27 / 49
三章 北の大地と豪快なお嬢様とヘタレな皇子
ダンシング・ナイト!
しおりを挟む「やぁ、レオヴィル。君は踊らないのかい?」
ラスカーズを形態模写し終えた俺は、憮然としていたレオヴィルへ声をかける。
「ああ、ラスカーズ。良いじゃない、放っておいてよ」
王子の再来へ周りの視線が徐々に集まり始めていた。
……今が絶好のチャンス!
俺はすかさず、レオヴィルの前へ屈み込んだ。
「な、何よいきなり!?」
「これを受け取ってもらえないだろうか?」
俺は包みを開き、レオヴィルによく似合いそうな赤いヒールを差し出した。
さすがのレオヴィルも驚きの表情を浮かべている。
「これって……」
「今宵の君のために用意をしたんだ。これを履いて、私と踊ってくれないだろうか?」
視線を寄せていた淑女たちから、小声ながら黄色い歓声が上がった。
二人の姉たちは、口元をへの字に曲げているのは言うまでもない。
「さっ、レオヴィル」
「……もしかしてヒールを隠したのはアンタの仕業?」
「そんな訳ないだろ。そんな卑怯な真似をするものか!」
「それもそうね……ごめんなさい、変なことを言って……ラスカーズはそういうズルいことをする人だとは思っていないから……」
「もしかすると、私たちを気遣って、妖精が悪戯をしたのかもしれないね」
「妖精ね……ふふ……気のきくジョークじゃない」
初めてラスカーズの前で、レオヴィルが笑ったのを見た。
凄く綺麗で、愛らしい笑顔だと思い、自然と胸が高鳴ってゆく。
「ではお嬢様、御御足を失礼致します」
「あ! あ! 良いわよ! 自分で履くから……!」
俺に足を取られ、レオヴィルは真っ赤な顔をして狼狽える。
しかし有無を言わさず、レオヴォルの靴を取り払った。
そして卸したての真っ赤なヒールを履かせてゆく。
淑女たちの黄色い歓声が最高潮になり、姉たちが悔しそうにハンカチを咥えていたのは言うまでもない。
「さぁ、行こう、レオヴィル!」
「……ええ!」
ラスカーズ姿の俺は、レオヴィルの手を取った。
そして暖かい拍手に迎えられながら、ダンスの輪へと進んでゆく。
気を利かせた宮廷楽団が、優雅な音色を奏で始めた。
……正直、ダンスに自信はない。
だけど、やるしかない! レオヴィルとラスカーズ、北の大地の未来のために!
音色に乗って、俺とレオヴィルは踊り始めた。
「そこステップ違うわよ?」
踊りの途中で、レオヴィルにそう指摘されてしまった。
「す、すまない……実はこういう踊りは久々なもので……」
「そうよね。ラスカーズは昔から、こういう場よりも外で、民のために頑張るのが好きだったわよね」
「あ、ああ……」
「なら今宵は私に任せなさい。フォローするわ」
俺はレオヴィルにリードされながら、踊りを続けてゆく。
リードといってもあくまで控えめに、王子であるラスカーズが主役となるように。
俺はずっとレオヴィルがラスカーズのことを嫌っているのではないかと思っていた。
でも、それは勘違いだったようだ。
現に今のレオヴィルは、心の底から楽しそうな表情で踊りを続けている。
「あ、あんまりこっちを見ないでよ! ステップが崩れるじゃない!」
「どうしてだい?」
「バカっ! 良いから踊りに集中なさい!」
目が合えば、少し頬を赤らめてわざと視線を外したりする。
実はレオヴィルも、ラスカーズのことが好きなんだと分かった気がした。
きっとこの二人は上手くゆく。そう思えてならない。
そんな優雅な雰囲気の中に、俺は不穏な空気を感じとった。
一瞬、レオヴィルに意地悪をした二人の姉のものかと思ったのだが、違うようだ。
この物々しくて、粘ついた雰囲気はもしかして……
「ーー!!」
「きゃっ!!」
俺はレオヴィルを抱き寄せると前方へ思いきり飛んだ。
刹那、天井から茶褐色の粘液が床へ降り注ぐ。
それまで優雅な雰囲気に包まれていたホールに戦慄が走る。
「SURAAAAA!!!」
粘液から雄叫び不気味な雄叫びが上がり、人の上半身のようなものが立ち昇ってくる。
どうやらこいつが、先日城に侵入したマッドスライムらしい。
まさか天井から侵入されるだなんて、本物のラスカーズから指示を受けた兵たちも予想外だっただろう。
「衛兵っ! すぐに皆様の非難を!」
俺はそう叫びながらレオヴィルを近くの人の輪へ突き飛ばした。
「そこの紳士方、レオヴィルを頼む! 誰か剣を!」
そう叫ぶと、レイピアが輪のなから俺の足元へ滑り込んでくる。
決して軽い武器ではないけども、ロングソードよりも俺には扱いやすい筈。
「ラ、ラスカーズっ!!」
よしよし、レオヴィルの奴、結構良い感じの悲鳴をあげているぞ。
ここでラスカーズが大活躍すれば、彼女からの評価は急上昇だ!
