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11 過ぎてきた時間の先で
しおりを挟む休暇を取ったひと月半の間、二人は文字通りの蜜月の時間を過ごした。
身も心もレイナートだけのものとなったエルシャは、日々その喜びの中で甘い夜に堕とされていく。
それでも、子供を授かるのは『奇跡』であり、二人はそれが起こることをただ祈り続けるだけだった。
伯爵家の当主として、幾通りもの道を用意しておくのは当然のこと。リカードの件で当主の責務を果たしていなかったことを悔いたレイナートは、遠縁の家に養子の候補を見つけ段取りを整えてもいたのだった。
「あぁ……、明日から仕事などできる気がしない」
「またそんなことを仰って……」
「『そんなこと』で済まさないでくれ。いいかい、エルシャ。俺がいないときは、外に出かけるんじゃないぞ? なにかあればすぐ戻るから騎士団に……」
「レイ様」
特別な時間が終わる夜──。
寝室の窓辺で星空を見上げていたエルシャは、ふいに後ろから抱きしめられる。
そして艶やかに梳かされた長い髪を片方に寄せ、ほのかにホワイトムスクが香る項に顔を埋めてくるレイナートを素直に受け入れた。
妻のそんな可愛らしい反応に、彼は大袈裟に明日の仕事復帰を嘆き、エルシャを甘やかすように包み込む。
彼の温もりは堪らなく嬉しいものの、さすがにその過保護すぎる台詞は看過できず、彼女は静かに振り返ると夫の唇に人差し指を当て、たしなめるように名前を呼んだ。
「レイ様? 私たちは、これからもずっと夫婦なんですよ? こんなことでは困ります」
「ハハッ。手厳しいな、俺の妻は」
「私は騎士の妻です。当然のことでしょう?」
「そうだな……。でも騎士の妻は、癒すのも仕事だぞ?」
「ん、んぅ……もう、レイさ……」
深く溶け合う口づけも、もう二人には当たり前になっていた。
彼に抱きあげられて運ばれたベッドの上。そして始まりを告げる甘く満たされていく夜……。
「これも、ワーリン伯爵夫人の務めだからな……」
「ふふ……はい、旦那様……」
焦りがなかったといえば噓になる。
それでも、エルシャとレイナートは積み重なる時間を二人だけの幸せに変えながら、大切に過ごしていった。
やがて……。
それは、一年と少しが過ぎたころのことだった。
愛し合う二人に『奇跡』が訪れる。
そして無事に跡継ぎとなるランバートが生まれた数年後、二人は娘にも恵まれ、ワーリン伯爵家は笑顔と幸せに包まれていったのだった……。
それから、十数年──。
五十路を前に騎士団長の任から退き、騎士団の訓練教官を務めていたレイナートだったが、愛息子ランバートの成人を機に引退を決意。
タウンハウスは第三騎士団に入団するランバートに任せ、エルシャと共に領地に移り住んで伯爵としての仕事に専念することにしたのだ。
この日、ワーリン伯爵の長年の功を称え、二年前に即位したばかりの国王ハインツが開いた夜会には、各騎士団長をはじめとした多くの貴族が出席していた。
人々が次々とレイナートの元を訪れ、彼の引退を惜しみ、また隣で支え続けてきたワーリン伯爵夫人にも賛辞を贈る。
それに笑顔で応えていた二人は、やっと挨拶の人波がおさまってホッと顔を見合わせると、ひと息つこうとバルコニーへ出た。
「やはり社交は不得手だな。エルシャがいてくれて助かった」
「ふふっ。今夜は本当にお疲れのご様子ですね」
「正直、そろそろ屋敷に戻りたいところだ」
「まぁ、レイ様ったら」
結婚して二十年以上たっても、夫婦の仲睦まじさは少しも変わっていない。
穏やかなキスを交わし、いつものように甘い空気を纏い始める二人。
そんな近寄りがたいバルコニーへとやって来たのは、真新しい軍服に身を包んだランバートだった。
「父上、母上。辺境騎士団を代表して、副団長のクラッセン卿が挨拶させていただきたいと。お連れしてもよろしいですか?」
「ああ、そうか。遠路はるばる来てくれたんだ。喜んでと伝えてくれ」
「はい、父上」
レイナートは広間に戻っていく息子の姿を見送りながら、グラスを傾けシャンパンで喉を潤す。
「確か、辺境騎士団の団長と副団長は先日交代したばかりだったな……」
レイナートが静かにひとりごちたその時だった。
ランバートに案内され、辺境騎士団の濃紺の軍服に副団長の証である銀の肩章をつけた一人の男がバルコニーに現れる。
その姿を見たエルシャは、そっと夫のグラスを受け取りテーブルに置くと、隣に寄り添いしわが増えたその手を穏やかに握りしめた。
(あぁ……。こんな日が、訪れるなんて……。立派になって……)
「父上、こちらは辺境騎士団副団長、リカード・クラッセン男爵です」
「……そう、か……」
「貴重なお時間をいただき、感謝致します。閣下」
「いや。時間なら……時間なら幾らでもある……。私も嬉しいよ、クラッセン卿……」
「……はい」
過ぎてきた時間が優しさとなって今、一つの『家族』を包み込でいた。
それはきっと、これからも……。
数多の星たちに見守られ、『家族』の物語は紡がれていく──。
~ fin ~
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感想ありがとうございますm(_ _)m
そうですよね……。
レイナートもエルシャも、リカードが罪人として除籍された以上、王家への服従を示すためにも関わりは全て断っていました。リカードもそのことをわかっていたので、もう会うことはないだろうと覚悟して旅立っています。
そして、徒歩や馬、馬車が移動手段の世界での情報というのは、また今の感覚と違うものだったのかもしれません。
ただ、あえて短編としてその辺は詳しく書きませんでしたし、ハッピーエンドタグもつけなかったので、読んでくださった方の心のまま、無情さや理不尽さ、優しさと取るか薄情と取るか等など、本当にご自由に感じていただけたら嬉しいです(^^)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
感想ありがとうございます!
無情な現実の先のお話、見届けていただけたら嬉しいですm(_ _)m