ストレンジ・ブラックス

こはく

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第一話 同居人の正体

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「ん...」
頭にズキズキと鈍い痛みを感じた。薄く目を開けると、小さな細長い窓から直射日光を浴びてしまった。チリチリと少年の揺るぎない黒色の髪を焼いているようだった。
「まぶし...」
小さな部屋の中にその少年はいた。柔らかいベッドの上でグイッと伸びをして、ゆっくりと起き上がる。
「ここは...」
「やあ、起きたみたいだね」
「わっ」
少年は小さく声を上げた。部屋の中には自分の他に誰もいないと思っていたが、他人の声がしたからだ。少年は反射的に声のした方向を見る。
そこには、背の高い...190cmはあるであろう高身長の、部分的にキラキラと日光に反射する、銀色の髪の男が立っていた。
「ごめんごめん、驚かせちゃったかな」
その男の美しい紅色の瞳が、包み込むように少年を捉えている。
「はじめまして。自己紹介といきたいが、その前にいろいろと説明しなきゃいけないことがある。父君からどこまで聞いていたかは知らないが」
男はカツ、カツ、カツ、と革靴で音を鳴らしながら少年の元まで歩き、ベッドの下から丸椅子を引き出して、座った。それから、少年に目線を合わせる。
「まず最初に言わなければいけないね...ご両親のことはとても残念に思っ」
「あの」
少年が、男の話を遮った。彼の深い黒色の瞳が揺れていた。
「僕は...分かりません」
「え?」
要領を得られず、男が聞き返す。
「何も...覚えていません」
男が目を丸くして...
「あぁ...まじか。そりゃあ...大変だ」
困惑して、肩を竦めた。

「ソキさん!!!!」
カンカンカンカン!
「うわあ!何!何!」
叫んで飛び起きたのは、例の銀髪の男だった。
「朝です!!いい加減起きてください!!」
その男の容姿はあまり変化がない一方で、十歳だった彼は十七にまで成長し、背は伸び、声も変わり、爽やかな青年となっていた。
「あーっもう分かった分かった!トウヤさ、耳元でその音鳴らすの本当にやめてくれない?」
銀髪の男はソキ。黒髪の青年はトウヤと言うらしい。トウヤの右手にはスプーン、左手にはフライパンがあった。恐らくこれらで大きな音を鳴らしていたのだろう。
「ソキさんが起きないのが悪いんですよ。僕だってすぐ起きる人にこんなこと、しないし」
ベッドから立ち上がって伸びをしているソキを見上げて、恨めしそうにトウヤは言った。
「で...ソキさん、今日は朝から何するんです?」
「あさめしー」
ソキは寝癖のついた銀髪をいじりながら言い、トウヤは思わずため息がこぼれそうになるのだった。

「ソキさんは今日仕事?」
トウヤが、ふー、ふー、と熱いスープを冷ましながらソキに聞いた。
「んー」
ズルズル、とソキがコーヒーを啜る。
「今日は休み」
その言葉に、トウヤが眉を顰める。それからゆっくりとスープをテーブルの上に置き、首を傾げた。
「ほんとに、ソキさんって外で何の仕事してるんですか?何回聞いても教えてくれない。たまに仕事って出かける時もピシッとした服は着ないし、第一、休み多い」
ソキが退屈そうに鼻をほじる。
「大したことしてないんでしょうよ」
テキトーにそう言ったソキにトウヤはまた首を傾げた。
「んなことよりトウヤ。今日は剣を鍛えようか」
「え!!ほんと!?」
トウヤが目を輝かせて立ち上がった。ガタン!とテーブルが揺れて、スープが危うく零れかける。
「ああ。俺がいない間に練習した成果を見てあげよう」
ソキはそんなトウヤを見て、嬉しそうに笑って言った。

「やあああああ!!」
バシッ!
トウヤの木刀が、ソキの木刀に当たった。二人は広い武道場のような場所で木刀で戦っていた。
「うん、さすが。ずいぶん良くなったんじゃない?」
ソキが満足気に言った。
「はぁ...っまだまだです」
垂れてきた汗を服で拭いて、トウヤは木刀を下げた。
「だってソキさん、汗もかいてないし、息も切れてない」
「俺と比べるからだよ。第一、トウヤは能力の援助がないからね」
ふぅ...とトウヤが息をついた。
「能力...僕らのせまいアパートの部屋を拡張して武道場にしてるのも、ソキさんの能力でしたっけ」
トウヤの言葉に対してソキが頷く。
「うん。便利なものだろ?トウヤも使えるようになるといいね」
トウヤが頬をふくらませた。
「なんで僕は使えないんだろう……」
落ち込んでいる様子のトウヤに対して、ソキは可笑しそうに笑って言った。
「落ち込まなくていい。トウヤは武術...特に剣術に長けてる。成長すれば、トウヤに並べる人がいないくらいには剣を扱えるようになるはずだ」
「慰めはいいんですよぉ」
トウヤが唇を尖らせた。
「慰めじゃあないよ。トウヤは外を知らないから基準が俺になって、自己評価がバグってるだけ」
ソキの紅い瞳が優しい光を帯びていた。トウヤはその表情に少し安心して、釣られて笑った。
「なら自信持ちます。でも、外に出してくれないのソキさんじゃないですか」
「あっ、そんなこと言わないの。トウヤはまだ弱いんだから...いつか強くなったら、いい所で戦わせてあげるよ」
「やっぱり弱いんじゃないですかーー!!」
ははは、とソキが笑った。
その途端、ブーブー、とソキの携帯電話が震え始めた。ソキがポケットからそれを取り出して、口元で人差し指を立ててトウヤに、静かに、という合図をした。
「...ああ、俺だ」
ソキが真面目な顔で電話に応答する。
「......えーそれ俺行かなきゃだめなやつー?」
『昨日から言ってただろ!!せめて会議の日だけはバックれんじゃねえ!!』
電話越しに、トウヤにまで怒号が聞こえた。
(やっぱサボってるんじゃん)
トウヤはじとーっとソキを見た。ソキは苦笑いで言う。
「んじゃあ今から向かうわ、会議は一時間遅らせて」
『言うのが遅い!!もう開始時間は過ぎ』
ソキはそこで電話を切った。
「...ソキさん。ダメですよ給料もらってるのに」
ぺろっと舌を出したソキに、トウヤはまた冷たい目を向ける。
「今日は残念だけどここまで。また次の機会にはもっと強くなってるのを、楽しみにしてるよ」
ソキが指を鳴らすと、武道場が普通の部屋に戻った。
「はい。じゃあ仕事頑張ってください。帰るのはいつくらいですか?」
トウヤはタオルで汗を拭きながら言う。
「夕方ぐらいじゃない?そんなに遅くはならないよ。何かあったら電話かけてきて」
(過保護だ)
トウヤは笑いながら頷いた。
「分かってますよ。じゃあ、気をつけて」
玄関までソキを見送ると、ソキは扉を開けて外に出てから言った。
「ういー。知らない人が来ても開けちゃダメだからねー」
「何回目ですか?分かってますから早く行って、遅刻魔」
ソキが笑いながら扉を閉めた。トウヤはふう、と息をついて部屋の奥へと戻る。
(筋トレでもしようかな)
トウヤは床に寝転んで、腹筋を始めた。
(僕は十歳までの記憶がない。十歳の時、ソキさんに保護された時からの記憶しか。それからソキさんは、僕のことを弟みたいに可愛がりながら、時折今日みたいに僕を訓練して育ててくれた。でも、僕の本当の親は恐らくもうこの世にはいない。詳しくは教えてくれない...というか、ソキさんは自分で思い出した時に、詳しく説明してあげるよ、としか言ってくれないけど)
ふぅ、ふぅ、と規則正しく呼吸をする。
(正直気になっていないわけではない。ソキさんは何をしている人なのかも教えてくれないし、僕は記憶がある限り一度もこの家から出ていない。言ってしまえば軟禁状態...だけど、僕自身記憶がないから身寄りもない中で、引き取ってくれたソキさんに感謝してるし、信頼してる)
トウヤはある程度息が切れたところで腹筋を止めた。
(外に出てみたい気持ちはある...でも、それは僕一人の好奇心や判断でしてはいけないことのような気がする。僕がそんな風に感じていることをソキさんも分かっているから、外に出ようと思えば出れる程度に外出を禁止してるんだろう。抜け出すにしても、僕一人で生きていけるようになって、ソキさんが僕より弱く...僕がソキさんより強くなってからじゃないと。今ならたぶん、外に出たらすぐに分かられる気がする)
トウヤは少し笑った。そして、地べたに寝転んだまま、しばらく寝てしまった。

ピンポーン、というインターホンの音でトウヤは目覚めた。ぱっ、と時計を見ると夕方になっていた。
(やばいめっちゃ寝てた!ソキさんはもう帰ってきたのか、いつもより少し早いな)
トウヤが玄関へと走り、鍵を開ける手を止めた。
「ソキさんですか?また鍵忘れてった?」
扉の向こうから、そうなんだー、という声が聞こえた。トウヤがチラッと鍵を置いている場所を見る。確かに、ソキがいつも持っていっている鍵が置いてあったままだった。
「はーい、今から鍵開けますね」
トウヤはゆっくりと鍵を開けて...バン!と勢いよく扉を開けた。
「誰だ」
トウヤの手には、一本の刀があった。それを扉の前に立っている男の首元へ当てている。扉の前には男が三人いた。
「お...おお、威勢のいいガキじゃねえか」
「予想していた通り、カルレリアの弟か何かだろうな」
「おいおい、刀なんて持って...俺たちゃ悪いやつじゃねえよ、お坊ちゃんよぉ」
真ん中の男の首に刀を当てているトウヤは、顔色を変えずにもう一度聞いた。
「誰だって聞いてるだろ」
(三人とも体格がいい、もしここで襲いかかられて僕は一人で勝てるか?いや、勝たなくても追い返せば...いや、予想していたってことは、僕を狙ってきたってことだ。ここで僕が彼らと戦わずに追い返したとして、もう一度来ることは目に見えてる)
トウヤは鋭い目で三人を見る。
「おぉー?いや、カルレリアの、友達だぁ、友達...ところでよぉ、ちょっと...着いてきてくれねぇかなぁ」
一人の男がトウヤの腕を掴んだ。トウヤはその手を容赦なく刀の頭で攻撃し、振り払った。
「触るな」
(...こいつ、鍛えられているようだな)
男がふっ、と笑って言った。
「仕方ねぇ、強行手段だ」
ダダダ!!と三人が一気に家の中へと入り込んだ。トウヤはその勢いに対抗して、刀を男たちの首へと振りかざす。
「こっち側の!質問にも答えず!」
一人ずつ男たちが床に倒れていく。
「他人の家に、勝手に、上がり込むな!!」
ドサッ、と三人全員が床に伸びた。
(ただの峰打ちだけどしばらくは動けないはずだ)
トウヤはまず玄関の扉を閉め施錠し、三人を固く拘束した。
「...」
トウヤは黙って三人を見つめる。
(...鍛えたことが役に立った...この人たちがソキさんよりずっと弱くて助かった。でも僕自身、記憶がある中でソキさん以外の人の顔を見るのは初めてだ)
「...家に入れたって知ったら怒るかなぁ」
ピンポーン、とまたインターホンが鳴った。トウヤが眉をひそめた。
(...まず、ソキさんはインターホンなんて鳴らさない。鍵を持っていないことはよくあるけど、その時は僕の名前を呼ぶだけ)
トウヤがふぅ、と深呼吸をする。もう一度刀を鞘から抜き、しっかりと持ったまま玄関扉の前で声を出す。
「どなたですか」
「...君が誰なのかな」
扉越しに聞こえた声は、やはりソキのものではなかった。トウヤは落ち着いて聞き返す。
「この家の者ですが」
ダアアアン!!
大きな音がして、扉がトウヤの方へと倒れてきた!トウヤは慌てて扉を避ける。
「この家の人間は今誰もいないはずだ!」
藍色の髪の男がズカズカと扉を踏んで家の中へと入ってきた。
(な...っ)
トウヤは慌てて体勢を整える。
(さっきの三人とは比べ物にならない)
男がトウヤの目の前に立った。
(この人たぶん...僕なんかより、ずっと強い)
トウヤはぐっと唇を噛んだ。
(でも、扉を開けられちゃったんだから、倒すしかない!)
「らああああ!!!」
トウヤは刀を全力で振る。
(何だ)
藍色の男は間一髪でそれを避けて、トウヤと距離を取った。
(鍛え抜かれている...それも一年や二年でできる動きじゃない。能力は何だ...?分からないままこちらが能力を使うのは危険か)
藍色の男は、一旦距離を取ったものの...一瞬でトウヤとの距離を詰めて、トウヤの右頬に重い拳を入れた。
「ぅぁっ」
トウヤはゴロゴロと部屋の中に転がる。
(ちょっ...っと、だいぶピンチ...)
藍色の男はまたゆっくりとトウヤのもとへと歩いてくる。トウヤは、ぺっ、と口が切れて苦い味がしてきた、血の混じった唾を吐いた。
(いや...冷静に、冷静に...)
トウヤの手は震えていた。それに自分で気づいて、ぎゅっと柄を強く握るが、収まらない。
パチン!とトウヤは突然自分の頬を叩いた。
「同じだ、何も変わらない!」
トウヤは刀を構えて立ち上がる。
「ソキさんの教えはこんなんじゃない!」
部屋の中に、砂埃が舞っている。恐らく先程扉が倒れたせいだろう。
トウヤは勢いよく踏み切り、刀を振り上げた。砂埃の中、藍色の男に向けて、渾身の一撃を、
「ちょ、待っ、今ソキさんの教えって言っ」
藍色の男は何か焦っているようだった。しかしトウヤにそんなことは関係ない。
「出ていけ不法侵入野郎!!!!」
トウヤの刀は藍色の男を斬ろうとしていた。そして肩へと当たる直前、
「ちょ、ちょ、ちょ、トウヤたんまーー!!」
そんな声が聞こえて、トウヤはギリギリのところで刀を止めた。
「え...何してんの?」
ソキだ。ソキが、扉の外れた玄関から慌ててトウヤのもとへと寄ってきた。
「そ...ソキさん!」
トウヤが刀を下ろす。
「さっきから立て続けに知らない人が訪ねてきて」
ソキは、床に伸びている三人、それから藍色の男を見て吹き出した。
「あはははっ」
突然笑いだしたソキを、トウヤが不思議そうに見つめる。
「何で笑っ...」
「トウヤ、こいつは俺の知り合いの、マークだよ」
ソキが藍色の男を指さして言った。トウヤが目を見開く。
「いや...えっと、どういう状況?俺はソキの部屋に知らない男三人が向かっていくのが見えて、念の為玄関まで来てみたら家の中からその男三人の魔気の流れを感知して、強盗か何かかと思って...」
トウヤが青い顔をした。
「えっ...あの...えっ...すみ...っすみませんっ」
それから深く頭を下げて謝った。
「いや...こちらこそすまなかったよ、まさかソキと...その、知り合いとは思わず」
マークが困った表情で言った。
「ソキ、彼は誰だ?お前一人暮らしじゃなかったのか?こんな若い子を...ってか、この子を指導してるのか?それは立場上どうかと...」
「いやぁ、なんでもないんだよ」
ソキはトウヤの頬を見た。
「あれ。殴られたの?」
「え、あっ、いや、でも、誤解なので、」
「...マークが殴ったの?」
ソキの声が低くなった。マークが目を見開く。
(そんなに大事な子なのかこの子は...何者だ?)
「ごめんよ、トウヤくん。君は一体、ソキの何...」
不思議そうなマークに、トウヤは笑顔で言った。
「全然です、焦りましたけど...それよりソキさん、このひとたちは?」
トウヤが三人の男たちを見て言った。
「彼らは知り合いじゃないね。狙いは何だか分かる?」
「えと...たぶん、話してた内容聞いてたら、僕」
ソキが少し考えてから言った。
「この顔...隣国の舞台の男たちだ。しばらく尾行されているのは分かっていたけど、家に行くとは予想外だった。きっとトウヤを使って俺を脅そうとしたんだね」
へぇ...とトウヤが納得したような声を出してから、
「え、どうしてソキさんは狙われるんですか?」
当たり前のことのように言ったソキに驚いてそう聞いた。
「どうしてって、ソキは特殲の隊長だから、狙われることなんて日常茶飯事で、ごふっ」
マークが話の途中でソキに腹を殴られて蹲った。
「え」
トウヤが目を見開く。
「...特殊...悪魔殲滅部隊?」
ソキは気まずそうな顔をしていた。
「隊長...?」
(隠してたのなら先に言えよ!!!)
マークは心の中で叫んだ。
「...まあ実は俺」
ソキが諦めたように開き直って、トウヤに向かって笑顔で言った。
「特殲隊長で...世界最強の男、って呼ばれる、ソキ・カルレリアって言います」
その時トウヤは、今までただ強いだけのサボり魔だと思っていた目の前の男が、初めて異様に大きく見えた。
「ぼ」
そして、トウヤは無意識にその言葉を口にしていた。
「僕を特殲に入れてください」
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