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最終章 西の果ての国と魔滅の巫女
魔滅の巫女ルウ
しおりを挟む俺も大魔法使いのシグリッドほどではないものの、まるで人形のような"魔封の巫女ルウ"へ違和感を覚えていた。
それにルウの姿を見た時、数年前の南の荒野時代に聞いた言葉を思い出す。
元西の果ての国の軍人で、南の荒野を荒らし回っていた"悪漢アラモ"の最期の言葉。
『俺は西の果ての国に人生を狂わされたんだ! あのとち狂った国に! ガキ一人を守るために、毎年大勢の命を奪っているあのクソ国家に! 広大なる大陸で安穏と暮らしてるバカ共め! お前達の平穏は俺たちのように捨て駒扱いされている、多くの兵士の犠牲の上に成り立っているってことを忘れるな!!』
ーーアラモが"ガキ"と指していたのは、『ルウ』のことではないか。
そしてあの子が、"切り札"とされているのは何故か。
国王の依頼を受けられなかったのは、シグリッド達のこともあるが、こちらの疑問も大きかった。
「一度、魔滅の巫女のことを調べてみたい。国王への回答はそれからにしたいんだけど良いかな?」
誰からも反論の声は上がらなかった。
どうやらみんな俺と同じ気持ちらしい。
俺は早速行動に移ることにした。
●●●
王城への滞在は、今の俺にとっては好都合だった。
俺には物真似の能力を用いた"形態模写の能力"があったからだ。
ここ数年の修行のおかげで、かなり長い時間、しかも正確に形態模写ができるようになっている。
だから王城の人に成り代わって、中を調べることは造作もないことだった。
ちなみにシグリッド達には、別方面での調査や、俺がいない時の誤魔化しをお願いしている。
そうして数日過ごし、まだ核心に迫ってはいないものの、この城での立ち回り方が分かった。
どうやら魔滅の巫女であるルウは、国王を除いて、ほぼ全員から神のように崇められているということだ。
そんなルウは終日、城にある塔の天辺で、一切外出をせずに過ごしているらしい。
中へ入れるのは、専属の侍女と限られた人間のみで警戒は厳重だった。
それだけルウに何かしらの真実が隠されていると考えて間違いない。
だから彼女との接触は、必要だと思っている。
俺はどうすればルウに接触できるか、考えに考えて……危険は伴うが、数日間"ネズミ"の観察に勤しんだのだった。
……
……
……
「ちゅう!(よし、うまく行った!)」
数日間、ネズミを観察し、ようやく形態模写ができるようになった。
俺は人間や、その他の捕食者に細心の注意を払いつつ、ルウのいる塔へ侵入してゆく。
そして狭い隙間を潜って、ようやくルウの部屋への侵入に成功する。
「……」
ルウは人形のように椅子に座ったまま、ひたすら窓の外を眺めていた。
正直、何を考えているのかさっぱりわからない。
部屋の中も豪華ではあるが、必要最低限の家具や物しかなかった。
そんな中、俺は壁に立てかけられた肖像画に目を奪われる。
肖像画の中心にいるルウは、朗らかな笑みを浮かべていた。
そんな彼女を取り巻いているのは、体格も、年齢もバラバラな3人の男達。
そしてその中の一人に強い既視感を覚える。
(こいつは……まさか、ジャガナート?)