「うおぉぉぉ!!」
勢い任せに抜剣し、マッドスライムへかけてゆく。
「SURAAAAA!!」
鋭い剣先がマッドスライムの中に浮かんでいた、真っ赤なコアを突き刺す。
手応えは浅い。しかし、しっかりとダメージは与えられたようだ。
怯んだマッドスライムは俺の頭上を飛び越え、窓ガラスを割って外へ逃げてゆく。
俺はレイピアを手にしたまま、マッドスライムを追って飛び出してゆく
丁度、形態模写の時間切れにもなりそうだったし好都合だった。
マッドスライムは庭のあちこちを滅茶苦茶にしながら逃げている。
……あっ、ポワフィレとパルトンの馬車がぶっ壊された……まぁ、良いか、あの二人のもんだし。
これはきっとレオヴィルへ意地悪をした報いだ。
やがて、庭を見回っていた本物のラスカーズの姿が見えた。
俺はすかさず、マッドスライムを追うのをやめて、茂みへ身を隠す。
「こんなところにいたか、マッドスライム! 今度こそお前を引導を渡してくれる!」
「SURAAAAA!!」
「聖光剣(セイクリッドソード)っ!」
ラスカーズは金色に輝くロングソードをマッドスライムへ叩きつけた。
破壊力抜群のその剣技で、コアを砕かれたマッドスライムはすぐさま蒸発してしまう。
すると騒ぎを聞きつけた国王をはじめ、来賓の人々が集まってゆく。
「良くぞ! 良くぞ危機を救ってくれた、我が息子ラスカーズっ! さすがは次期国王だ!」
国王の声を受け、一斉に来賓たちが拍手喝采を送りはじめた。
「陛下、並びに来賓の方々! この度は私たちの不手際で、混乱を招いてしまい大変申し訳なかった! しかしご覧の通り、危機は脱しましたのでご安心ください! 重ね重ね、この度は大変ご迷惑をおかけして申し訳なかった!」
深々と頭を下げて謝罪するラスカーズを誰も非難しなかった。
拍手は鳴り止むことはない。
輪の中にいるレオヴィルも柔らかい表情でラスカーズへ拍手を贈り続けている。
前回は大失敗をしちゃったけど、その分を取り戻せそうなほどの大成功だ!
これできっとレオヴィルは俺のことよりも、ラスカーズを強く思うようになるはず!
「ああ! あああ!! 私の馬車がぁぁぁ! これ高かったのよぉ!!」
一方、マッドスライムに馬車を破壊されたパルトンは残骸の前で悲痛な声を上げていた。
「ポワフィレ、これがあなた達の馬車の瓦礫の中から出てきたのだけど、どういうことかしら?」
「あ、あ、それはですねお母様……」
ミリオン様が手にしているのは、レオヴィルが持ってきたヒールだった。
どうやら悪事がバレてしまったらしい。
「帰ったらお仕置きね。覚悟なさい」
「「あれだけはいやぁぁぁぁ!!」」
……あの姉たちや、レオヴィルでさえビビっている、ミリオン様のお仕置きってどんなものなのか、無茶苦茶気になる俺なのだった。
●●●
舞踏会から数日が経った。
今のところ、レオヴィルとラスカーズに進展があるようには見えない。
やっぱりまだ何か足りないのか……そう考えながら、今日はボルドー家の庭仕事に従事している。
すると、屋敷の前へジュリアン王家の紋章が入った馬車が停まった。
もしかしてラスカーズがレオヴィルに会いに来たのか?
