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幼き勇者
しおりを挟むジェイは必死に双剣を振り回し、トーカを拘束している触手を切り裂こうとしていた。
しかし相手は粘液モンスター。物理攻撃などは効くはずもない。
それでもジェイは、必死にトーカを救い出そうとしている。
「ぐぁっ! ぬわっ!」
たとえ装備が毒で溶けても、皮膚が爛れても、構わず。
ーー彼は、ジェイはまさしく勇者だ。
己の身を顧みず、戦うその姿勢こそ、かつて俺がリディア様から教わった勇者の態度そのもの。
「ああ、くっそぉっ!! こいつ、いくら凍結させてもすぐに触手が再生するし!」
ティナはスライム討伐の定石に従って、相手の部位を魔法で凍結させつつ砕いている。
だが、触手の数があまりに多く、ジェイの元へ辿り着けずにいる。
しかしそのおかげで、俺の進むべき道は切り開かれていた。
「ティナ! そのまま触手の相手を頼んだぞ!」
「分かった! お兄さんも気をつけて!」
俺はまっすぐと敵へ向けて駆けてゆく。
目の前ではついに体力が尽き、膝を突いてしまったジェイの姿が。
「く、くそぉっ……!」
「ジェイくん、にげて……! このままだとジェイ君まで……」
「んなことできるか! 絶対に助けるから、弱音吐くなぁー!」
「ジェイくん……!」
「二人とも、今の姿勢のまま動くなぁー!!」
俺はジェイの頭上へ、光属性の力で形成した刃【ブライトセイバー】を過らせた。
ジェイの首を刎ねようとしていた触手が光の刃によって切り裂かれ、蒸発する。
ジェイとトーカは唖然とした表情で、俺へ視線を寄せている。
「ジェイ、よくぞ恐れずトーカを救うため、勇敢に魔物へ立ち向かっていった。俺は君の中に、我が偉大なる師の、勇者としての教えを見たぞ!」
「ノ、ノルン……? あんたって本当は何者……」
「俺は勇者……こほん! 勇敢な若者を導くのが趣味なだけの、ありふれた冒険者だ!」
またうっかり昔の癖で”勇者”と口走ってしまいそうだった。
危ない危ない……
「助っ人冒険者規約第三条補足! もしもパーティーリーダーが、一時的に戦闘不能に陥った場合は、助っ人冒険者は独自の判断でメンバーを守るための行動が許可される! ここから先は俺に任せろっ!」
「RURURURU!!!」
触手を切り裂かれ、怒り狂ったキングポイズンオクトパススライムが地下水路を削りながら前進を始めた。
討伐よりもトーカの救出が先か!
「まずはトーカを返してもらおうか!」
「RURUーー!!」
無数の触手の間を掻い潜り、トーカを拘束していた大触手をブライトセイバーで切り裂いた。
闇物質は、聖なる輝きに切り裂かれ、蒸発して消えてゆく。
そして粘液だらけのトーカを抱きとめた。
「ノルンさん……?」
「もう大丈夫だ。安心しろーーッ!?」
まだ滞空状態にある俺の脇へ他の触手が迫ってきていた。
トーカを抱いている状態なので、ブライトセイバーを使うことができない。
ダメージを貰うのは明らか。ならば、せめてトーカだけでも!
俺は身体を目一杯捻って、触手へ背中を向ける。
来るべき衝撃に備えていたのだが……代わりに横顔へ舞って来たのは、細かな氷の粒だった。
「お兄さん! あたしがいるのを忘れちゃ困るよ!」
「ありがとうティナ!」
「そらそら、お兄さんの一番弟子で銀旋のティナ様の実力をみせつけちゃうよぉー!!」
ティナは氷結魔法の乱発し、迫り来る触手を次々と凍結させてゆく。
この隙に、とりあえずアンダースレイヤーの連中も助けて……
「ぬおぉぉぉーーっ!」
「お、お前……」
「いくらクソなてめぇらでも死なれちゃ寝覚がわりぃからな! 助けられたこと、一生俺に感謝しろってんだ!」
ジェイの双剣が凍結した触手を砕き、アンダースレイヤー全員を救出する。
アンダースレイヤーの連中ははジェイにとって憎い相手だろう。
彼の大事なトーカをブス呼ばわりした、最低野郎どもでもある。
しかしジェイはそんな憎き相手でさえ、見捨てず助けた。やはり、彼には"勇者"としての素質がある。
ならば、こんなところでみすみす命を落とさせるわけにはいかん!
