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俺はガトー隊長に気に入られる

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  通された邸宅の中はとても立派だった。
俺の館よりも数十倍内装が綺麗で、ところどころには見事な調度品の数々が飾られている。

「素晴らしいコレクションの数々ですね」

「あはは……これ、全て妻の趣味なんだよ。僕、家を空けていることが多いから、好きにしていいよと言ったら、いつの間にかこんな風に……」

 そう俺の言葉へ気さくに答えたのが、王国魔術師3番隊隊長のガトー・ガナッシュ様であると、今でもにわかに信じられない。

「実は僕、密かに君に親近感を抱いていてね」

「親近感、ですか?」

「君はトーガ、僕はガトー。なんか似てないかい?」

「ああ、確かに……!」

「それにね、僕と君にはもう一つ共通点があるんだよ!」

 そう言いつつ、ガトー様は自ら立派な扉を押し開く。
 扉の向こうでは、青い瞳と雪のように白い肌を持つ、まるで彫像のように美しい女性が頭を深々と下げていた。
するとガトー様はその女性へ近づいてゆき、彼女の肩を抱く。

「紹介するよ、僕の妻でチル・ナ・ララっていう」

「旦那様、違いますっ! もう私はあなたの妻なので、今はチル・ナ・ガナッシュですぅ!」

と、パルと同じくシフォン人のチルさんは、クールなみためとは裏腹に、随分可愛らしい言動をする人らしい。

しかし、まさかガトー様が"シフォン人を妻"に迎えているとは"意外"だった。

「僕が"シフォン人と結婚している"のを見て"意外"かもしれないね。先に一つ言っておくと、単に僕はたまたまチルと出会って恋に落ち、そして結婚しだけさ。贖罪とか哀れみで彼女を妻として迎え入れたわけじゃない」

ーーおそらくこの国の若い世代は、ガトー様がかつて"北部戦線の荒鷲"と呼ばれていたことなど知らないのだろう。

彼はそういった異名で恐れられるほど、かつてのタルトン人とシフォン人の戦争に参加し、そこで大活躍をした……たとえ任務とはいえ、その手で多数のシフォン人の命を奪ってきた人物なのだ。

そしてその活躍がきっかけとなって、王国魔術師となったという……

「さぁさぁ、新人のトーガ・ヒューズ君が、こうしてわざわざあいさつに出向いてくれたんだ。みんなしっかり接待を頼むよぉ!」

と、ガトー様が明るく声を上げれば、妻のチルさんも含め、多くの使用人たちが一斉に動き出して食事の世話や、音楽の生演奏などを披露してくれた。

いきなり押しかけたにも関わらず、この豪奢な歓待に、正直驚きを隠せないでいる。

だけど、それだけガトー様は、俺の来訪を喜んでくれているらしい。

これは狙い以上の成果だと思った。

「正直さぁ、僕、最近の若い子が何を考えてるかわかんないのよ! 僕だってさ、みんなのことちゃんと理解したいから、たまに一緒にご飯でもって誘っても"今はプライベートの時間なので"なんて、いっちゃってさぁ! 昔の子達はみんな快く誘いに乗ってくれたのにさぁ! んぐ、んぐ……!」

 すでにベロベロに酔っているガトー様は、わりとすぐに本音をぶちまいてくれていた。

「それにせっかく王国が寮を用意してるのにさ、ここ数年誰も入らないで、郊外に住み出したりさ。そんなに僕の家がそばにあるのは嫌なのかねぇ!? そんなに仕事とプライベートを徹底的に分けたいの!? てか、僕って案外嫌われてる!?」

「そ、そんなことはないと思いますよ?」

そうとりあえずフォローをしつつ、俺がガトー様へお酌をする。
すると、ガトー様はますます嬉しそうな顔をして、席を立つ。
そしてわざわざ俺の隣に座り込み、ガシッと肩を組んできた。

「トーガ君、やっぱり僕は君のこと気に入ったよぉ!」

「あ、ありがとうございます」

「だってさ、王国寮に入寮してくれただけでも嬉しいのに、こうやって僕のところへ挨拶をしにきてくれたんだもん! しかもさ、こんな酔っ払い相手に話を聞いてくれて……ほんと、ほんと、感謝、感謝ぁ! てぇことで、君も一杯どうだい?」

と、ガトー様は俺に気持ちよく飲んでいた自分のワインを注いでくる。

まぁ、今の俺は見た目はガキでも、中身はおっさんなので少しくらいは……と思って、杯に手を伸ばす。
するとワインで満たされた杯がまるで瞬間移動のように、目の前から消える。

「トーガ様、王国法で飲酒は二十歳からです。私はあなたのなさること、判断されることを全て肯定すると約束しました。しかし、法に触れる行為は認めるわけには参りません」

パルは珍しく、真剣な様子で俺へ注意を促し、

「旦那様も、少し酔っ払いすぎです。自重なさってください」

チルさんもガトー様へ冷ややかな言葉をぶつけてきたため、

「「す、すみません……」」

 俺とガトー様は声を揃えて謝罪をするのだった。

「いやぁ、ほんと、シフォン人の女性って強いよなぁ……」

「ですね……」

「でも、そこが良いんだよなぁ!」

「わかります!」

「いや、ほんと、僕と君は気があって嬉しいなぁ!」

 ガトー様はチルさんに怒られたことなどなんのその、再び酒を煽り始める。

ーーおそらくガトー様は、この件を通じて俺に対して好印象を持ってくれたことだろう。

 ガトー様が先ほど仰った通り、王国魔術師は曲者揃いで、特に若い者となれば、最近は個人主義的な考え方をするものが多い。
そのこと自体は俺も否定はしないし、気持ちもよくわかる。

 しかし、そうした世相に"物足りなさを感じる上の世代の者"がいるのもまた、確かなことだった。
特にガトー様は、そういった上の世代の典型的なお考えをお持ちの方だったと思う。

 ならば、そうした考え方を利用しない手はない。

 誰だって未知の相手よりも、多少は知っている相手の方がやり易いだろう。

 同程度の人間が並び、どちらか選ばなければならない場合は、多少人となりをわかっている人間を選ぶに決まっている。

 そういった考えの下、俺は敢えて若い者が避ける王国寮へ入寮し、隣人であるガトー様へこうして挨拶をして、俺の印象付けを行なっているといわけだ。

 これも全て、曲者揃いの王国魔術師の中で、俺の存在を確立するための行動に他ならない。

「今日は遅くまで付き合ってくれてありがとね、トーガ君! 明後日、会合で会えるのを楽しみにしているよ!」

「こちらもです。ガトー様、これからもどうか末長くよろしくお願いします!」

「もちろん! じゃあ、おやすみ!」

 そうして上機嫌なガトー様に見送られ、彼の館を後にする。

「パルさん、今度一緒にお茶でも!」

「ええ! 是非!」

 パルと同じシフォン人のチルさんも、そう親しげに挨拶を交わしていた。

 これにて下準備は完了し、俺はいよいよ王城で開催される"王国魔術師会合"へ出席する。

●●●

ーー王国魔術師会合。

 王国魔術師は国や国王の命令がない限りは、基本的に自由に行動し、枝道の掃討や危険魔獣の討伐、騎士団との合同任務に当たったりしている。そんな自由奔放な人たちを、定期的に集め、近況報告を主とした集まりを開き、意思疎通を図るのがこの会合の目的だ。

「さぁ、どうぞ、おいで~!」

 廊下で出番を待ってる俺へ、扉の向こうからガトー隊長が声をかけてきた。

 俺は緊張をグッと飲み込み、扉を開いた。
そして円卓にずらりとすわる王国魔術師たちをぐるりと見渡す。

「じゃあまずは自己紹介を」

「はっ! 先日、王国魔術師に任じられましたトーガ・ヒューズと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」

極力元気な声を意識し、頭を下げる。
当然、拍手など湧き起こらない。

代わりに……

「あのさぁ、お前、前はなにやってたん?」

 赤髪ツンツンヘヤーの、少し生意気そうな若い王国魔術師が質問を投げかけてきた。

「自分は冒険者あがりです」

 そう告げると、さっきまで興味なさげだった王国魔術師たちが、一斉に失笑を上げる。

「そっか、やっぱりな。どうりで田舎くせぇ顔してると思ったよ!」

 赤髪ツンツンは、予想通りのセリフを吐き、俺も苦笑を禁じ得なかった。
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