等しく与えられている“時間"という概念をほんの僅かねじ曲げる。
影の魔物が、まるで過去へ戻るかのように、親子から鋭い爪を引いてゆく。
その隙にロトは魔物と親子の間に飛び込んだ。
時間の理が元の流れを取り戻す。
刹那、掲げた黒塊に魔物の鋭利な爪がぶつかり、火花を散らす。
「ギリギリセーフ!」
しかしこうして時間を移動(シフト)できるのは、今のロトでは3秒が限界。
時間や空間さえも切り裂くタイムセイバーを所持していた兄や、それを今自在に扱うユニコンには遠く及ばない。
自分が未熟なのは分かっている。無力なのも承知している。
しかしそれに甘えて、できることをしないのが彼女は一番嫌いだった。
(私はリディ様の弟子で、兄さん自慢の妹なんだ! 負けない、絶対に! 邪悪な魔物なんかに!)
無感情なシャドウサーバントは素早く爪を引き、体勢を整えようとする。
しかし、その時既に、ロトの空いた右手には強い熱の力が宿っていた。
「灼熱っ! フレイムフィンガーっ!」
真っ赤に彩られ、炎によって肥大化したロトの右腕がシャドウサーバントの頭を掴んだ。
シャドウサーバントは手足をばたつかせるだけで、反撃に転じることができない。
「ブラスト――エンドォッ!」
紅蓮の左手が、荘厳な輝きを放ちながら、影の魔物の頭部を握りつぶす。
邪悪は灰へ、塵へと移り変わり、やがて消えて無くなる。
「まずは一つ!……お二人とも城壁を出ると王国の救援隊がいます! この道は私が切り開いたので安全です! すぐに城壁の外へ出てください!」
ロトがそう叫ぶと、助けた親子は何度も「ありがとうございます!」お礼を言いながら、城壁へ向かって駆け出してゆく。
まずは一つ。しかし、助けを求めている人はもっと沢山いるはず。
ロトは身の丈よりも遥に巨大な盾を軽々と掲げながら、炎の中を駆け巡る。
「八つ! 九つ! 十ぉっ! まだまだぁ!」
ロトは何度もタイムシフトを繰り返し、撃破数を口ずさみながら。フレイムフィンガーで敵を倒し続ける。
「大丈夫です! 私が皆さんを守ります! 安心して逃げてください!」
逃げ遅れた人々を、魔物の殺戮から救い出してゆく。
そんな中、手甲に装着された通話用魔石が輝いていることに気がつく。
受信は二件。
片方は白の勇者ユニコン。
もう一方は三姫士の1人、剣士ジェスタ。
ロトは白の勇者に押し倒されてからというもの、彼へ強い不信感を抱いていた。
とはいってもユニコンの通話呼び出しは力が強く、優先度が高く設定されているらしい。
ロトはうんざりしながら、とりあえずユニコンとの通話を取る。
『ユニコンである! 盾の戦士ロトよ。今、貴様はどこでなにを……』
「現場にてみなさんお救いしている最中です。問題は一切ありません。というか、状況を把握していない指揮官に幻滅です。以上」
『ちょ、ま――!』
ロトは冷たく早口でユニコンとの通話を終え、さっさとジェスタのものと切り替えた。
「お疲れ様です、ジェスタさん! どうかなさいましたか?」
ロトはユニコンの時とは打って変わって、明るい声で応答をする。
『ず、随分と元気そうだな? 何か良いことでもあったか?』
「みなさんをお助けできてるんです! これ以上の喜びなんてないですよ!」
『そうか。我らももっとそういうロトの戦士としての気持ちを見習わなければな』
「えへへ……ありがとうございます! そちらの状況はいかがですか?」
『アンクシャとデルタの混成部隊がリーディアス軍の第一波の残存勢力を掃討中。私の妖精部隊は、第二波に備えいているところだ』
魔王軍四天王の一角【水のリーディアス】の侵攻が始まったのは昨晩からのことだった。
バンシィの引退騒動の件をユニコンと国王に問いただしている最中のことだった。幸か不幸かなんとも言えないタイミングだった。
しかしロト達は選ばれた戦士たち。
まずは人々を魔物の手から救うのが最優先事項である。
そのため三姫士たちは、レーウルラ海岸から上陸しようとしている敵軍を水際で迎え撃ち、ロトは上陸を許してしまった魔物を駆逐するべく周囲の村を転戦することにし、今の状況に至る。
『なるべく早くこちらに合流して貰いたいんだ。頼む!』
「わかりました! なるべく早く合流するようにします!」
『よろしく頼む……ん、なんだ、最前線からの最優先伝令? ああ、わかったわかった……』
「どうかしました?」
『全くこんな時にアホ鉱人と食いしん坊の竜人め……こほん! アンクシャとデルタから伝言! 良い酒が手に入った。今夜開けるので、ロト特製の旨いつまみ宜しく頼む! だ、そうだ』
戦いは熾烈を極めている。しかしいつも通りのやり取りに、思わず笑みがこぼれ出る。
戦いの中でも、決して笑いを忘れない――そんなアンクシャとデルタのことがロトは、ジェスタと同じく大好きだった。
家族ともいえる強い愛情を抱いていた。
「かしこまりました! 実は先日、とっても美味しそうなギャングベアのお肉を手に入れまして。今夜は、ギャングベア鍋ヨーツンヘイム風だと、アンクシャさんとデルタさんにお伝えください!」
『ほう! それは良い! 私もお相伴にあずかるとしよう!』
「ぜひぜひ! ではジェスタさんこれで! お互い頑張りましょう!」
『ああ!』
通話を終え、心が晴れやかになったロトは、再び気持ちを戦士のソレへ変える。
急がねばならない。
予想以上に、魔王軍四天王の1人、水のリーディアス率いる軍団の侵攻が早い。
ロトは再び走り出し、魔物の掃討と人々の救援を再開する。
「百五十八! 百五十九! 百六十! もっともっとぉ!」
正直、元気も魔力も有り余っているわけではない。
速やかに三姫士に合流する必要もある。
しかしそうだからといって大事のために小事を蔑ろにすることはできない。したくはない。
(きっとリディ様なら、兄さんなら、みんなを救おうとした筈。そのために全力になっていた筈。だったら私も!)
そんな中、ロトは急制動をかけて、石畳を砕きながら立ち止まる。
瞬間、目前で道が爆ぜ、地下から巨大な岩の化け物――ゴーレムが姿を表す。
放たれる邪悪で強大な気配から、こいつがこの街を襲う根源だと判断した
そして強大な敵を前にすると、やはり今でも足元が竦んでしまう。
(リディ様……私に力を。兄さん……もう一度……私に勇気をっ!)
ロトは再び木の実のペンダントを握りしめ、祈りを捧げる。
兄のバンシィに会いたい気持ちは今でも強い。
彼に何があり、どうして突然勇者を辞めたのか真実を知りたい。
そうして再会し、また自分の名前を、優しい声で呼んでほしい。
そのためにも今は多くの人を助け、必死に戦い、そして生き残るべき時。
「よしっ! 盾の戦士ロト! もう一度行きまーすッ!!」
ロトは大盾を突き出し、その裏で拳を真っ赤に燃やし、突撃してゆく。
「砕け散りなさい! 灼熱! フレイムフィンガー!」
*ストックがあるので章の表題は、ひところはやったワニさん風にしてみました(笑)
二章は全21話なので、21日後にちーんされる、ユニコンでしょうか?
目の前に転がる首へ、幼いその少女は声をかけた。
首と胴がしっかり離れているので、答えるはずもない。
窓の外では真っ赤な炎が揺めいていた。
少女の友人の家も、母とよく買い物へ行った商店も、父との大事な思い出のある武具店も、激しい炎に包まれている。
「GEGE! GEGEG!!」
おぞましい化け物たちは、楽しそうに奇声を上げながら、顔見知りの村人を追いかけ回している。
どうやら村を焼いただけでは飽き足らず、村人全てを根絶やしにするつもりらしい。
昨日まで確かに存在していた穏やかな日常は無くなっていた。
おぞましい化け物。
暗黒大陸からの破滅の使者……魔物によってすべてが失われようとしている。
そして魔物たちは、今まさに少女へ襲い掛かろうとしていた。
「あ……ああぁ……あぁぁぁぁ!!!」
少女の心が壊れ、獣のような咆哮があがった。
どうしてこんなことになったのか、何が起こっているのか、全くわからない。
ただただ空気が澱んでいて、臭いが気持ち悪くて、目の前に化け物がいて。
そこから少女の記憶は曖昧となる。
しかしそんな中でもはっきりと目にした、銀の色。
不快な世界へ僅かに香ってきた水のような清らかな匂い。
「目覚めよ、翡輝剣(すいきけん)クシャトリヤ! 邪悪を滅せよ! はぁぁぁっ!!」
青みを帯びた銀の何かは、翡翠に輝く剣を振り、化け物を蹴散らす。
残酷な世界ではっきりと確認できた、唯一の希望。
少女は安堵に包まれ、膝から力を抜き、そして闇の中へと沈んで行く。そして闇の中、美しく舞っていた戦士の名を聞く。
「私はリディ。王国からの使者だ。私が来たからにはもう安心だ。君は助ける! 必ず! 私の名と命に誓って!」
……
……
……
「あっ、ああ……うわっ……!」
「起きた! リディ様、目を覚ましました! ……って、どこ行ってんだよ、あの人はこんな時に……」
目を開けるとぼやけた視界の中に、黒髪が見えた。
少女を覗き込んでいる少し年上だろう少年は、不満げにぶつくさと何かを言っている。
少年は再び、少女を覗き込んできた。
「安心してくれ、ここはリディ様と俺が住んでいる家だ。もう怖いことはない」
「おうち……?」
「そうだ、もう大丈夫だ。君は生きている。もう何も怖いことなんてない」
「……」
少年は笑顔をしてみせた。
なんだか顔の形が酷く変だった。
どうやら無理やり笑みを見せているらしい。
そんな少年の様子がおかしくて、少女は僅かに頬を緩めた。
「笑う元気はあるか。なら良かった。俺はノル……じゃなかったな、今は……こほん! 俺の名前はバンシィ! 剣聖リディ様の弟子だ。君の名前を知りたのだけど、話せるか?」
「あ……ん……」
「無理か?」
「……ト」
「?」
「ロ、ト……」
少女は声を絞り出してそう答える。
すると少年――バンシィは、本当の笑顔をしてみせた。
これがロトとバンシィの出会いであり、最も古い彼との記憶。
ずっと大事にしておきたい、彼女にとっての大切な思い出。
剣聖リディの二番弟子で、黒の勇者バンシィの妹分――【盾の戦士ロト】が誕生した瞬間だった。
しかしロトが戦士として目覚めるのは今少し先のこと。
魔物の襲撃によって何もかもを失い、心に深い傷を負っていた彼女は暫くの間塞ぎ込み、恩人のリディやバンシィに多大な迷惑をかけていた。
(あの時はごめんね、兄さん……リディ様……だけど、あなた達の支えがあって、今の私は……!)
⚫️⚫️⚫️
「相変わらず酷い……」
断崖に立つ盾の戦士ロトは、足元の真っ赤な炎を見て心を痛めていた。
きっと目下の街を包み込む炎の中では、相変わらず邪悪な魔物達が殺戮の限りを尽くしているのだろう。
記憶に残る阿鼻叫喚。そして肉の焼ける不快な臭い。
今でも、幼い頃に見た地獄絵を思い出すだけで、足が震え、心臓が握り潰されたかのように痛む。
そして兄とともに見てしまった、命の恩人であり、師であり、姉であり、第二の母となってくれた剣聖リディの凄惨な最期。
ロトは魔物によって二度も大切な場所や人を奪われていた。
だからこそ兄のバンシィと共にリディの亡骸へ誓った――こんなことはもう二度と繰り返させないと。
悲しみを断ち切って見せると。
そのために自分たちは強くなると。
大事な人を、世界を守れるだけの強い力をつけて見せると!
その強い想いは、泣き虫で、臆病だった彼女を立派な戦士へと変えた。彼女を勇者と大陸の防壁【盾の戦士ロト】と崇められるまでに成長させた。
しかしそこまで上り詰めたロトであっても……時折過去のトラウマが蘇り、戦うことへ恐れを抱かせていた。
弱気が、気持ちを容赦なく握りつぶしてに来ていた。
そんな時は決まって、ずっと首からぶら下げ続けている木の実のペンダントを握りしめることにしていた。
「兄さん……バン兄さん……私に力を。勇気を……! 兄さん……!」
幼い頃、ロトへ兄弟子のバンシィから貰った最初の贈り物だった。
下手くそで、不恰好で……しかし愛情がたくさん込められた、このペンダント。
ロトにとってはどんな金銀財宝よりも価値があり、勇気をくれる大切なもの。
「よしっ! もう大丈夫!――盾の戦士ロト! 行きますっ!」
ロトは自分へ発破をかけるようにそう叫んだ。
巨大な黒い盾<シフトシールド>を手に、断崖を滑り降りて、地獄の炎の中へ勇敢に飛び込んでゆく。
そしてすぐさま、必死に逃げ惑う親子の姿をみつけだすことができた。
親子を襲おうとしている魔物は<シャドウサーバント>
影のような魔物は手の鋭い爪を振り上げて、親子を引き裂こうと跳躍をする。
「タイムシフトっ!」
ロトは迷わず鍵たる言葉を叫び、盾へ魔力を注ぎ込んだ。
盾のスリットが開き、神々の一柱、ステイ・ヴィクトリア神の巨大な魔眼が開眼する。
魔眼の発する力は空間と時間へ干渉を開始した。
シフトシールドで増幅された魔力は、あらゆる生き物へ等しく与えられている“時間"という概念をほんの僅かねじ曲げる。
影の魔物が、まるで過去へ戻るかのように、親子から鋭い爪を引いてゆく。
その隙にロトは魔物と親子の間に飛び込んだ。
時間の理が元の流れを取り戻す。
刹那、掲げた黒塊に魔物の鋭利な爪がぶつかり、火花を散らす。
「ギリギリセーフ!」
しかしこうして時間を移動(シフト)できるのは、今のロトでは3秒が限界。
時間や空間さえも切り裂くタイムセイバーを所持していた兄や、それを今自在に扱うユニコンには遠く及ばない。
自分が未熟なのは分かっている。無力なのも承知している。
しかしそれに甘えて、できることをしないのが彼女は一番嫌いだった。
(私はリディ様の弟子で、兄さん自慢の妹なんだ! 負けない、絶対に! 邪悪な魔物なんかに!)
無感情なシャドウサーバントは素早く爪を引き、体勢を整えようとする。
しかし、その時既に、ロトの空いた右手には強い熱の力が宿っていた。
「灼熱っ! フレイムフィンガーっ!」
真っ赤に彩られ、炎によって肥大化したロトの右腕がシャドウサーバントの頭を掴んだ。
シャドウサーバントは手足をばたつかせるだけで、反撃に転じることができない。
「ブラスト――エンドォッ!」
紅蓮の左手が、荘厳な輝きを放ちながら、影の魔物の頭部を握りつぶす。
邪悪は灰へ、塵へと移り変わり、やがて消えて無くなる。
「まずは一つ!……お二人とも城壁を出ると王国の救援隊がいます! この道は私が切り開いたので安全です! すぐに城壁の外へ出てください!」
ロトがそう叫ぶと、助けた親子は何度も「ありがとうございます!」お礼を言いながら、城壁へ向かって駆け出してゆく。
まずは一つ。しかし、助けを求めている人はもっと沢山いるはず。
ロトは身の丈よりも遥に巨大な盾を軽々と掲げながら、炎の中を駆け巡る。
「八つ! 九つ! 十ぉっ! まだまだぁ!」
ロトは何度もタイムシフトを繰り返し、撃破数を口ずさみながら。フレイムフィンガーで敵を倒し続ける。
「大丈夫です! 私が皆さんを守ります! 安心して逃げてください!」
逃げ遅れた人々を、魔物の殺戮から救い出してゆく。
そんな中、手甲に装着された通話用魔石が輝いていることに気がつく。
受信は二件。
片方は白の勇者ユニコン。
もう一方は三姫士の1人、剣士ジェスタ。
ロトは白の勇者に押し倒されてからというもの、彼へ強い不信感を抱いていた。
とはいってもユニコンの通話呼び出しは力が強く、優先度が高く設定されているらしい。
ロトはうんざりしながら、とりあえずユニコンとの通話を取る。
『ユニコンである! 盾の戦士ロトよ。今、貴様はどこでなにを……』
「現場にてみなさんお救いしている最中です。問題は一切ありません。というか、状況を把握していない指揮官に幻滅です。以上」
『ちょ、ま――!』
ロトは冷たく早口でユニコンとの通話を終え、さっさとジェスタのものと切り替えた。
「お疲れ様です、ジェスタさん! どうかなさいましたか?」
ロトはユニコンの時とは打って変わって、明るい声で応答をする。
『ず、随分と元気そうだな? 何か良いことでもあったか?』
「みなさんをお助けできてるんです! これ以上の喜びなんてないですよ!」
『そうか。我らももっとそういうロトの戦士としての気持ちを見習わなければな』
「えへへ……ありがとうございます! そちらの状況はいかがですか?」
『アンクシャとデルタの混成部隊がリーディアス軍の第一波の残存勢力を掃討中。私の妖精部隊は、第二波に備えいているところだ』
魔王軍四天王の一角【水のリーディアス】の侵攻が始まったのは昨晩からのことだった。
バンシィの引退騒動の件をユニコンと国王に問いただしている最中のことだった。幸か不幸かなんとも言えないタイミングだった。
しかしロト達は選ばれた戦士たち。
まずは人々を魔物の手から救うのが最優先事項である。
そのため三姫士たちは、レーウルラ海岸から上陸しようとしている敵軍を水際で迎え撃ち、ロトは上陸を許してしまった魔物を駆逐するべく周囲の村を転戦することにし、今の状況に至る。
『なるべく早くこちらに合流して貰いたいんだ。頼む!』
「わかりました! なるべく早く合流するようにします!」
『よろしく頼む……ん、なんだ、最前線からの最優先伝令? ああ、わかったわかった……』
「どうかしました?」
『全くこんな時にアホ鉱人と食いしん坊の竜人め……こほん! アンクシャとデルタから伝言! 良い酒が手に入った。今夜開けるので、ロト特製の旨いつまみ宜しく頼む! だ、そうだ』
戦いは熾烈を極めている。しかしいつも通りのやり取りに、思わず笑みがこぼれ出る。
戦いの中でも、決して笑いを忘れない――そんなアンクシャとデルタのことがロトは、ジェスタと同じく大好きだった。
家族ともいえる強い愛情を抱いていた。
「かしこまりました! 実は先日、とっても美味しそうなギャングベアのお肉を手に入れまして。今夜は、ギャングベア鍋ヨーツンヘイム風だと、アンクシャさんとデルタさんにお伝えください!」
『ほう! それは良い! 私もお相伴にあずかるとしよう!』
「ぜひぜひ! ではジェスタさんこれで! お互い頑張りましょう!」
『ああ!』
通話を終え、心が晴れやかになったロトは、再び気持ちを戦士のソレへ変える。
急がねばならない。
予想以上に、魔王軍四天王の1人、水のリーディアス率いる軍団の侵攻が早い。
ロトは再び走り出し、魔物の掃討と人々の救援を再開する。
「百五十八! 百五十九! 百六十! もっともっとぉ!」
正直、元気も魔力も有り余っているわけではない。
速やかに三姫士に合流する必要もある。
しかしそうだからといって大事のために小事を蔑ろにすることはできない。したくはない。
(きっとリディ様なら、兄さんなら、みんなを救おうとした筈。そのために全力になっていた筈。だったら私も!)
そんな中、ロトは急制動をかけて、石畳を砕きながら立ち止まる。
瞬間、目前で道が爆ぜ、地下から巨大な岩の化け物――ゴーレムが姿を表す。
放たれる邪悪で強大な気配から、こいつがこの街を襲う根源だと判断した
そして強大な敵を前にすると、やはり今でも足元が竦んでしまう。
(リディ様……私に力を。兄さん……もう一度……私に勇気をっ!)
ロトは再び木の実のペンダントを握りしめ、祈りを捧げる。
兄のバンシィに会いたい気持ちは今でも強い。
彼に何があり、どうして突然勇者を辞めたのか真実を知りたい。
そうして再会し、また自分の名前を、優しい声で呼んでほしい。
そのためにも今は多くの人を助け、必死に戦い、そして生き残るべき時。
「よしっ! 盾の戦士ロト! もう一度行きまーすッ!!」
ロトは大盾を突き出し、その裏で拳を真っ赤に燃やし、突撃してゆく。
「砕け散りなさい! 灼熱! フレイムフィンガー!」
*ストックがあるので章の表題は、ひところはやったワニさん風にしてみました(笑)
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