ストレンジ・ブラックス

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第十二話 ブレイ・ノース

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「ほんまに大丈夫なんかー?」
「大丈夫だってー!」
特殲本部の廊下に、アスカラーとトウヤの声が響いている。
「そもそも何で倒れたんか教えてもらったん」
「ああ、隊長に?うん、なんか言ってたよ。魔気を過度に制御して能力を使ったから体を循環する魔気が止まってしまって、僕の体が魔気にんだって」
平然と放たれたトウヤの言葉はアスカラーを絶句させた。
(キースが、トウヤの能力を生で初めて見たけど、あんな魔気のやつ見たことない言うて結構びびってたのに、それでも過度な制御なんか……)
「それで、もうそれは治ったんやな?」
「ばっちり!でも隊長に、低級の悪魔には能力を使うなって言われちゃった」
「……第三が低級なあ」
以前のマークの説明によると、第三階級の悪魔は特殲隊員でも相討ちになることがあると言っていたが……
「まあ隊長クラスになると第四以下は低級かあ」
「第五階級の悪魔がソキさ……隊長にとっては妥当なの!?僕第四階級で死にかけたんだけど……しかもキリと協力してたのに……」
動揺したトウヤは思わずソキの名前を言いかけたが、すぐに隊長、と言い直した。
「いや、あの人に妥当なんは第五階級なんかちゃうで。まあただの噂やけど……隊長は第五階級を二体倒した経験があるねんけど、その時隊長はどこにも怪我をしてなかったんやって」
(ええ……)
あまりにも規格外のその話にトウヤは何も言えなかった。
「せやから、妥当な敵言うたら……第六階級かそれ以上……つまり、この前俺たちが見た征連の人らとかちゃうか?」
「そんなに……でも、今の隊長のひとつ前の隊長は伝説だって聞いたけど……第六階級悪魔と相討ちだったんでしょ?」
「トウヤが前に、僕が超えるんはガバル・ゼウマンやー!言うたその人やろ?いやあれは……超人やで。今の隊長が人間離れしてないとは言われへんけど、後にも先にも歴史上最強なんはゼウマンさんなんちゃう?」
む……とトウヤが膨れた顔をした。
「いや、張り合ってるみたいな顔してるけどやなあ。あの人は何故か、悪魔との戦いで能力を使ったことがないらしいねん。よほど危険な能力やったんかなあ」
「え……ちょ、能力使わずに第六階級を倒したってこと!?」
「そう」
大きな声で言ったトウヤにアスカラーが頷いた。
「ゼウマンさんが第六階級と相討ちになったんも何か理由があるって言われてる。何かない限り悪魔に負けるような人やなかったらしいからな」
しかも、とアスカラーは言葉を続ける。
「何よりも言っとかないとあかんのは、ゼウマンさんもそうやってんけど……今の隊長があまり高い悪魔の討伐数が多くないのは、征連側が避けてるからや。第五階級どころか第六階級でも太刀打ちできないほど強いって言われてるのに、あほみたいに征連も隊長の方へは悪魔を放たへんやろ?」
「何?噂話?」
びくっっ!!と、トウヤとアスカラーの体が反射的に跳ね上がった。
「なっ……隊長!!」
「あ、跪くとかそういうのいいから」
すぐに跪こうとしたアスカラーを止めて、ソキはトウヤの隣に立った。相変わらず背が高く、顔は深く被ったフードで見えなかった。
「医務室に向かってるんでしょ、俺も行くよ」
「?キリに用ですか?」
「うーん、まあね」
不思議そうに聞いたアスカラーへの返事を濁して流したソキ。
「それよりトウヤ、体調は回復したの?」
「はい!魔気も普段通りだし今からでも任務行けます」
アスカラーの前とは違い、親と話す小さな子のような話し方をするトウヤの言葉に、ソキが頷いた。
「よかった。……にしてもアスカは結構いい戦力だって今回思ったよ。特殲には治ほどの治癒ができる能力を持ってる人はいないし、治は特殲でアスカだけだから」
「はは、めっちゃ嬉しいです」
言葉ではそう言ったアスカラーだが、心から嬉しそうには見えなかった。トウヤは、以前アスカラーが言っていた言葉を思い出していた。
(アスカは、試験免除で特殲に入ってもいいって言われてたことを、俺じゃなく俺の能力への評価だから、アテにするもんでもない……って言ってた。今のソキさんの褒め言葉も治の能力に感嘆したように聞こえたから、心からは喜べないのかもな)
「はは、可笑しいな」
ソキはくすくすと笑った。
「気に入らなかった?俺の褒め言葉」
「あ、いや、そんなことは」
目を丸くしたアスカラーにソキは笑いながら言った。
「嘘つかなくてもいいよ。空気読めないで有名な俺だけど、きみは分かりやすいな」
「気に入らんとかじゃないです、強いて言うならめっちゃ嬉しいのめっちゃの部分は嘘やったかもってぐらいで」
「そうなんだ?まあきみの持つ要素に魅力を感じたのは事実だから、あんまり気にしないでよ。それよりトウヤ班で動けるのは何人?」
「え!あ、はい!キリ以外の四人です!」
突然業務らしい質問をしてきたソキにトウヤが慌てて答える。
(仕方ないか……)
何かをソキは心の中で呟き、口を開く。
「キリの様子を見てからでいいから街をパトロールしに行ってきてくれる?」
「パトロール!了解!」
任務の依頼に目を輝かせたトウヤは、アスカラーを見て笑顔で言った。
「行こう!」
「トウヤ」
しかしそんなトウヤを引き止めたのは、ソキだった。
「……気をつけて。知らない人に着いてったらだめだよ」
何度も瞬きをして、困ったようにトウヤが笑う。
「分かってるよ、もぉ」
「そう?」
ならいいんだけど、と言いつつまだ何か言いたげなソキにを見てトウヤは何かを感じ、
「ごめんアスカ、キリの様子見に行っててくれる?僕は隊長と少し話してから行くよ」
「え?いいん?パトロールも早く行かなあかんけど」
「今キリのことにキースとリースがいるんでしょ?先にパトロールに行ってって伝えて」
「あ、分かった。ほな!隊長さん、失礼します」
アスカラーは深く隊長であるソキに礼をして、その場から走り去っていった。
「……僕に何か言いに来たんですか?さっきから様子おかしいですよ」
不思議そうに、トウヤがソキの顔を覗き込んだ。
「別に大したことじゃないんだけどね」
ソキの顔は明らかに曇っていた。
「悪い予感がする。……ねぇやっぱりトウヤはパトロールに行かず俺と部屋にいようか」
「またそんなこと言う」
むっとしたトウヤは、ソキの顔を見て頬をふくらませた。
「僕は班長なんですよ。僕だけソキさんの部屋で留守番なんてダメですー」
「ダメじゃないよ、俺が許可する」
「僕が許可しません!何ですか、悪い予感って?」
「……まあ」
微妙な顔で頷いたソキは言葉を続ける。
「よく分からないけど……不吉なことが起きる予感だよ」
「起きると思うから起きるんですよぉ。知らない人には着いていかないし、悪魔を見つけたらすぐに誰かを報告に向かわせるし、特殲で安全のために決められてることは守りますから!」
大丈夫、大丈夫ー!と笑顔で言うトウヤに、ソキが頷いた。
「それならいいんだけど。……勝てない相手だと思ったらすぐに逃げること。班の中でそれは徹底しててね」
ソキはトウヤの腰のあたりをぽんぽん、と優しく叩き、トウヤを鼓舞した。
「了解!パトロールに行ってきます!」
バタバタと音を立ててトウヤが走り出し、ソキは静かになった廊下にしばらく立っていた。
「本当は危ないことさせたくないんだけど……これを乗り越えたらしばらくトウヤが狙われることはなくなるだろうから」
小さな声でそう言ったソキは、振り返ってトウヤと別の方向へ歩き出した。
「今回だけは俺が守るよ。どうせ君たちは、勝てないと思って引き下がるような人じゃないし。だけど、これが終わったら、任務中の俺たちは『隊長と隊員』だ。トウヤの望んでるようにね」

「おーれさま、せいふーくそしきれーんごーう」
奇妙な歌を歌い軽やかにスキップをして街を歩いているのは、白髪にところどころ黒髪の交じった髪色が特徴的な細身で長身の男だった。灰色の衣服を全身に纏っている。雲ひとつない青空の下で、モノクロの世界の住人のような男は不思議なオーラを放っている。
「くろーいあの子を取りにきたー」
ニコニコと愉快そうに笑い、歌をやめて立ち止まった。
「マジでボスが言ってるような、地毛が全部黒の男の子とかいるのかあ?まあこれで俺がその子を連れて帰れば、俺も征連の下っ端卒業だしー?」
どうやら、特殲の宿敵、征連の下っ端のようだ。
「どうやって探そっかなー……ん?」
もう一度スキップを始めようとしたところで、その男は動きをとめた。
「キリはなんで俺の治癒を拒むんやぁ?あんな傷、自然治癒やといつまでかかるか……」
「何か事情があるんだろうけど、心配だよねえ」
トウヤとアスカラーが、向かいから歩いてきた。
「ちょっと」
男が話しかけると、きょとんとした顔でトウヤとアスカラーが立ち止まる。
「その黒髪、地毛だよな?」
「?はい」
トウヤは不思議そうな顔をしたまま、男の言葉に頷いた。
「うわ、すっげ!!すっげー!!触ってもいい!?」
「え!はい!」
あまりの勢いに、トウヤはすぐに返事をした。すると男はすぐに、さわさわとトウヤの髪に触れる。
「うっわあ……まあ触っても何も分かんねえけど!」
またその男は非常に楽しそうに笑う。
「おにーさんも黒の戦士やないですか?」
アスカラーが言うと、男は嬉しそうな顔をした。
「そうそう!よくぞ気づいてくれた!でもその話し方は方言?」
「いや、ただ家がみんなこういう喋り方ってだけで、生まれも育ちもこのへんですよ!」
「へえ!俺、ブレイ・ノース!きみらは?」
ブレイは、人懐こく笑って言う。
「俺はアスカラー・メールド!」
「僕はトウヤです」
不思議そうに首を傾げたブレイが、トウヤに質問をする。
「名字は?言えない?」
「隠してるとかじゃなくて、僕には小さい頃の記憶が無いから、言いたくても言えなくて!すみません」
「へえ!!記憶ないんだ!でもでも、その真っ黒の隊服、特殲だろ?記憶もないのに特殲に入れるのか?」
そう、トウヤとアスカラーは初めて、隊服を着ていた。特殲の隊服は烏のような漆黒。トウヤ班は今日の任務で初めて着用したのだが、トウヤが着ると全身が真っ黒になってしまうのだった。トウヤ班の全員の耳で揺れている黒い龍と白い龍のピアスだけが、少々異彩を放っている。
「うーん……見込んでくれた人がいて」
トウヤはにっこりと笑った。
(その話が本当だとすると、特殲の上層部の人間がこの子を気に入ってるんだろうなあ。誰だろ?)
心の中では征連らしく、特殲を探りたいという精神は持っているようだが、トウヤやアスカラーは全くそんなことには気が付かなかった。
「っていうか能力はなんなんだ?気になるなあ」
ブレイはトウヤにそう聞くが、トウヤはまたハッキリと答えられなかった。
「いや、すみません……秘密なんです」
「え?ああ、そうなんだ?……まあでも、既定能力ではなさそうだな」
「既定能力?」
トウヤはブレイにそう聞き返した。ブレイは、小声で言ったその言葉を聞かれていたのか、と少しぎこちない笑みを浮かべて頷いた。
「知らないか?既定能力は、生まれた時には既に、生涯で扱える魔気の量が決まってる能力のことだ」
へぇ、と目を丸くしたトウヤは、
「それを使い切ったらどうするんですか?」
不思議そうに聞いた。
「……この世に存在する者は、みんな魔気を扱ってる。戦闘をしない一般人も。それは体外からの魔気の圧に対する耐性のためにあるんだ。それがなくなれば、死ぬなあ。……まあでも既定能力の使い手として生まれてくる人の割合は七億分の一くらいだ、しかもよほど無茶をしなかったら魔気を使い切ることはないから、一般人が自分が既定能力として生まれたことに気づくことはないらしい」
(既定能力、か……)
「特殲とかみたいに、普段たくさん魔気を扱う人は計算しながらしなきゃだめなんですか?」
ブレイは首を横に振った。
「聞いたところによるとそうらしい。俺の知り合いに既定能力を持って生まれたやつがいるけど、生きてればなんとなく自分がそうだって自覚するらしいから、まだトウヤくんがそんな感じしないなら大丈夫だろうな」
それから突然ブレイは表情をぱっ、と変えて言う。
「それより今日は何でここに?悪魔でも出たのかあ?」
「いや、そうやなくて……」
トウヤがブレイと出会う二時間ほど前、特殲本部の玄関口に、「これより上級悪魔を連れて都市部への侵攻を開始する」という紙が貼られていた。それを発見したのは副隊長であるマークであり、それはすぐにソキのもとへと伝えられた。一般人の悪戯か征連等敵組織からの予告状のようなものなのか判断するため、マークがソキの命により国中の動きを把握すると、確かに悪魔の大軍が都市部へと向かっていることが分かった。それを迎え撃つべく、ソキはほとんどの全隊員に対して戦闘準備命令を下した。その例外の隊員のひとつがトウヤ班であり、トウヤ班は都市部のパトロールを任務として与えられたのだった。
「ちょっとアスカ、なに任務内容話そうとしてるのー!特殲以外の人にバラしちゃいけないって言われてるでしょ」
アスカラーが口を開きかけたところで、トウヤが言う。
「あっ確かに!何でか分からんけど、ブレイさんには何でも話したくなるなあ」
不思議!と無邪気に笑うアスカラーに、ブレイも笑顔で返した。
「そんな、ブレイさん、とか言うなよ!ブレイでいい!」
距離遠くなるだろー、とブレイが言う。
「ええでも、年上ですよね?ブレイくんでどうですか!」
「お!トウヤくんナイス!よろしくな!」
その陽気さは、これまで数え切れない数の人を亡きものとした征連のメンバーのものとはとても思えなかった。
「ブレイくんも、もしかしたら危ないかもしれへんから家に入ってた方がええんちゃいます?」
アスカラーが言うと、ブレイが困った顔をした。
「それが俺、今家を追い出されててさあ……」
「ええ!どうして!」
驚いたトウヤが聞くと、ブレイはさらに顔を曇らせた。
(いや、テキトーに言ったことだし……何て言おうか)
「あ……ごめんなさい、言いたくないこともありますよね」
「いや、そんなそんな、気にしなくていいけど」
(いい子だ……胸があたたかくなる)
「でも家がないって大変ですよね?いつから……」
心配そうな顔をしたトウヤに、
「3日くらい前かなあ……父に任されたことをクリアしないと家に帰れねんだあ」
ブレイはため息をつくようにそう言った。
(トウヤくんと接触してるのはもう分かってるだろう。それでも俺が彼を連れて帰らなかったら……最悪俺は殺されるかもしれないよなあ)
任務をクリアしないと家に帰れない、というのは本当のことのようだった。
「俺らが手伝えることやったら手伝いますよ!」
そんなブレイに救いの手を差し伸べてしまったのは、アスカラーだった。
「ええ……でも、人探しだからあちこち行くし、きみたちの任務を邪魔するかもだろ?」
それじゃダメじゃねえかぁ、と眉を下げたブレイだが、そんなブレイにトウヤが笑いかける。
「パトロールだから、あちこち行くのは邪魔にならないですよ。家を取り返すために、手伝えますよ」
「ええ……」
(どーしよっかなあ……いや、俺の探してる人ってこの子なんだけど、まだ実力も分からないのに無理やり連れていくための攻撃は避けるべきだろお……?だからと言ってトウヤくん以外に探してる人もいないんだよな)
「じゃあ……しばらく付き合ってもらえるか?」
(征連に連れていくために、仲良くなったって損はないだろ)
トウヤの提案を受け入れたブレイ。
「ぜひ!」
満面の笑みで、トウヤは頷いた。
「じゃあまず向こう探すぞー!」
ブレイが指さした方向に、トウヤとアスカラーが走り出す。
「おー!」
その瞬間、トウヤのポケットから何かが飛び出して地面に落ちた。それにトウヤもアスカラーも気づいていない。ブレイはそれを拾った。
(なんだ……?スマホ?)
手に持たれると勝手にロック画面が表示されるようで、ブレイはそれを見た。
(まさか……これ……)
深刻な顔をしたブレイは、ぎゅっ、とそのスマートフォンを握りしめ、自分の服のポケットへと入れた。

「……まだかなあ。確かにここで待ち合わせてたよな?」
キースとリースは、トウヤとアスカラーを街の噴水の前で待ちぼうけしていた。
「何かあったのかもしれない」
リースは表情を変えずに言う。その途端、キースのスマートフォンが音を立てた。
「ん?あ、トウヤくんからだ。もしもし?……うん?……え、は?……いやいや、何言ってんの?……バカなの?任務中なんだけど?今どこにいんの?」
笑顔で電話に出たキースだが、トウヤから何を言われたのか、途中から強い口調に変わった。
「……とにかくその人と一緒にそこで待ってて」
ため息混じりに言い、キースは電話を切った。
「なんか、道で会った家のない人と仲良くなってその人の何かの手伝いをするみたいなこと言ってた。トウヤくんとアスカを二人にすることが間違いだったよ、アホ二人だ」

「怒ってたなあキース」
トウヤは苦笑して言う。
「いや、市民が家に帰れるようにするんも立派なパトロールの成果やろ」
なぜか自信満々にそう言っているアスカラーだが、その市民とは征連の男だ。
「いいのか?俺なんかに付き合って」
「気にしないでください!それで、誰を探してるんですか?」
「うーん、名前は分かんねえんだけど、外見的な特徴は、白髪で、腰が丸まったじいさんだって。父の親戚かなにかなのかな」
(ひたすらトウヤくんと真反対のことを言った)
ブレイは満足気だった。
「結構当てはまる人いそうだなあ……顔は?知りませんか?」
「え、ああ……顔なあ、知らねえなあ」
(本気で探そうとしてるんだなあ……っていうか普通、初対面の知らない男にここまで協力的なことあるか?トウヤくんもそうだが、アスカラーくんも……俺の能力が原因では無さそうなんだよなあ)
トウヤとアスカラーは真剣な顔をして、ブレイの探し人を見つけ出す方法を考えている。
「……なあ、全然関係ない話なんだけどさ」
「はい?」
「なんで、特殲だったんだ?」
突然そんなことを聞いたブレイに、トウヤとアスカラーは同時に目を丸くした。
「どういう……」
「ああ、いや。純粋に気になっただけだ。特殲ってのは、人のために自分の命を投げ出さないといけない。そんなやつらだって聞いたから」
ブレイのその言葉は本音らしかった。
「僕は……憧れちゃったんです」
トウヤは笑顔で言った。
「僕はずっと守られて生きてきたから、人を護れる人に憧れちゃったんです」
「憧れで……自分の命を捨てられるのか?」
そんな質問にもトウヤは嫌な顔ひとつせずに答える。
「いや、僕は死にたくないですよ」
「……じゃあ人を護らない特殲隊員なのか?」
「まさか!護るために特殲に入ったのに。……死ななきゃ護れない状況になっても、僕は死なないし護りたい人も死なせませんから」
(何言ってるんだ……)
思わずその言葉を口にしそうになったブレイだが、心の中に留めておいた。
「心配せんくても、トウヤみたいなやつは『例外』の部類ですよ」
難しい顔をしていたブレイに少し笑って、アスカラーは言う。
「トウヤは最初っから、最強を目指して入隊したんです。でもそれは普通やない。大抵の人はそれ以外の、身近で具体的な問題や欲望をクリアするために入隊する」
今度は、トウヤが難しい顔をした。
「でも不思議なことに、最終的にはみんな隊長とか班長とかにも……負けたくないって思うようになるみたいですよ。誰よりも強くありたい、誰にも負けたくない。そう思わせるような環境が特殲やって聞きました」
「味方に対抗心を抱くのか?何で?勝っても何も手に入らないだろ?」
心底不思議そうに聞いたブレイ。
「うーん……感情の問題やから、言葉では説明できひんなあ……でも、誰にも負けたくない!って思う時ってたぶんかなりの人にあると思うんですよ。それが敵か味方かは分からんけど……味方なら互いを高めあって、敵なら乗り越える。そうやって強くなっていく組織なんです」
アスカラーはやけに特殲に詳しかった。
「……アスカラーくんは、なんで特殲に?だって入るまでは、超えたい人もいないし、よく殉職した隊員のことが報道されてるから危険だって分かるはずだろ?」
「……うん。特殲には、引退っていう概念がほとんど無いんです。制度はあるけど、特殲隊員として己にそれを許さへん人が多い。やから、過去の特殲隊員の99.9%は殉職してます」
その事実を知らなかったのは、ブレイだけでなくトウヤもだった。
「……それを俺は知ってたのに入隊した。その理由は二つあってですねえ」
少し重い空気になっていた場を切り替えるように、アスカラーが笑顔を作った。
「ひとつは、俺の能力。詳しくは言えんけど、必ず特殲で発揮されるべき能力やと俺は思ってます」
(確かに、治の能力があるからこそ戦闘がすごく安定するんだろう)
トウヤはうんうん、と頷いた。
「もうひとつは……褒められたかったから」
少し照れくさそうに言ったアスカラー。それを聞いて、ブレイは目を見開いた。
「俺の親父めっちゃ厳しくて。俺が戦闘向きの能力やないから、俺にずっと当たり強かったんです。……一回も褒められたことなんかなかった。でも……俺が特殲に入って誰よりも強くなれば、褒めてくれるやろって」
アスカラーは小さな子供のような心を語っていた。
「命を賭けてまで父親に褒められたいとか……自分でも子供っぽすぎると思うけど」
少し切なく笑い、アスカラーは言った。
「それでも俺にとっては、一番の入隊理由です」
(父親に……命を賭けても……褒められたい……か)
ブレイはアスカラーの言葉を心の中で復唱した。
「でも母親はめちゃくちゃ反対してたなあ。……父親はもともと特殲の隊員で十要やったけど、俺が十二のときに死んでもうたから」
「え……」
声をもらしたのはトウヤではなく、ブレイだった。
「部下の人が言うてました。体を持ち帰れんほどひどい状態やった、って。渡されたんは父親が着てた服の一部だけ。あんたもそうなる、って母親はずっと俺に言うんです」
アスカラーはそれを暗い声では語らなかった。
「もちろん俺はそれを否定できひん。やのになんで腹痛めて産んでくれた母親の言うこと聞かんとこんな隊入ったかって言うたら」
笑って人差し指を空へ掲げたアスカラーに、ブレイが目を見開いた。
「俺が死んだとき、父親と胸張って喋るため。どんな形かは知らんけど、特殲隊員の誇りを貫いて死んだ人の息子として恥じひん生き方をしたいんです。一番かっこいい生き方がいい。俺の母親は、そのかっこいい生き方が安全なもんなら心から俺を応援したやろうけど、そうやない」
トウヤは心からの笑顔で語るアスカラーを、柔らかい表情で見ていた。
「父親は俺と関わりたがらへん人やったけど、一つだけ俺に教えてくれました。一番かっこいい生き方は、特殲で人を護ることやって。いろんな愛情をくれる母親の言葉より、たった一つの言葉しかくれへんかった父親に囚われてる俺はアホです」
遠くからキースとリースが怒った顔で歩いてきていた。
「でもやっぱり俺は、死んで父親に会った時、ようやった!って初めて褒めてほしい!」
満面の笑みで言い切ったアスカラーとは裏腹に、ブレイはひどく驚いた顔をしていた。
「えーそんな話初めて聞いたよー!僕も両親のこと思い出したいな」
トウヤはにこにこしてアスカラーに言った。
「……でも……アスカラーくんは、お父さんを、その……敵に殺されたんだろ?その、復讐みたいなことは……特殲に入隊する理由には入らないのか?」
「へ?」
アスカラーは、ブレイの言葉に驚いた顔をした。
(いや……憎むだろうな。生きていてほしかっただろうし)
「まあそりゃ、そいつは俺がぶっ倒す!とは思うけど……復讐って言うたらちょっと意味は変わるような気がする。俺はできれば殺さずに……罪を償わせる方法を探したいと思うかなあ」
当たり前のように、殺したくないと言ったアスカラー。それから衝撃の言葉を続けた。
「それで、どうです?特殲に入る気なりました?」
「……ん、え?」
ブレイは思わず聞き返した。
「え?って、特殲に興味あるから俺らに声かけたんですよね?入隊理由まで聞いてきて」
(ええ……!?いや、俺……征連なんだが……)
あまりの動揺に、その言葉を口に出しそうになる。
「一般人からの募集はもうないけど、僕らが交渉したらたぶん挑戦はできると思いますよ!」
「なーに呑気に勧誘してるんだよ」
ぼこっ!と、トウヤとアスカラーの頭を殴ったのはキースだった。
「いやいや、黒の戦士やで?強そうやん、戦力やんー」
「何のために募集を取りやめたか忘れたのか?」
ばーか、とアスカラーをもう一発キースが殴った。
「あ、どうも!トウヤくんたちにお世話になってます」
ぺこっ、と頭を下げたブレイを見て、キースがいえいえ、と頭を横に振った。
「俺はブレイ・ノース!よろしく」
(ブレイ……ノース)
ブレイが握手のために出した右手を、キースはすぐに右手で掴んだ。
「キースです」
キースは笑顔のまま、右手を離さない。
「……キース?」
不思議そうにキースの名前を呼んだトウヤ。
「ブレイ・ノースさん?家がないって聞きましたけど」
本当ですか?と、キースは言う。
「へ?ああ、本当だけど」
「生まれは街ですか?それとも城下町よりも外の、荒野を抜けた方?」
「……街、だ」
「あなたの父親が家にいるから、あなたは家に帰れないんですよね」
「あ、うん」
「ぜひ家に案内してくれませんか?俺の家はけっこう上の方で、街の情報を管理してるんですけど、ノース家というのは聞いたことがない。家に報告しないとなので」
(……どういうこと?)
トウヤは全く状況が理解出来ていなかった。
「あ、いや……生まれたのは荒野よりずっと先の場所らしくて、それで……街に父と移住してきたんだ」
「移住登録がお済みでないから住所も名前も俺が知らないんですかね……?何にせよ、やはりあなたのお父さんに会いたいんですが」
キースは未だに、ぐっ、とブレイの右手を掴んで離さない。
「い、いや……っだから……っ」
ブレイの呼吸が荒くなる。
「違う、いや……っ、一旦この手を……離してくれ!」
「え?どうしてですか?」
「ちょっと、キース……?」
「いや、その……っ時間を……っ時間がほしい……っ」
困惑しているのはブレイはもちろんだが、キースも同じだった。
「ならひとつ確認させてほしいことがあるんですが、」
「いや、まっ……待ってくれ、俺は……っ自分で言う!自分で言うから!」
声を荒らげたブレイに、トウヤとアスカラーは動揺を隠しきれなかった。
「ぜ……絶対に、リアクションするなよ。俺が今から言う言葉を……復唱したり、とにかくなにか驚いた顔をしたりしても、もう……絶対に駄目だからな!」
焦っているからか、何が言いたいのかよく分からないブレイの言葉に、キースが頷いた。
「ブレイくん……?」
トウヤとアスカラーは、心配そうな顔でブレイを見ていた。
「俺は……トウヤくん、アスカラーくん……きみたちに嘘をついている」
なにか口に出しそうになったトウヤが、何もリアクションをするなとブレイが言っていたために、慌てて口を閉じた。
「……俺の父親が探してるのは、よくわからない腰の曲がった白髪のじいさんじゃなく、髪色が黒一色の青年……つまりトウヤくんなんだよ」
驚きそうになったトウヤだが、なんとかポーカーフェイスを保つ。
「理由は……」
ブレイが、切なげに笑って言った。
「俺の父親はバリル・ノース……征連の幹部だからだ」
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