【完結】藤華の君 あかねの香

水樹風

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「内侍を、試験で選ぶのですか?」


 神無月も終わりに近付き、今夜は祭祀を終えられた主上の十日振りのお渡り。
 不寝番の葵と雀玲が下がり、寝所で夜食を召し上がる主上へお酌をしていた僕に、孝龍様は唐突に試験の話を始められたのだ。


 玄武を後宮から一掃したあと、内侍や下女の数がかなり減ってしまい人手不足ではあった。
 孝龍様は今まで貴族や御用商人の口利きで入宮させていた内侍を、今後は試験登用したいと考えられたらしい。


「先帝が進めて来られた官吏の登用試験も一昨年から始めて形が出来てきた。後宮に仕える者たちも、縁故ではなく実力主義にするべきだろう。」
「確かに、権力ちからの均衡のためには良いかもしれませんが……。ただ……。」
「ただ?」


 政に口を挟むのは出過ぎた真似だ。
 でも、後宮に入る妃嬪の気持ちも、僕には痛いほどにわかる。


「朱寧。」


 迷っている僕の手に、孝龍様の温もりが重なる。


「遠慮することはない。思うところを申してみよ。」
「はい。……妃嬪は、やはり自身が信頼出来る者を、側に置きたいと思うのです。」
「なるほど。ではどうする?」


 主上の問いに、しばし思案した僕は、考えを整理しつつ言葉にしてみた。


「登用試験を行うのは、後宮十二司に入る者たちに限定してはいかがでしょう?妃嬪付き内侍も統括権は尚侍に与え、人選のみ妃嬪が行えるようにして……。ある程度側付きの人数を制限すれば……ん?主上?」


 孝龍様が嬉しそうな笑みを浮かべて、ずっと僕を見つめている。
 この笑顔は、何の笑顔だろうか?


「そなたは立派に華妃として、後宮の主たる器があるな。」
「孝龍様……。ありがとう、ございます。」


 褒めていただいて、ただ純粋に嬉しかった。


「では、内侍の登用試験は蓉華妃に任せる。良いな?」
「えっ?任せるって……あのっ!」


 ──華妃の僕に、そんな権限は……。


 満足げに杯を空にされた孝龍様は、そんな困惑しきりの僕を構わずに抱き上げる。


「孝龍様!お待ち下さいっ。」
「なんだ?朱寧。十日もそなたに触れていないのだぞ。これ以上焦らすのか?」
「いえ、そうではなくて……!」


 孝龍様は僕を大切に寝台に寝かせて下さった。
 羽織っていた衣を脱ぎ去り僕の隣に横になると、孝龍様は僕の夜着の合わせから大胆に手を滑り込ませる。
 漆黒の艶髪がハラリと僕の顔にかかり、麗しいその香りが鼻をくすぐって、僕の思考を呆気なく麻痺させていった。


「どうした?朱寧。もうこんなに目を潤ませて。」


 のしかかる体の重み。孝龍様の兆しを感じ、背筋が粟立つ。


「孝龍様の御髪おぐしがこうして落ちてくると……僕、堪らなくなって……。」
「髪がか?」
「孝龍様の香りが、いっぱいで……ん、んぅ……。」


 この野獣のような口づけのあと、僕が煽ったんだと言われ、朝までずっと蕩かされ、僕はいつも通りぐずぐずにされてしまったのだった……。





 ◇◇◇





 その後、陽華殿付き内侍だった蓮玉れんぎょくが新しい尚侍となり、典侍はそのまま撫菜が務めることとなった。

 今、四殿は涼華殿しか使われていない。
 しかし玄武と白虎一族からは当面の間、妃の輿入れは難しい。
 そこで主上は、他の一族の妃嬪でも妃の位に相応しい者がいれば、四神の祝福を受けたという形で四殿に入ることを許されたんだ。


「朱寧。私は今後、新たに妃嬪を迎えるつもりはない。だが、静嬪と淑嬪は、東宮時代からずっと私に仕えてくれている。それなりの待遇を与えてやりたい。」
「私から申し上げることはございません。主上のお心のままになさいませ。」


 ここは後宮。主上のお心を独り占め出来る場所じゃない。
 でも、孝龍様は間違いなく、僕を大切にして下さるから……。



 霜月──。
 奥宮にいた二人は妃に格上げされ、雪華殿に静妃が、萩華殿には淑妃がそれぞれ入った。
 僕は年明けに行う内侍の登用試験の準備に忙殺され、慌ただしく時間が流れていく……。


 そんな中、僕に流産の後初めての発情期が来た。
 蜻蛉曰く、まだ子が成せる状態ではないと言う。
 けれど僕は、体が少しずつでも元に戻り始めたことに、心からの安堵を感じていたんだ。


「本当ならば、一日中番の側にいたいと言うのに……!」


 昼間は主上の政務を休むわけにいかず、孝龍様は夕刻の早い時間に毎日お渡り下さる。
 孝龍様がいない時間、僕は番の衣をかき集めて巣を作り、そこで愛しい香りに包まれて発情の熱に耐えていた。

 夕刻に近づいてくる僕だけの秀の香り。
 僕は番の姿を捉えたとたん、貪るように口づけをねだり、おなかを満たし尽くすまで、離れないでと泣いて縋った。
 僕が乱れれば乱れるほど、孝龍様は主上ではなく、僕の愛しい番になって下さったんだ。


「孝龍様……好きです……孝龍様ッ!」


 この名前を呼ぶことを許されて、なんて幸せなんだろう……。


 そして七日目の朝──。
 発情の熱が引いた僕は、隣に眠る孝龍様の胸や首筋に、幾つもの赤いしるしを見つけ、サーッと血の気が引いていったのだった……。











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