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一章

癒しの泉エリア。ニーヤと二人っきりの穏やかな時。

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「お加減はいかがですか、マスター?」

 目を開けると、青い髪が綺麗な可愛い女の子が一馬を見ていた。
 頭に柔らかい感触。全身は適温の風呂に浸かっているかのように暖かい。
  辺りからは小鳥のような囀りが聞こえ、癒し効果は抜群。
 かなり気持ちが良く、またこのまま寝てしまいそうだった。
 しかしいつまでもこうして居るわけには行かない。
 
「ここは?」
「先刻お伝えしました泉エリアです。現在、マスターは生命の泉に浮かんでおり、回復中です。またこちらは基本的に凶悪な魔物は寄り付きませんのでご安心ください」

 ニーヤは相変わらず無表情のまま、状況を端的に説明してきた。
サイボーグみたいなホムンクルスだから仕方がないのだが、もうちょっとこう、雰囲気をというかそういうのも大事にしてほしいと思うのは、たぶん望みすぎというもの。

「運んでくれたのか?」
「勿論です! 一生懸命頑張りました!」
「ありがとう」
「勿体ないお言葉! 当然のことをしたまでです!」

 明らかにニーヤは喜んでいた。主人登録をしたので当然の反応といえばそれまで。でもこうして喜んでくれるのは嬉しいし、こういう時のニーヤは本当にいい顔をすると思う。
あんまりポンコツだとか考えずに、良かったことはなるべく褒めることにしようと思う一馬なのだった。

「ところでアインはどこに?」
「アインもマスターの傍に居ます」

 ニーヤが指し示す先には、金属シャフト関節以降から左腕を失ったアインが佇んでいた。
 さすがに巨大カマキリを持ち上げたのは無理があったらしい。
 それ以上に気になることもあった。
 
「ニーヤがアインを運んでくれたのか?」
「いえ。アインはここまで付いてきました」
「マジか?」
「マジです」

 一馬は左腕を失ったアインを見た。動く素振りは見られない。
 
(アインが自分の意志で? 人形なのにそんなことありえるのか?)

 しかしこうしてアインが傍らにいるのは紛れもない事実である。
今、考えたところで答えが出るはずもない。
 
(瑠璃先輩と再会したら聞いてみよう)

 と、そんなことを考える中、突然悲鳴を上げた一馬の腹の虫だった。
 体は泉に浸かって心地よいが、空腹までは回復してくれないらしい。

「空腹、ですね?」
「あ、ああ」
「お任せください!」
「ぐわっ!?」

 ニーヤは突然立ち上がり、一馬は水の中へボシャンと落とされた。

「あ、あいつは……!」

 しかしもうニーヤの姿は無かった。
 戦闘や索敵能力は一級品。しかし言動はやはりポンコツ。
 
(まぁ、ニーヤだから仕方ないか)

 とりあえず、そういうことにしておく一馬なのだった。
 
「マスター! 供物をお持ちしました!」

するとさっき飛び出したばかりのニーヤはたくさんの果物のようなものを持って来た。

「はやっ!?」
「こんなこともあろうかと、事前に収穫をしておきました! 全て解析済みです。食用です。ご安心してお召し上がりください!」

 ニーヤは両手いっぱいに抱ええた果物のようなものを無造作に地面へばらまく。
後でモノの扱いは丁寧に行うように言い聞かせようと思いつつ、とりあえずリンゴのような果実を手に取った。

「いただきます」
「どうぞ!」

 ニーヤは青い瞳をキラキラと輝かせつつ見つめていた。
正直食べずらいことこの上なかったが、空腹が勝り、夢中で真っ赤な果実に喰らい付く。
 ぱさぱさして、香りもあんまりなくて、正直美味しくなかった。
 
 もしかして不味いのはこれだけかと思い他の果実へも齧りつく。
 すっぱかったり、味が薄かったり、香りが全くなかったり……正直どれも美味しくない。

「マスター、いかがですか……?」

 さすがのニーヤも一馬の微妙な反応を気取ってか、不安そうに聞いてくる。
 ニーヤが一生懸命取ってきてくれたのだからまずいとはいえない空気である。
 
「あー、なんていうか……果物も良いんだけど、もっと食べ応えのあるものが良いな」
「食べ応えですか?」
「肉とか、魚とかそんなの」
「承知しました! 少々お待ちください。すぐにタンパク質を調達してまいります!」

 ニーヤは再び飛んで、すぐさま姿を消す。まったくもって忙しいホムンクルスである。
だけど、そんな健気なニーヤの様子が微笑ましくも思える一馬である。

 しかし、待てど暮らせどニーヤはなかなか戻ってこない。
 心配になった一馬は探しに行くことにし立ち上がる。
 
 すると、丘の向こうから慌ただしい水音が、聞こえてきた。
 
「おのれ! 大人しくマスターの供物となれ! 光栄なことだぞっ!」

 ニーヤはそう叫びながら、泉に浸かってばしゃばしゃと魚影を追っている。

「ニーヤ、なにやってんだー?」
「マ、マスター! しょ、少々お待ちください! すぐにタンパク質を……おのれ、魚類の分際でッ! ふえっ!?」

 足元が滑ってニーヤは、泉の中へぼしゃんと落っこちた。
 どうやら魚の狩猟は専門外だったらしい。

「ニーヤ、こっちへ来い。命令だ」
「は、はい、マスター……」

 渋々ニーヤは一馬のところへトボトボとやってきた。
 髪も、ドレスのように巻いた麻布も水浸しのビショビショである。
 
「あーもう、そんなに濡らして……」
「ふえっ!?」

 一馬は背嚢から新しい大きな布を取り出して、ビショビショになった―ニーヤの髪を吹き始めた。
 道具の入った背嚢を持ってきて正解である。
 
「な、なにを!?」
「なにって、頭拭いてるだけだろうが」
「別に、ワタシは大丈夫、ですよ!? 人間のように風邪引きませんし!!」
「あー、そうだったけ? まぁ、でも良いから」

 一馬は引き続きごしごしとニーヤの髪を拭いてゆく。そして最後にもさっとなった青い髪を手櫛で整えれば、いつものニーヤに戻るのだった。
 我ながら上手くできたと思う一馬だった。
 
「あ、あの、マスター……」
「ん?」
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ」
「まさか、マスターに、こんなことしてもらえるだなんて……魚もろくに獲れないワタシなんかに……」

 どうやらニーヤは魚が獲れないことを相当悔いているらしい。
凄く落ち込んでいるニーヤの頭を撫でた。
 
「ふぇっ!?」
「気にするな。人間だろうと、ホムンクルスだろうと得手不得手があるくらい分かってるから」
「そうですか?」
「そうだとも。気にするな」
「……はい!」

 ニーヤは俯き加減に頭を撫でる一馬の手を取った。
 さすがの一馬も突然のことに、心臓が跳ね上がる。
 
「ニーヤ?」
「マスター。ワタシは幸せなホムンクルスです。一馬様のようなお優しい方が、マスターになってくださって……ありがとうございます!」

 控えめに言っても素敵なニーヤの笑顔に、一馬は慌てて手を離す。
 
「さ、さぁて、ニーヤ、あの魚を捕まえようじゃないか!」
「はい! ご教授お願いします、マスター!」

 何故、瑠璃に申し訳なく思うのか、良くわからない一馬は地面へ突っ伏した。
そして手で地面を掘りだす。照れ隠しの意味もあった。

「マスター、何を?」
「餌をさ……あっ、いた!」

 一馬はミミズのような生き物を掘り当てた。
 背嚢から長めの縄を取り出し、先端へ括り付ける。
 
「見てろよ」

 一馬はミミズのような生き物を付けた縄を泉へ放り投げた。
 そしてその場へ座り込み、なるべく気配を押し殺す。
 
「何をなさっているのですか?」
「これで魚を釣るんだよ。これなら魚は逃げない」
「ふむ、なるほど。ミールワームを生贄として、たんぱく質源を捕獲するのですね。素晴らしいアイディアですマスター」
「あはは……ニーヤもやってみる?」
「はい!」

 ニーヤにも、同じものを渡して並んでのんびりと釣りを開始した。
 ここは魑魅魍魎が跋扈するファウスト大迷宮の深層である。
 まさかこんな穏やかな時間が過ごせるとは想定外だった。

 そんな穏やかな空気の中、ニーヤの持つ縄がぴんと張り詰めた。
 水面には巨大な魚影が映っている。

「マ、マスター! 接敵しました!」
「よしでかした! 離すなよ!!」

 二人がかりで引っ張るが、敵は激しい抵抗をして見せ、なかなか浮かび上がっては来ない。
 幾重にも編みこまれた縄だから簡単に切れることは無い。糸は切れないが重い。
しかし二人と巨大な魚影の格闘は、膠着状態である。

「ア、アイン!」
「ヴぉっ!」

 一馬はアインを呼びつけ、縄を無事である右腕へ括り付けた。
 
「ニーヤも離すなよ!」
「了解!」
「「そおれぇぇぇーっ!!」」

 一馬とニーヤの声が重なり、アインが右腕を引く。
 
「おお!」
「やりましたっ!」

 吊り上げられたのは一馬よりも遥かに大きく、鎧のような固そうな鱗を持つ巨大魚。
 大収穫である。

 それにしてもニーヤは良い笑顔をすると、一馬は思う。

(なんかもうホムンクルスだって忘れそう。人間だよ、ニーヤは……)

「マスター、何か御用でも?」
「あ、あ、いや! なんでも!!」
「んー?」
「さぁ、タンパク質食べようじゃないか!!」
 
 
 
 
【木偶人形:アイン】現状(更新)


★頭部――鉄製アーメット

★胸部及び胴部――丸太

★腕部――伸縮式丸太腕部×2(左腕大破)
*攻撃スキル:ワームアシッド
*攻撃スキル:セイバーアンカー

★脚部――大クズ鉄棒・大きな石

★武装――斬魔刀×1
*必殺スキル:エアスラッシュ

★武装2――ホムンクルスNO28:ニーヤ×1


*ニーヤの応援を是非……!(笑)
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