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二章

悲しみを乗り越えて……今復活のギルバート軍団!

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 夜の賑わいを見せ始めていたトロイホースの街が、大地の揺れに見舞われた。

 仕事終わりの酒盛りを楽しむもの、夕餉の支度をするもの、帰路へ付く子供たちも一斉に外へ飛び出し、何事かと囁きあう。
 そんな住民の上空を、兵が騎乗した飛竜が過って行く。
 
 斥候の伝令を受けて飛び出した、トロイホース自慢の飛竜隊である。
 
 飛竜隊の面々は伝令を半信半疑、誇張表現も甚だしいと高を括って飛行を続ける。
 しかし荒野を我が物顔で闊歩する“超巨大ゴーレム”を見た瞬間、己らの認識を改めざるを得なかった。
 
 超巨大ゴーレムの目的は不明。しかしこのまま侵攻を許せば、トロイホースに甚大な被害が及ぶのは火を見るよりも明らか。
 
――自分たちはトロイホースを守るために集められた精鋭。ここで怖気づいていては、エリート集団である飛竜隊の名折れとなってしまう!

 かくして飛竜隊の隊長は手綱を叩いて、飛竜へ“攻撃開始”の咆哮を上げさせた。
 
 各隊、五匹編成、鏃のような突撃陣形で超巨大ゴーレムへ向けて飛んだ。
 火炎袋を持つ飛竜は、騎兵の指示に従って巨大な未知の敵へ向けて火球を吐き出す。
 
 大きな的ではあるゴーレムに火球ぶつかり、無数の爆炎がゴーレムを包み込む。
 ずっと聞こえていた足音が止まった。爆炎の向こうで超巨大ゴーレムの影がぐらつきを見せた。
 
 これを効果あり、と判断した飛竜隊の面々は第二破を加えるべく旋回をし陣形を整える。
 
 その時、夜空へ飛竜と人の悲鳴が響き渡った。
 隊員達が寄せた視線の先――そこでは、一組の飛竜が騎兵もろとも、巨大な岩の手で虫けらのように握りつぶされていた。
 
「GOOON……!」

 煙の中から一切損傷が見られない超巨大ゴーレムが姿を現した。
巨大な腕は煙を払いつつ、高く掲げられる。
 
「ゴールデンスラッシュ……!」

 どこからともなく若い男の声が周囲に響いた。同時に薙がれたゴーレムの五指から猛獣の爪のような金色の刃が現出し、近くの飛竜をまとめて切り裂く。
 
 一個隊が一瞬で壊滅をし、飛竜隊の面々は今さら自分たちがとんでもない敵を相手にしているのだと認識する。
 
 恐れはある。敵うかどうかは分からない。しかしここでトロイホースを見捨てて、むざむざと敗走するわけには行かない。
 
 ――我らは選ばれし戦士! 煌帝国の精鋭、トロイホース飛竜防衛隊!
 
 しかし強い使命感と意思は圧倒的な超巨大ゴーレムにねじ伏せられれるだけだった。
 
「俺は強い! 木造よりも、強くて、強くて! 瑠璃姉、見てて! 俺、凄いから! 俺が瑠璃姉を幸せにするから! 幸せに! そして始めよう! 俺と瑠璃姉だけの、異世界無双冒険譚をぉぉぉ!! 瑠璃姉ぇ! 瑠璃姉ぇ! 瑠璃姉ぇぇぇー!! あは! あひゃひゃひゃ!!」

 超巨大ゴーレムの頭頂部で下半身を埋めた吉良 煌斗は、虫けらのように落ちてゆく飛竜隊を眺め歓喜の声を上げるのだった。
 
 
●●●


『おおー! 良いゴーレムだ! やっぱり、ドラは天才だな!』
『えへへ! 恥ずかしいなぁ、もう……。でもパパありがとう! あたしもっともーっと勉強して最強のゴーレム使いを目指すから!』
『その意気だ! さぁ、やるぞ!』
『うん!』

『『我らは親子は最強! 至高のゴーレム使い! フォーグラ&ドラグネット=シズマンであるぞ! ふはははは!!』

 少し子供っぽいけど、一緒にいて楽しくて、そしてたくさん褒めてくれる。
産まれて間も無く母親は死んでしまったらしく顔はよく覚えていない。
だけどドラグネットは寂しくなかった。優しくて、頼もしいパパがずっと一緒にいてくれたから。

『ドラ、本当に行っちゃうのか……?』
『ごめんね、パパ。だけど、あたしもっと色々と知りたいの! 広い世界のこととか、ゴーレムのこととか!』
『そうかそうか。ドラが決めたのならパパはもうなにも言わないぞ』
『ありがとう、パパ!』
『頑張れ頑張れドラ! お前は天才だ! 自慢の凄い娘だ! だから旅を通して一回りも二回りも成長して帰ってきてくれ! パパはその日を頼みに待っているぞ!』
『うん! 楽しみにしててね! じゃあ行ってきまーす!』

 まさかこれが今生の別れになっていたなどと、ドラグネットはつい先ほどまで知らなかった。

……
……
……


「パパ……なんでパパが……どうして……」

 瑠璃が錬成してくれた壁の裏側で、ドラグネットは1人自分の肩を抱いた。

 父親とのたくさんの思い出が浮かび上がり、涙が自然とこぼれ出て来る。
 
 しかし大好きだった父親は、おそらくもうこの世に人として存在していない。
 もう二度と話すことは愚か、会うことさえも叶わない。
 
 悲しみは未だ小さな少女でしかないドラグネットから立ち上がる力を奪ったままだった。
 
 だが、そんな彼女が隠れている壁の向こうでは、白き巨人とその仲間が、トロイホースに至った、超巨大ゴーレムと熾烈な戦いを繰り広げている。
 
「セイバーアンカー、シュート!」
「ヴォッ!」

 一馬の操る白き巨人アインは自身よりも遥かに巨大な敵へ果敢に挑み、
 
「撃滅っ!」

 ニーヤは超巨大ゴーレムの周囲を飛び回り、必死に光の剣で攻撃を加えている。
 
「煌斗! 止めろ! 止めないか!!」

 瑠璃もまた投射機で筒爆弾を放っているも、巨大な敵を倒すには明らかに火力が不足している。
 
 そして必死に戦っているのは一馬達三人だけでは無かった。
 
 ほぼ壊滅状態ながらもそれでも諦めずに空から火球攻撃を加える飛竜隊。
 トロイホースに集っていた数多の冒険者たち。
 ひいては一部の市民たちの中にも勇敢に、超巨大ゴーレムへ戦いを挑む者さえいる。
 
 ドラグネット自身も、力ある自分にはすべきことがあると理解はしている。
しかし立ち上がろうにも膝に力が入らないのはひとえに、父親を失った悲しみが心の大半を占めているからであった。

 その時、錬成壁の裏側で激しい音が鳴り響く。
 驚いて壁の向こうを覗き見ると、アインが超巨大ゴーレムに蹴り飛ばされ、宙を舞っていた。
 
 至る所から阿鼻叫喚が聞こえ、その気持ち悪さにドラグネットは耳を塞ぐ。
 
「やはり……いつまでそこにいるつもりですか?」

 厳しい言葉と共に、小さな影がドラグネットへ落とされた。
 
 錬成壁の上に立ち、ドラグネットを見下ろしていたニーヤが地面へ降り立つ。
 超巨大ゴーレムとの戦いの激しさを物語るように、ニーヤは体中がボロボロだった。
 
「ニーヤ……あたしは……だって、パパが……パパが……!」

 泣いている場合じゃないのは分かっている。しかし父親のことを思うと涙が溢れ出て、身体から力が抜けてしまう。
 そんなドラグネットをニーヤは氷のように青い瞳で睨み返した。
 
「そうですね、貴方の父親は聖騎士に吸収されてしまいました。そして今、その聖騎士は貴方の父親の力を使って理不尽な暴力と破壊を振りまいています。そんな非道を見逃しても良いのですか?」
「そ、それはその……」
「これ以上なにもしないでそこに蹲っているだけだったら必死に戦っていらっしゃるマスターのご迷惑です。即刻、いなくなってください。邪魔です」
「あたしだって今なにをしなきゃいけないかわからないんじゃないもん……でも、大好きなパパが死んじゃったんだよ? 悲しいの! 動きたくても動けないの!! ううっ、ひっく……」
「そういう人は今この場にいりません。だから邪魔だと言ったんです」

 ドラグネットは目の前に降り立ったニーヤの胸ぐらを掴んだ。

「そんな言い方しなくても良いじゃん!! 最近はニーヤも良いところあるのかなって思ってたけど、やっぱお前嫌い! 大嫌い!!」
「どうぞ、勝手に嫌いになってください。それで貴方が今この場で、泣く以外の選択をしてくれるのならばそれで良いです」
「このぉ! ふざけんなホムンクルスの分際でっ!!」

 ドラグネットの平手打ちが、それを甘んじて受けたニーヤの頬を真っ赤に染め上げる。
しかし鉄面皮は一切揺らがず、冷たい視線がドラグネットの胸に突きつけられる。

「そうです、ワタシは使命に忠実なホムンクルスです。だからこそお優しいマスターや瑠璃の代わって、選択を突き付けます。戦うか、逃げるかのどちらかを!」
「――っ!?」

 ニーヤの強い眼差しを受け、ドラグネットの手が緩む。
 自然と視線は超巨大ゴーレムと必死に戦うアインの姿へ注がれた。

「かつてマスターとワタシが迷宮の最深層にいたときのことです。マスターは目の前で、父親のように慕っていたお方と死に別れました」
「カズマが……?」
「はい。その時マスターはたくさん泣きました。ですがすぐに立ち上がり、数多の敵へアインと共に勇敢に立ち向かって行きました。そのお方との約束ーー必ず生き延びるという約束を果たすために、悲しみを乗り越えて」
「……」
「きっとマスターも、ドラに同じように立ち直って欲しいと思っている筈です。悲しみを乗り越えて、新しい一歩を踏み出す勇気を持って欲しいと。瑠璃も、そしてワタシも同じ気持ちです」

 ずっと冷たい表情をしていたニーヤは、優しげな笑顔を浮かべてドラグネットの手をそっと握りしめる。
 とても暖かった。不思議と心が和らいだ気がした。

 確かに父親が死んだことは悲しい。しかし幾ら嘆いたところで、父親が戻って来ることはない。
そして今、この街や、大好きなカズマが危機に瀕している。
 選択はYESかNOの二択のみ。

「ニーヤ……決めたよ」
「そうですか。では、どうしますか?」

 ドラグネットは残った涙をダボダボの袖で拭った。ニーヤの青い瞳に、生気を取り戻した自分の姿が写った。

「もうグジグジ言わない! あたしは戦う! それでパパやみんなを酷い目に合わせた聖騎士をギッタンギッタンのボッコボッコにしてやるんだから!!」
「わかりました! 期待してます、ドラ!」
「あ、あとさ……さっきは殴ったり、ホムンクルスとかいってごめん……」
「構いません。あれでドラの気が晴れたのならよかった……と言いたいところですが、これが終わったのち、お礼に一発ブン殴らせてもらいますので覚悟をしておいてください」

 やっぱり恨まれてたらしい。ドラグネットは己のさっきの行いに苦笑した。
 
 ニーヤは親指で、後ろにある倉庫のような建物を指した。

「あそこには流通用のミスリル鉱石がたくさん貯蔵されているようですよ?」
「ミスリルが……? ああ、そっか! ふふ! じゃあちょっと行って来るね!」
「行ってらっしゃいドラ!」
「あー、でも、勝手につかちゃって良いのかなぁ?」
「非常事態です。それにマスターは、今や何気にお金持ちです。後できっとなんとかしてくださいます」
「そっか、そうだね! カズマお金持ちだもんね! じゃ、またあとで!」

 ドラグネットは走る。
 父親を失った悲しみはある。しかし、ニーヤの真摯な言葉を受けて、今自分が何をすべきか分かった。
自ら戦うことを選択した。

 悲しみを、邪悪への正しき怒りに変えて。
 
(パパ、見てて! あたし、パパの力を使って悪いことをしてるあいつを懲らしめるから! 絶対に、絶対に許さないんだから!)

 ドラグネットは重い倉庫の木戸を開け、中へ飛び込む。
 
 暗い倉庫の中には、袋に詰められて、棚へぎっしりと詰まれたミスリル鉱石が。
 
 ドラグネットはそこから一袋拝借し、肩に担いで真っ赤な炎に包まれた街へと飛び出す。
 
 そして袋からミスリル鉱石を取り出し、夜空へ向かって放り投げた。
 
「いっくよぉ!  今こそ、復活の時だよ! 傀儡召喚(サモンゴーレム)! あたしの最高傑作、ギルバぁぁぁトぉぉぉーっ!!」


*本日、明日、二話更新。続きは夕方頃に。
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