「ハンターのアルビス! アルビスはいるか! ラスカーズ殿下がお呼びだ! 至急、城へ向かわれたし!」
やや物々しい兵の物言いに、同じく庭仕事をしていた使用人たちが騒然とし出す。
渦中の俺も、実は少し心臓がドキドキしていたり。
……ラスカーズの恋愛相談、だよな? たぶん……?
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです
青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。
その理由は、スライム一匹テイムできないから。
しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。
それは、単なるストレス解消のため。
置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。
そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。
アイトのテイム対象は、【無生物】だった。
さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。
小石は石でできた美少女。
Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。
伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。
アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。
やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。
これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。
※HOTランキング6位
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました
フーラー
ファンタジー
「催眠アプリで女性を寝取り、ハーレムを形成するクソ野郎」が
ざまぁ展開に陥る、異色の異世界ファンタジー。
舞台は異世界。
売れないイラストレーターをやっている獣人の男性「イグニス」はある日、
チートスキル「催眠アプリ」を持つ異世界転移者「リマ」に恋人を寝取られる。
もともとイグニスは収入が少なく、ほぼ恋人に養ってもらっていたヒモ状態だったのだが、
リマに「これからはボクらを養うための労働奴隷になれ」と催眠をかけられ、
彼らを養うために働くことになる。
しかし、今のイグニスの収入を差し出してもらっても、生活が出来ないと感じたリマは、
イグニスに「仕事が楽しくてたまらなくなる」ように催眠をかける。
これによってイグニスは仕事にまじめに取り組むようになる。
そして努力を重ねたことでイラストレーターとしての才能が開花、
大劇団のパンフレット作製など、大きな仕事が舞い込むようになっていく。
更にリマはほかの男からも催眠で妻や片思いの相手を寝取っていくが、
その「寝取られ男」達も皆、その時にかけられた催眠が良い方に作用する。
これによって彼ら「寝取られ男」達は、
・ゲーム会社を立ち上げる
・シナリオライターになる
・営業で大きな成績を上げる
など次々に大成功を収めていき、その中で精神的にも大きな成長を遂げていく。
リマは、そんな『労働奴隷』達の成長を目の当たりにする一方で、
自身は自堕落に生活し、なにも人間的に成長できていないことに焦りを感じるようになる。
そして、ついにリマは嫉妬と焦りによって、
「ボクをお前の会社の社長にしろ」
と『労働奴隷』に催眠をかけて社長に就任する。
そして「現代のゲームに関する知識」を活かしてゲーム業界での無双を試みるが、
その浅はかな考えが、本格的な破滅の引き金となっていく。
小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い
うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。
浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。
裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。
■一行あらすじ
浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ
【破天荒注意】陰キャの俺、異世界の女神の力を借り俺を裏切った幼なじみと寝取った陽キャ男子に復讐する
花町ぴろん
ファンタジー
陰キャの俺にはアヤネという大切な幼なじみがいた。
俺たち二人は高校入学と同時に恋人同士となった。
だがしかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。
アヤネはあっさりと俺を捨て、イケメンの陽キャ男子に寝取られてしまったのだ。
絶望に打ちひしがれる俺。夢も希望も無い毎日。
そんな俺に一筋の光明が差し込む。
夢の中で出会った女神エリステア。俺は女神の加護を受け辛く険しい修行に耐え抜き、他人を自由自在に操る力を手に入れる。
今こそ復讐のときだ!俺は俺を裏切った幼なじみと俺の心を踏みにじった陽キャイケメン野郎を絶対に許さない!!
★寝取られ→ざまぁのカタルシスをお楽しみください。
※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる