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23 それぞれの道
しおりを挟む師走──。
南領で育ってきた僕には、蒼の都の冬は本当に厳しく感じた。
先の事件で白雪は、華妃である僕を殺害せんとした罪で裁かれた。
出来ることならば史龍様に皇弟として表舞台に立っていただきたかったけれど、現実はそんなに甘くはない。
保守派の筆頭、玄武一族の力が削がれても、まだまだ賤を蔑む思想は蔓延ったままだ。
だから、結局真相を公には出来ず、白雪が僕に嫉妬した後宮の愛憎劇の扱いになってしまっている。
◇◇◇
「おわかりとは思いますが、今必要なのは、主上の後宮が既に揺るぎないものとなり、落ち着きを取り戻していると、皆に知らしめることです。」
この日、僕は静妃と淑妃をお茶に招き、おもむろに話を切り出した。
「そこで、冬至の宴では、私たち三人で舞台に立ち何か披露出来ればと思うのだけれど……。」
「まぁ、蓉華妃様とご一緒に立たせていただけるんですか?」
「光栄なことですわ。」
妃となった二人はその地位に相応しい貫禄を見せ、後宮の改革に力を貸してくれている。
「僭越ながら……、静妃様は箏の名手と伺っております。わたくしも箏はそれなりに嗜みますし、わたくし達が演奏して蓉華妃様に舞っていただくのはいかがでしょう?」
「よろしいと思いますわ。冬至の宴は、庭園ではなく陽華殿の大広間でありますし、舞台の広さ的にもちょうどいいかと……。」
「蓉華妃様、衣装はどう致しましょう?」
「揃いで仕立てるのも楽しそうですわね。」
「蓉華妃様は、お好きな色など……。」
わかっていたつもりだったけれど、女性二人の勢いが止まらない。
しかし、妃になり初めての宴で僕と一緒では、難色を示されるかと思っていたのに、拍子抜けするほどすんなりと話が進んでしまった。
しばらく後宮内の空気が張り詰めたままだったせいもあるのだろう。
久しぶりの華やかな話題に、静妃も淑妃も楽しそうだ。
「襦裙を揃いにして、披帛を色違いにしてはどう?」
ポロッと口にしてみれば、更に勢いづく二人……。
「「まぁ!それがいいですわ!」」
長引きそうなこの話題に、僕は雀玲に目配せしお菓子を追加させたのだった……。
それからしばらくしたある日──。
珍しく淑妃が一人、僕を訪ねてきた。
「お時間を頂戴し、ありがとう存じます。」
恭しく礼を執る彼女は、いつにもまして真剣な面持ちだった。
「さあ、掛けて。」
「はい。……蓉華妃様。人払いを、お願いしてもよろしいでしょうか?」
後宮で妃嬪同士の時は、人払いと言っても内侍頭だけは残るんだ。
広い部屋で四人だけになると、淑妃は顔を隠していた団扇を置き、真っ直ぐに僕を見つめた。
「蓉華妃様。わたくし、これから主上にお褥すべりを申し出ようと思っております。」
『お褥すべり』とは自ら夜伽の辞退を申し出ることだ。
それは主上のお渡りが、二度となくなることを意味する。
「淑妃、それは!」
「蓉華妃様。わたくしはこれでも後宮では先達にございます。主上が何故朱雀を指名し、男子である蓉華妃様を入宮させたのか、理由は正しく理解しているつもりです。」
「淑妃……。」
──自分は子が産めないと、知って……。
「ご存知の通り、私は仕事として後宮に上がりました。その私が妃となり四殿の一つに入れるなどとは、考えたこともございませんでした。……私は主上より年上、もう二十八にございます。これ以上、お情けを頂戴する歳ではございません。」
そう語る淑妃は、本当に清々しい笑顔だった。
「妃嬪の一人として、尽くすべきは主上。ひいてはこの国。この国の安泰のため、今は主上にお世継ぎを儲けていただくことが急務。そして、皇子をお産みするのは、蓉華妃様でなくてはなりません。」
かつて、給金のためだけに後宮にいるのだとうそぶいていた彼女。
淑妃は妃嬪として、どこまでも立派だった。
「そなたの想いはよくわかった。私も主上のため、この国のため、全てを捧げる覚悟でいます。共に主上をお支えしましょう。」
「勿体ないお言葉にございます、蓉華妃様。」
それぞれが、自分の道を選び出していた。
そして、僕はこの方の決断とも向き合うことになる──。
久しぶりに訪れた冷宮。そこには孝龍様と氷翠殿もいらしていた。
「朱寧、地下道は滑りやすかっただろう?大事ないか?」
「はい、大丈夫にございます。」
孝龍様が僕を甘やかすのに、氷翠殿だけでなく、史龍様もすっかり慣れてしまわれたようで、僕をその腕の中に囲い入れ離さない主上を当たり前のように見ていらっしゃる。
以前はここで、恥ずかしいからと離れようとしていたけれど、そうすると、夜にその……大変なお仕置きをされてしまうと、嫌というほどにわかってからは、僕は素直にお側にいることにしていた。
「相変わらずの溺愛ぶりですね、主上。」
氷翠殿のこういった言葉にも、少しだけ耐性がついてきたかな。
「はぁぁ……。本当に、お前に預けるのか……。私の大切な弟だと言うのに……。」
嘆息しつつ呟かれた孝龍様の言葉に、僕はハッとして史龍様を見る。
美しい薔薇の如く染まってゆく、史龍様の白い頬。
氷翠殿は孝龍様に負けじと、史龍様をその腕の中に抱き寄せた。
「おめでとうございます、史龍様!」
「蓉華妃様……。ありがとうございます。」
詳しい話を聞きたくてうずうずしてきた。
史龍様は子供の頃から氷翠殿に恋していらした。
氷翠殿は?いつから史龍様を意識していたのだろう?
