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【最終章:ベルナデットの記憶】

五魔刃筆頭――東の魔女タウバ・ローテンブルク

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(ベルナデット? 確か聖王もロナのその名前で呼んでいたな……?)

 クルスはサリスに憑依する“何者か”とロナとの会話を聞きつつ、そう思った。

「それにしてもベルナデットよ、見ないうちに随分変わり果てたの? その姿まるで魔物ではないか!」
「貴方こそ、いたいけな子供の身体を乗っ取るだなんて、力を取り戻しきれてないようですね?」
「くくっ、強がりを」
「事実を口にしたまでです」
「ならばその言葉を出したこと、後悔させてやるのじゃ。きひ!」

 サリスは不敵な笑みを浮かべた。
 
「お、お前、サリスちゃんじゃないな! サリスちゃんを、か、返せっ!」

 ようやく立ち上がったリンカは勇気を振り絞ってそう叫び、
 
「私も手伝うよ!」

 オーキスもメイスを構えた。
 二人とも、魔力を吸われているためか、顔色が優れない。
 
「ベラさん、私たちも!」
「お、おう!」

ビギナとベラも立ち上がる。
 
「愚か者がよりどりみどりじゃ! これは楽しそうじゃのぉ! さぁ、来るなら来い! 待ってやろうではないか!」

 サリスは総勢六人に囲まれたが、不敵に浮かべた笑みは崩れる様子をみせない。

 邪悪な雰囲気に一同は息を飲む。
 クルスは今のサリスをみて、圧倒的に格上の相手だと感じた。

 もしもロナのいうことが本当ならば、今目の前にいるのは災厄の魔女タウバ・ローテンブルク。
しかしここで逃げるということは、タウバに体を乗っ取られているサリスを見捨てることになる。

 ならば戦うしかない。たとえ短い期間だったとしても、教え子として指導をしたサリスのためならば。
 
「私がサリスさんの身体からタウバを引きはがします」
「できるのか?」

 ロナは力強く首を縦に振った。
 
「ロナ、君は一体……?」
「あとですべて話します。約束します。ですから今はサリスさんの救出を!」
「……わかった。それで俺はどうすれば?」
「ありがとうございます。では、オーキスさんのところへ走ってください。魔力が吸われている状況下ですがありったけの力で、風の魔法を放つよう伝えてください」
「リンカ、では無くオーキスなんだな?」
「はい。リンカさんではなく、オーキスさんです。お願いできますか?」

 オーキスはサリスを挟んで向こう側にいる。サリスを越えなければ、オーキスへは到達できない。
しかしそれが突破口だというのならばーー 

「わかった。しかしロナ、君も気を付けてくれよ?」
「勿論ですよ。だってまだクルスさんに抱いて頂いてませんからね?」
「う、むぅ……」

 嬉しいような恥ずかしいような。少し緊張が解れるクルスなのだった。
 
「なんじゃ? 来ぬのか? せっかくハンディキャップをやったものを……仕方あるまい!」

 そう言い放ったサリスは背中の黒い翼を羽ばたかせ、空へ昇った。
赤い瞳でクルス達を見下ろしつつ、左手へ赤紫の魔力の輝きを収束させ始める。

「さぁ! 踊るのじゃ!」

 サリスは宙へ暗黒の玉を放つ。そこから黒い稲妻が生じた。稲妻は絶えることなく降り注ぎ、レンガの石畳を激しく穿つ。
 
「ど、どうすればいいのだぁ!?」

 ベラはなすすべもなく逃げまいど、
 
「アクアショットランス!」
「ファイヤーボール!」

 ビギナとリンカは冷や汗を浮かべながらも空のサリスへ向かってそれぞれの魔法を放つ。
しかしサリスはゆらりと腕を掲げて、2人の魔法をあっさりとはじき返すのだった。
弾かれた魔法によってビギナとリンカは、あっさりと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
 
「あはは! ちょろいのぉ! 弱いのぉ! きひっ!」

 サリスは嬉々とした表情を浮かべながら、黒い稲妻を放ち続けていた。
 起き上がったビギナやリンカ、空に浮かぶサリスへ何もできないベラとオーキスはただ逃げ惑うのみ。
 
 対するサリスはただ踊るように逃げるしかできない、ビギナたちがおかしいのか、笑みを浮かべながら夢中になっている様子。
 
 これは隙だと、クルスはオーキスを目指して、地を蹴った。
  
「馬鹿め! わらわが見ていないとでも思うてか!」
「がはっ!?」

 しかし瞬時に、クルスの目の前へ移動してきたサリスは五指の魔力を纏わせた。
鋭い爪跡が胸に刻まれて、そのまま吹き飛ばされる。
 
「クルスさん!」

 サリスの背後にオーキスがいるが、手が届かない。
 叫ぼうにも、口の中が血で満ち、喉に引っ掛かって上手く声が出せそうもない。

「良かろう。ならばお前から血祭りにあげてやるのじゃ!」

 サリスは左手に漂着させた赤紫色の“魔力の爪”を振り落とす。
 しかしクルスを引き裂く寸前で、”棘の付いた種”が飛来し、爪を弾き飛ばす。
更に二つの剣を携えた影が飛んで行った。

 ゼラとフェアだった。
 二人は同時にサリスへ向けて剣を振り落とす。
 
「くっ……抜けんだと!?」
「サリスっち、どうしたっすか!? なんでみんなと戦ってるっすか!?」

 剣を魔法障壁で遮られた二人は驚きの声を上げる。
 対するサリスは余裕の笑みを浮かべていた。
 
「かような剣でわらわを切り殺そうなど笑止千万! どれ、うぬらの悪あがきがどの程度――ちっ!」

 サリスは舌打ちをしながら障壁を解除し、その場から飛びのく。
 それまでサリスがいたところは鋭い棘の付いた“棘の鞭”で深く抉られる。
 鞭を打ち付けたセシリーは着地と同時に、サリスを鋭く睨む。
 
「もう一人いるのを忘れてもらっちゃ困るわ!」
「生憎、虫けらの数をわざわざ数えてやるほど、わらわは器用ではないものでのぉ」
「ガキの癖にむかつくやつね! やるわよ、みんな!」

 セシリーの心強い言葉に皆は呼応して立ち上がる。
 サリスは再びぐるりと囲まれた。
 
「くくっ、良いぞい! 良いぞい! 久々の遊戯じゃ! 盛大に楽しませるのじゃあ!」

 サリスは視界の中に居たゼラへ襲い掛かる。しかしゼラは咄嗟に大剣を振り上げ、サリスの爪を防いだ。
すると背後からフェアとセシリーが同時に襲い掛かった。
 辛くもサリスは飛び退いて回避するも、更に脇から双剣を持ったベラと、錫杖から刺突剣を抜いたビギナが突っ込んでゆく。
 再びサリスはひらりと剣をかわした。

