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二章
二人っきりの地下空洞
しおりを挟む「これでほぼ全て…うーん……」
一馬は廃都市の地図へ、最後の探索済の印を付けて難しい顔をした。
「パパ……」
いつもは元気いっぱいのドラグネットも消沈した様子をみせる。
そんな彼女を気遣って、瑠璃は優しく肩を抱くのだった。
廃都市に入って早数日。未だにドラグネットの父親は見つかっていない。
「なぁ、ドラ。お父さんは本当にここにいるんだよな?」
「そう聞いてるよ。聖騎士の冒険者に頼まれて、なんか変なのを追ってここに来たって……」
「変なの?」
「うん。なんか、魔族みたいなのがここに逃げ込んで、放って置けないって聖騎士が言ったらしくて、で、パパもそれじゃあ一緒に行くって言ったらしくて……」
正直なところ、話が漠然としすぎているのではないかと思った。
"妙な何か“を追って一時はここにいたのかもしれない。しかし、今は違う所へ向かった可能性も考えられるし、もしかすると行き違いですでに街に戻っている可能性もある。
「可能性があるとすれば、下か……」
「下?」
一馬の言葉に瑠璃はうなずいて見せる。
「この街の下には下水道が通っているらしい。ここで足を踏み入れていないのは、そこだけだな」
「なるほど……俺は行ったほうが良いと思うけど、瑠璃の意見は?」
「私も一馬の意見に同意だ。今は少しでも可能性があるところへ向かうべきだと思う」
「ドラはどうだ?」
「良いと思うけどさぁ……なんか今日のカズマと瑠璃、距離近くない?」
「「ッ!?」」
ジト目のドラグネットに指摘され、初めて異様に距離が近いことに気がついた。
「そ、そんなことないよ! な、なぁ、瑠璃!」
「そ、そうだ! 一馬の言う通りだ! 妙なことをいうんじゃない!!」
「へーんなの。なんか呼び方も変わってるし。どうしたの?」
これ以上この話題を続けていると、いらぬことを言ってしまいそうである。
「と、ところで、下水道へ行くのは良いけど、地図はあるの!?」
「あ、ああ、地図な! 地図! それは……すまない……」
「ドラは?」
「あたしが持ってるわけないじゃん」
今の戦力ならば大概の問題は解決できる。しかし念には念を押して、地図を作成しておくのが得策である。
「ニーヤ! 今すぐに地下へ向けて周辺探知(フィールドアナライズ)をかけてもらえる!?」
「……」
「ニーヤ!!」
「はい。なにか御用ですか?」
ニーヤにしては珍しく、ぼぉっとしていたようだった。
心なしか、元気が無いようにみえるのは気のせいか。
「大丈夫か?」
「はい」
「本当に?」
「はい。ご心配ありがとうございます。しかし問題ありません」
なんだか出会った頃の、無感情なニーヤに戻ってしまったような気がした。
何か、あるのか。しかしその何かが分からず、一馬はいたずらに頭を痛める。
その時、ニーヤが背筋を伸ばして踵を返す。
一瞬で一馬達を取り巻く空気に緊張が走り、それぞれは戦いの構えを取った。
「敵、来ます!」
崩落した家屋の陰からのっそりと、鈍重な足音を響かせながら岩の巨人ゴーレムが続々と姿を現す。
心なしか作りがより人に近い精巧なできに見えたのは気のせいか?
「突貫しますっ!」
ニーヤは正面に現れた野良ゴーレム集団へいち早く突っ込んでゆく。
「お、おい! 瑠璃、ドラ援護を!」
「わかった!」
瑠璃は投射機で筒爆弾を放物線の軌道で撃ち込み、
「バカニーヤ! 1人で突っ込むなぁ!!」
ドラグネットは叫びつつ、指さきで周囲に滞空していた鳥ゴーレムへ飛び立つよう指示を出す。
ニーヤは援護を受けつつ爆風の中を駆け抜け、両手の甲へ青白い光の剣を発生させる。
ブン! と、心地よい音を上げながら、光の剣がゴーレムの頭と胴を切断する。
一体撃破。
しかし倒れたゴーレムを払い除け、別のゴーレムが空中に停滞したままでいるニーヤで大きな手を差し向ける。
「セイバーアンカー、シュート!」
間一髪、白銀の鎧をまとったアインが自在に動くアンカーを撃ち込んで、ゴーレムを怯ませた。
次いで瑠璃の筒爆弾が到達して爆ぜた。更によろけたゴーレムへ、ドラグネットの鳥ゴーレムが突撃し、爆発して頭を砕き撃破する。
ニーヤは、砕けたゴーレムの破片をステップにして、更に敵集団の奥へと飛び込んで行く。
(ニーヤのやつ、本当にどうしたんだ!?)
いつもは冷静なニーヤには似つかわしくない、独断専行だった。
強い不安を覚えた一馬は、アインを更に前へと進ませる。
そんな中、ゴーレムたちは道を開け始める。その先に居たのは、妙な金色の輝きを帯びた一体のゴーレム。
嫌な予感を抱いた一馬はアインを横へ滑らせる意志を送り込む。
ほぼ同時に、金色に輝くゴーレムが拳を地面へ叩きつけた。
ゴーレムの腕が地面を穿つと、黄金の輝きが迸った。
それは地面を砕きながらまっすぐと迫る。一馬の足元へ瞬時に亀裂が走った。
「うおっ!?」
「マスターっ!!」
ニーヤは目の前のゴーレムを蹴り反転。地面へ沈んでゆく一馬の下へ飛んでゆく。
崩落した地面の破片をステップにし、大空洞となっていた地面の下を進む。
そして、落下し続ける一馬へ飛びついた。
「うくっ――!?」
瞬間、ニーヤの背中に大きな瓦礫がぶつかり、砕けた。
腕は一馬の頭をしっかり包み込んでいるものの、ニーヤから呼吸の様子が感じられない。
「ニーヤ! しっかりしろ、ニーヤ!」
「マス、ターの御身は、ワタシ、が……」
「ニーヤぁぁぁー!!」
一馬の悲痛な声が暗闇の中へ響き渡る。
一馬はニーヤに抱かれたまま、暗闇の中を落ち続けるのだった。
●●●
――再起動術式……確認。左腕大破、左足中破を確認。復作業優先度、意識・基礎運動・左腕・左足順に固定。魔力再循環……再起動始術式始動……――
「ううっ……」
ずっと濁っていたニーヤの青い瞳が輝きを取り戻し、息を吐き出す。
「ニーヤっ!」
「ますたー……?」
「バカ、無茶しやがって……大丈夫か?」
「は、はい。基本的には」
「良かった本当に……」
感極まった一馬は何度もニーヤの頬を撫でながら、無事を喜び涙を流す。
そんな彼の手へニーヤは右手を震わせながら添えてくる。
「ワタシは結構酷いことをされても決して壊れないホムンクルスですから」
「またお前はそういうことを言う……」
「丈夫なのがワタシのホムンクルスとしての価値の一つです。ですが……ご心配ありがとうございます。御心に感謝します」
こんな酷い有様なのにも関わらず、さっきよりもニーヤの表情が幾分か和らいでいるような気がした。
「立てるか?」
「それがその……左腕と左足を損傷してしまったようで……お手数をお掛けして申し訳ありませんが、起立の助力を願えませんか?」
「そんなかしこまるなって。ほら」
一馬は手を差し出し、ニーヤは恐る恐る手を結んでくる。
そのまま手を引けば、意外なほど軽いニーヤはあっさり引きあがったのだが、
「――っ!?」
本人の言う通り左足を負傷しているのか満足に直立できず、そのまま一馬の胸の辺りへ身体を預けてくる。
左腕もだらんと垂れ下がっていて、痛々しいのは少し見ただけで分かった。
「本当に大丈夫なのか?」
「回復を意識・運動中枢へ集中させているので生命維持に問題はありません。そのため左腕と左脚は後回しにしています」
「基本的には元気だけど、左の手足だけが怪我しているってこと?」
「ご明察です」
「治るんだよな?」
「すぐにとは行きませんが、早くとも一両日中には」
そう冷静に語るニーヤはいつものニーヤと変わりなし。
変わりはないのだが、
「何してんの?」
何故かニーヤは一馬の胸の辺りへしきりにおでこを擦りつけていた。
「お気になさらないください」
「いやだって……」
「お願いします。こうしてマスターの身近にいられるのが久々なのです」
「……」
「もうちょっと、もうちょっとだけ……うー! うー! マスターぁー……!」
まるで犬か猫のようにニーヤは唸っていた。
思い返してみれば、ここ数日色々なことがあり過ぎて、あまりニーヤを構ってやれなかったと思い出す。
もしかすると、さっきまで少し表情が硬かったのは、寂しさを我慢していたからなのかもしれない。
しばらくは好きにさせておいた方が良いけど、これはこれで結構恥ずかしい。
しかしどうすることもできない一馬は恥ずかしさを堪えつつも、成すがまま、成されがまま棒立ちするしかできなかった。
【カズマ、カズマ、カズマぁー!!】
と、頭上からドラグネットの声が降り注いできた。
ニーヤを抱き支える一馬の脇へ、岩で形作られた鳥が忙しない様子で舞い降りて来る。
「ドラか!?」
【そうだよ、カズマ! 声が聞こえるってことは無事なんだよね!? そうなんだよね!】
