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第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】
大切な彼女と過ごす、第二の人生
しおりを挟む「あの、ノルン様、本当に良いんですか……?」
リゼルがノルンを見上げて来る。
こんな些細な所作でも、いちいちリゼルが可愛く見えてしまうのだから参ってしまう。
しかし傍に他の人もいるので、にやけるのはどうも恥ずかしい気がする。
「も、勿論だ! こちらこそ今まで勉強する機会を奪ってしまっていて済まなかったな」
「ノルン様……」
「それにここに通ってくれれば色々と安心だし、その……帰りに迎えに行くことができ、買い物なども一緒に可能だろ?」
実は最後の辺りがノルンの真の狙いだった。
狙いというよりは、願望に近い。
そんなノルンの願望を察しただろう、リゼルはクスクスと笑い声をあげた。
「で、リゼルさん、どうしますか?」
診療所(ここ)の主であるハンマ先生はにこやかに聞いてくる。
「ご覧の通り小さな診療所ですので、たくさん給金を払うことはできません。ですがその分薬師としての指導はきちんとしますよ。もちろん、手伝ってくれればこちらは大変助かります」
ハンマ先生の言葉にリゼルは「では、明日からお世話になります! よろしくお願いします!」と元気な声を上げながら、深々と頭を下げるのだった。
これにて交渉成立。
リゼルは明日から、日中はハンマ先生の診療所で薬師兼看護師として働き始める。
日中の所在が分かり、さらに村の中ならば、この間のように森で魔物に襲われることは考えられない。
更に将来は薬師を目指している彼女にとって、ここで働くことは良い勉強になることだろう。
もちろん、こうなった以上、家事は分担制。覚悟の上である。
「あっ、でもゴッ君はどうしよう。一人で寂しがらないかなぁ……」
「一緒に連れてきても構いませんよ。大きくなっても、今のまま、穏やかな子なら色々と考えてみましょう。きっと、患者さんの良い癒しになってくれると私は思いますけどね」
「ありがとうございます! では明日からゴッ君と一緒によろしくお願いしますっ!」
これは計算外。
リゼルが不在の時ならば、思う存分ゴッ君を独り占めできるという、ノルンの目論みは脆くも崩れ去る。
「ノルン様、ありがとうございます! 頑張りますねっ!」
しかしリゼルの愛らしい笑顔が見られたのだから、これで良し。
やはり彼女はこうして笑っているのがよく似合っていると、改めて思い直す。
……
……
……
「ありがとう、ガルス。助かる」
ノルンは営林場で、頭目のガルスへ深々と頭を下げた。
「良いってことよ、こんぐらい! 質は俺が保証するぜ」
ガルスは馬車の荷車に積まれた、大量の材木を自慢げに叩いた。
「しかし、本当に良いのかよ? おめぇの頼みなら、作業工賃はまけてやるぜ?」
「気持ちだけもらっておく。ありがとう。しかし、自分でやりたいんだ。俺たちが暮らしている家のことだからな」
ノルンは買い付けた材木を見上げて、そう言った。
色々と落ち着いてきたので、念願だった山小屋の修繕作業に乗り出す。
今からワクワクが止まらない、ノルンだった。
ノルンははやる気持ちを堪えつつ、馬へ拍車をかけて、荷車を発進させる。
「全く、おめぇはおもしれぇ奴だよ……ちっと変わってるがな」
ガルスはノルンの背中をみながら微笑むのだった。
「ガァー!」
「カァー!」
今日もヨーツンヘイムの空では、雌雄の飛龍ボルとオッゴが、元気よく翼を羽ばたかせて、イスルゥ塗や材木を空輸していた。
ボルのお腹が僅かに膨らんで見えるのは気のせいか? もしかすると……
(オッゴももう父親か。お互いに頑張ろう。大事な人を守るために、男として)
暖かい気持ちでノルンは先へ進んでゆく。
山の向こうには、大きな雲がみえた。
その中では何かが蠢いているような気がしてならない。
(そろそろガンドールにも会ってやらねばな……)
しかしあまり激しくやらかして、リゼルに心配をかけてしまう訳には行かない。
やはりもう少し鍛えたほうが良さそうだと思ったノルンは、これからやるべきことに“自身の鍛錬”を付け加える。
「はぁ!? また10,000個!? あんた何考えてんの! 懲りてないわけ!?」
「悪い! ホントごめん! で、でも良い商機だと思って! 実績あるんだからできますよね!? ヨーツンヘイムとゾゴックの職人さん達……いや! 優秀なケイさん達なら! とっても美人でカッコいいケイさんがびしっと現場を引っ張ってくれれば!」
「そ、そうかい……?」
「そうですとも、そうですとも! ゾゴックのユイリィさん達にもヘルプ頼んであるんで、今回も頼みます! お頼み申し上げますっ!」
イスルゥ塗工房の前では、ガルスの奥さんのケイにグスタフ必死に頭を下げ続けている。
「工場長どうします?」
「グスタフさんがここまで必死なんだ。やるしかないだろ?」
工場長のギラをはじめ、すっかり逞しく成長した職人たちは揃って苦笑いを浮かべている。
どうやら今日も村は平和らしい。
保護地域工芸品のおかげで、ヨーツンヘイム・ゾゴックのイスルゥ塗はしっかりと守られていて、安定供給ができている。
しかしかつてほどの莫大な売り上げになってはいない。
(そろそろ考えるか、新しい商売を。次は何が良いか……)
全てはヨーツンヘイムの人々が、明るく、楽しく暮らしてゆくため。
ノルンは様々なアイディアを頭に思い浮かべながら、道をゆく。
……
……
……
「グゥー!」
「ゴッ君! 今日もお勤めご苦労様!」
茜色の空の下、診療所の扉から飛び出してきたギャングベアの幼体・ゴッ君を抱き止める。
少し大きくなったが、それでも愛らしさは変わらない。
ゴッ君もすっかりノルンに慣れたのか、しきりに身体を擦り付けている。
「お疲れ様です、ノルン様」
「お疲れ様、リゼル」
ノルンとリゼルは互いに笑顔を浮かべて、労い合った。
そしてどちらともなく手を伸ばし、互いに取り合って歩き出す。
「診療所の仕事はどうだ?」
「お仕事が多くて大変ですけど、とっても勉強になってますよ! この間なんて、傷薬がよく効いたって喜んでいただけました!」
「そうか」
「ゴッ君も、最初は皆さん、おっかなびっくりな様子だったんですけど、今じゃすっかり人気者ですね」
「当然だ。ゴッ君は可愛いからな!」
「グゥー!」
2人と一匹の影が、夕焼けに照らされたヨーツンヘイムの道に伸びてゆく。
今日ものんびりとしていて、穏やかな、何事も起こらない平和な1日が終わってゆく。
世の中はまだ戦乱の中である。
しかし、なんの取り柄もない、辺境の地にはそんなことなど関係ない。
ここはそれで良かった。
今の彼は黒の勇者バンシィではなく、山林管理人のノルン。
もはや彼が世界を救うことはできない。
しかしそんな彼でもできることはある。限界まで手を伸ばせば、ほんの少し自分の領分を超えて、何かを守ることができる。
その何かとは――ヨーツンヘイムであり、そこに暮らす人々であり、ゴッ君であり――
「今日は確かノルン様が食事当番ですよね? 何を作ってくれるんですか?」
隣に大事な人がいて、愛らしい笑顔を浮かべてくれている。
もはや彼が世界を救うことはできない。
しかし、せめて彼女だけは、リゼルの笑顔だけは、これからもずっと、ずっと、守り続けて行きたいと強く思う。
「リゼル」
ノルンは立ち止まり、彼女も合わせてくれた。
互いに見つめ合う。
彼は少し腰を屈めて、彼女は僅かに背伸びをして。
触れ合った唇は心地よく、甘く、そして愛おしい。
「ノルン様」
「ん?」
「大好きです」
「俺もだ」
「もう! 私もはっきり言ったんですから、ノルン様もしっかり言ってください!」
「う、むぅ…………」
「私のこと、嫌いなんですか……?」
リゼルは不安げな顔をしてみせる。
これが演技だというのは分かってはいる。
しかしたとえ、演技だろうとも、もう二度と彼女のこういう顔は見たくない。
「す……す、……」
「す?」
「好き、だ……リゼルっ……こ、これで良いか?」
ノルンが恥ずかしさを堪えて言葉を絞り出すと、彼女はいたずらっ子のように微笑んだ。
そしてご褒美と言わんばかりに、彼の頬へ唇を添えてくる。
ノルンとリゼル。元偉大なる勇者とかつて助けたどこにでもいそうな村娘。
本来はきっと繋がることのないだろう2人が、互いに手を取り合い歩き出す。
大切な彼女と過ごす、第二の人生――心の底から幸せを感じるノルンなのだった。
「グファ~……」
と、そんなノルンとリゼルの間で興味なさげに、あくびをするゴッ君なのだった。
「ノルン様!」
「ん?」
「大好きですっ!」
一章・おわり。
=====================
*これにて一章は完結です! 消化率三分の一といったところです。さて、明日は幕間として“あの神龍”のお話を挟みます。
そして二章よりノルンとリゼルの楽しいヨーツンヘイムライフと、かつての仲間たちの動向を交互に展開してまいります。今後ともどうぞ【勇者クビ山】をよろしくお願い致します!
*アルファポリスユーザーの皆様へ。
支えて頂き本当に感謝しております。皆さまが読んでくださったり、反応してくださるのが嬉しくてたまりません。本当に、本当にありがとうございます。
本作は78話まで執筆が完了しています。
ですが皆様の支えもありまして、78話以降の展開を今執筆しております。できればこのまま、本作でやりたいことを貫き通せればと思っています。
これからのシーズン、本業の都合上、更新が滞ることもあるかとは思いますが、できるだけ間を開けずに更新をして行きたいと考えている次第です。(八月下旬までは今のペースが維持できます)
これからもどうぞよろしくお願い致します!
そしていつもありがとうございます!
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