【R18】二度目の出戻り王女様は、恋を諦めたはずなのに…。

水樹風

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「随分と早いな、今夜は」
「あら、いけなかった?」

 リンベルク領辺境騎士団の宿舎──。
 王都から左遷され、一介の騎士として赴任したはずのレオンハルトは、何故か副団長の部屋を与えられ厄介な管理職を押し付けられていた。
 そんな彼の部屋へこっそりと入ってきたのは、ブルネットの髪を無造作に結い上げ、深いスリットのタイトなドレスを身に纏った女性。夜の街に溶け込む色香のその女性は、執務机に向かう彼に後ろから抱きつき首に腕を絡ませて耳にフッと息を吹きかける。

「うんと頑張ってきたのに、褒めてくれないの? 冷たい人ね」
「…………」
「もう、こっち向いてよ、レオン」
「……お前、いい加減にしろ。寒気がする」
「もう、ひどいっ」

 愛らしい声でそう言った彼女を無理やり引きはがし、レオンハルトはギロリと睨みつけた。

「こっちは面倒ごとばかり押し付けられて爆発寸前なんだ。とっととその鬘を取って報告しろ、ロルフ」
「ちぇ、少しはノッてくれてもいいだろう? こんな美女が目の前にいるんだからさ」

 ロルフは自慢の艶やかな仕草をしてみせるも全く相手にされず、つまらなそうに両手を上に向けて肩をすくめる。そして結い上げた髪を解いてから鬘を取ってソファーに放り投げ、自身の身体もドサリとそこに沈めた。

「ここのところ頻発してる『女神の雫』を狙った小物たちの動き。やっぱり裏であちこちに依頼を出してる奴がいるな」
「……そうか。予想どおりとはいえ、面倒なことになったな……」

 レオンハルトは目頭を押さえながら大きく嘆息し、そのまま目を閉じる。
 二週間前、彼らがリンベルク領に到着してみると、辺境伯家も騎士団も混乱の最中さなかにあった。
 当主である辺境伯と騎士団の副団長でもあるその息子が原因不明の病に倒れ、王命により王都から任に就いている騎士団長までもが何者かに襲われて重体となっていたのだ。
 それに加え、リンベルク領とティクリッツ公国双方で『女神の雫』の群生地への不法侵入が頻発し、それぞれが相手方へ疑いの目を向け疑心暗鬼になっているという、五年前と同様の張りつめた状況になっていた。

「気になる動きはもう一つ。ティクリッツの第二公子がヴォルバルトに入って王都に向かってる」
「カミルが?」
「ああ。彼は五年前の被害者だからな。今回のこの件について物申すためだったとしたら、また厄介なことになるな」
「……ツェラーとの関係も危ういのに、公国との間にも外交問題が起きれば、陛下の足元が揺らぎだすぞ……」
「反王政派は、ここぞとばかりに叩きだすだろうな」
「くそっ、エルマー王子の足取りだけでも掴めれば……」

 レオンハルトが机の上で拳を握りしめる。
 マイヤース侯爵家の馬車はツェラーとの国境をすり抜けたあと、自領を抜けこのリンベルク辺境伯領へとたどり着いていた。そのことはロルフの部下たちが確かに確認している。
 だが実際に訪れてみれば、辺境伯家は逆に何者かに陥れられている状態で、レオンハルトは統率者を失くした荒くれ者の集う辺境騎士団をなんとかしなければならない始末だ。

(まんまと誘い込まれたってわけだ……。アンに手を出されて頭に血が上っていたとはいえ、情けない……)

「なぁ、ロルフ。俺たちは今、点ばかりを追ってしまっていないか?」
「……確かに。点と点をつなぐ線は途切れたままだな……」
「ツェラーでの婚約破棄騒動。オイゲン男爵令嬢の殺害……」
「エルマー王子の誘拐事件と、王女殿下襲撃事件……。しかもその実行犯は牢獄内で全員死亡……か……」
「すべての件に見え隠れしているのは、マイヤース侯爵家だ。……だが、反王政派の筆頭とはいえここまでする理由はなんだ? 本当に、動いているのはマイヤース侯爵……あの男だろうか……?」

 レオンハルトは自問するようにそう呟き、一枚の紙にそれぞれの出来事を書き込んでいく。
 そうしてふと、自分に送られてきた釣り書きと、ヒューゲル侯爵家の夜会でやけに親しげに話しかけてきた赤毛の彼女を思い出した。

「ヘレーネ・マイヤース……」

 その名前を口にしてみれば、自分への婚約の申し込みがひどく不気味な色を帯びてくる。

「ロルフ。俺たちは隣国との関係を気にしすぎたかもしれない。ヴォルバルトでエルマー王子の身に何か起きれば責任問題になる。そう思って彼の行方を追うことに集中してきたが、そもそも始めから全てが仕組まれているのなら、隠された目的をまず突き止めるべきだ」
「なるほどな。全部の事件がつながった先を見つけなきゃいけないのか……。そこがわかれば先回りもできる」
「王都を離れたのは失敗だった。とにかく一刻も早くここのケリをつけ……」
「……なぁ、レオン……」

 ソファーから立ち上がり、執務机の前に立ってレオンハルトのメモを見下ろしていたロルフが、不意に彼の言葉を遮った。

「どうした?」

 ロルフはその問いに答えることなく、何かブツブツと口の中で言葉を転がすとレオンハルトの手からペンを取る。

「いいか……。ツェラーで婚約破棄……その結果は王女殿下の帰国だ。オイゲン男爵令嬢は、王女殿下を陥れた人物と言っていい……。エルマー王子が元婚約者なのは言わずもがな、だな……」
「……っ……」

 サラサラと紙の上をペンが走り、一つの名前への繋がりを示していた。

「襲撃事件は元々王妃殿下を狙ったものだった。とはいえ実際に襲撃を受けたのは王女殿下……」
「…………」

 レオンハルトが思わず息を呑む。

「目的はわからない。だけど中心にいるのはこの二人だ」

(ヘレーネ・マイヤースと、アンネリーゼ……)

 ドクドクと全身が脈打つような鼓動が、レオンハルトを追い立てているようだった。

「狙いは王家じゃない。アンなのか……?」
「すぐにヘレーネ・マイヤースを洗い直す」
「ああ……。大至急だ、ロルフ。徹底的にあの女を調べてくれ……!」








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