「朱寧。随分と嬉しそうだな?」
「当たり前です。大切な弟君の恋が成就したのですよ?嬉しいに決まっているではありませんか!」
本音では根掘り葉掘り聞いてみたかったけれど、そこは華妃としての品位を保ちグッと我慢する。
史龍様は氷翠殿から正式に求婚された。
きちんと手順を踏み、主上に結婚を願い出たようだ。
「本当なら史龍として嫁がせてやりたかったが、今はまだ難しい。史龍は公主の水蓮として氷翠に降嫁させることになった。」
「そうですか。でも、お二人が幸せなら、それが一番です。」
僕はニッコリとそう伝えた。
「あの、兄上。少々、蓉華妃様をお借りしてもよろしいですか?」
「ん?どうした?史龍。また内緒の話か?」
「え、ええ、まぁ……。」
「史龍様、内緒話とは聞き捨てなりませんね。」
主上の御前だというのに、甘く問いかける氷翠殿は、流石というかなんというか……。
「ひ、氷翠殿っ。私はただ、妻として先輩である蓉華妃様に、色々……お聞きしたくて……。」
最後の方は、恥じらい俯いてしまった史龍様。
──あぁぁ、本当に可愛らしい方!
「賤同士にしかわからぬこともあるのです。さぁ、史龍様、あちらへ参りましょう。」
僕は史龍様の手を取り、隣の部屋へと場所を移した。
「ありがとうございます、蓉華妃様。」
隣室にも小さめの円卓があり、僕たちはそこへ腰掛ける。
小さな迷いを見せる史龍様に、僕は出来うる限りの優しさを込めて声をかけた。
「それで、本当のお話は?」
僕の問いに僅かに驚き、それから史龍様は言葉を探すようにゆっくりと話し出す。
「私は……氷翠殿に嫁ぐことが決まって、正直迷いもあったのです。」
「迷い?」
「はい……。このまま、皇弟としての身分を明かすことなく、自分の幸せだけを求めていいのだろうかと……。」
「史龍様、それはっ……。」
「わかっています。私が今、皇弟……しかも賤でありながら生き長らえた皇弟だとわかれば、主上の立場が揺らぎかねない。混乱を招くだけだということも……。」
「…………。」
「でも、このまま何もせず、宮廷から離れたら……。」
僕はどこか泣きそうな彼の手にそっと触れ、その言葉を切った。
「史龍様。私はこれから大それたことを申します。お許しいただけますか?」
「はい……。」
「私は、後宮に入り様々に向き合ううちに、この国の賤の在り方を変えたいと、強く思うようになりました。蔑まれることなく、堂々と賤が生きられる国にしたい。」
「蓉華妃様……。」
「私はそのために、皇后の座に就かねばと思っています。きっと私の願いを叶えるためには、途方も無い時間がかかる。それでも、諦めたくはないのです。」
その瞬間、史龍様の顔つきが変わった。
未来を見据えるその目から、全ての迷いが消えていく。
「私は必ず皇子を産みます。言葉を発する力を手に入れる。ですからどうかその時は、史龍様もお力をお貸し下さい。宮廷の中と外。それぞれに出来ることがあるはずです。」
「はい!必ず、必ずお力になります。私も考えます。何をすべきか。今の自分に出来ることを!」
諦めない。
僕たちはきっと、このために生かされてきたんだ。
◇◇◇
静かに雪が降りしきる。
僕は静妃と淑妃と共に、冬至の宴の舞台に立った。
二人の素晴らしい箏の音に合わせ、溜め息が漏れ聞こえる中、僕は舞う。
主上の後宮は盤石だと、皆に知らしめるために……。
そして、公主・水蓮様も、御簾越しのまま宴に出席された。
長らくの療養を終え、この度降嫁が決まったことを主上が告げる。
「公主の降嫁は来春とする。国の慶事である。臣下は礼を尽くせ。」
「「御意。」」
足固めの冬が過ぎていく──。
僕が取り仕切った内侍登用試験も無事に終わり、新たに五十人が採用された。
無力で、ただ隠れ生きてきた僕……。
今は主上のお側で尽くせることが、只々幸せだったんだ。
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