勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?

シトラス=ライス

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勇者の頃よりも遥に幸せ。だからこそ……!

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「お仕事お疲れ様だ、リゼさん」

「ノルンさんこそ、ゴーレムの討伐お疲れ様でした」

 リゼさんと盃を打ち合い、お互いの労を労った。

「ノルンさんビール派ですか?」

「派閥に属していると言うよりも、これ以外の酒をまだ知らないんだ……」

「へぇ、そうなんですか。お酒すっごく強そうなのに意外ですね。ふふ……」

 俺は一体彼女にどうみられているんだ?
凄く気になる。しかし勇気が湧かず、聞き出せそうもない。

「ならワイン、飲んでみます?」

「ーーっ!?」

 突然、リゼさんが自分の杯を差し出してきたので、驚きのあまり息を飲んでしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、まぁ……急に提案をされて驚いたというか……むぅ……」

「もしかして……他のお酒、怖いんですか? そんな飲めそうな顔をしてて?」

 もしかして酔っているのか? だからこんなに煽ってきているのか?
それになんだか妙に距離が近く、どうにもドギマギしてしまう。
ええい、こうなれば!

 俺はリゼさんの杯を奪い取り、中身を一気に流し込む。

「どぉですか? 初めてのお味は?」

「い、意外と美味いじゃないか……」

 確かに果物のニュアンスは感じるが、ビールよりも酸っぱく、かなり渋い。
しかしそんなことを正直に言ってしまえば今のリゼさんのことだから……

「お気に召したようなら、ささどうぞどうぞ」

「う、むぅ……」

 やはり俺はリゼさんには逆らえない。
何故ならば……

「良い飲みっぷり! さすがは当ギルド人気ナンバーワンで、数々の危機を救ってきたノルンさんですね! それじゃ、これからのご活躍を祈念して、かんぱーい!」

「か、乾杯……!」

 おそらく仕事のストレスが溜まっていたのだろう。
そしてその解消のために、こうなると。

……なんで、こういう酒癖の悪いところまでリディア様に似ているんだ……

 嬉しいような、しかし身の危険を感じるような。
しかしやっぱり俺はリゼさんには逆らえず、どんどんワインを飲み干してゆく。

……
……
……

「うぐっ、むぅ……?」

「あ? よ、ようやく起きてくれましたね。良かったぁ……」

 何故かリゼさんの顔が上にあった。
頭には柔らかな感触。
まさか俺はリゼさんの膝の上に……!?

「ぐっ!?」

「あ、あ! まだ起き上がっちゃダメですよ。お辛いですよね……?」

 起きあがろうとすると頭がぐわんぐわんとした。
やや視界が回っているように感じるのは気のせいか。

「ごめんなさい……あんまりにもノルンさんの飲みっぷりが良くて、つい調子に乗っちゃって……」

 そうか……これが飲みすぎた時にリディア様が度々悩んでおられた"二日酔い"というやつか。
となると、もしや!?

 僅かに事務室の窓へ視線を向けてみる。

 窓の向こうは確かに暗い。
しかしぼんやりとヨトンヘイムを取り囲む、山々の影が見えている。

「もう、夜明けが近いのか……?」

「ええ、まぁ。ノルンさんをこうしちゃったの私の責任ですし、これぐらいして当然かなって……」

「迷惑をかけたな……仕事は大丈夫なのか?」

「その点は。今日は元々お休みでしたし」

 リゼさんは今日がお休みだったのか。
なら尚のこと、早急にこの事態を打開し、この場を後にせねば……!

「あ、あの! ノルンさん!」

 再度起きあがろうとしたところ、リゼさんの声が降ってきた。
いつもとは違い、どこか戸惑いのようなものを声から感じ取る。

「どうかしたか……?」

「これから多分私、凄く変なこと言います。変だったらはっきり"変!"って一蹴するって約束してくれませんか?」

「まぁ、それは構わないが……」

 リゼさんは大きな胸を撫で下ろす。
そして意を決したような表情を俺へ向け、そして

「……私のこと、覚えていたりしませんか……?」

「覚えているに決まってるじゃないか。君は受付のリゼさんだろ?」

「ああ、やっぱし……そうだよなぁ……10年も昔のことだもんなぁ……」

 10年前といえば、リディア様を失い、レンを王立孤児院に預け、俺が黒の勇者ノワールになった初めの年だ。

「スェイブ州のソコック村……邪教に拐われて、生贄にされそうになっていた、小さな女の子……」

「ーー!?」

 キーワードを言われ、記憶が湧き出る泉のように蘇った。

 それは俺が勇者になって初めて立ち寄った村での出来事だ。
当時、大陸の東の辺境スェイブ州のソコック村という小さな集落は、邪教に占領され、村長の孫娘を生贄として奪われていた。
その孫娘の救出が、俺の勇者としての最初の任務だった。

