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一章 東の山と憧れの女性と亡霊騎士

アルビス、走り出す!

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「シグリッドが戻らないって……どういうことですか!?」

 思わず声を荒げて、思い切りシルバルさんの肩を掴んでしまった。
彼女が短い悲鳴をあげて、ようやく俺は我へ帰る。

「す、すみません。痛かったですか……?」

「大丈夫よ……」

「あっちで落ち着いて話しましょう」

「ええ……」

 俺はシルバルさんと併設されているバーのボックス席へ腰を据える。
周りの視線やヒソヒソ声が気になった。だけどどうやら囃し立てている訳ではなさそうだ。

「落ち着いてで構いません。だけどしっかり何が起こっているのか教えてください」

「昨日から……シグリッドが戻らないの……」

「き、昨日!?」

「昨日の朝、出かけるって教会を飛び出して……夕方になっても帰ってこなくて……だからさっきまでずっと探してたのだけど、全然見つからなくて……」

 どうりでいつも小綺麗にしているシルバルさんがボロボロな訳だ。

 ああ、くそっ! 呑気に泊まり込みで隣町へ買い物なんて行かなきゃ良かった!

「心当たりは?」

 そう問いかけると、シルバルさんは首を縦に振る。

「あの子が……森の中で、ユリウスを見かけたって……」

「マジですか、それ?」

「そんな訳ないじゃない! だってユリウスは……!?」

 そこまで自分で言いかけて、シルバルさんは閉口する。
 きっとこの人はもう、ユリウスさんのことを分かっているみたいだ。

「シルバルさん……この際だからちゃんと聞きます。今、俺へ言いかけたことがどういうことか分かっていますね?」

 俺は勇気を出して、その質問を投げかけた。
 やがてゆっくりとシルバルさんは首を縦に振った。

「でも、そのせいで喧嘩になってしまって……なら、なんでいつまでも泣いているんだって。そんなのアル君に失礼だって言い始めて……だったら自分が真実を確かめてくるって、言って飛び出して……」

 まさかシグリッドに、俺のシルバルさんへの気持ちを勘付かれていただなんて、驚きだった。
でも同時に、そんなあの子の気持ちを知って喜んでいる俺もいる。

「お、俺もこの間、森の中で見かけたぞ! 全身甲冑を装備してたけど、あれは間違いなくユリウスだったよ!」

周りにいた冒険者の一人が声をあげた。
その声を皮切りに、次々とユリウスの目撃証言が上がってくる。
多くの冒険者が山と古き魔術師の森の境で、ユリウスらしき姿を目撃しているらしい。


「そういや、シグリッドちゃん、昨日の朝早くにここに来てたな……」

「その話詳しく!」

 そう口走った冒険者へ、俺は思わず詰め寄った。

「シグリッドちゃん、お金は後で払うから一緒に山へ入ってほしいなんて言ってたんだ。ユリウスがどうとかで……」

「で? 誰か一緒に山へ入ったのか!?」

「し、しらねぇよ。でもみんな、こんな時期だし、シグリッドちゃんも東の山の人間だからわかるだろうって、誰も取り合わなくて。そしたらあの子、べそかきながら飛び出して……」

「誰も追わなかったのか?」

 俺は思わず鋭い声をあげ、周囲を見渡した。
途端、周囲の人たちは一斉に俺とシルバルさんから視線を外す。

 一瞬、頭と胸がカッとなった。
だけどここでみんなを怒鳴りつけるのはお門違いだとすぐに気がついた。
俺だってもしも、シグリッドと親しくなければ、冬の山へ、小さな女の子を連れて入るなんて断っていただろ。

 冬の山の険しい山は、とても寒くて危険だ。
飢えによって魔物もいつも以上に凶暴化する。
なによりも恐ろしいのは、古き魔術師の存在だ。

 恐らく、ゾンビ系の魔物だろう古き魔術師は、乾燥した冬になって活動が最も活発になる。
過去にはこいつによって多数の死傷者がでたらしい。
だから今では国をあげて、冬の入山を禁止している。
東の山の冒険者は暖かい時期にはよく働き、冬は明けるのをじっと待つのが常識となっているのだ。

「みんな、貴重な情報をどうもありがとう。助かったよ」

 俺は周りの冒険者へ頭を下げる。
そして改めて、目を真っ赤に腫らしたシルバルさんへ向き直る。

「安心してください、シルバルさん。シグリッドは俺が必ず見つけ出します」

「待って! 私も!」

「ダメです! もしシルバルさんに何かあったら、どうするんですか!? シグリッドが無事でも、貴方が迎えてあげなきゃダメでしょうが!」

「でも……」

「良いから俺に任せてください! シルバルさんは教会で火を焚いて、シグリッドがすぐに暖まれるよう準びをしておいてください!」

「ア、アルくんっ!」

 俺はシルバルさんの声を振り切って、走り出した。
まだ、シグリッドが無事でいる可能性は高い。
今はできるだけ早く山に入る必要がある。

「おい! アルビス、お前この時期に山へ入るだなんて本気か!?」

 割と助っ人を頼まれることの多い冒険者が、俺の肩を掴んできた。
その手を俺は、パンっ! と打って、払い除ける。

「悪い、急いでるんだ」

「だってよ、冬の山だぜ!? 分かってるのか!?」

「分かってるって、そんなこと……だけどシグリッドは俺にとって……大事な子なんだ! 家族みたいなもんなんだ! だったら俺は兄貴として、戦うことを生業とする者として、行かなきゃならないんだよ! 冬の山が怖いとか、そんなこと言ってられるか!」

 俺はそう吐き捨てて、集会場を飛び出した。
そして迷わず、冬の山へ飛び込んでゆく。

●●●

 アルビスの去った集会場には、重い空気が垂れ込めていた。
誰もが、アルビスの放った言葉を重く受け止めていたからだ。

……あの時ちゃんとシグリッドの言葉聞いてあげていれば。
……あの時きちんとシグリッドへ冬の山の危険性を説いていれば。
……あの時少しでもシグリッドに付き合ってあげていれば。

「お、俺は……行くぞ!」

 やがて一人の冒険者が勇気を出して声をあげた。

「そ、そうね! 私たちは危険をものともせず、困難に立ち向かってゆく冒険者じゃない!」

 次の声が上がり、集会場の熱が次第に高まってゆく。

「アルビスの言う通りだ! 冬の山が怖いとかそんなの言ってられるか!」

「そうだそうだ! みんなでシグリッドちゃんを探そう!」

「古き魔術師がなんだってんだ! 行くぞ、お前たち!!」

 アルビスに勇気づけられ、熱を持った東の山の冒険者たちは、それぞれの準備を始める。

「シルバルさん、安心してください。俺たちもシグリッドちゃんを探します。貴方はどうか教会でゆっくりお待ちになっていてください」

「みなさん……ありがとうございます……!」

 シルバルは冒険者たちへ深々と頭を下げるのだった。
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