「フレイムショットランス!」 
「ぎゃっ!?」

 そんなサリスの背中へ向けて、リンカは炎の大槍を放ち怯ませた。
 
「ええい、忌々しい! 遊戯はここまでじゃ! 皆殺しにしてやるのじゃ!」

 サリスは怒りに満ちた声をあげて、手当たり次第に攻撃を開始する。
 奇しくもサリスの注意はクルスと、戦闘の輪に入れていないオーキスから外れている。
 
 千載一遇のチャンス。
 
 クルスはオーキスの下へと一気に駆けて行った。
 
「オーキス! 風属性魔法を上へ放つんだ」
「えっ?」
「良いから! サリスの注意が逸れている今がチャンスなんだ!」

 クルスの声に、表情を引き締めたオーキスは強くうなずいた。
 視線を傾け、向こう側のロナを見る。彼女も頷きを返してくる。
 
「やれ! オーキス!」
「はいっ! クルスさん!」

 オーキスはメイスを突き出した。
 
「時に脅威を、時に癒しを与えし偉大なる風の力! 我が力を贄として、鍵たる言葉をもって、奇跡の体現を我願う!――ウィンドトルネイド!」

 オーキスは鍵たる言葉と共に、翡翠の魔力を纏ったメイスを強く振り上げた。
 輝きが瞬時に渦を巻き、強い風の力となってタウバの頭上へ巻きあがる。
 
 そして向こう側にいるロナから、赤い炎の輝きが迸った。

「ファイヤーボール!」

 植物魔物であるロナの手から、真っ赤な炎の球が発せられた。
 
 火球と竜巻。加勢を強める高相性属性はサリスの頭上でぶつかり合って、荘厳な輝きを放った。
 増幅を超え、新たな力を輝かせる術――これを聖王国では“光属性魔法”と呼ぶ。
 
「こ、これは!?」

 サリスは荘厳な輝きに照らし出され怯む。
 
「光は希望。輝きは未来。万物の恵みたる光の力! 今こそ魔を退け、邪を滅せる力とならん!――タウバ! サリスさんから離れなさい!」

 祝詞と共に車いすの下へ、白く輝く魔法陣が浮かび上がった。
 
「聖光十字(ホーリークロス!)」

 ロナの鍵たる言葉と共に、魔法陣がほどけ、文字(スペル)となって頭上の光属性の力を包み込む。
 そして不定形だった輝きは“光り輝く十字”となって、サリスへ舞い降りる。
 
「ぎゃぁぁあああ!! お、おのれ、ベルナデットぉっ!! 小癪な真似をぉ……!」

 サリスは忌々しそうな声を上げるが、光の十字捕らわれて身動きが取れないでいる。
 
「クルスさん、今です! 魔法解除魔法(ディスペル)を!」

 ロナの指示通り、クルスは雑嚢から“魔法解除魔法(ディスペル)”が封じられた宝玉を放り投げた。
 
「東の魔女タウバ! サリスを返してもらうぞ!」
 
 そして矢で、宝玉を射貫き、粉々に砕いた。
砕け散った宝玉は魔法解除魔法を発動させ、無数の小さな魔法陣がサリスの身体へ溶けて消えてゆく。そのたびにサリスから黒い煙のようなものが上がった。
黒い煙は一か所へ固まり、次第に形を成してゆく。

「光属性をも行使するとは……魔物に変貌しようとも、唯一無二の魔法の才能は変わらずか、ベルナデット!」

 そしてサリスの目の前には“緋色の長い髪”を持ち、背中から黒い翼を生やした童女が姿を現す。

「お褒め頂き光栄ですタウバ」
「減らず口を叩きおって。くくっ……」

 赤い髪の童女――東の魔女タウバ・ローテンブルクは幼い見た目に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべる。
 クルスたちは警戒し、身構える。

「大丈夫です。このタウバは幻影のようなものです。身体が無ければ何もできません!」
『まぁ、そういうことじゃ。じゃから、今日のところはこれで終わりにしておいてやる。撤退じゃフラン!』
「りょ、了解!」

 タウバの幻影は消え、瓦礫の中から片腕を失ったフラン・ケン・ジルヴァーナが飛び出し、屋根の上を跳躍して逃げてゆく。
 そして魔法学院の正門前には静寂が訪れるのだった。
 
「サリスちゃん、目開けて!!」
「大丈夫、ちゃんと呼吸してるよ。リンカ、落ち着いて!」

 リンカは必死にサリスを揺さぶっている。しかしサリスは目覚める様子を見せない。
 
 そんな中、クルスはロナへ向き直る。
 
「改めて問う。ロナ、君は一体何者なんだ?」

 ロナはややあって、蒼い瞳にクルスを写した。

「……私の名前は“ベルナデット=エレゴラ”――かつて、イデさん、聖王キングジムと一緒に戦った“建国英雄”の一人です」
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