5 / 49
一章 東の山と憧れの女性と亡霊騎士
アルビス、走り出す!
しおりを挟む「シグリッドが戻らないって……どういうことですか!?」
思わず声を荒げて、思い切りシルバルさんの肩を掴んでしまった。
彼女が短い悲鳴をあげて、ようやく俺は我へ帰る。
「す、すみません。痛かったですか……?」
「大丈夫よ……」
「あっちで落ち着いて話しましょう」
「ええ……」
俺はシルバルさんと併設されているバーのボックス席へ腰を据える。
周りの視線やヒソヒソ声が気になった。だけどどうやら囃し立てている訳ではなさそうだ。
「落ち着いてで構いません。だけどしっかり何が起こっているのか教えてください」
「昨日から……シグリッドが戻らないの……」
「き、昨日!?」
「昨日の朝、出かけるって教会を飛び出して……夕方になっても帰ってこなくて……だからさっきまでずっと探してたのだけど、全然見つからなくて……」
どうりでいつも小綺麗にしているシルバルさんがボロボロな訳だ。
ああ、くそっ! 呑気に泊まり込みで隣町へ買い物なんて行かなきゃ良かった!
「心当たりは?」
そう問いかけると、シルバルさんは首を縦に振る。
「あの子が……森の中で、ユリウスを見かけたって……」
「マジですか、それ?」
「そんな訳ないじゃない! だってユリウスは……!?」
そこまで自分で言いかけて、シルバルさんは閉口する。
きっとこの人はもう、ユリウスさんのことを分かっているみたいだ。
「シルバルさん……この際だからちゃんと聞きます。今、俺へ言いかけたことがどういうことか分かっていますね?」
俺は勇気を出して、その質問を投げかけた。
やがてゆっくりとシルバルさんは首を縦に振った。
「でも、そのせいで喧嘩になってしまって……なら、なんでいつまでも泣いているんだって。そんなのアル君に失礼だって言い始めて……だったら自分が真実を確かめてくるって、言って飛び出して……」
まさかシグリッドに、俺のシルバルさんへの気持ちを勘付かれていただなんて、驚きだった。
でも同時に、そんなあの子の気持ちを知って喜んでいる俺もいる。
「お、俺もこの間、森の中で見かけたぞ! 全身甲冑を装備してたけど、あれは間違いなくユリウスだったよ!」
周りにいた冒険者の一人が声をあげた。
その声を皮切りに、次々とユリウスの目撃証言が上がってくる。
多くの冒険者が山と古き魔術師の森の境で、ユリウスらしき姿を目撃しているらしい。
「そういや、シグリッドちゃん、昨日の朝早くにここに来てたな……」
「その話詳しく!」
そう口走った冒険者へ、俺は思わず詰め寄った。
「シグリッドちゃん、お金は後で払うから一緒に山へ入ってほしいなんて言ってたんだ。ユリウスがどうとかで……」
「で? 誰か一緒に山へ入ったのか!?」
「し、しらねぇよ。でもみんな、こんな時期だし、シグリッドちゃんも東の山の人間だからわかるだろうって、誰も取り合わなくて。そしたらあの子、べそかきながら飛び出して……」
「誰も追わなかったのか?」
俺は思わず鋭い声をあげ、周囲を見渡した。
途端、周囲の人たちは一斉に俺とシルバルさんから視線を外す。
一瞬、頭と胸がカッとなった。
だけどここでみんなを怒鳴りつけるのはお門違いだとすぐに気がついた。
俺だってもしも、シグリッドと親しくなければ、冬の山へ、小さな女の子を連れて入るなんて断っていただろ。
冬の山の険しい山は、とても寒くて危険だ。
飢えによって魔物もいつも以上に凶暴化する。
なによりも恐ろしいのは、古き魔術師の存在だ。
恐らく、ゾンビ系の魔物だろう古き魔術師は、乾燥した冬になって活動が最も活発になる。
過去にはこいつによって多数の死傷者がでたらしい。
だから今では国をあげて、冬の入山を禁止している。
東の山の冒険者は暖かい時期にはよく働き、冬は明けるのをじっと待つのが常識となっているのだ。
「みんな、貴重な情報をどうもありがとう。助かったよ」
俺は周りの冒険者へ頭を下げる。
そして改めて、目を真っ赤に腫らしたシルバルさんへ向き直る。
「安心してください、シルバルさん。シグリッドは俺が必ず見つけ出します」
「待って! 私も!」
「ダメです! もしシルバルさんに何かあったら、どうするんですか!? シグリッドが無事でも、貴方が迎えてあげなきゃダメでしょうが!」
「でも……」
「良いから俺に任せてください! シルバルさんは教会で火を焚いて、シグリッドがすぐに暖まれるよう準びをしておいてください!」
「ア、アルくんっ!」
俺はシルバルさんの声を振り切って、走り出した。
まだ、シグリッドが無事でいる可能性は高い。
今はできるだけ早く山に入る必要がある。
「おい! アルビス、お前この時期に山へ入るだなんて本気か!?」
割と助っ人を頼まれることの多い冒険者が、俺の肩を掴んできた。
その手を俺は、パンっ! と打って、払い除ける。
「悪い、急いでるんだ」
「だってよ、冬の山だぜ!? 分かってるのか!?」
「分かってるって、そんなこと……だけどシグリッドは俺にとって……大事な子なんだ! 家族みたいなもんなんだ! だったら俺は兄貴として、戦うことを生業とする者として、行かなきゃならないんだよ! 冬の山が怖いとか、そんなこと言ってられるか!」
俺はそう吐き捨てて、集会場を飛び出した。
そして迷わず、冬の山へ飛び込んでゆく。
●●●
アルビスの去った集会場には、重い空気が垂れ込めていた。
誰もが、アルビスの放った言葉を重く受け止めていたからだ。
……あの時ちゃんとシグリッドの言葉聞いてあげていれば。
……あの時きちんとシグリッドへ冬の山の危険性を説いていれば。
……あの時少しでもシグリッドに付き合ってあげていれば。
「お、俺は……行くぞ!」
やがて一人の冒険者が勇気を出して声をあげた。
「そ、そうね! 私たちは危険をものともせず、困難に立ち向かってゆく冒険者じゃない!」
次の声が上がり、集会場の熱が次第に高まってゆく。
