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5 婚約破棄
しおりを挟む「失礼致します、奥様。近衛騎士団より直接使者が参っております」
「まぁ、何かあったのかしら? すぐに行くわ」
つい先日のこと。二学年最後の行事である剣術大会で、リカードは見事連覇を果たした。
この学年末の休暇には久しぶりに帰省すると連絡があったため、エルシャは今年こそ優勝のお祝いができると、とても楽しみにしていたのだ。
(今日の卒業パーティーが終わったら、リカードくんはそのままタウンハウスに帰ってくると言っていたのに、レイ様がお仕事になってしまったのかしら?)
常に王太子の側で護衛の役目を果たしてきたリカードとは、この二年の間、数えるほどしか会えていない。
レイナートと二人きりの生活も満ち足りた幸せを与えてくれているが、『家族』と会えるというのはエルシャにとってとても特別なことだったのだ。
レイナートの祖父の代からワーリン伯爵家に仕えている家令の案内でエントランスホールに下りると、そこではなんと副団長であるシェーンベル子爵が待っていた。彼はレイナートの右腕であり、エルシャもよく知る人物だ。
てっきり入団したばかりの若い騎士が使いとしてやってきているものと思っていた彼女の心臓が、嫌な予感に大きく跳ねる。
「お待たせして、申し訳ございません。シェーンベル卿」
「先触れもない直接の訪問となった無作法をお許しください、ワーリン夫人」
「いえ。それで……旦那様になにか?」
「はい……。まずはこちらを」
苦悩に満ちて一瞬目を眇め、彼は一通の手紙を差し出した。
見慣れた筆跡は間違いなくレイナートのもの。けれど普段の流れるような美しさがなく、ところどころにためらいが感じられる。
夫からのその手紙には、王命によって王宮に留まることになったこと。しばらく帰れなくなるかもしれないこと。そして詳細をシェーンベル子爵から聞き、レイナートが戻るまで彼以外は誰も屋敷に入れないようにと書かれてあった。
(っ、一体何があったというの!?)
エルシャは手の震えを止めようと懸命に力をこめ、浅い呼吸を繰り返しながらも、ワーリン家の女主人として凛と姿勢を正す。
「シェーンベル卿。どうぞこちらへ。今お茶を用意させますわ」
「お心遣い、感謝いたします」
そうして彼を応接間へと案内し、夫の使者と落ち着いてしっかり向き合うと、彼女は覚悟を決め口を開いた。
「どうかお聞かせください。何が起こっているのですか?」
◇◇◇
(俺は……父親失格だ……)
レイナートはほんの数刻前の出来事を思い出し、膝の上で爪が食い込むほどに拳を握りしめる。
王立貴族学院の卒業式を二日後に控え、今日は毎年恒例の卒業パーティーが行われた。今年は王太子フォルカーが卒業を迎えることもあり、国王自らが祝いに訪れる特別なものだった。
近衛として主君に付き従い参加したパーティー。
そこで前代未聞の事件が起こってしまう。
なんとフォルカーが、半年後に婚姻式を挙げる予定の婚約者であり、この国の筆頭公爵家令嬢マレルダに対し、一方的に婚約破棄を突き付けたのだ。
『マレルダ・ディール! 私は今この場で、そなたとの婚約を破棄する!』
とても一国の王子の言葉とは思えぬそのセリフに、会場がシンと静まり返り、そして一気にどよめく。
(殿下! 一体何を……!)
場が混乱を極める中、悪夢はさらに加速した。
王太子の隣には別の女性──ミア・ベルガー男爵令嬢が彼に身体をすり寄せながら立っており、フォルカーに付き従ってきたヘルムートとリカードまでもが、自分たちより格上の公爵令嬢を糾弾するという暴挙に出てしまったのだ。
余りのことに言葉を失くす大人たち……。だがすぐに、国王は怒りに満ちて立ち上がった。
「そこにいる四名を捕らえ、今すぐ冷宮へと連行せよ!」
冷宮──。
それは罪を犯した王族や高位貴族の幽閉棟。
騎士にとって、主君の勅命は絶対だ。
レイナートはこの国の未来を担うはずだった……決してこんな愚かな真似などするはずがなかった若者たちと、とても貴族令嬢とは思えぬ醜態を晒しながら「こんなのシナリオとちがう!」と叫ぶミアを捕らえさせ、騎士団の馬車へと押し込んだのだった。
(あれは本当にリカードなのか!?)
真っ直ぐに前を向き、努力を続けてきた愛する息子の双眸から、光が消えている。
(いつからだ……。いつから、こんな……)
レイナートは軋むほどに奥歯を噛みしめ、小さくなっていく馬車を見つめ続けていた……。
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