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戦費・信頼、喪失
しおりを挟む「この一戦に我らが"白の勇者"の命運をかける! 皆のもの、心してかかるが良い!」
白の勇者ブランシュ・ニルアガマの一声によって、戦が始まった。
ニルアガマ王国北方の最重要拠点である"北の神殿"
そこへ向けて、魔物の大群が迫っていたからだ。
「良いか、クラリス、アリシア、ラインハルト。この戦いに失敗は許されんぞ。何かなんでも余らの活躍によって、この戦いを勝利に導かねばならん!」
「よ、よぉーし……久々に本気出しちゃうぞぉ! もう私を誰も虐めない……虐めない……!」
もう惨めな学生代のような思いをしたくはない。
クラリスはそう考え気合を入れている。
「ふふ……可愛い兵隊さんたちがたくさんね……」
相変わらず、アリシアは若くて屈強な男性兵士の品定めに余念がなかった。
「たしか、この辺りにゃ危険種のアイツとアイツが……へへ、今回も儲けられそうだぜ……」
どうやらラインハルトは戦のどさくさに紛れ、お尋ねモンスターを倒して報奨金を手に入れたいらしい。
ーーあまり、これからの戦に集中していない。
そう感じたブランシュは、三人へ喝を入れた。
「余計なことは考えるな! 貴様らは栄えある、この余の先兵! 民の平穏と戦の勝利のみに集中するのだ!」
「「「りょ、了解っ!!」」」
……もはや、ブランシュ一行は王家からの援助を絶たれ、孤立していた。
このままではいつか資金難に陥ってしまうのは容易に想像できた。
そのため、どうしてもここで結果を出して、王家からの援助を取り戻す必要があったのだ。
やがて、北の神殿へ続く、深い谷間を黒々とした集団が覆っているのが見えてきた。
どうやら敵の第一陣が到達したらしい。
「ゆけぇぇぇー!!」
「「「「「わぁぁぁぁーーー!!!」」」」
ブランシュの指示を受け、兵が一斉に動き出した。
パーティーメンバーの三人も、彼らに入り混じって突撃を開始する。
どんなに蔑まれようとも、クラリス、アリシア、ラインハルトの三人は、黒の勇者ノワールに育て上げられた歴戦の猛者だ。
1人の戦力は1000人の兵に匹敵し、目覚ましい活躍を見せ始める。
こうしてこちらの損害は軽微。
敵の第一陣は壊滅となり、その日の戦は大勝で終結するのであった。
●●●
「皆のもの! 本日はよく働いた! さぁ、心ばかりだが余からの差し入れだ! 存分に、飲み、食い、今日の疲れを癒すが良い!」
駐屯地に用意されたたくさんの酒、そして食べ物。
戦闘の緊張から解放された兵達は、ワイワイ楽しげに騒ぎつつ、宴会を楽しみ始める。
(いずれ、この資金は回収できるはずだ。この戦にさえ勝利をすれば、父上や王家の人間は余を見返し、援助を再開してくれるはず。今は耐えどきなのだ、今は……)
実際、今のブランシュにとってこの出費はかなりの痛手だった。
しかし、勝利が絶対に必要な以上、こうしてもてなし高い士気を維持する必要があった。
「で、殿下……」
そんな中、いまだに装備を脱がない将軍がやってきた。
彼を見たブランシュは露骨に不快感を示す。
「貴様! 今の余は、白の勇者! 訂正せぬか!」
「も、申し訳ございません勇者様……」
「しかも貴様、未だ装備も解除せずなにをしているのだ。余の酒が飲めぬというのか!?」
「いえ、そんなのことは決して……しかし、この宴は現状ではいささかどうかと……まだ敵の第一陣を退けただけですし……」
「ふん! 本日余の精鋭たちがこちらへ通ずる道を封鎖した。問題あるまい! 安全が確保できたので、こうして宴を開いたまで!」
「我らは警戒に当たります。宴の不参加ご容赦ください……」
去り行く将軍の背中をみつつ、ブランシュは酒を含んだ。
すると、妙な違和感を覚える。
(ん……? なんだこのワインは? まる水のような味わいではないか……)
ここ最近、考えることが多く少し疲れているのかもしれない。
これからのこともあるので、今夜は無理をせず、早く休んだほうが良いと考えた。
そして1人、専用のテントへ戻り、深い眠りへ着く。
……
……
……
深い眠りを破ったのは、絶え間なく聞こえる剣戟の音だった。
時はおそらく夜明け前。
ブランシュは飛び起き、魔法によって装備を一瞬にして整えると、すぐさまテントを飛び出してゆく。
「な、なんだ、これは……!」
テントの外は阿鼻叫喚に包まれていた。
激しい戦闘を物語るように、地面の上へは兵や魔物の死骸がゴロゴロと転がっている。
それでもなお、戦闘は継続中なようだ。
ブランシュは近くにいた兵へ掴みかかった。
「貴様! これは一体なんなのだ!?」
「て、敵襲です! 夜明け前に突然……」
「なんだと!?」
まさか知恵の少ない魔物が奇襲をしかけてくるなど、想像していなかった。
奇しくも、昨晩第三隊の兵長が具申してきたことが現実となってしまっていた。
「確か……将軍が警戒に当たっていたはずだが……」
「将軍以下、全滅です……。しかし彼らの活躍によって、なんとか応戦の準備を整えることができました」
「そ、そうか……ところで三人はどうした! 余の精鋭たる三人の戦士は何をしている!」
「あの、えっと、今中心で戦っていらっしゃと思うのですが……」
嫌な予感がしたブランシュは兵を投げ捨て、戦地の中心へ駆けてゆく。
「う、うぐっ……また気持ち悪い……うげぇぇぇーー!」
クラリスは魔法を放つたびに、地面へ突っ伏し吐瀉物を撒き散らしていた。
昨晩、かなり飲んでいたように見えたが、まさかここまでとは。
「何こんな時に吐いてるのよ、ゲロ女! 馬鹿じゃないの!!」
「二日酔いなんだから仕方ないじゃん! てめぇだって、なんでそんな裸見たいなかっこで戦ってるんだよ!」
「仕方ないじゃない! さっきまで5人も同時に相手にしてたんだから!」
クラリスが指摘した通り、アリシアは布切れ一枚のような格好だった。
どうやら昨晩はかなりお楽しみだったらしいが……あんな格好では身動きが不自由で、上手く戦えるかと問われれば否である。
そして何故か、ラインハルトの姿は戦場の中になかった。
そう言えば奴は宴会を抜けて、1人危険種の討伐に向かうと言っていたとブランシュは思いだす。
駐屯地には回復アイテムや武器がたくさんあり、経費をかけずに戦える……彼はそう踏んで意気揚々と危険種討伐へ向かったに違いない。
(おのれ、あのバカ者が……こんな時にまでっ! 昨晩具申をしてきた兵長のほうがまだマシではないか!)
怒り心頭のブランシュは、一気に地をかけ、苦戦するアリシアとクラリスへ接近してゆく。
「「で、殿下!?」」
「邪魔だ、下がれ! 余が一気に殲滅をしてくれる! ひぃっさつ! デストロイヤエッジッッッ!!!」
●●●
「はぁ……はぁ……ぬぅ……」
「で、殿下? ご無事で……?」
「ッ!? 近寄るな! 吐瀉物女め! 余の鎧が汚れるではないか!」
ブランシュがそう吐き捨てると、クラリスは顔を真っ青に染めた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。そんな目で見ないで……うげぇぇぇー……」
そして地面へ蹲り、再び嘔吐を始める。
どうやらブランシュの一括が、心にダメージを負わせてしまったらしい。
「殿下、終わりましたぁ……」
「なにが終わりだ! まだ苦しんでいる兵がたくさんいるのだ! 回復へ向かえ! これは命令だ!」
「は、はいぃっ!!」
裸同然のアリシアは、ヘロヘロな状態にもかかわらず、負傷兵への回復作業に戻ってゆく。
「こ、こりゃ……どういうことで……」
振り返ると、そこには魔物の討伐証拠である牙や骨を持ったラインハルトが、呆然とした様子で佇んでいる。
ブランシュはすぐさまラインハルトへ歩み寄り、彼の胸ぐらを掴んだ。
「こんな時に何をしていたのだ、貴様は! 何故、すぐに戻ってこなかったのだ!」
「ああ、いや! さっきまで飛龍を討伐してまして……アイツのバインドボイスをまともに喰らったら、耳がダメになっちまうんでこれをしてて……」
どうやら耳栓をして、さらに遠くで戦っていたため気がつかなかったらしい。
「普段は何をしようと構わん! だがな、今は大事な戦の最中なのだぞ! 己の損得を優先させるなど言語道断の極み!」
「も、申し訳ございません……」
ブランシュはラインハルトを突き放し、駐屯地をみやる。
惨憺たる状況だった。
物資も、兵員も、今回の奇襲でかなり失ってしまった。
このままでは北の神殿の防衛どころか、第二波にも耐えられそうもない。
(早急に立て直しを……しかし資金が……)
王家へ泣きつけば、北の神殿の防衛のためなので、援助は容易にしてくれるだろう。
だが同時に王である父親や親族から再びマイナス評価を受けてしまう。
それでは例え防衛に成功しても、評価を覆すことはできない。
更に一部の者は昨晩宴を開いたブランシュへ避難の視線をも浴びせ、孤軍奮闘し死亡した将軍を弔っている。
(おのれ馬鹿どもめ……すべて余の責任にしおって! 貴様らも喜んで酒を食らっていたではないか……!)
しかし今更後悔してももう遅い。
今はそんなことよりも、立て直しが重要だった。
「おい、クラリス!」
「は、はい! なんでしょうか……?」
「この中身を至急売り払い、戦費とせよ!」
「ええ!? ほ、本気ですか!?」
クラリスは差し出されたアイテム収納袋を見て、目を白黒させていた。
この中には殆ど全部と言っていいほどの、これまでの取得物や貴重品が収められている。
だが、王家の力を借りず、資金を獲得して状況を立て直すにはこの手段以外にありえない。
「いいから、早くゆけ! 金貨一枚たりとも盗むことは許さんぞ! これは全てこの戦、そして兵達のために使う! 良いな!」
「わ、わかりました!」
アイテム袋を受け取ったクラリスは、慌てて転移魔法を発生させて、王都へ向かってゆく。
(この出費は痛い……だが、余なら取り戻せる。いつか、必ず!)
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