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追放されたおじさん魔術師は、惨めな最後を迎える。

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「おっさん、あんたとの契約はここまでだ」

 冒険者ギルドへ向かうとパーティーリーダーの【ローレンス】がそう告げてくる。

「ま、待ってください! 急にそんなことを言われても……困ります! どうかお考え直しを……!」

 俺は遥に年下なローレンスへ必死に頭を下げ続けた。

「頭を下げられても、困っちゃうよ。これ以上アンタと組んでても、無駄だし」

 回答は冷たかった。それでも俺は頭を上げず、同じ言葉を繰り返す。

ーー俺は10代の頃、故郷の村の中では、1番上手く魔術が扱え、将来有望な魔術師になるといわれていた。

 しかし"とある事件"に巻き込まれ、そのトラウマが未だに心を蝕んでいる。
さらにその時、怪我負い、俺の右足はほとんど動かなくなった。
そのためか、魔術の要である"魔力経路"がズタズタに崩壊してしまい、初級魔法以外はロクに扱えなくなってしまった。

 それでも、魔術師である俺を必要としてくれる人はいるだろう思い、今日まで必死に食らいついてきたのだが……

「じゃあな」

 ローレンスは一方的にそう言って、俺から離れていった。
非常にあっさりとした別れであった。

 果たして俺のような、体が不自由で、いまだに底辺な魔術師を迎え入れてくれるパーティーはあるだろうか。
一縷の望みを託して、受付カウンターへは行ってみたものの……

「すみませんが、ご紹介できる案件やパーティーはありませんねー。あなた魔術ですけど、初級魔法しか使えないんでしょ?」

 受付にいた若い男性職員は、あっさりとした口調でそう告げてくる。

「ち、知識は上級まであります! だから、なんとか、お願いできませんか!?」

「あーもう、無理なものは無理なんですって! 誰も頭でっかちな魔術師なんていりませんって! 後ろつっかえてるんですから、早く退いてくださいよ!」

 俺は職員や後ろに並ぶ、若い冒険者たちの冷たい視線を一身に浴びつつ、右足を引きずってその場を離れた。

(路銀はもう底をついている……とりあえずダンジョンに潜って、稼がないと……)

と、半ばヤケクソ気味に冒険者ギルドを出ようとしたときのこと。
覚えのある話し声が聞こえてくる。

「あのおじさん、ちゃんとクビにしてきてくれた?」

「すっげぇ嫌そうな顔されたけど、まぁなんとかな!」

 入り口近くで会話をしていたのは、ローレンスたちだった。
会話に夢中で且つ、こちらへ背を向けているため、俺には気づいていないらしい。
 ちなみに俺のことを"おじさん"呼ばわりしていたのは、ローレンスの恋人で野伏職の【リナ】という少女だ。

「実は俺も苦手だったから、クビにしてくれて良かったよ!」

もう一人の仲間で、戦士職の【エディ】もまた俺がパーティーからいなくなったことを喜んでいるようだった。

(俺はローレンスたちから、ずっと邪魔者と思われていたのか……)

 彼らに誘われた時は嬉しかった。
俺のような人間でも、魔術師ということで、パーティーへ加えてくれたからだ。
だから皆の役に少しでも立とうと、自分なりに頑張ってきたつもりなのだが……

「ほんと、二人にはずぅっと嫌な思いを我慢させててごめんね! 一時的な数合わせのつもりが、ずるずる引きずっちゃってて! 次はもっとマシな魔術師を探してくるからさ!」

 俺は歯噛みし、右足を引き摺りつつ、急いで冒険者ギルドを出ていった。
そして、日銭を稼ぐために、一人でダンジョンへ潜って行く。
 
 俺は一応、初級魔法しか使えないとはいえ魔術師なので、最初こそは1人でなんとかできた。
しかしーー

「ぐわぁぁぁぁー!!」

 正面から突然髑髏戦士が現れ、錆びた剣で腹を刺された。
出血によってふらついた俺は、背後にあった深く暗い穴へ落ちてゆく。

 何度も岩壁にぶつかって骨を折り、血反吐を振り撒きながら、闇の中へ落ちて行った。
埃くさい地面へ落ちた時にはもう、俺は満身創痍であった。
どうやら、俺の人生は、こんな惨めなところで終わってしまうらしい……。


『おっさん、あんたとの契約はここまでだ!』


『ご紹介できる案件やパーティーはありませんねぇ~』


『どうだ坊主? 目の前で好きな女がめちゃくちゃにヤられる姿はよぉ!!』


ーーこれがいわゆる走馬灯というやつか。
思い出されるのは様々な嫌な記憶ばかりだった。

「……ロクでもない……人生だったなぁ……」

 10代の頃、俺は故郷を捨てて、幼馴染の女の子ーーエマと魔術師として冒険者を始めた。
でも、それがそもそも間違いだった。
やっぱり俺は、農家の息子として、一生畑を耕す人生がお似合いだったのだ。

「かはっ、げほっ、ごほっ!」

 薄暗いダンジョンへ俺の咳が反響する。
この音と血の匂いを嗅いで、魔物たちはおそらく、俺の存在に気がついたことだろう。
しかし逃げ出そうにも、俺は魔物から深い傷を負わされ死を待つ身。
この状態での生還は不可能に近い。


『はは! まるで芋虫だなぁ~! がはは!!』


 右足が痛むたびに、俺は俺から大切なものを奪った悪漢【ボン・ボン】の姿を思い出す。
でっぷりして、まるでオークのような醜悪な男。
 奴に10代の頃右足の腱を切られ、そして……幼馴染で、仲間だったエマを目の前で犯されたところから、俺の人生は狂い始めた。
その肉体的・精神的苦痛は、育成途中だった俺の"魔力経路"をズタズタにしてしまっていた。

 何も成せぬまま時を過ごし、何者にもなれないまま、俺は年老いていった。
ランクは上げられず、ローレンスのパーティーには加わりこそするもののバカにされ……挙げ句の果てにダンジョンで魔物の強襲を受け、こうして今、死の危機に瀕している。

 もはや俺はこうして、薄暗いダンジョンで一人、死を待つばかり……否!

 俺は最後の力を振り絞り、腰に差した短剣を鞘からゆっくり抜いてゆく。



『君の多幸と我らの友情を記念して、この短剣を君へ贈ります。陰ながら応援しておりますよ、トーガ・ヒューズ殿。頑張ってくださいね』



 手にした短剣は、先日酒場で一人で飲んでいる時に、意気投合をしたクーベ・チュールという行商人の男からから頂いたものだ。

「アゾット、というのか、この剣は……良い名前だ……」

 刃に打たれた銘からそう読み取れた。柄に綺麗な赤い石が嵌められた美しい短剣だった。
せっかく頂いたアゾットをこんな形で使うことになるとは、思っても見なかった……
いや、むしろ幸運というべきか。

「やる、か……」

 これまで俺は、力がなかったために自ら選ぶことができなかった。
いや、選ぶことを放棄してしまった。劣等感や怪我を言い訳にして、怠惰に過ごしてしまっていた。
結果ずっと脇役の……脇役にすらなれない、道端に転がっている石ころ同然の人生を選んでしまっていた。

「はぁ、はぁ……」

 ならばせめて最期くらいは主役になりたい。
幕引きぐらいは自分で選びたい。
そう思った俺は自害すべく、短剣を思い切り腹へ落とす。

「ぐっ……あああ……がああぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」


 苦しみのあまり全身のありとあらゆる穴から、体液が溢れ出てきた。
次第に意識は遠のいて行くものの、焼きごてを腹へ捩じ込まれたかのような痛みが延々と続いている。

「首にしときゃ……よかった、かな……やっぱバカ、なんだな……俺って……」

 視界がかすみ、光や、音、痛みさえも無くなって行く。

ーー次の人生は、もっと幸せになりたい。
また男にしてくれるのなら、今度こそ大事な相手を全力で守りたい。
栄光を掴み取りたい!

 人生の谷間に屈せず、強く、強く、強くありたい!

そう願った瞬間、俺の意識は閉ざされたのだった。

……
……
……


……酷い喉の渇きを覚えた。
次いで水のせせらぎのようなものが耳朶を打つ。

 俺は飛び起きた。
そして一心不乱に水の音を頼りに、足元がゴツゴツとしたどこかを駆け抜けて行く。
 やがてぼんやりとした視界の中。僅かな日差しを浴びて、煌めく泉を発見する。
俺はその泉へ目掛けて、迷うことなく飛び込んだ。

「ぷっ……はぁーー! 気持ちいいー!!」

 たらふく水を飲み、全身に浴びれば気分は爽快だった。
と、その時……

「なんだ、これ……?」

 何十年も泥に塗れ、皮膚が硬くなっていた手が、若い頃の瑞々しさを取り戻していた。
張り出し始めていたお腹も、まるで10代の頃のように、腹筋バキバキに戻っている。
おまけにやや薄くなり、白髪が目立ち始めていた頭髪も、艶やかで黒々したものに変化しているようだ。

 俺は泉の波紋が収まるのをじっと待ち、鏡のようになったそこへ自分の姿を映し出す。

「俺……? しかもこの姿って……!?」

 水面には懐かしい姿が映っていた。
俺が腕を上げてればそいつは同じ行動をし、口を動かせばそいつも同じ口の形をして見せる。
今、目の前に映っているのは間違いなく俺。
しかも、10代の頃、村を飛び出したばかりの若々しい姿だったのだ。

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こちらでの久々の掲載&ファンタジー作品です。
第4回次世代ファンタジーカップ参加作品になります。
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