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20 覚悟の罠
しおりを挟む長月。秋分の宴。
この宴に後宮から出席出来るのは、皇后と正一位の華妃だけだ。
「朱寧、あれは秀である矜持が全ての者だ。賤であるそなたが上に立てば、必ず激昂して動くだろう。」
「はい。」
「矢面に立つことになるぞ。」
「大丈夫です、孝龍様。僕は、一人じゃないですから。」
──僕も、史龍様も、覚悟は出来てる。
秋分の宴では、実りへの感謝の舞を華妃に仕える内侍が舞うことになっている。
華妃付きともなれば、内侍にもそれなりの素養が求められるんだ。
僕は宴の数日前に、主上から華妃の位を賜り『蓉華妃』となった。
そして涼華殿の舞手として、史龍様が舞台に上がる。
ギリギリに華妃となったのは相手に動く時間を与えないため。
そう、橘華妃に……。
◇◇◇
蜻蛉をひっそりと藤の庭に呼び出したのは、冷宮へ行ってすぐのことだった。
僕の思った通り、蜻蛉は僕の質問に理由を尋ねることなど一切なく、ただ必要な事実だけを口にする。
「左手首に縦に三つのほくろ。……雪華殿様ですね。」
あまりにも呆気なく示された人物。
でもそれには疑問が残る。
橘華妃様は五年前の事件の後、秀を判別するための検査を受けたはず。
何故後宮に留まっているのか?
僕は絡まる思考の糸を整理しながら、更に蜻蛉へと問いかけた。
「蜻蛉、まだいくつか教えてほしい。」
「はい。」
「後宮で行う秀の検査は入宮時に一度だけか?」
「いえ、実際は抜き打ちで年に幾度か。」
──まぁ、史龍様が狙われてるんだからそうするよね。
「その検査を詳しく知りたい。」
「はい。飲んでいただく薬湯は秀の発情を促す物です。尚侍様、典侍様立ち会いの元お飲みいただき、効果が出始める一刻後に薬司の者が確認に伺います。妃嬪の皆様の確認は後宮薬師が致します。」
「なるほど。検査は妃嬪と内侍のみだな?」
「左様にございます。」
先日、奥宮で賤を襲ったのは下女だった。
検査は抜き打ちだし薬は本人が飲まなきゃならないだろう。
でももし、確認の時に別人になっていたら?
「最後に一つ。そなたが後宮薬師になってから雪華殿での検査は?」
「しておりません。」
──やっぱり……。橘華妃様が蜻蛉を懐柔しようとしていたのは、この為か!?
「よくわかった。蜻蛉、ご苦労でした。帰りもこの者の指示に従うように。」
「はい、蓉妃様。」
葵がまたひっそりと、蜻蛉を涼華殿から連れ出して行く。
「撫菜、いるね。」
「はい。」
「奥宮の御簾越しの君、一人は水蓮様のことでしょう?もう一人は?」
「悠嬪は我が部下にございます。」
「やっぱりね。ということは……。」
必要な駒を、あの人が見つかりやすい手元に置くわけがない。そうなれば奥宮のどこか……。
いくら広い奥宮とは言え、下女が一人になれる場所はそうそうない。加えて発情など起こしていたら、誰かしらがすぐに気付くだろう。
「撫菜、奥宮の三人付きの下女を調べて。それから、主上に冷宮でお会いしたいと伝えて。」
「かしこまりました。」
『私はずっとそなたと共にありたい。だが私は帝だ。私の周りには黒い思惑が付き纏う……。蓉妃は必ず守る。しかしそなたも、か弱いだけの妃ではないはずであろう?』
僕の中に蘇る、あの日の孝龍様の言葉。
試されている。僕の力が。
正直まだ怖い。この後宮という世界が怖くてたまらない。
「蓉妃様、東屋にお茶をご用意致しました。少しゆるりとなさいませ。」
「そうだね。ありがとう、雀玲。」
雀玲が元の姿だったのは、僕が子を失った時だけだった。今はまた、黒髪の雀玲だ。
「ねぇ、雀玲。どうして雀玲は、僕の側に居てくれるの?」
