【R18】二度目の出戻り王女様は、恋を諦めたはずなのに…。

水樹風

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15 不安

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「アン?」
「……レオン……?」

 アンネリーゼが優しい声に目を覚ました時、彼女は馬車に揺られていた。
 チュニック姿のレオンハルトの膝の上で、ベージュのローブにくるまれ抱きしめられている。

「……この馬車は?」

 彼女がまだボーっとする頭でポツリと尋ねると、彼の手が柔らかく髪を梳いた。

「ヒューゲル卿に使用人用の馬車を借りたんだ」
「そうなの……」

 侯爵家からの帰り道で起きた事件。どう対処するにしてもヒューゲル家の協力を得なければならないのは必須だった。
 恐らく残った護衛騎士たちが、夜の間に上手く処理してくれたのだろう。

「もうすぐ王宮に着く。……体は、平気か?」
「え? ……少し、痛いけど……平気……」

 恥ずかしげにそう答えたアンネリーゼだったが、どちらかと言えば彼との初めての痛みよりも、裸足で森の中を走った足の痛みのほうが大きかった。

「そうか。……ごめんな」
「ううん」

 ふわりと頭のてっぺんにキスを落とされ、アンネリーゼは昨夜の熱が蘇り、一気に顔が火照ってくる。
 誤魔化すように流れる窓の外に目をやれば、見慣れた王宮の周りの貴族街の景色だった。

 夢の終わりはすぐそこ……。
 今、レオンハルトは何を思っているのだろうか?
 真っ直ぐに前を見つめる彼の瞳を見ても、アンネリーゼには彼の心の内を計り知ることが出来ず、漠然とした不安が広がってくる。

「レオン?」
「ん?」

 名前を呼べば、返してくれるのは彼女を溶かす甘く優しい視線。
 だがそれは、なぜかアンネリーゼの胸を苦しくさせた。

「……レオン……もう一度だけ、キスして……いい?」
「ん? どうした? もう一度なんて言うなよ」
「レオン、私……」
「アン。……大丈夫だ。おいで?」
「うん……」

 彼女がおずおずとローブから手を出してレオンハルトの首へと伸ばす。
 唇を重ねるだけの穏やかなキス……。ただそれだけを繰り返した。

(ちゃんと、戻らなきゃ……。王女の私に……)

 馬車は王宮勤めの貴族たちが使う通用門を抜ける。
 そこから更に奥へと進み、停まったのは人気のないかつての使用人口だった。
 彼女がローブのフードを被されレオンハルトに抱きかかえられて馬車から降りると、普段着姿でさり気なく護衛をしていたらしく、見覚えのある騎士たちが周りを囲んでいる。

「確認は済んでいるか?」
「はい。不審な点はありません。お住まいの柘榴宮までの人払いも問題ありません」
「よし」

 たった一晩戻らなかっただけなのに、慣れ親しんだ王宮の廊下がアンネリーゼの目には知らない場所のように見えた。
 自分の頭の中に靄がかかっているように、何か大事なことを見落としている気がする……。
 ついさっき、馬車の中でレオンハルトの瞳を見た時と同じような漠然とした焦燥感に、彼女の手が胸元で握りしめられていた。

 アンネリーゼもレオンハルトも無言のまま進んでいく。
 やがて柘榴宮の入口に着くと、そこで待っていてくれた彼女の表情に、アンネリーゼがハッと息を呑んだ。

「……サラ……」
「あぁ、殿下っ!よくご無事で」
「ゴメンね、サラ。心配をかけて……」
「いいえ……いいえっ……」

 普段、侍女として感情を表に出すことなどない彼女の涙。
 アンネリーゼの中に、この場所でのいつもの自分が戻ってくる。

「泣かないで、サラ。私は大丈夫よ」
「アンネリーゼ様……」
「イルゼ、殿下を頼む」
「はい、フォン・ケルナー」

 レオンハルトがサラと共に控えていた女性騎士に彼女の体を預けた。

「御身、失礼致します、王女殿下。本日付けで殿下付きとなりました、イルゼ・レーゼルと申します。お部屋までお連れ致します」
「そう。お願いね、イルゼ」
「はい」

 同じ女性でありながら、軽々とアンネリーゼを抱えるイルゼは、栗色の髪と瞳の凛々しい顔立ちをしている。

「サラ、殿下の大事なお身体だ。頼む」
「……かしこまりました」

 他でもない、レオンハルトからのその言葉。何があったのかを察するのに、サラにはそれだけで十分だった。
 そんな二人のやり取りを見つめながら、アンネリーゼの胸がドクドクと波打つ。

(ああ、まただわ。どうしてこんなに不安なの?)

「レオンハルト?」
「それでは殿下、我々はこちらで失礼致します。どうか殿下は何も心配なさらず、しっかりとお休みください」
「……ええ……」

 彼に目配せをされ、礼を執る彼らに背を向けてイルゼが柘榴宮へと入っていく。
 サラが扉を閉めるその瞬間、アンネリーゼがイルゼの肩越しに見たのは、レオンハルトの切なげな笑顔。
 それは彼女に、この不安の正体をやっと気づかせた。

(イルゼがレオンを「団長」と呼ばなかった時点で、どうして気づかなかったの!?)

「イルゼ」
「はい、殿下」
「すぐに私を下ろしなさい」
「殿下?」
「すぐに陛下にお会いするわ。陛下にお会いしてっ……!」
「殿下、危のうございます! 落ち着いてくださいませ!」
「サラ、陛下に先触れを! 早くしないとっ」
「アンネリーゼ様!」

 無理矢理イルゼの腕から下りようとするアンネリーゼを、サラがピシャリと止めた。

「既に王命は下っております。処分が覆ることはございません」

 イルゼが慌ててアンネリーゼをベッドに座らせ、サラが彼女の前で膝をつく。

「陛下はこの度の騎士団の不始末に大変お怒りでございます。フォン・ケルナーは先ほど正式に、騎士団長の任を解かれました」
「……それだけでは、ないのでしょう?」
「はい。……陛下は辺境騎士団への出向をお命じになられました」
「そんなっ!」

 アンネリーゼは一気に青ざめ、両手で顔を覆った。

(私が、私が先回りをするべきだったのに……。いつもの私なら、王女の私ならそれができたはずなのに……!)

「私が我が儘なんか言ったから……。立場を忘れたりなんかしたから……」

 『王女様が我が儘を言われたんですって……』

 『母君様があんなふうになられたのは、王女様を産んだからでしょう?』

 『陛下はあんなにも王妃殿下を大切にしておられたのに……。こんなことになって、お可哀想に……』

 よみがえる言葉たちは、アンネリーゼの胸をこれでもかと締めつけたあと、彼女に凪いだ心を運んでくる。

「そうよ、私は……王女でいなきゃ……」
「アンネリーゼ様……?」

(また、大切な人を傷つけてしまう……)

 アンネリーゼがゆっくりと両手を外した。
 そこにいたのは間違いなく、王女アンネリーゼであり、『黒薔薇の君』だけだった……。








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