勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?

シトラス=ライス

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愚か者たちの末路

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「ラインハルト! ロイド! ジャック! アーノルド! 余に続けぇー!」

 白の勇者ブランシュは勇ましい掛け声と共に、男ばかりのパーティーを率いてキマイラの群れへ突撃を仕掛けてゆく。

 人生を犠牲にし、勇者の力を解放したブランシュの力は凄まじいものだった。

 キマイラの群れは一瞬で灰塵と化し、新たな魔穴から出現した魔物たちでさえ、今のブランシュにとってはものの数にならず。

「はは……ふはははは……! もっと来い邪悪め……! ふはははは!!」

 無限の魔力、疲れを知らず、食欲も、他の欲も何も抱くことはない神より与えられし体。
元々欲望まみれであったブランシュにとって、その一切合切を奪われたのは、ほとんど死んでいると言っても過言ではない状態だった。だが、それでもブランシュは何かを求めた。
自分としての楽しみがなければ、生きる意味がなかったのだ。

そこで彼が見出したのが"戦いそのもの"であった。

魔物と戦うことは、なんの制約もなく許される。

敵を完膚なきまでに蹂躙する。圧倒的な力の下に捩じ伏せる。
魔物を倒せば、襲われていた民は感謝を述べる。承認欲求は満たされる。
そしてまた新しい戦いを求める。

 疲れという概念を失ったブランシュは、己に唯一残された欲求を解消すべく、大陸中を駆けずり回る。

その行為自体は、勇者として全くもって正しい。
正しいのだが……

●●●

「お、おい! ちょっと待てよ! いきなりそんな……」

「冗談じゃねぇよ! 毎日働かされるわ、アイツに気を遣って、酒も女も、食い物だって遠慮するだなんて! 悪いけど、これっきりだ! じゃあな!」

 ラインハルトの前から、先日加入させたばかりのパーティーメンバーが、揃って出て行ってしまったのだった。

 これで何度目だ、とラインハルトは頭を抱える。

「どうした、ラインハルトよ?」

「こりゃ、どうも殿下。いや、また逃げられちゃいまして……」

「構わん。また次を探せば良い。むしろ民の平穏を蔑ろにし、酒だ女だ食い物だとうるさい雑草はこちらから願い下げだからな」

「そうっすね……」

「ラインハルト。余は貴様をもっとも信頼している。これからも勇者としての余を支えてくれ」

「うぃっす。お任せください」

 ブランシュが去るのを確認すると、ラインハルトはホッと胸を撫で下ろした。

 正直なところ、勇者として覚醒を見せたブランシュに彼は辟易していたのだ。

(クソ、こんなはずじゃ……これじゃまるで俺たち、アイツの駒かなにかみたいじゃねぇか……)

 確かにノワールの時も、享楽については注意を受けたことがある。
今思い返せば、彼の注意は全て、こちらの態度を改めるような忠告であったのだと思い返す。
しかしブランシュは違う。

 ブランシュは自分がそうなってしまい、悔しいから皆にあらゆることを禁じていた。
自分へ合わせることを強要しているのだ。
ノワールのような思いやりではなく、あくまで自分本位な考えで。

(もう潮時だ。こんなの状況、何の利にもならねぇ)

 とはいえ、すぐに飛び出すわけにも行かなかった。
 なにせブランシュは今や、正義のためならば何をしでかすか分からない暴れ馬状態だった。
そしてあの態度なのだから、仲間もできないことだろう。
だからここ最近はラインハルトが間に入り、ブランシュの動きを調整していた。

彼の中にある僅かな良心が、そういう行動をさせていたのだった。

(せめて仲間を集めてから辞めることにしよう……)

 今日はひどく疲れた。たまには解放されたい気分となった。
幸い、疲れ知らずのブランシュは、今夢中で装備の点検や手入れをしているので、いくらか無関心な時間はあるだろう。

 ラインハルトは、最近ブランシュが気に入っている安宿を離れた。
そして座標を記録した巻物を紐解き、転移魔法を発生させる。

 クラリスとアリシアが売られた魔物の店で、こっそり楽しむためだった。

●●●

「おやぁ? 最近、よくいらっしゃいますね、ラインハルト様」

「まっ、ここで遊べば魔物の匂いまみれになれっから、勇者殿へは"正義と平和のために魔物と一戦交えてきた"って言えっからな」

 店先でそう告げると、全身にローパーを宿した店主はラインハルトを快く店の中へ迎える。

 非合法な場所だというのに、この店は今日も、珍しいプレイを期待した客でごった返しになっている。
ここは欲望のるつぼ。やはり人には欲望が必要なんだと、ラインハルトは改めて考える。

「バカ女2人はどうよ? 最近結構入金あっから大人気なんだろ?」

「ええ、そりゃもう。なにせ人間で、何をしたって許されるものですから……ふしゅるぅぅぅ……」

 そんな会話を店主と待機室でしていると、カーテンが開いた。

「お疲れ様、アリシアちゃん。ここはお客さまのお待ちになるところだから入っちゃだめだよ?」

「あー……そっかぁ……ごめらさぁぃ……んふ……んふふふ……」

 アリシアは胡乱げな視線のまま、体を左右に揺らしていた。
服もかなり乱れていて、まるで幼児かなにかのようだ。

「さぁ、アリシアちゃん、次のお客さまがお待ちだよ。行っておいで」

「ふあぁい! わたし、きもちいいこと、だぁいすきぃ……」

アリシアはカーテンの向こうへと消えてゆく。
ラインハルトをみても、気づかない様子からするに、既に心が完全に壊れているようだ。

「体は回復魔法で、心は呪いでいくらでもなんともなりますしねぇ」

察したように、店主はそういった。

「相変わらずエグいな、アンタら」

「何をおっしゃいますかな。そういう市場があるからこそ、我らはこうして店を経営しているだけですよ。まこと人間とは、時に魔物よりも恐ろしい時があるなと感じております……ふしゅるぅぅぅ……」

「はは、ちげぇねぇ! 人間は特に弱いものいじめが大好きな種族だからな」

「ラインハルト様のような欲望まみれの方は、とても好感が持てますよ。おや? 準備が整ったようです。参りましょう」

 ラインハルトは店主に案内され、欲望のるつぼを歩み始める。

 ふと、そんな中聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてくる。

「うげぇぇぇーっ! げぇぇぇーっ! もう、やめてっ、お腹壊れちゃ……」

 そんなクラリスの声に続いて、男の怒号と薄ら笑いが聞こえてきたのだった。

「ふぅむ、これだけ防音をしても聞こえてきますか……」

「相変わらずクラリスの奴もお楽しみだな」

「ええ。クラリスちゃんのあの怯えた目を皆さん、大変楽しんでおられるようで。終わった後はもちろんケアをして、何度でも初回のような態度をみせるよう調整してますから、リピーター様が多いのですよ。さぁさぁ、ラインハルト様こちらです」

 極彩色の回廊の最奥にある一際立派な扉の前で立ち止まる。

 既にラインハルトの期待感は最高潮を迎えていた。

「今宵はラインハルト様のために何をしても良い人間型の魔物をご用意いたしました。顔は見せられたものではないので仮面をつけさせておりますが、それ以外はすべて抜群と保証いたします」
 
「本当に何しても良いんだな?」

「ええ、もちろん、お好きなように。万が一、殺してしまったら、その時は追加の代金を頂きますがね」

「金ならあるさ。なにせここ最近、全然使い道がねぇからな! ははは!」

「ふしゅるぅぅぅ……ではごゆっくりどうぞ」

 満を持してラインハルトは重い扉を開く。

 豪奢な貴族の寝室用な接客部屋。
そこには白塗りの仮面をかぶっているものの、息を呑むほど良い体つきの、ドレス姿の人型魔物が、三指の礼を尽くしている。

「お初にお目にかかりますラインハルト様。ジョーカーと申します。今宵はどうぞ、よろしくお願いいたします」

 魔物にしては非常に甘美なの響きのある声だった。
人間と錯覚してしまいそうだった。
しかし、今目の前にいるのは魔物だ。人じゃない。
だから何をしても、金さえ払えば許される。
むしろ、血の一滴やニ滴浴びた方が、ブランシュへの言い訳もしやすい。

「楽しもうぜ、ジョーカーちゃん……!」


……
……
……


「はぁ、はぁ、はぁ……ああ、さっぱりしたぁー!」

 久々の開放感にラインハルトの気分は爽快だった。

 純白だった部屋はぐしゃぐしゃに乱れ、様々なニオイが充満している。

「ひゅー……ひゅー……」

 仮面の魔物ジョーカーはベッドの上へぐったり倒れ、辛うじて息をしている。
色々と加減をしたので、息はあるらしい。
しかしさっさとなんとかしてもらわないと、本当に死んでしまって追加料金を払うことになってしまう。

 早めに出たほうが良さそうだと、ラインハルトは判断し、退出準備を始める。

 その時、背後から嫌な気配を感じた。

「ーーっ!? お、お前、何……ふぐっ!?」

 先ほどまで虫の息だったジョーカーが、まるで猿のようにラインハルトの背中に飛びついていた。
血みどろの手で口を塞がれ、不快極まりない。
しかしどこにそんな力はあるのだろうか。ラインハルトは飛びついたジョーカーを振り解けないでいる。

「ありがとうございます、ラインハルト様。いらして頂いて、とても嬉しかったですよ。そしてこの機会を……俺は待っていた!」

 突然ジョーカーから男のような声が発せられた。
そして、ネチャネチャといった音を立てながら、白塗りの仮面が剥がれ落ちてゆく。
ラインハルトは思わず、少女のような短い悲鳴をあげた。
しかし、それが"彼が彼である最後の瞬間"であった。

 なぜならばジョーカーの白塗りの仮面が、ラインハルトの顔面を覆ってしまったからである。

……
……
……

「ようやく手に入れた……上等な戦士の体を! これでようやくノワールとまた……!」

 白塗りの仮面をつけられたかつてラインハルトであった誰かは、歓喜に震えていた。
すると扉が開き、店主が現れる。

「うまく行ったようだねぇ。どうだい、久々の男性の肉体は?」

「やはりこちらの方がしっくりくる。それに、もう二度と女の体で変態どもの相手をするのはごめんだ」

「苦労かけたねぇ。約束の件は頼んだよぉ?」

「……契約はしっかり果たす。だが、それ以外は自由にさせて貰う」

「くふふ……まぁ、良いさ。好きにしておくれよ、仮面の魔物ジョーカー……いやリ剣聖リディアの元一番弟子のバーシィくん」
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