【一馬、ニーヤ君も一緒か!? 無事なんだろうな!?】
矢継ぎ早に鳥ゴーレムから慌てた瑠璃の声が聞こえてくる。
「ニーヤは少し怪我をしてるけど大丈夫」
【怪我を!? 酷いのか!? 本当に大丈夫なのか? ニーヤ君の呻めきのような声が聞こえるのだが?】
ニーヤは相変わらず抱き着いたまま唸り声を上げて、しきりにおでこを擦り付け続けている。
どうやら映像はあっちへ伝わっていないらしい。
「さすがのニーヤも怪我が少し痛むらしいんだ。でも、治療は始まってるらしいから」
【そ、そうか……一馬、すまないがくれぐれもニーヤ君のことを頼む】
「え、ええ、まぁ……」
真面目で優しい瑠璃を少し騙しているようで、なんだか悪いことをしている気分になった一馬であった。
そうしてようやく、この先をどうするべきかを考え始めた。
今いるところはほの暗い洞窟のようなところだった。
脇には僅かに異臭を放つ放つ川が流れていた。天井は迷宮と違ってかなり低い。
おそらくここが、先ほど瑠璃と相談していた、都市の地下に存在する下水道らしい。
(ここにアインを下すのは無謀だな)
一旦ここへアインを降ろしてしまえば、身動きが取れなくなるのは容易に想像できた。
仮に降りられたとしても、昇る際に様々なものを破壊してしまい、また下水道へ叩き落されるのが関の山である。
「瑠璃、ドラ、俺とニーヤは自力でここからの脱出方法を模索してみる。二人は上で待っててくれないか?」
【わかった】
【このゴーレムもうすぐ壊れちゃうから気を付けてね! 絶対にぜーったいに無事に戻ってきてねっ!】
「分かってるって。ありがとう」
一馬がそういうのと同時に、鳥ゴーレムはバラバラに砕けて、砂になって舞う。
もう何も聞こえないはず。
「ニーヤ、周辺探知(フィールドアナライズ)をお願いできる?」
「うー、うー!」
「そ、そろそろさぁ……」
「……はっ!? も、申し訳ありません! 直ちに任務を実行しますっ!」
ニーヤは慌てた様子で一馬から離れた。
と、左足が損傷していることを忘れていたのか、小さな体がぐらつく。
咄嗟に一馬が手を差し伸べて支えると、ニーヤの鉄面皮へ僅かに朱が刺した。
「すみません、マスター」
「良いって。じゃあ頼む」
「はい! お任せください! 周辺探知(フィールドアナライズ)開始(スタート)!」
ニーヤは嬉々とした様子で身体から青い魔力の輝きを放った。輝きはニーヤを中心に波紋のように広がって行く。
その光景を見て、一馬は迷宮でニーヤと出会ったばかりのことを思い出す。
初めての一緒の戦闘。泉エリアでの穏やかな日々。二人でゲオルグの死を涙し、その涙を力に変えて、迷宮から生還したこと。
きっとニーヤと出会わなければ、一馬はとっくの昔に魔物の餌になり果てていただろう。
ニーヤがずっと傍に居てくれたから、状況は過酷そのものだったが、それでも楽しく、孤独を感じなかった。
一馬にとってニーヤは信頼できるパートナーであり、大事な存在。改めてその認識をする。
「解析終了! 東方10kmほど先に外へ繋がる排水口を確認しました」
「よし、じゃあそこを目指そうか」
「最適解です。さすがはマスター!」
「はいはいありがと。んじゃ……」
一馬はしゃがんでニーヤへ背中を向けた。
「マスター、何を?」
「なにって、今のお前歩けないじゃん。だから、ほら」
「そ、そんな滅相もございません! マスターのお背中をお借りするなど、そんな!!」
「命令! ニーヤ、いますぐ俺の背中へ乗っかれ!」
「――ぐっ!? イ、イエス、マイマスター……」
ニーヤはおずおずといった様子で、一馬の背中へ身を寄せてくる。
「失礼します……」
「はいどうぞ、遠慮なく」
多少の重さを覚悟していたが、意外にニーヤは軽くて華奢だった。
(いつも俺はこんな子に無茶をさせてたのか……もっと考えて命令しないと)
そんなことを考えつつ、ニーヤを背負い、一馬は立ち上がる。
「おっし! 行くぞ、ニーヤ。案内はよろしくね」
「はい、もちろんです……よろしくお願いします」
一馬はニーヤを担いで、地下水道を歩き始めるのだった。
応援ありがとうございます!
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