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 ワーリン伯爵家は建国以来、このウォルフリック王国で騎士として王家に仕えてきた家柄だ。
 王国には五つの騎士団があり、代々当主はそのいずれかの騎士団長を務めている。それはワーリンの名に驕らぬよう幼いころから騎士道を叩き込まれ、努力に努力を重ねて力をつけてきた結果であった。

 現在の当主であるレイナートは三十八歳。王立貴族学院騎士科を卒業後、王族の警護と王宮警備を担う近衛騎士団に配属され、順調に出世街道を進んできた。
 そして五年前には団長に任命され、同時に父から伯爵位を譲り受けてワーリン伯爵となったのだ。
 私生活では十九歳で同じ騎士の家系の伯爵家から妻を娶り、二年後には嫡男のリカードが生まれる。だがリカードが五歳の時、流行り病で妻べルティーナが亡くなってしまった。
 その当時部隊長となったばかりで多忙だったレイナート。いずれ伯爵家も継がなくてはならない立場の上、更にはリカードを後継者として育てなければならなくなった彼は、べルティーナの喪が明けた直後から後妻を迎えるようにと周囲の人間たちに言われ続けてきた。
 だが、政略結婚とはいえベルティーナを大切に思っていた彼は、なかなか新たな妻を迎える気にはなれなかったのだ。
 幸いにもというのは不謹慎かもしれないが、寡婦となって出戻った姉がリカードの面倒をみてくれることとなり、レイナートもできる限り息子との時間を作ってきたことで、幼くして母を失くしたリカードも真っ直ぐに育ってくれていた。

 エルシャと出会ったのは三年半前のことだ。
 ウォルフリック王国では、過去に魔法を使った謀反や凄惨な事件が多発したことで王家に仕える王宮魔術師以外の魔法の使用を禁止していた。
 それでも隠れ魔術師は存在し、たびたび魔法関連の事件を担当する第三騎士団が摘発に動いているのが現状だ。
 このときは魔法生成された精神に異常をきたす麻薬の流通が問題となっていて、その製造拠点を何か所か同時に押さえるため、近衛騎士団も第三騎士団に協力することになったのだ。
 レイナートが部下を率いて踏み込んだ屋敷の地下。薄汚い男たちに見張られた檻の中鎖に繋がれ、無理やり魔法を使わされていた少女。それがエルシャだった。
 そして信じられないことに、エルシャはこの麻薬組織の黒幕とおぼしき子爵の娘だったのだ。ただ、この子爵は狡猾でどれだけ捜査しても黒幕としての証拠が出てこなかったため逮捕できずにいた。
 事件解決の鍵はエルシャ。騎士団としてはエルシャを子爵家に返すわけにはいかない。
 まだ十四か十五歳の少女だと思われた彼女は実は既に成人を迎えており、もうすぐ十九歳になろうかというところだった。
 だが王国では例え成人していても、未婚の令嬢に対しては親権者が強い力を持つ。それを覆せる力……それは王命だけだった。
 事件解決はもとより、やせ細ったエルシャを放っておけなかったレイナートは国王に願い出る。エルシャを妻として迎えさせてほしいと……。

 彼女が保護されていた騎士団医療棟の一室。
 そうしてレイナートは飾り気のないその部屋で、エルシャの前に片膝をついて跪いた。

「どうか私と結婚してほしい」
「え……けっ、こん……?」
「困惑するのは無理もない。私は君より十六も年上だ。後妻として嫁いでもらうことになるし、十四歳になる息子もいる」
「…………」
「だがこれは君を守るためなんだ。もちろん白い結婚で構わない。ただ、私は伯爵家の当主でもある。形だけとはいえ妻になってもらうということは、伯爵夫人としてそれなりに家を切り盛りしてもらうことになるが……」
「……それ……それだけで、いいんですか?」

 恐る恐るそう聞いてきた彼女を見て、レイナートはハッと自らの過ちに気づく。

(違う、こんな義務を課すような言い方をするべきじゃないんだ! 今彼女に必要なのは……)

「……すまない、今の言葉は忘れてくれていい。やり直させてくれ」

 彼はそう言って、そっと震える細い手を取った。

「エルシャ嬢。私と息子のリカードと家族になってくれるかい?」

 『家族』──それはエルシャにとって、なにより染み込む言葉だった。
 大きく包み込んでくれる手の温もり。今ここで頷けば、怯えずに暮らせるかもしれない。
 出会ったばかりのこの騎士も男であることに変わりはない。自分を虐げてきた父や組織の男たちと違うという確信もなかった。

(でも、今触れられていても怖くない……。だから……)

 迷いを抱えながらも、エルシャは微かに頷いたのだった。
 






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