着地し、トーカを下ろすとすぐさま俺は魔力を練り上げ始めた。
やがて俺の内側から荘厳な輝きが溢れ出る。
「RURURURU!!!!」
さすがのキングポイズンオクトパススライムも脅威を感じ出したらしい。
全ての粘液触手を引っ込めて、闇の奥へ逃げ込もうとしている。
「逃さん! ここでお前には消滅してもらう!」
両手の輝きが最高潮に達し、仄暗い地下水道が真昼のような明るさに照らし出す。
若干眩しく、狙いが完全に定まらない。
だが、今放つ以外にタイミングはない!
「邪悪よ、闇へ還れ! ブライドカリバーぁぁぁぁ!!」
「RURU RURUR UーーN!!!!」
荘厳な光の刃が、闇の巨大な魔物を真っ二つに切り裂く。
そしてあえてスライムの弱点であるコアを外しておいた。
「やれっ! トーカ、ジェイっ! お前たち二人がとどめをさせぇ!」
「は、はいっ! 行くよ、ジェイくん! バトルアップっ!!」
「うおぉぉぉーーっ!!」
トーカの魔法を受け、双剣を構えたジェイが火の玉のようになって闇の中を飛んでゆく。
「トーカに酷いことしたお前は絶対に許さない! 消えろぉぉぉ!!」
「RUUUUUUUUーーーNN!!!」
ジェイの双剣が、露出されたキングポイズンオクトパススライムのコアを真っ二つに切り裂いた。
コアを失ったスライムはドロドロと溶解を初めて、その姿を消してゆく。
「うそっ……マジ……? 俺がこんな大物を……?」
「やったぁー! ジェイくん、すっごーいっ!」
「おわっ!? な、なんだよいきなり!?」
「これからも2人で頑張ろうね、ジェイくん!」
「お、おう!」
そして英雄《ジェイ》は、姫《トーカ》から祝福《ハグ》を受けると。
うむ! 難敵の撃破した上に、ジェイとトーカはラブラブに。
これは最高のエンディングだ!
こうして難敵を自分の手で倒したという経験は、彼らの今後にとってのかけがえのない財産となるであろう。
「2人ともー! ラブるのは後にして、討伐成果回収しなよー!」
ティナがそう叫ぶと、2人は背筋を伸ばした。
「ラ、ラブってねぇし! それよりトーカ、回収容器!」
「えっ? 私、持ってないよ? 次はジェイくんが持ってくるって言ってたじゃん!」
「マジかよ!? 俺も持ってねぇーよ! なにやってんだよ、このばか!」
「ば、ばかって!? ジェイくん、ひっどぉーい! ばかっていう人の方がばかなんだから!」
うむ! これこそ古代より若い男女の伝説として語り継がれている叙事詩"アオハル"に相違なし。
良いものが見られて満足だ。戦いの助力ばかりか、恋の助っ人もできる。
やはりこの"助っ人冒険者"というのは俺の性にものすごく合っているらしい。
……リディア様、俺をこの道へ導いてくださって誠にありがとございました。
これからも助っ人冒険者として頑張る所存です!
ーー結局、回収容器はティナが貸し出すことで、ことなき終えるのだった。
●●●
俺たちは、馬車に乗って家路へついていた。
キングオクトパススライムに捕まっていたアンダースレイヤーの連中はすっかり意気消沈している。
気持ちは良くわかるが……しかし、ここはきちんと言っておかなければならないらしい。
彼らとは契約をしていないので、クレームにはならないだろう!
「おい、アンダースレイヤーの者共のよ。疲弊しているのはわかるが、何か大切なことを忘れてはいないか?」
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