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一章 東の山と憧れの女性と亡霊騎士

憧れのシルバルさん、妹分のシグリッド……そしてユリウス

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「さてさてシグリッド料理長! 今夜のディナーはなんでしょう?」

「今日はバゲットと、クリームシチュー! 早くお野菜切って!」

「了解でありますっ!」

 俺はいつも通り、シグリッドと夕飯の支度を始めた。

 シグリッドはシルバルさんの妹だ。
歳は俺より5つ下で、シルバルさんとはひと回り離れている。
ここ2年で段々と女っぽくなってきたけど、それでもまだまだお子様だ。
だけどこの子は俺の料理の師匠である。

「ほぇー! お兄ちゃん、だいぶ包丁使いうまくなったねー?」

「そりゃ、名料理人のシグリッドが俺の師匠だからね」

「えへへ! これからも精進するのだぞ、アルビスくん!」

「はい、師匠! 野菜切り終えたであります!」

 最初の頃は「物真似」の力で、ただシグリッドの動きを真似ていただけだった。
だけどそうしているうちに、目と体が覚えて今に至っている。
自分で言うのもアレだけど、結構な腕前になっている自信がある。
ほんと、シグリッド先生様々だ。

「お兄ちゃん、味見お願い!」

「はいよー……うん、美味い!」

「だからそういうボヤッとした感想はやめてっていつも言ってるじゃん!」

「ああ、ごめん……なんか、いつもより旨味があって、余韻が長い……かな?」

「ご名答! 今日はテンダーダックのガラをゆっくり煮込んでベースを作ってみました。ミルクも今日のはブッファーカウなんだよ!」

 シグリッドはまだ子供ながらすごく料理上手だ。
数年前にご両親が亡くなってからは、シグリッドがずっと台所を預かっているらしい。
だってシルバルさん、優しくて美人だけど、料理は物凄く下手なんだもん。
一度、シグリッドが風邪で寝込んだ時、シルバルさんの手料理をご馳走になったんだけど……あの味は悪い意味で忘れられない。
むしろあの時、惚れているとはいえ、よくあんなものを平らげたよなぁ俺……


「そろそろパンが焼きあがる頃だから出しといて!」

「はいよー」


 治療を受けた後は、こうしてシグリッドと夕飯を作って、教会に泊まって行くのが恒例になっていた。
ちなみにこれはシグリッドが言い出したことだ。
この子曰く、「女の二人暮らしだと時々怖いと感じる時があるから、たまには男の人が居てほしい」とのこと。
いつもは口うるさいシグリッドだけど、意外とこういう可愛いところがあったりする。


「あっ、そろそろお皿用意しないと!」

「はい、どうぞ!」

「さっすがお兄ちゃん! 気が効くねぇ!」


 俺自身、シグリッドを妹のように感じているし、この子も俺のことを兄貴のように慕ってくれている。
最初はこうして外堀を埋めて、シルバルさんに近づこうと考えていた。
だけど通い詰めている内に、別の気持ちが芽生えた。


「うーん! ぬぬぅー!」

 まだ背の小さいシグリッドは一生懸命背伸びをして、棚上へ手を伸ばしている。
 ここはお兄ちゃんの出番と思って、シグリッドへ近づいて行く。


 俺は孤児で、東北の村では村の大人たちみんなに育てられた。
 村の大人たちには感謝しているし、みんな暖かく接してくれた。
でも俺から離れれば、大人たちには本当の家族がいた。どんなに優しくされても、結局俺は天涯孤独だった。
だから家族というものに、強い憧れを持っていた。

 だけど東の山に来て、治癒教会に通うようになってから、ずっと欲しかったものが手に入ったような気がした。
家族のように思っていたノワル達には裏切られたけど、そのお陰でもっと大事にしたい人たちに出会えた。


 俺はシグリッドの頭の上へ手を伸ばし、棚上の壺を取ってやる。

「ありがとう! ユリウスお兄……あっ!」

 そう言いかけたシグリッドは、すぐさま口を閉ざす。
ずっと明るかったシグリッドの顔に影が差す。

「残念! 俺はアルビスでした! "ス"だけは同じだけどね」

「ご、ごめんね、お兄ちゃん……」

「良いって、良いって。てか、俺そんなにユリウスさんに似てる?」

「似てない。ユリウスさんはお兄ちゃんみたいに軽くない!」

「あはは、これは手厳しい……」

「で、でも! アルお兄ちゃんはお兄ちゃんでその……好きだよ?」

「んー、声が小さくて聞こえないなぁ? もう一回!」

「もうバカ! お兄ちゃんのそういうとこ嫌いっ!」

 怒られてしまったけど、いつものシグリッドには戻ってくれたようだ
やれやれ……

 俺はシルバルさんとシグリッドへ本当の家族のような愛着を持っている。
だけどそういう気持ちを抱いているだけで、それ以上踏み込むことができていない。
何故ならば、さっきシグリッドが口走った"ユリウス"という人の存在があるからだ。

……
……
……

「アルお兄ちゃん、お茶が入ったからお姉ちゃんのとこへもっててー」

「はぁ? なんで俺が?」

「つべこべ言わず持って行く! それとも今夜は野宿にしたいの!? 宿屋さんは閉まってるんだよ?」

「はいはい、わかりましたよ。シグリッド様っと」

 俺はお茶を持って、二階にあるシルバルさんの部屋へ向かって行く。
なんとなく、いつにも増して暗い雰囲気がする。
たぶん、またあれかなぁ……

 シルバルさんの部屋の前に達した俺は、薄く扉を開けてみる。
すると肩を小刻みに震わせているシルバルさんの背中が見えた。

「ユリウス……会いたいよ、ユリウス……ひっく……」

 窓から差す冷たい月明かりの下で、シルバルさんは赤いボロ切れを抱きしめて涙を流している。
あのボロきれは、ユリウスさんが纏っていたマントの切れ端らしい。

 竜槍のユリウスーー東の山随一の槍の名手で、衛兵団のエース。
そして、シルバルさんの幼馴染であり、恋人の名前だ。

 この東の山には、古き魔術師という恐ろしい魔物が潜んでいる。
ユリウスさんは三年前に、古き魔術師を倒すために旅立ち、そして消息を絶っていた。

 なんだかんだで俺も数年、魔物と戦うことを生業としている。
だから直感的に、ユリウスさんが何故帰ってこないのかは分かっている。

「ユリウス……ユリウス……」

 シルバルさんの切なげな声が俺の胸を苛む。
たぶん、シルバルさんもどうしてユリウスさんが帰ってこないのか、頭では分かっているはずだ。
でも、心のどこかではまだ帰還を信じているのだろう。
それだけ、シルバルさんはユリウスさんのことを愛している。

 俺がシルバルさんに惚れているにも関わらず、今一歩踏み込めないのはユリウスさんの存在があるからだ。

「コ……コケッコー!」

「――ッ!?」

「夜だけどモーニングバードが、勉強熱心なシルバルさんへ美味しいお茶をお持ちしましたぁー! って、どうです? 俺のモーニングバードの物真似は? これ新ネタなんですよ!」

「……よく似てるわね。一瞬びっくりしちゃったわ」

 シルバルさんはサッと涙を拭って、笑顔を浮かべてくれた。
そうそうこれこれ。シルバルさんは泣いているよりも、笑っている方が綺麗だ。
俺はこの人の笑顔に癒されているんだ。

 もしかすると、勇気を出して一歩踏み込めば、シルバルさんは俺を迎え入れてくれるかもしれない。
だけど今は、敢えて飛び込まないようにしている。

「アル君、お茶付き合ってくれる? 実は美味しいお菓子があるの。今日、患者さんにいただいた」

「おお、それはそれは! じゃあ、シグリッドも呼んで夜中のティータイムとしましょう!」

「そうね、そうしましょ」

「んじゃ、俺シグリッド呼んできますねー」

「ア、アル君!」

 突然呼び止められて、俺の心臓が跳ね上がった。
ここが少し暗がりで良かった。多分、今の俺って顔真っ赤っかだよ……

「な、なんっすか?」

「……ありがとね」

「い、嫌だなぁ、シルバルさん! 俺はただお茶を持ってきただけっすよ!」

「君が居てくれて、本当に感謝してるわ……」

「シルバルさん……」

「さっ! 夜中のティータイムをはじめましょ」

「うっす!」

 きっとまだ時間はかかると思う。でもいつの日かシルバルさんは、現実をしっかりと受け止めると思う。
だからそれまで俺は待つことにしていた。
臆病者って言われたって構わない。
これ以上、シルバルさんの心をかき乱したくはない。
辛いのを乗り越えたら、その先はずっと笑顔で居てほしいからだ。


●●●


 東の山に冬が訪れた。
 この国の冬は、北の大地のように雪は降らないものの、風が冷たく結構厳しい。
2年以上もここに住んでいるけど、なかなか慣れないのは、東北の村が年中温暖な気候だったからだ。

「うう、さぶっ!」

 俺は冒険者ギルドの集会場へ飛び込んだ。
仕事を探すためじゃない。ここに併設されているバーの名物、ブッファーカウのホットミルクを飲むためだ。
寒い日は、これを飲みつつボォーッとするに限る。
よぉし、今日はどんな誘いを受けても断って、ダラダラするぞぉ!

 しかし集会場に飛び込んだ途端、俺はその物々しい雰囲気に息を飲んだ。
暖炉の火で暖かい筈のに、なぜか強い寒気を感じる。

「お願いします、皆さん! どうか、どうかシグリッドを探してください! お願いしますっ!!」

 悲痛な叫びをあげていたのは、シルバルさんだった。
居ても経っても居られず、俺は彼女へ駆け寄って行く。
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