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三章 北の大地と豪快なお嬢様とヘタレな皇子

私と結婚なさい!

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 ボルドー家へ厄介になることで、俺にはいくつかの良いことがあった。

 まず第一に挙げられるのが衣食住の安定だ。

 レオヴィルは約束通り、俺へ屋敷にある一部屋を与えてくれた。
更に食事も他の給仕たちと同じく与えてくれたのである。
 一年ほど、厳しい環境下で放浪を生活を送っていた俺にはありがたいことだった。
おかげであっという間に体力が元の状態に戻っていった。

 第二が給金の支給だ。
 北の大地の魔物は他の地域とは比べ物にならないほど強く、凶暴だ。現に、日に何度も、命を落とす者の話を聞く。
そんな危険な仕事を受けて追ってくれているのだからと、レオヴィルを初めボルドー家の人たちは、毎月成果に応じた給金を俺に支給してくれていた。しかも衣食住の補償は別で、である。
 北の大地は広大だが、その殆どが農地で街の数は非常に少ない。
だから誘惑も少なく、頂いた給金は貯まる一方だった。
 北の大地で悪くなった俺の経済状況も、ボルドー家のおかげでだいぶ回復した。

 最も俺に有益だったのが第三の、害獣駆除そのものである。

 衣食住を補償され、害獣である魔物討伐に専念できるようになった。
 レオヴィルや、他の害獣駆除員と協力をしつつ、ここ一年魔物討伐に明け暮れた。
今では、ずっと討伐に苦労していたウー・イェティでさえ、楽勝となっていた。

ーーそういう状態になったからこそ、いつもの俺の考えが沸き起こってくる。
ずっと、ここに居てはダメだ、という思いが。
仕事への不満があるわけではない。むしろ、今でも俺を拾ってくれたレオヴォルやボルドー家の人たちには感謝をしている。

 おそらく俺はこの北の大地で鍛え上げられ、十分な力を手にした。
だからそろそろ次の場所を目指すべき時が来たのだと、ここ最近思うようになっていたのだった。


●●●


「アル? 起きてる?」

 扉の向こうから妙に控えめなレオヴィルの声が聞こえてくる。
俺はいつでも旅立てるように充備していた鞄をベッドの下へ隠した。
そして扉の方へ向かってゆく。

「どうしました?」

「……ちょっと、お話をしたくて……入っても良いかしら?」

「ここっすか? いやそれはマズイんじゃ……」

「良いわよ別に。どうせアルだし。あなた、私に何かをする勇気なんてないでしょ?」

 なんか怒ってる? レオヴィルの気に触るようなことしたっけなぁ……

「早く入れなさい! 廊下は結構寒いのよ!」

「あ、あ、すみません! ど、どうぞ」

 気圧された俺はレオヴィルを部屋へ招き入れた。
 すると彼女は鋭い眼差しで俺の部屋をぐるりと見渡す。

「あ、ちょっと! お嬢様!?」

 レオヴィルは俺の無視してベッドの下へ潜り込んだ。
そして俺が隠していた鞄を放り出す。
 そして氷のような冷たい視線を向けてきた。

「これはなに? 説明してくれるかしら?」

「あはは……これは……」

「うちでの生活に何かご不満でも?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 ゆらりと目の前で影が動く。
そしてレオヴィルの姿が消えた。

「あ、あの……お嬢様?」

「バカっ……二人切りの時はレオでいいって、ずっと言ってるでしょうが……!」

 レオヴィルは俺の胸に飛び込んでいた。
まるで離すまいといった様子で、彼女の細腕が首の後ろにまで回っている。

「こんなところ、誰かに見られたらマズイですよ……」

「別に良いわよ! だって、こうしていないとアルはきっとどこかへ行っちゃうでしょ!? そんなの嫌よ……」

 レオヴィルは俺の胸を涙で濡らしながら、声を絞り出している。

 この一年、俺は片時も離れずレイヴォルと共に行動をしていた。
なんとなくウマがあった俺とレオヴィルは、一緒に農作業をしたり、休日を楽しむこともあった。
そしてここ最近、そんな中で、レオヴィルから熱い視線を感じるようになっていた。

