7 / 12
6 『魅了』
しおりを挟む「ヴォルニー、フォルカーたちの様子はどうだ?」
「はい、陛下。今のところ離脱症状はなく、静かにお休みになっておられます。ヘルムートとリカードも落ち着いておりますし、一両日中には確認ができるかと」
「そうか……」
卒業パーティの翌日──。
ウォルフリック王国で唯一、公に魔法を使うことを許された王宮魔術師たちが集う魔術塔の一室には、事件の『被害者』となった者たちの父親が一堂に会していた。
この塔には、筆頭魔術師ヴォルニーの魔法によって完全に秘匿された部屋が存在する。
集まった父親たちは一様に疲労の色が濃く、言葉も少なかった。
「マレルダの様子はどうだ?」
国王アロンザに問われたディール公爵は、ひとつ苦しげに息をついてから口を開く。
「……自室に引きこもったままです。侍女の話では、殿下をお守りできなかった自分をずっと責め続けているようだと……」
「まったく、あの子らしい……。幼いころから、優しい子だったからな、マレルダは……」
「…………」
そんな二人のやりとりを見つめながら、レイナートは『被害者』となった息子に思いを馳せていた。
(魔術師の預かりになったままだが、リカードは無事だろうか……?)
それは隣に座るヘルムートの父、コルトン侯爵も同じようで……。しかし二人の立場では、国王から伝えられるのをただ待つことしかできない。
やがてしばしの静寂のあと、アロンザは国王の肩書を脱いだ一人の父親としての素を垣間見せながら己の中で覚悟を決めるかのように天を仰ぐと、真っ直ぐにヴォルニーを見据え核心へと話を進めた。
「筆頭魔術師の名において、わかっていることを、全て皆に話せ」
「はっ」
はじまりは二年前──。
市井で暮らしていたミアがベルガー男爵家の養女となり、学院に編入してきたことだった。
元平民のせいか、貴族制に対する知識が乏しく言動に問題のある彼女に対し、正義感の強いフォルカーは学院の風紀を守るために度々注意を与えていたのだ。そして当然のことながら、その場にはいつもヘルムートとリカードも控えていた。
「三人には、間違いなく『魅了』がかけられていました」
「っ、まさか!」
「『魅了』などどうやって!? 百年近く前に関連する全てのものが焼かれ、消し去られた魔法ではありませんか!」
あり得ない魔法の名前を耳にし、レイナートもコルトン侯爵も色を失っていく。
息子たちが『何か』によって操られていたことは予想がついていたが、二人とも恐らくは麻薬の類だろうと思っていたのだ。
ウォルフリックで魔法が禁止されたのは百七十年ほど前のこと。
そして特に危険とされたのが精神魔法で、それらは幾重にも術をかけ封印された。
だが約百年前。一人の魔女がその封印を解き『魅了』の魔法を復活させ、当時の国王を傀儡としてしまったのだ。
国は大いに乱れ、他国からの侵攻を許してしまい、王国は滅亡寸前となった。
その戦争で活躍した英雄が他でもない先祖であるワーリン伯爵だったため、これはレイナートが幼いころからよく聞かされてきた話だった。
当時のワーリン伯爵と王宮魔術師団によって魔女が討たれ、ウォルフリックは滅亡を免れる。
そうして『魅了』に関するものは徹底的に焼きつくされ、この世界からその存在を抹消されたのだった。
「……驚くのはまだ早いぞ」
「はい。陛下の仰るとおりなのです……。まったく信じられない……」
「ヴォルニー殿。それはどういう……」
『魅了』が復活していた──それ以上に驚くことなど……。
レイナートはそう頭の中で呟き眉をひそめる。ふと目の前に座るディール公爵に目をやれば、彼は既に聞かされているらしく、目頭を指でつまむように押さえ軽く頭を振っていた。
「ワーリン卿。そしてコルトン卿も落ち着いて聞いてください。実は……今回の事件はすべて、ミア・ベルガーが一人で起こしたものなのです」
「…………は?」
「彼女は何故か、『魅了』を完璧に使いこなしている」
「なっ……!?」
ここが国王の御前であることなどすっかり頭から抜け落ち、レイナートは動揺を隠せないまま目を見開いて身体を硬直させる。
「その後、あの娘からまともな証言はとれたのか?」
「いいえ、陛下。ミア・ベルガーは自身のことを『テンセイシャ』などと言い、訳の分からない妄言を吐いてばかりおります」
「はぁぁ。埒があかんな……。ヴォルニー。この二人を息子たちのところに連れていってやれ」
「っ、よろしいのですか!?」
「ああ……。フォルカーもあの子たち二人も『被害者』だ。だがあの子たちの立場が、それで許してはくれないだろう。……あと何回、会わせてやれるかわからん。今のうちに……」
喉奥から必死に絞り出されたアロンザの言葉。最後に掠れて消えた「許せ」の一言に、レイナートとコルトン侯爵は立ち上がり、服従を示す臣下の礼を執った。
「陛下のご温情に心より感謝申し上げます」
「……早く、いってやってくれ……」
アロンザが立ち上がったのを合図に、父親たちが無言のまま、それぞれのドアを開ける。
そうして秘匿の間は、音もなく消え去っていった……。
378
お気に入りに追加
600
あなたにおすすめの小説
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる