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17 動き出す思惑
しおりを挟む「お父様! 一体どういうことですの!? あの馬車に王妃は乗らないと言ったではありませんか!」
「ヘレーネ。そんなに怒らないでおくれ。お前の大切なレオンハルトは傷つけるなとちゃんと言っておいたから」
「そういう問題ではありません! 黒薔薇の君は……アンネリーゼ様はご無事ですか!?」
「ああ。まったく、あの連中も情けない。あれだけの金を払ったと言うのに、護衛の一人も殺せないとは」
「………その者たちはどうしたのです?」
「ん? 騎士団の牢ではないのか?」
(信じられない。どこまで愚かなの、この男は!? こんな男が私の父親だなんて……)
「ヘレーネ? どうした? ……ヘレーネ?」
(話すだけ無駄だわ)
彼女は大きく嘆息すると、父親に挨拶もせず従者を連れて部屋を出た。
「その男たちをすぐに始末してきて。金獅子とアンネリーゼ様の現状もよ」
「承知致しました」
常に彼女の側に侍っている男がスッと姿を消す。
ヘレーネはそのまま書庫へと向かい、本棚をずらすと父親も知らない隠し扉を開けた。
薄暗い通路を奥へと進むにつれ漂ってくる薬品の匂い。
そして突き当りの部屋には、顔を包帯で覆われベッドに横たわっている一人の男。
彼女はその傍らに立つ白衣姿の女に声をかけた。
「状態は?」
「ちょうど包帯を取ろうかと思っていたところですわ。そろそろ馴染んだかと」
「見せてちょうだい」
スルスルと包帯が外され、男の顔を見たヘレーネは満足そうな笑みを浮かべる。
「これなら、この男がツェラーの元王太子だなんて誰にもわからないわね」
「我ながらいい出来ですわ。」
「あとは、私が仕上げをすれば……。この男は私の人形」
ターコイズの双眸がひんやりと輝き、彼女は踵を返した。
◇◇◇
「これは、陛下!」
「先触れも出さず、すまんな、サラ」
「いえ」
「リーゼの具合いはどうだ?」
「まだ微熱がおありですが、呼吸も落ち着かれ静かに眠っておられます」
「そうか……」
アンネリーゼが王宮に戻ってから五日──。
騎士棟に行ったあと倒れた彼女は、高熱がしばらく続きひどくうなされていたが、やっと熱が下がり始めサラが胸を撫で下ろしたところだった。
ヴィヴィアンヌは毎日見舞いに訪れていたが、クラウスが柘榴宮にやって来たのは、アンネリーゼが戻ってから初めてのこと。
「陛下、どうぞ寝室へ」
「……いや、やめておく」
「陛下?」
「……サラ。今朝、レオンハルトが発った」
「……左様でございますか」
「リーゼを頼む」
「はい。陛下」
そっと寝室へのドアを一瞥した彼は、静かに柘榴宮をあとにした。
(ゴメンな、リーゼ……)
◇◇◇
「リンベルク領まで二週間ってところか……。男二人でむさ苦しい旅だな」
「お前の口からは愚痴しか出ないのか?ロルフ」
「元団長と現団長に都合よくこき使われてるんだ。こんなの愚痴に入るかよ。……陛下も、辺境騎士団へ出向させるとはね。……襲撃を上手く利用したな、レオン」
「……ああ。アンに手を出したんだ。徹底的に叩く」
「あのなぁ、俺は任務だから来たんだぞ。私情に巻き込まれるつもりは毛頭ないからな!」
「わかってるさ」
王命に従い王都を出発したレオンハルトは、質素な旅支度で馬に乗っていた。
彼と共に辺境騎士団を持つリンベルク辺境伯領へ向かうことになったのは、ロルフ・フォン・ノルデン。現騎士団長ノルデン伯爵の三男で、レオンハルトの親友でもあった。
「お前の部下はあれから何か掴んだか?」
「マイヤース侯爵家が経営する商会の馬車がツェラーから国境を越えたのが、エルマー王子の出奔と重なっていたのは間違いない。無能な国境警備隊は総入れ替えしたそうだ」
「そうか」
「マイヤース家の影は相当優秀だな。俺の隠密部隊ですら、尻尾を掴むのに一苦労してるんだ。だがこっちのほうが上だ。心配はいらないさ」
「それにしても、俺に婚約を申し込んで来た意図がわからないな……。侯爵の狙いはなんだ?」
「侯爵は一人娘に甘いらしいからな。娘の希望なんじゃないか? レオンは見目麗しい金獅子様だし」
「茶化すな、ロルフ」
ロルフは表向き一介の騎士として騎士団に所属しているが、裏の顔は隠密部隊を率いる部隊長であり彼自身も優秀な影の一人だった。
代々隠密部隊を率いてきたノルデン家で、小柄に生まれたロルフが祖父から技術を受け継ぎ、二十二歳の若さで部隊長となった。
彼は中性的な容姿を活かし女性としての潜入も得意とする。今回も騎士としてではなく、レオンハルトの影となるべく同行していた。
(マイヤースの誰かがオイゲン男爵令嬢の殺害に関わっていたのは間違いない……。マイヤース家は王家に反発する一派の筆頭と言える。だからこそ王族を狙うのは理解できるが……)
ヴィヴィアンヌがヒューゲル家の夜会への代理出席をアンネリーゼに頼みたいとクラウスに相談に来たのは、彼女がアンネリーゼをサロンに招く前日のこと。
それと時を同じくして、ツェラーに入れていた隠密が、赤毛でターコイズの瞳の人間がコリンナの地下牢に入ったのを見たという証言を手に入れてきた。
赤毛でターコイズの瞳……。それは間違いなくマイヤース侯爵家の血筋の特徴。
クラウスたちは急いでマイヤースの動きを追った。
そして、マイヤース家の商会の馬車が何度も不自然にリンベルク領へ向かっていることを突き止めたのだ。
(リンベルク辺境伯とマイヤース侯爵、二人の妻は従姉妹同士。必ず何かある……)
襲撃を受け、それを利用して辺境伯領を調べようと提案したのはレオンハルトだった。
クラウスは止めたが、自身にマイヤース家から接触がある以上、アンネリーゼの側にいないほうが彼女は安全だと彼は判断したのだ。
「私に憎まれ役をやらせるとは。いい度胸だな、レオン」
「……申し訳ございません、陛下」
「リーゼを泣かせるなと言ったはずだ」
「……………」
「はぁ……。それは私も同罪か……」
「陛下……」
「国王として、ツェラーとの関係を悪化させるわけにはいかない。頼んだぞ、レオンハルト」
「御意」
レオンハルトはクラウスとの会話を思い出してふと馬を止め、今来た道を振り返る。
(アン。一人にして……泣かせて、ゴメンな……)
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