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第4話
しおりを挟む「な、んで……君がそれを持って……?」
「…………。」
「ハルくん!頼む、教えてくれ!これ誰にもらったの!?」
柊は顔色を変えてハルの両肩を掴む。
「ハルくんっ!」
「……っ、っく、これ見せればわかるって……っうくっ、パパわかるって……。」
本人は必死に泣かないようにしているのだろうが、言葉を紡げばハルの口からは嗚咽がもれた。
その手の中にある柊の結婚指輪は、切断されてリングではなくなっている。
「だから、それは誰に!?」
さくら荘に来てから初めて……初めて感じた菜々の気配。小さな手がかり……。
柊は相手が幼い子供だと言うことも忘れ、無我夢中で詰め寄ってしまった。
ビクリと震える肩。とうとうハルは大粒の涙を零し始める。
「っ、うっ、わ、わかんないぃ!わかんないのぉ……っ!」
「………っ……。」
泣きじゃくるハルに、柊は慌てて手を離した。そして険しい表情のままその手を握り締める。
「柊くん。ちょっと落ち着きな。」
「紅葉さん……。俺……。」
「ハルくん。おばちゃんとこおいで。」
ずっと口を挟まずにいた紅葉が、慣れた様子でハルを抱き上げた。
「おばちゃんね、ハルくんのパパと同じで、このさくら荘に住んでるの。紅葉って言うんだ。」
「うん……。」
「ハルくん、頑張って一人で来たんだもんね。偉かったね。」
グズグズと鼻をすすり上げるハルの背中を、紅葉は穏やかにトントンと叩く。
ゆっくりと落ち着いてくる呼吸を感じてから、彼女はハルの顔を覗き込んで問いかけた。
「ハルくんはいくつかな?」
「……四歳……。」
「おっ、ちゃんと言えたね。ハルくん、ここに来る前は何してたの?」
「……?えっとね、……寝てた。」
「そう。それじゃ、誰かに起こされてパパのとこ来たの?」
「うんっ。あのね、真っ白な髪のね、人。」
「その人とどんなお話したか、覚えてる?」
「えっとね……。パパが一人で寂しいから側にいてって。これ見せればわかるよって。……あとは……。」
「あとは?」
「……えっと、『パパが思い出せば戻れるよ、きっと』って言ってたよ!」
ちゃんと伝えられたことが自分でも嬉しかったようで、ハルは涙でグチャグチャなままくしゃりと笑う。
一方の柊は、ハルの言葉に呆然と立ち尽くしていた。
──『思い出せば、戻れる』……戻れる?……あれ?俺、何か大切なこと忘れて……俺は、一体……?
「……うくんっ、柊くん!」
「っ、はい!」
いつの間にかギュッと目を瞑っていた柊が、紅葉に呼ばれ我に返る。
「柊くん、とりあえず、今日はハルくん私が預かるよ。」
「えっ?」
「柊くんは一度部屋に戻って、どうするのか……どうしたいのか考えてみて?ハルくんのこと。」
「えっ、でも……そんな……。」
──俺が、どうしたいか?
「届け出だの、手続きだの、そういう大人の事情は考えなくていいよ。私がなんとか出来るから。」
「なんとかって……ちょっと待って、紅葉さん!」
「柊くんは、今、何を求めてる?ただそれだけ、考えてごらん?」
「………っ……。」
柊が唇を噛みしめる。
彼が求める『何か』。それは、ただ一つだった。
紅葉に抱かれたままのハルが柊に向かって手を差し出す。それに応え、そっと手を伸ばした彼の手のひらに、ハルの小さな手から指輪がトンッと落ちた。
「それ、パパの。」
「……うん。俺の……だよ。……ありがとな、ハルくん。」
ハルが何者なのか?
どうして指輪が切れているのか?
これをハルに渡したのが誰なのか?
柊を混乱させる疑問はいくつもあった。
それでも、ただ、今は……失った大切なものの欠片が一つ自分の元に帰ってきたことに、どうしようもなく心が震え、満たされていくのを素直に感じていたかった……。
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〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
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〈あらすじ〉
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喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
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懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
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