巨大な鉄槌を肩に担ぎつつ、豪快な笑みを浮かべている大男。
一年前に魔列車へ襲い掛かってきた亡者に良く似ている。
こいつらとルウの関係って一体……
ふと、自分の頭上が黒い影に覆われていると、今更ながら気がついた。
「……」
いつの間にかネズミに化けた俺を、ルウが見下ろしている。
何かを勘づかれたのかもしれない。
俺は急いで背を向けて、ベッドの下にある隙間へ向けて駆け出してゆく。
「ちう!?」
急に体が一才動かなくなった。
そして絨毯からゆっくりと、体が浮かび上がってゆく。
ネズミの俺はなされるがまま宙を舞う。
そして気がつけば、ルウの目線の位置にまで飛ばされていた。
「貴方は何者? ルウになにか用?」
ルウは人形のような冷たい視線で俺のことを睨んでいた。
答えたくてもネズミのままでは回答のしようがない。
するとルウはさっきまで自分が座っていた椅子へ俺を移動させる。
そして白いワンピースの裏側にある、僅かな双丘の間を赤く輝かせる。
「え……? うそ……?」
いつの間にか形態模写が解除され、俺は椅子に座らされていた。
手足が自由にならないのは、ルウの魔力で拘束されているかららしい。
「貴方はたしか? 王様の前で会った?」
「い、いやぁ、お久しぶりです! 白銀の騎士団のアルビスです。すみません、こんな参上の仕方になっちゃいまして!」
「なにかご用?」
ルウは首を傾げて、そう問いかけてくる。
すぐに兵を呼ばれて突き出されると思っていたが、そうではないらしい。
「ご用といいますか、えっと……」
「?」
「巫女様とお話しがしてみたいなって思いまして! ただそれだけで……なのでどうかお見逃しを! もう二度とこっそり侵入したりしませんので!」
とりあえず謝っておくのが先決だと思って、唯一動く頭を深く下げた。
やがて、ふわりと部屋の隅に置かれていた椅子が、俺の目の前へやってくる。
その上へ、ルウはちょこんと腰を据えた。
「どうぞ」
「は……?」
「お話し、どうぞ?」
ルウは人形のように首を傾げつつ、そう言ってくる。
「い、良いんですか?」
「良いよ? 貴方からは悪い波動を感じない。だからお話し良いよ?」
ルウの顔つきが少し柔らかくなっていると気がつく。
もしかするとこの子は誰かと話したがっていたんじゃないか。
そう思い始める。
確かに、ここ数日調査して、みんなルウのことは神のように崇めているけど、楽しく会話をしているところはみたことがないな。
「じゃあ、まずは巫女様に俺のことを知ってもらいましょう」
「ルウで良いよ?」
「えっ? 良いんですか?」
「良いよ? その方が……ルウ、嬉しい……」
益々、ルウが人との会話に飢えていることが分かった。
俺は自己紹介から始めることにした。
……
……
……
「それで? それで?」
ルウは思った以上に、食いつきが良かった。
俺がこれまでのことを少し脚色を入れて話すと、目を輝かせて前の目になってくる。
そんなルウの初々しい所作を見ていると、こちらもいつの間にか夢中になって話し続けていた。
気がつけば太陽が山々の向こうに沈みかけ、茜色に染まり始めている。
そろそろ夕飯時で、侍女がルウの食事を持ってくる時間だ。
「……っと、じゃあ今日はここまでにしましょうか?」
「帰っちゃう?」
「ええ、まぁ」
「……」
「ルウ?」
「また、来てくれる……?」
ルウは寂しさを滲ませながら、そう聞いてくる。
幾ら会話を交えて、少し親しくなったからといって、いきなりこんなことをしてはいけないんじゃないか。
だけど、なんとなくルウがそれを望んでいるような。
「ーー!?」
「嫌でしたか?」
やっぱりいきなり頭を撫でられたら、誰でも驚くか。
「……大丈夫……」
しかしルウは顔を俯かせながら、小声でそう言ってきた。
こうして喜んでくれているのなら……俺自身も指先で、柔らかなルウの髪の感触を楽しむ。
ルウもまた大人しく身を委ね続けてくれた。
「それじゃあ、マジで帰ります」
「また……」
「?」
「また来てね?」
「勿論! それじゃ!」
俺はルウの名残惜しそうな視線を感じつつ、ネズミの姿へ戻ってその場を後にする。
ルウが大陸を救う切り札。そして城の全員が彼女を神のように崇めている。
未だその謎はわからない。
だけど、こうして会話を重ねてゆけば、あるいは……
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