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第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】

飛べノルン! 世界の果てまで!!

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「こんなものしか用意できなかったのか……?」

 ノルンは猛獣などを収容できそうな無骨な檻を見上げて、そう言った。

「沢山人が入れて、正方形で、飛龍が背負えて、すぐに用意できるたのが、これしかなくて……」

 グスタフは申し訳なさそうに頬を掻いた。
 今は一分一秒でもゾゴック村からイスルゥ塗の職人を連れて来る必要があった。贅沢は言ってられない。
 
「仕方あるまい……早速オッゴとボルへの装備を。1秒でも時間が惜しい。しかし人を乗せるのだから固定はしっかりとだ! 頼むぞ!」
「お、おう! 任せな!!」

 グスタフは顔を少し引き攣らせて、鉄籠の装備作業へ走ってゆく。
もしかすると、また勇者……もとい、元勇者の覇気で怯ませてしまったのかもしれない。

「ノルン様! お待たせしました!」

 次いでリゼルがやって来て、羊皮紙の巻物を差し出した。

「これに今回の事情やカフカスからの雇用条件などが書いてあります。これを私のお母さん、村の代表のユイリィに渡してください!」
「ありがとう。ところで、その剣は?」

 ノルンはリゼルが脇に抱えた刃渡りが短い鉄剣へ視線を落とす。

「これぐらいしか用意できなくてすみません。空は何があるかわかりませんから、せめて護身用にと思いまして」
「そうか。ありがとう。助かる」

 ショートソードを受け取り、早速腰へ指す。簡素な造りだが、重さも適度。悪くない仕事である。
 最後にリゼルは綺麗に布の包みを差し出して来た。

「お弁当です。食べるタイミングがありましたら」
「何から何までありがとうリゼル」
「いえ、その……」

 リゼルは不安げな視線を向けてきた。
確かにヨーツンヘイムに流れ着いて以来、リゼルと離れたことはほとんどなかったと思い返す。
そう思うと、 彼の胸の内もまた僅かな震えに見舞われるのだった。だからこそ強く想うことがあった。

「すぐに帰る。ゴッ君と一緒に待っていてくれ。必ず皆を連れてくる。約束する」
「はい! 明日には戻られるんですよね? だったらゾゴックのみんなもおもてなしするためにたくさん美味しいもの用意してますね!」
「あ、ああ、そうだな……」

 リゼルの気持ちはありがたいのだが、更に食糧庫の備蓄に不安を覚えるノルンだった。

「装備完了したぜ、ノルン!」
「ガァー!」
「カァー!」

 ガルスやグスタフたちの手によって、背中に巨大な檻を背負った雌雄の飛龍ボルとオッゴは勇ましい鳴き声を上げる。
気合は十分な様子だった。


 ノルンは早速雄の飛龍:オッゴの首根に装着された鞍へ飛び乗った。
そして黄土色をしたオッゴの鱗をそっと撫でてやった。

「オッゴ、俺と先導をよろしく頼む。お前は男の子だからな。しっかりとボルを守ってやれ」
「ガァー! ガァー!!」

 オッゴは気合の籠った雄叫びをあげ、足元にいたガルスやグスタフを怯ませる。

「カァー! カァー!」
「わ、分かってる! ボルもしっかりと頼むぞ!」

 乗ってもらえないのが不満なのか、ボルは長い舌でノルンをベロベロと舐め回す。
 オッゴが再び雄叫びを上げた。
ボルはピタリとノルンを舐め回すのを止める。

「ガァー! ガァー! (そろそろ出発だよ! 準備して!)
「クゥン……(分かってるよ……)」
「ガガァ?(もしかして不安?)」
「ククゥン……(うん。怖い……とっても……私、こんなにも長い距離飛んだことないから……)」
「ガガガァー!! ガガッ……(大丈夫だよ! 勇者様も一緒だし、それに……)」
「クン?(ん?)」
「ガガガガガガァーン!!(大好きなボルちゃんは俺が全力で守る! 絶対に! だから安心して俺の後ろについてきて!)」
「クゥーン……カァー!……カカカァー!(オッゴ君……ありがと、宜しくね! 大好きだよ!)」

 そうしてまたまた始まった雌雄の飛龍の舌の絡めあい。
 しかしこれから過酷な旅路となるので、暫く見守るノルン達だった。

「さぁ、そろそろ行くぞ、オッゴ! ボル!」
「ガァー!」
「カァー!」

 雌雄の飛竜は思い切り強靭な翼を開い、離陸体勢を取った。

「お前らはもう俺らの仲間だ! だから必ず無事に戻ってくんだぞ! 帰ってきたら、うちの母ちゃん特製の肉を食わせてやったかな!」

 ガルスの言葉にボルとオッゴは“フンス!”と気合の籠った鼻息で答える。

 かくしてノルンを乗せ、無骨な鉄籠を背負った二匹の飛龍は、ヨーツンヘイムの住民に見守られながら、大空へと飛び立っていった。

 今日は雲ひとつない快晴。
二匹の飛竜は航空高度まで一気に飛び上がり、やがて一直線に並んで、空を切る。

(す、凄い速度だ……! アンチウィンドマントを装備ししていて正解だったな!)

<アンチウィンドマント>――ノルンが所持する999個のアイテムの中で、初級から中級の風属性魔法を受け流すこ魔法の外套のことである。

 これを装備しているおかげで風は受け流され、飛ばされることはない。しかし頬に感じる風は鋭く、周囲の風景がまるでばら撒いた絵の具のようにしか見えていない。

(二匹とも俺が知らないにうちにこんなにまで成長を……)

 ボルとオッゴは生まれつき体内に火炎袋を持たない劣勢種だった。一般的には劣勢種の飛竜の子供は生まれてすぐに、親竜によって他兄弟の餌とされてしまう。

 しかし黒の勇者の時、その光景を目の当たりにしたノルンは、自然との摂理とは分かっていても、どうしても見過ごすことができなかった。

――すべてを救うことはできない。しかし手の届く範囲くらいは……そしてそうして手を差し伸べたのだから、最後まで責任を持って! 愛情をたっぷり注いで!

 そうして救われた雌雄の飛竜がボルとオッゴである。

「ガガガ―!(もっとスピード出すよ! ボルちゃんできる?)」
「カカカァー!(全然大丈夫だよ! もしかしたら私がオッゴくんを追い越しちゃうかもよ?)」
「ガァァァァ!(言ってくれぜ!)」

 ボルとオッゴは天井知らずで、どんどん加速してゆく。
様々な飛竜に騎乗したことのあるノルンだったが、ここまでの速度は初体験だった。
 二匹は今やは、その辺りの飛龍さえ凌駕する飛行速度を獲得しているようだ。

(この速度ならば、予定よりも早くヨーツンヘイムまで戻れるぞ! 良くここまで育ってくれた、ボル、オッゴ!)

 ノルンは二匹の成長を喜びつつ、手綱でオッゴへ航路指示を送った。

 そうして順調に飛行を続けていると、ノルンは僅かに湿った空気を感じ取った。
大気の変化に身体が緊張し、強張って行く。

(こんなところに城のような雷雲か……)

 蒼天の中に広く、そして重く、黒々とした不穏な雲が鎮座していた。
遥遠くにいるにも関わらず、稲妻の轟が臓腑を揺るがしてくる。
 本来ならば避けて通るべき雲である。しかし今は一分一秒と時間が惜しい。
さらに、もしもこの城のような黒雲が“彼”のものであるならば――急いでいるノルンにとっては暁光といえる。
 
「ガァー!?」

 しかしオッゴは初めて目の当たりするだろう巨大な黒雲の渦に怯えている様子だった。後続のボルも、不安げな唸り声を上げている。

「構わん。このまま突っ込め! 考えがある! 俺に任せろ!」
「ガァー!」

 オッゴは不安を払しょくするかのような勇ましい声を挙げた。
翼でブレーキをかけ、後続のボルへ並ぶ。
そして自分の尻尾をボルの尻尾へ絡めた。

「ガガガっ!(勇者様も一緒だし大丈夫! ボルは俺が守るから! 必ず!)」
「カァー……クゥン!(オッゴくん……わかった! ありがとう!)」

 ボルの震えが収まり、純朴な瞳でオッゴを見返えしていた。
。どうやら二匹とも覚悟は決まったらしい。

「アタック!」
「ガァー!」
「カァー!」        

 ノルンと二匹の飛龍は黒雲の中へ迷わず飛び込んでいった。

「ガガガガガッ!?」
「ク、クゥン!」

黒雲の中へ飛び込んだ途端、激しい風と雨が鋭く二匹の翼を打ち据えた。

稲妻が絶えることなく空を引き裂き、空の覇者である飛龍でさえも、その轟の前に身体を震え上がらせる。

「大丈夫だ! そのまま直進し、中心を目指せっ!」

 しかしその度にノルンはオッゴの首を叩いてしゃんとさせる。
 気持ちを立て直したオッゴは雄たけびを上げる。
ボルもそれに応え、豪雨と雷鳴に挫けず飛行を続ける。

 荒れ狂う黒雲の中をノルンと二匹の飛竜は心と身体を一つにし、突き進んでゆく。

「カ、カァー!?」

 突然、ボルが怯えた声を上げた。
 目前に黒雲とは別の“巨大な黒い影”が現れたからだった。
 
 オッゴは目前に現れた黒い影を威嚇するように咆哮を上げる。
 未知への恐怖。大事なパートナーのボルを守りたいという強い気持ち――その両方をオッゴの咆哮から感じたノルンは、彼の鱗をしきりに、そして優しく撫で続けた。

「よくここまで頑張ったなオッゴ。あとは俺に任せせてくれ」

 ノルンは黒雲の中を縦横無尽に動き回る巨大な影を鋭く睨みつけた。

「俺だ! バンシィだ! この声が聞こえているなら返事をしろ! 大神龍(だいじんりゅう)っ!」
 
 声は稲妻の轟にかき消されてしまったのか。
 黒々とした巨大で長い影はやがて渦を巻き、ボルとオッゴの周囲を取り囲み始める。

「俺のことを忘れたか! 俺のことを覚えているなら答えろ、【大神龍:ガンドール】!」
『ぬっ? その声はもしや……!?』

 雲を震撼させるほどの声が周囲から響き渡った。
 渦の勢いが次第に弱まり、黒い影が空に鎮座する。
ピタリと激しい風雨が止み、周囲を漂っていた黒雲が一瞬で外へ弾け飛んだ。
そして飛龍よりも更に巨大な影が、ノルン達を覆い尽くす。

「ようやくや姿をみせてくれたか、ガンドール!」
『やはりその声は……!』

 蒼天の下に現れたのは山よりも遥に巨大な灰色の龍だった。

『我が心の友、バンシィではないか!! バンシィィィ!! ガオォォォーン!!!』

 巨大な龍は耳が痛くなるほどの大声で、人語を使って嬉々とした声を上げる。

 【大神龍ガンドール】――空の真の支配者として君臨する神聖の一つ。かつては世界の命運をかけて、対峙したこともあった。しかし和解をして、今では空に住む大事な友人の一人である。

「久しぶりだガンドール! まさかこんなところで君に再会できるとは思ってもみなかった。うれしく思っているぞ!」



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