「リ・ゼル・コック・ド・スコック……村以外じゃ、長い名前で覚えてもらえないんで"リゼ"って名乗ってます!」

「まさか、君があの時の女の子だったとは……と、なると、もしや!?」

「確信したのは丁度昨晩……ゴーレムの討伐の時ですよ。お久しぶりです、黒の勇者ノワール様。またお会いできてとっても嬉しいです」

 三姫士に続いて、リゼさんにまでも俺が勇者だったことがバレてしまっている。
彼女達のことは信頼してているので別だが、今後は何か対策を考えた方が良いのかもしれない。

「どうかしました?」

「念のために聞いておくが、俺の正体のことは……」

「誰にも言ってませんから安心してください。これでも毎日、たくさんの人の対応をしてるんです。言われずとも、何か深い事情があるんだなってわかってますので」

「すまいない。助かる」

「でも、こうしてまた会えて本当に嬉しいです。だって、あの時助けてくれたノワール様が突然、勇者をお辞めになって行方知れずと聞いて……」

 国やブランシュにとって俺の勇者としての存在は消したいほど厄介なのだろう。
しかし短期間に、これだけの人達に心配をかけているところをみると、言い知れない怒りを感じる俺だった。

「そんな時、私ノルンさんに出会って、助けてもらって、貴方の腕に抱かれて……そしたら小さい時のことを思い出したんです
。まるで強くて優しいノワール様のような方だなって。この方だったら、助っ人冒険者としてみんなのために……いえ、正直に言います。私、貴方と一緒に働きたいなって思って。ノワール様の代わりに、ノルンさんのお役に立ちたいって。そう思いました」

「奇しくもその想いが現実になってしまったな」

「そうですねぇ……だからすっごく嬉しくて、つい飲みすぎて、調子に乗ってこんなことしちゃいました。ごめんなさい……」

「構わん。楽しい酒だったからな……」

 俺は今、二日酔いという初めての状況の中、心の底から楽しいと思える会話を交えていた。
もしも俺がまだ勇者だったならば、当然このような状況や感情にはならなかっただろう。

 勇者は神の子。
もとい、神から力を与えられた代わりに、人としての一切合切を失う戦闘員だったのだと、ヨトンヘイムへ流れ着き痛感した。
最初の頃こそ、俺は自分の存在意義を失い、絶望しかけた。

だが、今だからこそ強く言えることがある。

ーー今の俺は"勇者だった頃よりもはるかに幸せ"であるとということを。

「ノルンさん」

 気がつくと、リゼさんが真剣な目で俺を見つめてきている。
 彼女に見つめられ、胸が大きく高鳴り始める。

「ど、どうした?」

「前置きが長くなちゃいましたけど、実はここからが本当にお伝えしたいことなんです……」

「……わかった、聴こう」

「ありがとうございます……そ、それじゃ、言いますね……えっと、あの、その……わ、私は……!」

 その時、事務室の向こうから物音が聞こえた。


「あーあ……みんなこんなに汚しやがって……はぁ……」


 どうやらグスタフが出勤してきたようだ。
さすがにリゼさんに膝枕をされている状況など、アイツにみられた日には何を言われるか分かったものではない。
どうするべきか、気持ち悪い最中ながら真剣に考える。
すると、

「ごっ!?」

「す、すみません!」

 突然、リゼさんが立ち上がるものだから、柔らかいソファーへ後頭部をぶつけてしまう。

 目の前ではリゼさんが事務室の絨毯を捲り、床にあった扉を指し示す。

「ここ、非常用物資の貯蔵庫なんです! とりあえずここに隠れてください! 出ていいタイミングは私がお伝えしますので!」

「あ、ああ」

 言われるがまま俺は、狭っ苦しい地下室へ身を潜ませてゆく。

「お腹が空いたりしたら食べても大丈夫ですので!」

「そんなに長時間ここに……!」

「失礼しますっ!」

 問答無用で扉を閉められてしまった。

 仕方なしに、俺はリゼさんの合図があるまで、身を潜めることにする。

……そういえば、リディア様の最後の時も、俺はレンと一緒にこうして地下室に潜っていたな。

 あの時に怒りや悲しみは忘れていない。
しかしそれに流されていては"奴"を倒せないと、当時の俺は考えた。
だから10年前、山を降り、レンを預け、勇者選抜の儀式を受けることにした。
そして勇者の名の下、奴を倒した。
倒したはずなのだが……


 今の俺には守るべき人がたくさんいる。
地下から這い上がった瞬間、全てを奪われるのはもう沢山だ。

 リゼさんから、先ほどの言葉の続きを聞くためにも、俺は今一度動き出すべき時が来たと感じているのだった。
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