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俺の手で、彼女を残酷な記憶から救う

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「いらっしゃいトーガくん、待っていたわ」

「モニカはいないのか?」

「例の如く、パルさんのところよ。さっ、上がって」

ーーガトー・ガナッシュを討ち、王国魔術師3番隊隊長となった俺は同時に、かつてシフォン人たちが国を形成していた"パウンド地区"の一部を領地として、王より拝領するに至った。
 彼の地は北方であること、魔空の本体が近くにあることから、大半の期間を冷たい空気と深い雪に閉ざされている。
だが俺はそこを納め、パル達シフォン人の国を取り戻すという目的がある。

 その目的の達成のためには、やはり多額の金が必要である。そして金を得るためには産業か事業が必要だ。

 そこで、俺よりも深い知識を持つエマにそのことを相談したく、ここを訪れた次第である。

「先日、トーガくんが出してくれたアイディアから色々と考えてみたのだけれど……」

 エマは事前に俺が提示したいくつかのの案を、紙の資料としてまとめてくれていた。

 やはりこういったことは大学教授であるエマに頼んで正解だと思った。

「これはあくまで叩き台よ。ここから議論を深めてゆきましょう」

……それにしても、エマとのこういったやりとりは懐かしいと感じていた。

 かつての俺達は、大志を胸に、共に故郷である辺境の村を飛び出して、冒険者となった。

 あの頃はお互いに若く、荒々しいところがあり、行先や討伐モンスター、果てや夕飯を何するかといった些細なことにまで、こうしてよく議論を重ねていた。

 今にして思えば、あれは議論ではなく、ほとんど痴話喧嘩みたいなものだったと思う。
でもこれは、後に悲惨な目にあった俺たちにとって、冒険者としての数少ない良い思い出であるのは確かだった。

 俺とエマは、冷静でかつ熱い議論を重ねてゆく。
そしてある程度の案が固まった頃には、窓の外へ夜の帳が降りていた。
明日は王宮での、3番隊隊長としての会議があるため、お暇した方が良さそうだ。

「今日はありがとうエマ。それでは……」

「あ、あのトーガくん……お茶を、一杯だけ付き合ってくれないかしら……? 本当に一杯だけで良いから……」

 先ほどまでキリッとした態度から一遍、エマが不安げな表情で問いかけてくる。

 こんな顔をされて、流石に帰るわけにはゆかず、素直に従うことにし、再び椅子に腰を据える。

「本当に大丈夫か?」

 お茶を用意するエマの背中に問いかける。

「ごめんなさい、迷惑をかけて……正直にいうと、いつものことだから……」

 振り返ったエマは、震えた指先でティーポットを持ち、お茶を注ぎ始める。

「こういう1人の夜の時、思い出しちゃうのよ……あの日の夜……あ、あいつらにされたことを……」

 あの日の夜、そしてあいつらーー包み隠したその言い方でも、俺には十分伝わった。

 悪漢ボン・ボンとその一行。
奴らはかつての若き日の俺とエマを襲った。
 
 エマは奴らに一晩中回され……俺は右足の筋を切られて、そんな残酷な光景を見せつけられて……。

 この時俺は、大人になったエマの心の内をわかっていたようで、わかっていなかったのだと反省した。

 彼女はあの時の記憶を失ったわけでも、乗り越えたわけでもない。

 ただ我慢をし続けていた。過去のトラウマを必死に耐えて、この数十年間歩き続けていた。

 それだけのことだったのだ。 

「まだ、旦那が生きていた頃は、マシだったんだけど、ここ最近はまた1人でいることが多くなったから……」

「……」

「ありえないとはわかっていても、想像しちゃうのよ……またアイツらが突然現れて、私を……私を……ーーっ!?」

 考えるよりも先に俺は立ち上がっていた。
そして体も、心さえも恐怖で震わせているであろう、エマを背中から強く抱きしめていた。

「もう大丈夫だ。絶対に。ボン・ボンと、その一行は俺が、この力を得た瞬間、真っ先に葬った。奴らはもうこの世にいない。永遠に君の前に姿を現さない」

 ずっと、このことを伝えるかどうか迷っていた。

 たとえ復讐で、相手が罪人であろうとも、俺がやったのは人殺しだ。

 ケイキ王国の法が認めていようとも、人殺しのことを自慢げに語るのは、いかがなものか。

 そう思い、ずっと伏せていたのだが……

「そうなの……」

 だが、やはりエマにはすぐに話すべきだったと反省する。
現に今俺の腕の中にいる彼女は、震えがおさまり、そして安堵の息を漏らしていたからである。

「すまない、ずっと黙っていて……」

「ううん、良いのよ。もし私が同じ立場でも、たぶん話さなかったと思うから……人殺しのことなんて……」

「……」

「でも、トーガくんは、それでも勇気を持って、私に伝えてくれた……ありがとう。それに……」

 エマの細い指先が、キュッと俺の腕を握りしめてくる。

「嬉しかったわ。何十年も経っているのに……もしかしたら一生会えないで終わったかもしれないのに……そんな私のために、手を汚してくれて……それだけ私のことを、ずっと想ってくれていて……」

「エマ……」

「だ、だから……!」

 エマは俺の腕を取り、動かしてゆく。

 気がつけば俺の指先はエマのよく熟れた双丘の片方に深く沈み込んでいる。

「塗り替えて……私のことを……心も、体も、全部あなたの手で……」

 エマは頬を赤ながら、潤んだ目線を向けてくる。

 そんなエマの表情は俺に、十数年前の、村を一緒に飛び出した頃の、まだあどけなさの残る少女の面影を思い出させる。

「トーガ……はむっ……んんっ……!」

 それから俺達は口付けを交わす。
それはあたかも、お互いに失った数十年の時を取り戻すかのように、深く長く。

「行くぞ、エマ」

「うんっ! きて、トーガっ!」

 もはや歯止めの気無くなった俺達は、ここが寝室ではなく、リビングであることを忘れて、濃密な交わりを何度も何度も重ねてゆく。

 だが、こうしたからといってエマの中から、あの時の記憶が完全に消え去るわけではない。

 これからもおそらく、彼女は度々、過去のトラウマに苛まれることだろう。

 でも、今の彼女はもう1人ではない。

 俺がそばにいる。これからはずっと、ずっと、ずっと君のことを守り続ける。

 そう改めて近いを立てた俺は、それがきちんと態度でも伝わるように、彼女へ幾度となく自分自身を叩きつけてゆく。

 そしてそんな想いがきちんと伝わっているのか、エマは荒いの中に時折、優しげな笑顔を見せてくれるのだった。
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