「ずっと一緒にいてよ! 私のそばに居てよ! だって私は……アルのことが大好きなのだからっ!!」

 嬉しい言葉だった。レオヴィルのような魅力的な子に、そう言ってもらえてありがたかった。
だけど、この彼女の想いもまた、俺がボルドー家を離れようと思ったきっかけの一つだ。

「ありがとうレオ。気持ちは嬉しい。でも、それがどういうことか君はわかってるでしょ?」

「……」

「第一、ラスカーズのことはどうするんだい?」

「…………でも良い……」

「?」

「ラスカーズのことなんてどうでも良いわよ! 私が今大好きなのはアルなのよ!!」

 レオヴィルがより細腕を力を込めて、俺を抱き寄せた。

「アル! 私と結婚なさい! そして貴方の私の二人でボルドー家を支えるのよ!」

「ええ!? ほ、本気ですか!」

「本気よ!」

「ラスカーズのことは!?」

「知らないわよ! あんな意気地なしのことなんて!」

 さすがの急展開に俺は度肝を抜かれた。


ーーとりあえずその日は、物音を不審に思った給仕が声をかけてくれたので、曖昧なまま終わった。

しかし参った。
まさか、結婚を申し込まれるだなんて……
やっぱり俺は、ここに一年も居座ってしまったケジメをきちんと着けなければならないな。


●●●


「待て! 貴様何者だ!」

 生真面目そうな衛兵が槍で通せんぼうをしてきた。
俺みたいな奴がフラフラと城門前に現れれば、不審がるのは当然だ。

「構わん! アルビスは私の友人だ!」

 門の奥から凛とした声が響き、衛兵はピシッと背筋を伸ばして道を開ける。
 すると狩装束に身を包んだ、俺なんかとは比べ物にならないくらいカッコいい男が近づいてくる。
纏っている雰囲気も、王族にふさわしく高貴なものだ。

「あんまり厳しい声を出すなよ。この人たちは真面目に仕事をしていただけだし。第一、こんなところを王子様が集合場所に指定する方がおかしいって」

 とはいえ、俺はいつものように軽口を叩いた。
すると、イケメン王子様の表情がぱぁっと明るくなった。

「確かに! それはそうだ! 君たち、大変申し訳なかった! そして真面目に職務に励んでくれてどうもありがとう!」

「で、殿下!? 頭をおあげください!」

 王子が兵へ向かって頭を下げるなんて見たことも聞いたこともない。
こういう人柄の良さがあるからこそ、彼は北の大地で慕われているのだと常々思う。
俺みたいな、一介の冒険者風情を"友達"なんて言ってくれている辺りもね。

「では、行こうか、我が友アルビス!」

「おう!」

「殿下! 恐れながら護衛の者は……?」

 衛兵さんはごもっともな疑問を口にする。
すると件の王子様は、がしっと俺の肩を組んでくる。

「安心してくれ! このアルビスは、あのボルドー家に所属する優秀で最強のハンターだ! 彼がいれば大丈夫! それに私も、そんじょそこらの魔物などに遅れをとるものか!」

「おいおい、最強は言いすぎじゃね?」

「謙遜をするなアルビス! お前の強さは私が一番よくわかっているのだぞ! はっはっはー!」

「まっ、今日もお前に俺の背中を預けるぜ」

「こちらこそ!」

 なんちゅうか、北の大地の人ってレオヴィルをはじめ、大らかで豪快な人が多いなと改めて思う。
そしてそんな地域性が俺は嫌いではなかった。

 こうして俺と殿下はいつも通り、お互いの訓練を兼ねた害獣駆除へ向かってゆく。

 彼の名は"ラスカーズ・ジュリアン"
 北の大地の国王の長子で、あり王位継承権第一位の人物。
更にレオヴィルの幼馴染であり、許嫁だ。
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