東屋で椅子に腰掛け、お茶を淹れてくれる雀玲にポツンと尋ねると、雀玲はほんの一瞬だけ僕を見てから、また流れる美しさで手を動かしだす。
「どうされました?急に。」
「……うん……、なんとなく。」
「そうですね……。朱寧様が、好きだからですよ。」
「好き?」
「はい。家族、ですからね。」
「……そっか。」
──家族、か……。
「僕も、家族を守れるかな?」
──孝龍様を……。史龍様を……。
「蓉妃様は立派に妃を務めておいでですよ。後宮に入られたばかりの頃は、ご自分が生きることだけでしたでしょう?」
「……うん。」
僕はもう、一人じゃない。
それから僕は、冷宮で孝龍様に答え合わせをお願いした。
孝龍様が前々から玄武を探っていたのは知っていたし、僕が動くことで台無しにしたくはなかったんだ。
そしてどうやら、僕の考えは合っていたらしい。
「そもそも、橘華妃様は何故こんなことを?主上を害すれば華妃としての立場が揺らぐというのに。」
「……氷翠に、改めて玄武の内情を探らせたんだ。」
「氷翠殿に?」
「ああ。奥宮での賤の襲撃事件の後、当主であった橘華妃の叔父はその地位から引きずり降ろされ失脚している。その後当主となったのは橘華妃の双子の弟だが、実際のところ権力を握ったのは、秀である橘華妃の母親だ。」
「母親?何故、母親が?」
「あの者は母親を使って弟を傀儡にし、自ら玄武を支配しようと、邪魔者を消したらしい。」
「……なっ……!?」
孝龍様の話を聞けば聞くほどに、僕は寒気がしてくる。
橘華妃、白雪という人は、己が頂点に立つという恐ろしい欲望のため、己を認めなかった者に復讐するためなら手段を選ばない。
それが人の命を奪うという行為であったとしても、己の悲願のためならば全てを正当化しているのだ。
「主上は、いつから橘華妃様のことを?」
「雪華殿はずっと警戒していたが、史龍を襲った本人だとは考えていなかった。ほくろのことを知ったのも、最近のことであったしな。」
孝龍様の言葉に、史龍様は申し訳なさそうに俯いた。
「いいのだ、史龍。私もそなたを腫れ物のように扱ってしまっていた。そなたが自ら動き出したのを見て気付くとは、情けないものだ。」
「兄上……。」
今ある証拠は公にしにくいものばかり。あとは状況証拠だ。
あの人を断罪するには、史龍様の存在が必要になってくる。
「蓉妃様。私は貴方様をここにお呼びした時から覚悟を決めております。」
史龍様は僕を真っ直ぐ見据え、そう言われた。
僕も覚悟を決める時だ。
この国の妃として、帝の伴侶として、後宮の膿を出しきらなくては……!
僕は孝龍様と頷き合い、決意と共に口を開いた。
「史龍様。私の内侍に、なっていただけますか?」
◇◇◇
秋分の宴に御帳台はない。
蓉華妃となった僕は、堂々と回廊を進み席につく。
団扇で口元だけ隠した橘華妃様は、周囲に優雅な佇まいを見せてはいたけれど、視線の鋭さを隠せてはいなかった。
楽士の奏でる音に乗り、朱雀の襦裙を纏った史龍様が舞台の上で優美に舞う。
それは賤である僕たちが、堂々と生きるための賭けだった。
明らかな怒りの色。
秀としての誇りに満ちた彼女は、賤である僕が史龍様を内侍として使うなど許せないはず。
僕が華妃となったことも重なり、苛立ちは相当なものだろう。
──怒りは判断を鈍らせる。煽れば必ず、罠にかかる!
僕はわざと宴で、舞を終えた史龍様に尊大な態度を取り、主上の寵妃……番であることを見せつけたのだ。
そして、その日の夜更け──。
不安になるほど呆気なく、僕たちは結末を迎えることになる……。
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