「アルビスの言う通りだ! 冬の山が怖いとかそんなの言ってられるか!」
「そうだそうだ! みんなでシグリッドちゃんを探そう!」
「古き魔術師がなんだってんだ! 行くぞ、お前たち!!」
アルビスに勇気づけられ、熱を持った東の山の冒険者たちは、それぞれの準備を始める。
「シルバルさん、安心してください。俺たちもシグリッドちゃんを探します。貴方はどうか教会でゆっくりお待ちになっていてください」
「みなさん……ありがとうございます……!」
シルバルは冒険者たちへ深々と頭を下げるのだった。
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです
青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。
その理由は、スライム一匹テイムできないから。
しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。
それは、単なるストレス解消のため。
置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。
そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。
アイトのテイム対象は、【無生物】だった。
さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。
小石は石でできた美少女。
Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。
伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。
アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。
やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。
これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。
※HOTランキング6位
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました
フーラー
ファンタジー
「催眠アプリで女性を寝取り、ハーレムを形成するクソ野郎」が
ざまぁ展開に陥る、異色の異世界ファンタジー。
舞台は異世界。
売れないイラストレーターをやっている獣人の男性「イグニス」はある日、
チートスキル「催眠アプリ」を持つ異世界転移者「リマ」に恋人を寝取られる。
もともとイグニスは収入が少なく、ほぼ恋人に養ってもらっていたヒモ状態だったのだが、
リマに「これからはボクらを養うための労働奴隷になれ」と催眠をかけられ、
彼らを養うために働くことになる。
しかし、今のイグニスの収入を差し出してもらっても、生活が出来ないと感じたリマは、
イグニスに「仕事が楽しくてたまらなくなる」ように催眠をかける。
これによってイグニスは仕事にまじめに取り組むようになる。
そして努力を重ねたことでイラストレーターとしての才能が開花、
大劇団のパンフレット作製など、大きな仕事が舞い込むようになっていく。
更にリマはほかの男からも催眠で妻や片思いの相手を寝取っていくが、
その「寝取られ男」達も皆、その時にかけられた催眠が良い方に作用する。
これによって彼ら「寝取られ男」達は、
・ゲーム会社を立ち上げる
・シナリオライターになる
・営業で大きな成績を上げる
など次々に大成功を収めていき、その中で精神的にも大きな成長を遂げていく。
リマは、そんな『労働奴隷』達の成長を目の当たりにする一方で、
自身は自堕落に生活し、なにも人間的に成長できていないことに焦りを感じるようになる。
そして、ついにリマは嫉妬と焦りによって、
「ボクをお前の会社の社長にしろ」
と『労働奴隷』に催眠をかけて社長に就任する。
そして「現代のゲームに関する知識」を活かしてゲーム業界での無双を試みるが、
その浅はかな考えが、本格的な破滅の引き金となっていく。
小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い
うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。
浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。
裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。
■一行あらすじ
浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ
【破天荒注意】陰キャの俺、異世界の女神の力を借り俺を裏切った幼なじみと寝取った陽キャ男子に復讐する
花町ぴろん
ファンタジー
陰キャの俺にはアヤネという大切な幼なじみがいた。
俺たち二人は高校入学と同時に恋人同士となった。
だがしかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。
アヤネはあっさりと俺を捨て、イケメンの陽キャ男子に寝取られてしまったのだ。
絶望に打ちひしがれる俺。夢も希望も無い毎日。
そんな俺に一筋の光明が差し込む。
夢の中で出会った女神エリステア。俺は女神の加護を受け辛く険しい修行に耐え抜き、他人を自由自在に操る力を手に入れる。
今こそ復讐のときだ!俺は俺を裏切った幼なじみと俺の心を踏みにじった陽キャイケメン野郎を絶対に許さない!!
★寝取られ→ざまぁのカタルシスをお楽しみください。
※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる