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第8話

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「パパ?木に黒いつぶつぶいるよ?」
「ん?ああ、これはアリ。虫だよ。」
「むしさん……。」
「この木は桜の木なんだけどな、この葉っぱの付け根の丸いところから甘い蜜が出るんだ。アリはそれが大好きで登ってるんだよ。」


 お弁当を食べ終えて、お昼寝の時間の前までもう少し遊ぼうと動き始めた柊とハル。
 ハルはまた滑り台へ直行するのかと思いきや、砂をいじってみたり、近くの草をむしってみたり、愛らしい『探検』を始めた。
 公園をグルっと囲うように植えられている桜の木。今は瑞々しい緑を湛える木々の木陰で、何が面白いのか小石や枝を楽しそうに拾っていたハルが、木に行列を作っているアリを見つけて興味津々だ。


「アリさんは、甘いの好き?」
「そうだよ。」
「木が甘いの?ハルも食べれる?」
「んー、ハルは食べられないなぁ。」


 ワクワクと聞いてきたハルは、柊の返事にしょぼんと肩を落とす。
 小さな背中が尚更小さくなって、柊は込み上げる笑いを噛み殺した。


「そっかぁ、食べられないかぁ……。ざんねん……。ねぇ、パパ?この木、さくらって言った?」
「うん。」
「さくら荘のさくら?」
「おっ、よく気づいたな。そうだよ、さくら荘の桜。今は葉っぱで緑だけど、春に花が咲くと木がピンク色になるんだ。綺麗だぞ。」
「……はるのさくら……。ハルのお花だね!」


 重なる緑から射し込む木漏れ日に、ハルの眩しい笑顔が重なる。
 どこよりも、何よりも暖かい陽だまりに、柊はたまらなく笑って我が子を抱き上げた。


「……桜が咲いたら、一緒に見に来ような、ハル。ハルとパパとママと、三人で。」
「うん!パパー、約束ね!」
「ああ、約束だ!」


 おでことおでこをコツンと合わせ、それがしるしとでもいうように笑い合った二人。
 そして柊は決意を込めて、その腕でギュッとハルを包み込む。


 ──ハルは俺の息子だ。俺と、菜々の……。絶対に手放さない。ハルと一緒に、菜々を見つけ出すんだ!


 ハルの柔い温もりが、柊に道を示してくれていた。
 不思議な存在の我が子。それを何故か始めから知っていたかのように、全てを都合よく行かせてくれた人間がいる。


 公園を堪能しさくら荘の部屋に戻ると、ハルはあっという間に可愛い寝息を立てはじめた。
 そして今すぐにでも階下の部屋を訪ねたい気持ちに拳を握りしめながら、穏やかな寝顔を見つめていた柊は、ドアの向こうに人の気配を感じ、ハッと顔を上げる。


 ──やっぱり、あの人も……。


 柊がゆっくりと玄関のドアを開く……。
 そこには優しく微笑む紅葉が立っていた。


「話をしようか?柊くん。」







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