9 / 28
8 主上
しおりを挟む──そろそろ起きなくちゃ。いつもは雀玲が起こしに来るのに。まだ早いのかな?
瞼越しでもわかる明るい光。貼り付く瞼をなんとか持ち上げ幾度か瞬きをすると、やっと視界がハッキリしてくる。
「蓉妃様。お目覚めでございますか?」
ずっと側に控えていたのか、すぐに雀玲が僕の体を起こしてくれた。
何でだろう?体はひどく重だるいけど、昨日までの胸の苦しさと疼きはすっかりなくなっている。
「じゃ……れ……。」
掠れて上手く声が出せない僕に、雀玲はすっと白湯を差し出してくれた。
「ありがとう、雀玲。僕、寝坊しちゃったかな?」
「大丈夫でございますよ。」
雀玲はただニッコリとして、いつものように髪を梳き始める。
柔らかな雀玲の手の感触に、段々と甘く絡みつく熱さが蘇ってきた。
──昨日の夜は……。随分とはしたなく淫らな夢を見たような……。
やけに鮮明に思い出せる、堪らない快楽と幸せな想い。
夢の中で僕を抱いてくれたのは、あの方だったのだと、そう思うだけで十分過ぎるほどに満たされて、僕はうっとりと首の後ろへ手を回した。
と、その時──。
ピリっとした痛みが走り抜け、僕は項を押さえて恐怖に固まってしまう。
「雀、玲?これ……なんでっ!?」
──噛み跡?どうして!?藤の君様は……孝龍様は、本当に!?……あれ?なんで名前なんて……。
「どうしよう……。僕、なんてことを……!」
「朱寧様、落ち着いて下さい。」
「だってっ!」
僕が狼狽え雀玲に縋り付くと、にわかに扉の向こうが騒がしくなった。
僕は震えが止まらずに唇を噛みしめる。
「主上、お待ち下さいっ。」
「……っ!」
──主上!?そんな、どうしたら!?……僕の…僕のせいで、一族に災いが及んでしまう!
もう終わりだと、そう思った。
だけど、緊張に耐えきれず思わず目をつぶってしまった僕の耳に届いたのは、愛しいあの方の声だったんだ……。
「蓉妃が、朱寧が目覚めたのかっ!」
「……え?……こ……うりゅう……さま?」
勢いよく扉を開けたその方は、真っ直ぐに駆け寄ると僕をその胸に掻き抱いた。
「あぁ…良かった……!あれから二日も目覚めずにいて。生きた心地がしなかった!」
──あれから、二日?え?一体、僕……。
混乱する頭の中で、輿入れのために雀玲から教えられた知識が、目の前の孝龍様と繋がりだす。
瑠璃色の袍。青龍の刺繍。それを纏えるのはたった一人……。
「主上……であらせられるのですか?」
「ああ、そうだ。」
「………え………。」
目を見開く僕を、主上は真摯に見つめてきた。
「己を偽ったままそなたを番にしてしまった。本当にすまない。」
「い、いけません!主上が謝罪など……!」
「何を言うのだ。朱寧、私はそなたが何より大事だ。そなたを傷付けたのなら、私は許されるまで償い続ける。」
「そんな、償いなどとっ。ぼ…私は、ただ……。」
孝龍様の大きな手がゆっくりと僕の黒髪に手櫛を通し、項の痕に触れる。
「涼華殿では無理せず『僕』でよい。その方が、朱寧らしくて好きだ。」
僕を芯まで甘やかしてくれる声と温もり。
甘やかされることに慣れていない僕には、くすぐったくて恥ずかしい感触だった。
「朱寧?もう一度、そなたをこの腕に抱いても怒らぬか?」
「お、主上の、お心のままに……。」
上気する頬を隠すように、僕は俯きがちに小さく両手を前に差し出す。
すると僕の体はふわっと持ち上がって、寝台に腰掛けた孝龍様の膝の上で横抱きにされてしまった。
孝龍様の胸の鼓動が僕の体に直接伝わってくる。
優しい温もりに包まれて、僕の絡まった想いはほろほろと解けていった。
「朱寧。先程の言葉の続きを聞いても良いか?」
「はい。その……妃となった僕には、藤の君様をお慕いすることは罪だと……苦しかったのです……。孝龍様が主上だとは夢にも思わず……。その……御名を聞いたのが……あのような時で……気付かずに、いて……。」
──あ、あれ?待って……?夢じゃなかった……。僕、夜伽を本当に……!?それに、この噛み痕!
そう気付いてしまえば、話すほどに僕は顔が火照ってくる。
「朱寧?」
「……本当に、僕で良かったのですか?主上の番などと、恐れ多いこと……。」
「蓉妃。」
「はい。」
「私の頼みを、聞いてくれるか?」
「もちろんでございます。」
優しいけれど諭すような眼差しが、しっかりと僕を捉え、孝龍様は言った。
「これからは決して自分を蔑むでない。ここでは賤であることは忌むことなどではないのだ。」
「主上……。」
「私はずっとそなたと共にありたい。だが私は帝だ。私の周りには黒い思惑が付き纏う……。蓉妃は必ず守る。しかしそなたも、か弱いだけの妃ではないはずであろう?」
「っ、はい!」
主上が、孝龍様が望んで下さるなら……。
番として、妃として、後宮で生き残れと。
「なんと言っても、私の腕を捻り上げたくらいだからな。」
「あ、あれはっ。お忘れ下さい!」
「そうだな……。朱寧から口づけてくれたら、忘れても良いぞ。」
イタズラな子供みたいなお顔でそう言われた孝龍様を見て、胸が幸せにキュンとする。
だけど同時に、この顔を今までは別の誰かに見せていたのかと……頭の片隅でそう思ってしまい、僕は何とも言い難い気持ちになってしまった。
「では、忘れて頂かなくて結構です。」
少しだけそのモヤモヤを吐き出すようにツンと言い返してみれば、孝龍様は吹き出し楽しそうに笑いだしたのだ。
「朱寧。私の負けだ。」
そんな言葉の後で塞がれる唇。
その口づけはあっという間に僕を深くとろけさせ、僕が孝龍様に敵うわけなどないのだと、改めて思い知らされたのだった……。
1
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる